第十七話
文字数 5,898文字
ゼラは粘土が固まるまで動かないようにしている。この粘土でゼラの胸部分の型を取り、ゼラのブレストプレートを作る。型を取ることで鎧下にぶ、ぶ、ブラジャー、などもサイズを合わせて作れる。
「女性の戦闘系にぶ、ブラジャーが必須だったとは」
「大きい人は激しく動くと痛いんですよね。私には解りませんが」
鎧鍛冶師の妹さん、アーキィが俺とゼラに教えてくれる。男の俺には解らないものだが、そうか、胸に重りをぶら下げているようなものなのか。
これまでゼラには鎧下だけで、ゼラはブラジャーなど着けなくても平気で動いていたようだが。
知らずにゼラの褐色の果実にダメージがあったとしたなら、なんだか申し訳無い。
「女のハンターはさらしや胸潰しを使ってたりしますが、それだと形が崩れたりするのですよ。もったいない」
「胸潰し? 何か痛そうだが?」
「弓を使うのにおっぱいが邪魔になる人もいるんですよ」
うぅむ、勉強になる。胸が小さいと大きいのを羨み、大きいと邪魔になると悩む。女性とは苦労が多いのか。だが副隊長の俺がそういうのを気にしても女性隊員に気持ち悪がられるだろうし。この分野は男がエロさを見せずにサポートすることはできないのだろうか。
「こうして型を取ってしまえば、本人がいなくてもピッタリ合わせたのが作れるのよ」
「ふーん」
アーキィがゼラと話をしている。粘土が乾くまで話し相手になってくれるようだ。ゼラが興味を持った裁縫道具や巻き尺などを手に持って、ゼラに見せて説明してくれる。
こちらはこちらで良いとして。
「予算としてはこのくらいで」
「お、けっこう出すね」
鍛冶師の姉の方はフェディエアと話をしている。この機会にフェディエアの交渉がどのくらいか見てみるとしよう。商取引は父親でもあるバストルン商会長に仕込まれた、と聞いてはいるが。
女鍛冶師はフェディエアの手のメモ書きを見て嬉しそうに笑う。
「プラシュ銀合金を派手に使ってもいいってことだ」
「そうね。これで二つ作ってちょうだい」
「ふたつ? この値で一つじゃ無いのかい?」
「そう、二つ作って、急ぎは一つ」
「いや、ブレストプレート二つ分ならもうちょい出してくんない?」
「一つは予備でここに置いておくから」
「必要になったら取りに来るって?」
「それもあるけれど」
フェディエアは含みのある笑顔を女鍛冶師に向ける。
「予備の一つはここで飾ってもいいわ。非売品とつけて並べておいたら?」
「ほう、看板代わりにしてもいいって?」
「王家より預かる魔獣アルケニー、このローグシーでも噂の蜘蛛の姫。その鎧作りを任されて、出来たゼラちゃん専用の特殊なブレストプレートがこちら。これが店にあったら見に来る人が増えるんじゃない?」
「変わり物のオーダーメードならうちにお任せってね。客寄せになるか。あんたやるね」
「お客が少なくて困ってるって感じは無いから、必要無いかしら?」
「いいや、うちの技術アピールになる。乗った、それで行こう。うちは女客が多いが蜘蛛の姫の鎧と聞いたら見に来る奴がいそうだ」
「型取りしたのだから今後もここでゼラちゃんの装備を作ってもらうわ」
「さっき言ってた、鞍に武装置き か?」
「それもあるけれど、今後の為に儀礼用の装備一式も開発して欲しいの」
「儀礼用はまだいいが、鞍の方は今まで作ったことが無い物だから、かなり試作を作って試してみないとならない。材料費を弾んでくれたら、開発も進むんだがな?」
「ある程度は出すけれど、奮発したら際限無く余計な物まで作りそうね? 開発費用は出すけれど、資金追加するのは試作品を見せて貰ってからね」
「解った、それでいい。ショルダーには飾りをつけるのか? 紋章とか」
「最初のひとつは実用一点張りでいいわ。それでゼラちゃんに使ってみた具合を聞いてみないと」
「いろいろ取り付けるのは、後回しで。うん。色は前と同じ赤でいいのか?」
「ウィラーイン家の紋章も赤地に黒の飛び立つ鷹だから、紋章入りの前掛けと合わせて、鎧も赤でいいわね。でももう少し明るく鮮やかな赤にできる?」
「それなら、色見本がこっちに」
「ゼラちゃんにも見て貰いましょう。かっこ良くて可愛い鎧をご所望よ」
「可愛い鎧ってのは、難しいな」
む、流石かつてのバストルン商会の娘フェディエア。連れてきてみて良かった。さくさくと話が進む。
ゼラの上半身に着けた粘土が乾き、前後で二つに割って型取りが終わる。
「調理用のボールみたい」
白い大きな二つの器を並べたような、ゼラの胸の型。鎧鍛冶師の妹がその器に顔を寄せてくんかくんかと匂いを嗅ぐ。
「ふわぁ、何か甘い匂いがするー」
「どれどれ」
鍛冶師の姉も、興味を持ったのか他の女鍛冶師、下働き、アルケニー監視部隊、フェディエアまでゼラの胸の型の匂いを嗅いでいる。なんだこの異様な光景は。
「香水つけてる訳じゃ無いんだよな? なんだろ、人と体臭が違うのか?」
「そうなのか?」
「あぁ、ほんのりと甘い匂いがする。旦那は気がつかなかったのか?」
「いい匂いがすると思ってはいたが、俺はゼラの胸以外の女の胸の匂いを嗅いだことは無くて。おっぱいとはそういう匂いのするものだと思っていたが、違うのか?」
人と体臭は違うのか? 知らなかった。女性のおっぱいの匂いとはどのようなものなのだろうか? いや、そこに興味を持っても試してみれば浮気になってしまう。いかんいかん。
ん? また何か女性陣が妙な目で俺を見ている。女鍛冶師がイタズラっぽく流し目で俺を見る。
「旦那、あたしでよけりゃちょっと嗅いでみるかい?」
「いや、遠慮しておく」
「そこまでバッサリだと傷つくねぇ」
「すまん。気持ちだけ有り難く受け取っておく」
「ゼラたん一途かい。義の貴人ハラード様の息子ってのはいい男だね」
なんだか居心地が悪いので、ゼラの身体を拭くことにする。肌についてる粘土のカスを手拭いでポロポロ落とす。ゼラがキョトンとして。
「ゼラの匂い、人の女と違う?」
「どうもそうらしい。俺には解らないが」
「ンー? どう違うの? エクアドなら解る? エクアド、ゼラのおっぱい嗅いでみる?」
エクアドが周りの女性陣を見回して、ゆるりと首を振る。
「あー、遠慮しておく」
「ンー、でもエクアドもゼラのこと、報告書に書かないといけないんじゃないの?」
「ゼラの身体の特徴を調べるのは、ルブセィラに任せているから」
鍛冶屋を後にするときは俺もエクアドも何故かグッタリと疲れた。精神がいろいろと削られたような気がする。
帰りは帰りでまたローグシーの街の人と子供に囲まれてしまう。ゼラを見慣れれば少しはマシになるだろうか。
ゼラのブレストプレートができるまでの間、遠征準備を進める。ウィラーイン領以外の領地に行くので、そこの領主に手紙を書いて送る。
エルアーリュ王子の命で行くのだが、こうして事前に手紙と使者を送って説明しておけば、後のトラブルも少ない。向こうの兵団、職人と合同となるやも知れないし。
ローグシーに来たばかりのシウタグラ商会の支店にも顔を出して、馬車の用意など。
俺の愛馬ディストールはアルケニー監視部隊の男隊員に譲ることにした。ゼラがいるところで俺が馬に乗ろうとすると、ゼラが嫌がる。
「カダールはゼラに乗ればいいのっ」
と、俺を掴んで馬から降ろしてゼラの蜘蛛の背に乗せるので。愛馬ディストールも前回の遠征で貸した男ハンターになついている。
少し寂しいがディストールはもう、別れた夫を見るような目で俺を見るし、ディストールとゼラの間で話はついてしまったような雰囲気がある。
愛馬ディストールにとっては、俺は新しい女に浮気して行ってしまった昔の男なのだろうか。すまん、ディストール。
準備がそこそこ終わる頃に鍛冶屋の姉妹が我が屋敷に来た。
「ブレストプレートができたのか?」
「あとちょっとで終わる。先に出来た鎧下とブラジャーを持ってきたのさ」
鍛冶師姉妹を倉庫に招き入れ、ゼラにブラジャーを着けてもらう。その際にどのようにブラジャーを装着するのかを鍛冶師妹に教えてもらう。
「えぇと、カダール様がゼラたんにブラジャーを着けるの?」
「ゼラに服を着せるのは、基本的には俺なのだが」
「へ、へぇー」
「何かおかしいか?」
「何かがおかしいと思いますが?」
ゼラに服を着せるのは俺の役目だと思っていたが、ゼラもそろそろ一人で着替えができるように練習すべきだろうか?
おっぱいをカップに納めてバンドの長さを調節する、と。首の下と背中とバンドがクロスしており、胸の下にもバンドがある。これで固定して激しい動きでもぶれないようになる、ということらしい。
ゼラの褐色の肌に白いブラジャーだけ、という姿は胸が更に強調されて見えるので、これはこれでなかなかいい。素晴らしい。
「鎧下を着せますよー」
「ウン」
ブラジャーを着けて鎧下を着せて、ゼラが着心地を確かめるように腕をグルグル回す。
「どうだゼラ?」
「ンー、ちょっと窮屈」
「バンドはもう少し緩めにした方が良かったか?」
ゼラの新装備の装着を横で眺めていたルブセィラ女史が眼鏡を光らせる。
「ゼラさんはもともと胸を含めて全身の重量を魔法で調整しているようです。下半身の蜘蛛体は大きいのに屋根に登っても屋根が抜けませんから。ジャンプ力は高く、それでいて足音は静か。胸が重くて肩凝りすることも、激しく動いて胸が痛いということも、これまで無いと言ってましたし」
「なんだそりゃ、羨ましい」
「この大きさでこの形を保つ。ゼラさんは常時、見えない魔法のブラジャーを着けてるようなものでしょうね」
「やたらと立派にツンと突き出るように見えるのは、アルケニーの魔法の力だったのか」
鍛冶師姉が鎧下を着けたゼラを見て呟く。話を聞いてみると胸の大きい姉が仕事をしやすくするために、妹が運動用のブラジャーを開発し、それが女性客に好評なのだとか。
ゼラの新しいブラジャーに鎧下は、大きさはこれで良し。
「あとはブレストプレートか」
「その前にこれを見て下さい」
鍛冶師妹がテーブルの上に大きな包みを置く。
「じゃーん♪」
楽しげに口ずさみ包みを開けて出てくるのは、丸い小山のようなパイがふたつ。む?
「ゼラたんのおっぱいの型で作った、おっぱいパイです」
おいこら、なんてものを作ってやがる? 何か見覚えのある形だと思ったら、ゼラの双丘そっくり。ゼラの胸の型で作ったのなら、生地の色とゼラの肌の色と違いはあっても形は同じになるのか。
テーブルの上の二つの小山のようなパイを見て、フェディエアが溜め息をつく。
「こうして改めて見ると、大きいですね。ゼラさんのおっぱいパイ」
「これをうちで売ろうかな、と」
「不許可!」
不許可だこのやろう。なんでゼラのおっぱいをローグシーの鍛冶屋でパイにして売るなんて話になるんだ? ゼラのおっぱいを見世物にする気か? 何を考えてんだ?
鍛冶師妹は、あははー、と笑う。
「ダメですか? 蜘蛛の姫のおっぱいパイ。人気ありそうですけど」
「余計にダメだ。認めん」
「型取りしたのを見たら、これで何か作れそうと感じて、この型でパイにしてみたんですよ。ゼリーとかプリンだと大きすぎて自重で潰れそうで」
「ゼリーでもプリンでも寒天でもダメだ。これをローグシーの街で売るなら、ゼラの鎧は他の鎧鍛冶師に頼むことにする」
「許可が貰えないのでしたら、販売はしませんよ。ちょっとしたお茶目なサービスなのに、そんなに怒らなくても」
鍛冶師妹はしょんぼりと。サービス? お茶目? いや、本気でこれで商売にしようという目をしてた気がする。この鎧鍛冶師に任せて大丈夫なのか?
つい、半目で睨んでしまう。鍛冶師姉が、まぁまぁ、と言いながらフォークとナイフを用意する。
「妹の悪ふざけが過ぎたのは謝る。これ食べて機嫌を直してくれ」
「ブレストプレートを見世物にするくらいならいいが、これはダメだろう」
「旦那の大事なお姫様の胸はうちの鍛冶屋の外には出さない。これでいいかい?」
「当然だ」
「まぁ、作ってしまったものは皆で食べてくれ」
食べて胃の中に隠してしまうとしようか。しかし、形はゼラの胸にそっくり。この大きさでは確かに一人前では無い。皆で食べるなら切り分けるとするか。ナイフとフォークを手に持って、このパイに、ナイフを? 切り分けるだと?
「……俺には、無理だ」
ゼラのおっぱいにフォークを刺してナイフで切り分けるなど、俺にはできん。そんな残酷なことできるか。形がそっくり過ぎて刺すとか切るとか、無理だ。
「エクアド、これはどうすればいい?」
「俺もこのパイにナイフを入れるのは抵抗があるな」
切り分けないと大きなまま。どうしたものかと悩んでいると鍛冶師妹がパイをひとつ、両手で持ち上げる。
「でしたら切らずにかぶりつけばいいんですよ。いただきまーす」
鍛冶師妹はゼラの胸そっくりのおっぱいパイにかぶりつく。もぐもぐしながら、
「むぐむぐ、もう少し甘くしても良かったかな? この大きさは食いでがありますね」
なにやら楽しそうにパイを食べている。うむぅ、ゼラのおっぱいにかぶりついて幸せそうというのが、何やら腹ただしい。
ゼラはキョトンとした顔で鍛冶師妹に近づいて、小首を傾げて一言。
「ゼラのおっぱい、美味しい?」
プパッ。
栓の抜けるような音を立てて、鍛冶師妹の鼻から出た鼻血がおっぱいパイを赤く染めていく。
「ゼラたんのおっぱい、美味しいです! ふおお、かわいい……」
赤く染まったパイは鼻血の味しかしないんじゃないか? 危ない目付きで鼻血のついたおっぱいパイを食べ続ける鍛冶師妹。この女、頭は大丈夫なのか?
「趣味はアレだけど、仕事は一流なんだよ」
フォローしてる鍛冶師姉も呆れ気味だ。
残ったもうひとつのおっぱいパイは無事で、皆で食べてみたところ、甘さ控えめで中に入ったドライフルーツがいい味をしている。ゼラも美味しいと喜んで食べた。
鼻血を流して恍惚としている鍛冶師妹。
こんな奴にゼラの胸の型を預けててもいいのだろうか。
「女性の戦闘系にぶ、ブラジャーが必須だったとは」
「大きい人は激しく動くと痛いんですよね。私には解りませんが」
鎧鍛冶師の妹さん、アーキィが俺とゼラに教えてくれる。男の俺には解らないものだが、そうか、胸に重りをぶら下げているようなものなのか。
これまでゼラには鎧下だけで、ゼラはブラジャーなど着けなくても平気で動いていたようだが。
知らずにゼラの褐色の果実にダメージがあったとしたなら、なんだか申し訳無い。
「女のハンターはさらしや胸潰しを使ってたりしますが、それだと形が崩れたりするのですよ。もったいない」
「胸潰し? 何か痛そうだが?」
「弓を使うのにおっぱいが邪魔になる人もいるんですよ」
うぅむ、勉強になる。胸が小さいと大きいのを羨み、大きいと邪魔になると悩む。女性とは苦労が多いのか。だが副隊長の俺がそういうのを気にしても女性隊員に気持ち悪がられるだろうし。この分野は男がエロさを見せずにサポートすることはできないのだろうか。
「こうして型を取ってしまえば、本人がいなくてもピッタリ合わせたのが作れるのよ」
「ふーん」
アーキィがゼラと話をしている。粘土が乾くまで話し相手になってくれるようだ。ゼラが興味を持った裁縫道具や巻き尺などを手に持って、ゼラに見せて説明してくれる。
こちらはこちらで良いとして。
「予算としてはこのくらいで」
「お、けっこう出すね」
鍛冶師の姉の方はフェディエアと話をしている。この機会にフェディエアの交渉がどのくらいか見てみるとしよう。商取引は父親でもあるバストルン商会長に仕込まれた、と聞いてはいるが。
女鍛冶師はフェディエアの手のメモ書きを見て嬉しそうに笑う。
「プラシュ銀合金を派手に使ってもいいってことだ」
「そうね。これで二つ作ってちょうだい」
「ふたつ? この値で一つじゃ無いのかい?」
「そう、二つ作って、急ぎは一つ」
「いや、ブレストプレート二つ分ならもうちょい出してくんない?」
「一つは予備でここに置いておくから」
「必要になったら取りに来るって?」
「それもあるけれど」
フェディエアは含みのある笑顔を女鍛冶師に向ける。
「予備の一つはここで飾ってもいいわ。非売品とつけて並べておいたら?」
「ほう、看板代わりにしてもいいって?」
「王家より預かる魔獣アルケニー、このローグシーでも噂の蜘蛛の姫。その鎧作りを任されて、出来たゼラちゃん専用の特殊なブレストプレートがこちら。これが店にあったら見に来る人が増えるんじゃない?」
「変わり物のオーダーメードならうちにお任せってね。客寄せになるか。あんたやるね」
「お客が少なくて困ってるって感じは無いから、必要無いかしら?」
「いいや、うちの技術アピールになる。乗った、それで行こう。うちは女客が多いが蜘蛛の姫の鎧と聞いたら見に来る奴がいそうだ」
「型取りしたのだから今後もここでゼラちゃんの装備を作ってもらうわ」
「さっき言ってた、鞍に
「それもあるけれど、今後の為に儀礼用の装備一式も開発して欲しいの」
「儀礼用はまだいいが、鞍の方は今まで作ったことが無い物だから、かなり試作を作って試してみないとならない。材料費を弾んでくれたら、開発も進むんだがな?」
「ある程度は出すけれど、奮発したら際限無く余計な物まで作りそうね? 開発費用は出すけれど、資金追加するのは試作品を見せて貰ってからね」
「解った、それでいい。ショルダーには飾りをつけるのか? 紋章とか」
「最初のひとつは実用一点張りでいいわ。それでゼラちゃんに使ってみた具合を聞いてみないと」
「いろいろ取り付けるのは、後回しで。うん。色は前と同じ赤でいいのか?」
「ウィラーイン家の紋章も赤地に黒の飛び立つ鷹だから、紋章入りの前掛けと合わせて、鎧も赤でいいわね。でももう少し明るく鮮やかな赤にできる?」
「それなら、色見本がこっちに」
「ゼラちゃんにも見て貰いましょう。かっこ良くて可愛い鎧をご所望よ」
「可愛い鎧ってのは、難しいな」
む、流石かつてのバストルン商会の娘フェディエア。連れてきてみて良かった。さくさくと話が進む。
ゼラの上半身に着けた粘土が乾き、前後で二つに割って型取りが終わる。
「調理用のボールみたい」
白い大きな二つの器を並べたような、ゼラの胸の型。鎧鍛冶師の妹がその器に顔を寄せてくんかくんかと匂いを嗅ぐ。
「ふわぁ、何か甘い匂いがするー」
「どれどれ」
鍛冶師の姉も、興味を持ったのか他の女鍛冶師、下働き、アルケニー監視部隊、フェディエアまでゼラの胸の型の匂いを嗅いでいる。なんだこの異様な光景は。
「香水つけてる訳じゃ無いんだよな? なんだろ、人と体臭が違うのか?」
「そうなのか?」
「あぁ、ほんのりと甘い匂いがする。旦那は気がつかなかったのか?」
「いい匂いがすると思ってはいたが、俺はゼラの胸以外の女の胸の匂いを嗅いだことは無くて。おっぱいとはそういう匂いのするものだと思っていたが、違うのか?」
人と体臭は違うのか? 知らなかった。女性のおっぱいの匂いとはどのようなものなのだろうか? いや、そこに興味を持っても試してみれば浮気になってしまう。いかんいかん。
ん? また何か女性陣が妙な目で俺を見ている。女鍛冶師がイタズラっぽく流し目で俺を見る。
「旦那、あたしでよけりゃちょっと嗅いでみるかい?」
「いや、遠慮しておく」
「そこまでバッサリだと傷つくねぇ」
「すまん。気持ちだけ有り難く受け取っておく」
「ゼラたん一途かい。義の貴人ハラード様の息子ってのはいい男だね」
なんだか居心地が悪いので、ゼラの身体を拭くことにする。肌についてる粘土のカスを手拭いでポロポロ落とす。ゼラがキョトンとして。
「ゼラの匂い、人の女と違う?」
「どうもそうらしい。俺には解らないが」
「ンー? どう違うの? エクアドなら解る? エクアド、ゼラのおっぱい嗅いでみる?」
エクアドが周りの女性陣を見回して、ゆるりと首を振る。
「あー、遠慮しておく」
「ンー、でもエクアドもゼラのこと、報告書に書かないといけないんじゃないの?」
「ゼラの身体の特徴を調べるのは、ルブセィラに任せているから」
鍛冶屋を後にするときは俺もエクアドも何故かグッタリと疲れた。精神がいろいろと削られたような気がする。
帰りは帰りでまたローグシーの街の人と子供に囲まれてしまう。ゼラを見慣れれば少しはマシになるだろうか。
ゼラのブレストプレートができるまでの間、遠征準備を進める。ウィラーイン領以外の領地に行くので、そこの領主に手紙を書いて送る。
エルアーリュ王子の命で行くのだが、こうして事前に手紙と使者を送って説明しておけば、後のトラブルも少ない。向こうの兵団、職人と合同となるやも知れないし。
ローグシーに来たばかりのシウタグラ商会の支店にも顔を出して、馬車の用意など。
俺の愛馬ディストールはアルケニー監視部隊の男隊員に譲ることにした。ゼラがいるところで俺が馬に乗ろうとすると、ゼラが嫌がる。
「カダールはゼラに乗ればいいのっ」
と、俺を掴んで馬から降ろしてゼラの蜘蛛の背に乗せるので。愛馬ディストールも前回の遠征で貸した男ハンターになついている。
少し寂しいがディストールはもう、別れた夫を見るような目で俺を見るし、ディストールとゼラの間で話はついてしまったような雰囲気がある。
愛馬ディストールにとっては、俺は新しい女に浮気して行ってしまった昔の男なのだろうか。すまん、ディストール。
準備がそこそこ終わる頃に鍛冶屋の姉妹が我が屋敷に来た。
「ブレストプレートができたのか?」
「あとちょっとで終わる。先に出来た鎧下とブラジャーを持ってきたのさ」
鍛冶師姉妹を倉庫に招き入れ、ゼラにブラジャーを着けてもらう。その際にどのようにブラジャーを装着するのかを鍛冶師妹に教えてもらう。
「えぇと、カダール様がゼラたんにブラジャーを着けるの?」
「ゼラに服を着せるのは、基本的には俺なのだが」
「へ、へぇー」
「何かおかしいか?」
「何かがおかしいと思いますが?」
ゼラに服を着せるのは俺の役目だと思っていたが、ゼラもそろそろ一人で着替えができるように練習すべきだろうか?
おっぱいをカップに納めてバンドの長さを調節する、と。首の下と背中とバンドがクロスしており、胸の下にもバンドがある。これで固定して激しい動きでもぶれないようになる、ということらしい。
ゼラの褐色の肌に白いブラジャーだけ、という姿は胸が更に強調されて見えるので、これはこれでなかなかいい。素晴らしい。
「鎧下を着せますよー」
「ウン」
ブラジャーを着けて鎧下を着せて、ゼラが着心地を確かめるように腕をグルグル回す。
「どうだゼラ?」
「ンー、ちょっと窮屈」
「バンドはもう少し緩めにした方が良かったか?」
ゼラの新装備の装着を横で眺めていたルブセィラ女史が眼鏡を光らせる。
「ゼラさんはもともと胸を含めて全身の重量を魔法で調整しているようです。下半身の蜘蛛体は大きいのに屋根に登っても屋根が抜けませんから。ジャンプ力は高く、それでいて足音は静か。胸が重くて肩凝りすることも、激しく動いて胸が痛いということも、これまで無いと言ってましたし」
「なんだそりゃ、羨ましい」
「この大きさでこの形を保つ。ゼラさんは常時、見えない魔法のブラジャーを着けてるようなものでしょうね」
「やたらと立派にツンと突き出るように見えるのは、アルケニーの魔法の力だったのか」
鍛冶師姉が鎧下を着けたゼラを見て呟く。話を聞いてみると胸の大きい姉が仕事をしやすくするために、妹が運動用のブラジャーを開発し、それが女性客に好評なのだとか。
ゼラの新しいブラジャーに鎧下は、大きさはこれで良し。
「あとはブレストプレートか」
「その前にこれを見て下さい」
鍛冶師妹がテーブルの上に大きな包みを置く。
「じゃーん♪」
楽しげに口ずさみ包みを開けて出てくるのは、丸い小山のようなパイがふたつ。む?
「ゼラたんのおっぱいの型で作った、おっぱいパイです」
おいこら、なんてものを作ってやがる? 何か見覚えのある形だと思ったら、ゼラの双丘そっくり。ゼラの胸の型で作ったのなら、生地の色とゼラの肌の色と違いはあっても形は同じになるのか。
テーブルの上の二つの小山のようなパイを見て、フェディエアが溜め息をつく。
「こうして改めて見ると、大きいですね。ゼラさんのおっぱいパイ」
「これをうちで売ろうかな、と」
「不許可!」
不許可だこのやろう。なんでゼラのおっぱいをローグシーの鍛冶屋でパイにして売るなんて話になるんだ? ゼラのおっぱいを見世物にする気か? 何を考えてんだ?
鍛冶師妹は、あははー、と笑う。
「ダメですか? 蜘蛛の姫のおっぱいパイ。人気ありそうですけど」
「余計にダメだ。認めん」
「型取りしたのを見たら、これで何か作れそうと感じて、この型でパイにしてみたんですよ。ゼリーとかプリンだと大きすぎて自重で潰れそうで」
「ゼリーでもプリンでも寒天でもダメだ。これをローグシーの街で売るなら、ゼラの鎧は他の鎧鍛冶師に頼むことにする」
「許可が貰えないのでしたら、販売はしませんよ。ちょっとしたお茶目なサービスなのに、そんなに怒らなくても」
鍛冶師妹はしょんぼりと。サービス? お茶目? いや、本気でこれで商売にしようという目をしてた気がする。この鎧鍛冶師に任せて大丈夫なのか?
つい、半目で睨んでしまう。鍛冶師姉が、まぁまぁ、と言いながらフォークとナイフを用意する。
「妹の悪ふざけが過ぎたのは謝る。これ食べて機嫌を直してくれ」
「ブレストプレートを見世物にするくらいならいいが、これはダメだろう」
「旦那の大事なお姫様の胸はうちの鍛冶屋の外には出さない。これでいいかい?」
「当然だ」
「まぁ、作ってしまったものは皆で食べてくれ」
食べて胃の中に隠してしまうとしようか。しかし、形はゼラの胸にそっくり。この大きさでは確かに一人前では無い。皆で食べるなら切り分けるとするか。ナイフとフォークを手に持って、このパイに、ナイフを? 切り分けるだと?
「……俺には、無理だ」
ゼラのおっぱいにフォークを刺してナイフで切り分けるなど、俺にはできん。そんな残酷なことできるか。形がそっくり過ぎて刺すとか切るとか、無理だ。
「エクアド、これはどうすればいい?」
「俺もこのパイにナイフを入れるのは抵抗があるな」
切り分けないと大きなまま。どうしたものかと悩んでいると鍛冶師妹がパイをひとつ、両手で持ち上げる。
「でしたら切らずにかぶりつけばいいんですよ。いただきまーす」
鍛冶師妹はゼラの胸そっくりのおっぱいパイにかぶりつく。もぐもぐしながら、
「むぐむぐ、もう少し甘くしても良かったかな? この大きさは食いでがありますね」
なにやら楽しそうにパイを食べている。うむぅ、ゼラのおっぱいにかぶりついて幸せそうというのが、何やら腹ただしい。
ゼラはキョトンとした顔で鍛冶師妹に近づいて、小首を傾げて一言。
「ゼラのおっぱい、美味しい?」
プパッ。
栓の抜けるような音を立てて、鍛冶師妹の鼻から出た鼻血がおっぱいパイを赤く染めていく。
「ゼラたんのおっぱい、美味しいです! ふおお、かわいい……」
赤く染まったパイは鼻血の味しかしないんじゃないか? 危ない目付きで鼻血のついたおっぱいパイを食べ続ける鍛冶師妹。この女、頭は大丈夫なのか?
「趣味はアレだけど、仕事は一流なんだよ」
フォローしてる鍛冶師姉も呆れ気味だ。
残ったもうひとつのおっぱいパイは無事で、皆で食べてみたところ、甘さ控えめで中に入ったドライフルーツがいい味をしている。ゼラも美味しいと喜んで食べた。
鼻血を流して恍惚としている鍛冶師妹。
こんな奴にゼラの胸の型を預けててもいいのだろうか。