第三話
文字数 5,479文字
「カダール、痛かった? あええ、ごめんなさい、カダール、ごめんなさいぃ」
「謝らなくていいんだゼラ。治してもらってもう痛くは無いから。ほら、もう大丈夫だ」
なかなか泣き止まないゼラを胸に抱いて、背中をポンポンと叩く。ゼラの顔の前でもとに戻った手を握ったり開いたりして見せる。ひっくひっくとしゃくりあげるゼラの涙は、なかなか止まらない。
「丸太が砕けた時点で止めさせるべきだったか」
粉々に砕けた丸太の破片を見て、エクアドが呟く。同じように割れた木片を手に摘まんで見るルブセィラ女史が続けて。
「ですがカダール様が身を張ってくれたおかげで、ゼラさんに自慰指導する際に注意する点が具体的に解りました」
ゼラの背をさするフェディエアが、
「いつもイチャイチャしてるお二人ですが、影にこんな苦労があるとは。ゼラちゃん、落ち着いた? お水飲む?」
「ひっく、うう、ゼラ、またやっちゃった……」
「今のはゼラちゃんがやったんじゃなくて、カダール様がやらせたのよ。だからゼラちゃんは悪くないから」
まったくだ。お茶のときは知らなかったから仕方無いが、今回は俺が止めるべきだった。あのままゼラをスッキリさせようとして、こんなことになってしまった。
ゼラを俺の手でいい感じにするのが、何か楽しくなってきて止まらなくなってしまった。もう少し、という感じがしてた。ゼラの魅惑に俺の意志は負けっぱなしだ。これは痛い思いをしたのも自業自得だ。
少し落ち着いたゼラに、フェディエアが水を飲ませる。エクアドがゼラを見て少し考える。
「……よし、次の村に行く前にこの野営地でもう一日過ごす。ゼラ、明日は布を作ってくれ」
俺はハンカチでゼラの涙を拭いて。
「エクアド、それって、」
「この辺りは魔獣深森からも離れて魔獣の心配も無い。ゼラが魔力枯渇になっても二日から三日でもとに戻ることは解っている。ここで魔力枯渇になっても、次の村につく頃には回復している」
それはつまり、明日、ムニャムニャしてゼラの欲求不満を解消しろ、と。
「次の村でもゼラには出張治療院をしてもらう予定だから、ゼラの調子が悪いのは困る。ゼラ、明日一日、カダールを好きにしていいぞ」
ゼラは目をぱちくりとさせて。
「エクアド、いいの? 遠征中はムニャムニャ禁止って」
「それでゼラがイライラするようだと、この先上手く行かないだろう。ゼラは明日一日でスッキリしてもらって、次の村でも住人にはにこやかに応対して貰いたい」
「いいの? ムニャムニャしてもいいの?」
「あぁ。ただし、明後日は寝不足でふらついていても引きずって行くから」
「エクアド、ありがとう!」
ゼラがエクアドに抱きついて、むぎゅっとする。ゼラの胸に顔を埋めたエクアドが、くぐもった声で、そういうのはカダールだけにしてくれ、ともがいてゼラの腕から抜け出す。
ゼラが自慰を憶えるのも簡単ではなさそうなので、日程が一日遅れるが、ゼラを元気にするにはこれがいいのか。またテントで聞かれながらするのはこれで三回目になるのか。
「すまんなエクアド」
「気にするな。ゼラには機嫌良くいてもらわなければ、こっちが調子が狂う」
ルブセィラ女史が眼鏡をキラリとさせて。
「エクアド隊長、もう簀巻きは止めて下さい。覗きませんから。テントのそばで聞き耳を立てて、会話を記録するだけですから」
「そういうのをやめろと言ってる」
「ではメモを手放して他の隊員と同じように聞き耳を立てるだけなら?」
「ルブセィラはエルアーリュ王子への報告書に何を書くつもりなんだ?」
「カダール様が恥ずかしいというのは私にも解ります。なのでムニャムニャの実態と睦言会話は内容不明として、日付とおおよその性交回数だけ記録します。本当はじっくりと観察して体液のサンプルなど採取したいのですが、それは我慢します」
「それをちゃんと我慢できるのなら、簀巻きは勘弁してやる」
こうして急遽、予定外に野営を一日追加することになった。
翌日、ゼラは鼻歌しながら糸を出し、極上の布を編む。この布も名称をつけた方がいいか? またルブセィラ女史が何か命名するだろうか。
隊員にはエクアドが伝え、ゼラが布を編むのも見て、ウンウンと頷いていたりする者がいたり。夜にしっかりと夜警するためか、気合い入れて昼寝する隊員もいる。お前ら、何を楽しそうに……。
いや、テントでも倉庫でも、音を聞かれるのはいつものことではあるが。倉庫の中では、流石に見られるのは阻止しようと、寝床をカーテンで覆い隠したのだが。
ゼラは羞恥心が人とは違うので、しているときに声が大きくなったりする。俺のアレがどうなって、どこをどんな風にどうしてるか口にしたりしてしまう。俺がゼラとどんな手順でどういう風にどうしてこうしてあーしているか、監視している隊員にはゼラの実況でバレてしまっているだろう。
前回のテントでしたときには隊員のひとり、俺とエクアドの後輩になる少年騎士が鼻血を出して倒れてしまった。以来、夜間の監視は女性隊員がするように。
外でテントで、というのをなにやらウキウキして待ち構える隊員がいる。うぬぅ、アルケニー監視部隊の、風紀が乱れていくような。
ゼラが魔力を込めるだけ込めて、半日かけて布を編む。完成した布はルブセィラ女史に渡して保管。ゼラは魔力枯渇に近づいて、自分に“
「カダール、しよっ」
「よし、やろう」
俺とゼラの関係に、闇の母神と深都の住人というのは、何か期待しているらしい。何を考えているのか解らないが、俺がゼラを愛していることに変わりはない。恥ずかしい試練ばかりというのが、ちょっと辛いが、ゼラの幸せの為なら何でもすると誓った想いに偽りは無い。
俺はナイフで自分の胸を浅く切り、いつもするときのようにゼラに血を舐めさせる。目を細めて赤紫の瞳の輝きを強くするゼラ。しがみつくようにして俺の血を啜る。
「美味しいか? ゼラ?」
「ウン、美味しいとちょっと違う。フワフワして、溶けそう……」
はぁ、と熱い息を吐き目を潤ませるゼラ。それでゼラとムニャムニャしたのだが。……ゼラはいつの間に、口でしたりとか、胸で挟んだりとかを憶えたのだろうか? すごくいい。たまらない。なにより俺の為にとがんばってくれるのが愛しい。
赤い舌が蠢き、ペロペロと舐めて、身体を押しつけてくるゼラが、上目使いで、
「カダール、気持ちイイ?」
と、訪ねたとき、その可愛らしさに理性の糸がプツンと切れる音が、頭の中で聞こえた。また、優しくできなかった。激しくなってしまった。夜明け近くまでゼラを泣かせ続けることになってしまった。またやってしまった、すまんゼラ。ゼラは全身をピクンピクンと痙攣させて、ふにゃりと溶けるように微笑み、気絶するように眠りについた。だが、これでゼラは満足できたようで、翌日からスッキリした笑顔を見せてくれるようになった。
「むふん、おなかいっぱい」
夜間警備していた隊員は、一晩聞いてる方がぐったり疲れる、とか、副隊長は夜無双か、とか、底無し精豪、など好き勝手に言う。俺は他の男の夜事情など知らないので、比べて自分がどうなのかは解らない。ゼラとだったらずっとできそうな気がする。
その後、残りの日程でゼラの欲求不満を抑える案としてエクアドが、
「仲がいいのは解るが、毎晩一緒だと余計にしたくなるんじゃないか?」
と、言うことでゼラと俺が別のテントで寝る、というのを試すことに。これにゼラが反対したが、一緒に寝てるとムニャムニャしたくなるのは事実。しかし、これまで俺を抱き枕のようにするのに慣れたゼラは嫌がる。
ルブセィラ女史が眼鏡をキラリと光らせて。
「では、私が代わりに抱き枕となりましょう。どうですか、ゼラさん?」
ルブセィラ女史だと、ちょっと不安がある。なので他の女性隊員はどうかと聞いてみると、意外に立候補者が多い。ゼラの蜘蛛の背は、ソファとしてもベッドとしても、人気があるのは解るのだが。ゼラと同衾してみたい、というのも人気があった。なのでゼラに誰がいいかと選んで貰う。
「ンー、じゃ、シグルビー」
「え? あたし? まぁ、いいけど……」
ゼラはもとハンターの女性隊員を指名した。ゼラはアルケニー監視部隊の隊員とは仲良くやっている。その中からひとりを迷いなく選んだのは意外だ。ゼラにお菓子をよくあげていた女騎士が、ちょっと悔しそうだ。
俺もゼラと一緒に寝るのに慣れてしまい、身体の上にゼラの重みが無いのは落ち着かない。
ローグシーの街に戻れば以前のように暮らすということで、ゼラには隊員シグルビーと一晩過ごしてもらう。ゼラは不満そうだったが、また欲求不満が高まると皆に心配されそうだと解ったようで、シグルビーとゼラ専用特大テントで一晩。
翌日の朝、ゼラはスッキリとした顔をしていた。
「シグルビーがね、寝る前にいろんなこと教えてくれるの。シグルビーはいろいろと知ってるの」
「そうか。どんなことを教えてもらったんだ?」
「えっとね、あ、これはゼラとシグルビーの内緒」
「内緒なのか? 俺にも秘密なのか?」
「ンー、ウン。カダールにも秘密」
イタズラっ子のように微笑み、唇に人差し指を当てるゼラ。教えてもらえないのは残念だが、こんな風に女同士の秘密の話をするくらいに、ゼラとシグルビーは仲良くなっていたのか。そのシグルビーを見ると寝不足気味のちょっと辛そうな顔をしている。
「大丈夫か?」
「あぁ、副隊長。一晩ゼラちゃんの抱き枕になるくらいならいいけど、二晩連続は勘弁して欲しい」
「何かあったか?」
「何も無い。何も無いんだけど、何か起きそうになる。裸のゼラちゃんに抱きつかれて、その、いろいろ話をして、無防備なところを間近で見せられると、……なにかが目覚めそうになる」
「目覚めるって、何が?」
「解るだろ? 副隊長、いや、解れよ」
「何のことかよく解らんが、その、少しは解った」
俺とゼラが一緒に寝ることもあるが、ゼラがムラムラモヤンモヤンしてきたら、シグルビーが俺の代わりの抱き枕になってくれるようになった。ただ、他の女性隊員からも一度ゼラの抱き枕になってみたい、という要望があり、何人か交代で試してみることに。
ある日、ルブセィラ女史がゼラと話ながらメモをとっている。メモを覗いてみると一番上に俺の名前がある。
「二人とも何の話をしているんだ?」
「えっとね、抱き枕ランキング」
抱き枕、ランキング? なんだそれは? ルブセィラ女史が眼鏡に指を当てる。
「ゼラさんが誰を抱き枕にするのが好きか聞いてみました。一位はカダール様で断突、これは解ります。抱き心地よりも、お話がおもしろい、子守唄が心地好いというのが上位ですね。しかし、この二位が隊員シグルビーというのが」
「シグルビー、物知り。いろんなこと教えてくれる」
「知識の量では私は負けて無いと思うのですが、理屈っぽくなり楽しいお話にはなりませんか? 私やエクアド隊長がゼラさんの抱き枕となったとき、このランキングのどこに入るのか」
「エクアドもゼラと一緒に寝てみたい?」
「それはエクアド隊長もカダール様も後で困る事になるので、女性隊員のみということで」
おかしなランキング戦にエクアドを巻き込まないでくれ。あとで女性隊員に聞いてみると、弟や妹、近所の子など面倒を見てた経験のある者がランキング上位だった。
その中にはゼラに、男に裸を見せるのは恥ずかしいこと、とか、常識的なこと。髪型とかお洒落について、服について、という女性らしいことを教えてくれる者も。俺とルブセィラ女史では教えられない分野を、ゼラに教育してくれるという効果もあった。
その中で隊員シグルビーが二位というのは疑問なので、改めてゼラに聞いてみたが、隊員シグルビーから何を教えられたかは俺にも秘密なのだと。
秘密にされると気になる。いったい何を教えられているのか。いかがわしいこと、いいかげんなことだったら困る。シグルビー本人から直接聞いてみたところ、シグルビーがゼラに自慰の仕方を教えたことが解った。そうか、それでゼラはスッキリしてたのか。
「ゼラちゃんがあたしの腕の中で、ひとりでしながら悶えてるのを見てると、ドキドキして、なんだかヤバくなってきてしまって……」
「そ、そうか。いや、ゼラにそういうことを教えてくれるのは有り難いが、シグルビーは骨折とかしてないのか? 大丈夫か?」
「ゼラちゃんが全力で抱きつきたいのは、副隊長だけだよ」
はあ、と溜め息つく隊員シグルビー。心労させてしまったか。彼女は目を逸らして頭を掻いて。
「まぁ、いいけどさ。ほんと、おかしな部隊だよ、ここは」
「これまで前例の無い特殊部隊だから、これからも何があるか解らん」
「そりゃまた楽しみだ。いい給料もらってるからね。こんなんでゼラちゃんの役に立てるならお安い御用さ」
こうしてゼラは自慰を憶えた。ゼラがシグルビーから教えられたことを、秘密にするというのも理解した。俺もシグルビーの名誉の為に、この事は口にしないようにしよう。
隊員シグルビーの尽力のおかげか、残りの日程はスムーズに進んだ。