第二十六話

文字数 5,529文字


「敵の規模は!?」
「夜に黒い姿のウェアウルフの為、総数は不明、百は越えています! 西の街壁で戦闘が始まり、一部は街壁を越えローグシーの街中に!」

 フクロウのクチバの声にアルケニー監視部隊が戦闘準備を始め、俺も倉庫に駆け戻る。まったく、いつ来るかと警戒しているときには来ないで、ならばこちらからと準備をしているときに来るとは。腹ただしい奴等だ。

「ゼラ! 起きてくれ! 母上! 敵襲です!」
「んにゃ?」

 起きて寝ぼけ眼を片手で擦るゼラ。母上は素早く起き上がり屋敷へと向かう。

「サレン! 私の装備は?」
「用意してあります」

 こちらも装備を、んにゃ? と寝ぼけるゼラにバンザイさせて鎧下を着させる。アルケニー監視部隊の隊員二人が試作のゼラ用の鞍を持ち上げ、ゼラの蜘蛛の背に取りつける。大人しくされるがままに装備をつけるゼラが、目を擦り、しっかりと目覚めたようで、

「カダール、敵?」
「そうだ。ローグシーの街が危ない」
「前にカダールが言ってた通り、ゼラはハハウエとハウルルを守ればいいんだよね?」
「目的がハウルルなら街の方は明らかに陽動だ。だからと言って放っておくこともできん。ゼラ、ブレストプレートをつけるぞ」
「ウン!」

 ゼラに赤いブレストプレートと前掛けをつけて、俺は自分の左肘に円盾(バックラー)をつける。次に鎧鍛冶姉妹が作った新兵器、従来よりやや小型のクロスボウを手にする。エクアドが倉庫に駆け込んで来た。

「カダール、準備は?」
「すぐに出られる。街は?」
「フクロウの伝令では、西以外も北と南からも街壁を昇って来ている。足が速く止められ無いと。なかなか来なかったのは数を揃える為の準備期間か?」
「指揮官がいれば生け捕りにしたいところだ」
「鞍、つけました!」

 アルケニー監視部隊の女騎士が声を張る。俺はゼラの蜘蛛の背に乗る。
 新型のゼラ用の鞍には武装置き(ウェポンラック)がつき、長剣、小剣、短剣、クロスボウの(ボルト)矢倉(ボックス)がセットされている。

「カダール、鎧は?」
「俺はいい、時間が惜しい」
円盾(バックラー)ひとつでいいのか?」
「馬に乗るのとゼラに乗るのは違う」
「その試作の鞍もクロスボウも数回試しただけだろうに」
「どちらも注文通りだ。あの鍛冶姉妹は腕はいい。こんな変わり種だというのに」
「試しに使われてるんじゃないのか? アルケニー監視部隊は援護班はゼラに! 残りは屋敷の守備に当たれ!」

 倉庫の中では寝床の上で、起きたハウルルがびっくりキョトンとしている。倉庫に入って来たアシェンドネイルがハウルルの側に立つ。

「アシェンドネイルはハウルルを守ってもらおうか」
「あまり私に期待しないでね。この呪布で弱体しているのだから」
「それでも戦力としては、アシェンドネイルがウェアウルフに遅れは取らないだろうに」
「ウィラーイン領に手を出さないというのは、良くも悪くも手を出さない、ということよ。それに蜘蛛の姫の手柄を横取りする気は無いわ」

 アシェンドネイルはクインとは違い、人の住む街を守る気は無いということか。アバランの街を守る、カーラヴィンカのクインの方が、深都の中では変わり者なのかもしれない。
 アルケニー監視部隊にハウルルの護衛を頼み、ゼラが倉庫から出る。俺は鞍のベルトを締める。腰、両膝の三ヶ所をしっかりと固定。ゼラから落ちないことを重視したため、下半身の自由は効かないが、これで落下の心配は無い。

「ゼラ、ワシを乗せてくれ」
「ウン! チチウエ」

 庭に出ると完全装備の父上が待ち構えていた。紋章入りの赤いマントまで着けている。父上に手を伸ばしてゼラの蜘蛛の背に引き上げる。
 父上は興味深そうに小さく笑って俺を見る。

「なんとも見慣れない曲乗りのようだが?」
「戦馬とは違いますから」

 曲乗りか、今の俺はゼラと背中合わせになっている。後ろ向きに乗っているわけだ。騎士が馬に乗るのと比べては奇妙に見えるか。
 ゼラは馬と違い自分で考えて自分で戦う。乗り手の俺の役割はゼラの背面の警戒、それと万一ゼラが暴走したときの為に、俺の血を飲ませて止めること。
 通常の剣や槍を持っても、ゼラの蜘蛛の背では使う機会は少ない。ゼラの蜘蛛の足が蹴飛ばす方が早い。使うなら取り回しの良い飛び道具だ。
 しかし、この状態で父上も乗せるとなると、父上は俺の足の間に座ることになる。これは二人乗りにしてはなかなか無い状態かもしれない。ゼラの蜘蛛の背で父上と正面から近く向き合うというのは。
 アルケニー調査班の女性陣が、何か呟きながら鼻息が荒い。またか、出撃前に剣雷親子が、とか、対面式とか、聞きたくない。夜襲にも怯えずブレないのはいいが、父上まで巻き込むな。
 ゼラの蜘蛛の背で親子向かい合わせで座り、父上が俺の肩越しにゼラの肩当てをポンと叩く。

「さて、招いた覚えの無い者を迎え撃つか」
「ゼラ、いいぞ」
「ウン!」

 元気良く応えたゼラが身を沈め、高く跳躍する。庭から屋敷の塀を軽く飛び越えてローグシーの街中へと。

「続け!」

 エクアドの指揮にアルケニー監視部隊から選抜したゼラ援護班が駆け出す。

 月の無い夜のローグシーの街の中、星明かりの下で、ゼラは屋根の上をぴょんぴょんと跳び跳ねる。その背で父上と話を会わせる。

「父上、ハウルルを守る為にはゼラは屋敷から遠く離れられません」
「だが、陽動と解っても街は守らねばならん。屋敷の方はルミリアに任せよう。以前の話の通りルミリアの火系の魔術が見えたら、ゼラはすぐに屋敷に戻れるようにしてくれるか」
「ウン! それと夜だから明かり」

 ウェアウルフが街を襲うことを想定して、事前に話をしている。街の守備隊もウィラーイン領兵団も夜襲の備えはしているが、ゼラの魔法と機動力は絶大。ハウルルを守りながら街を守る方法は、ゼラも頭を捻って考えてくれた。ゼラがローグシーの街を、俺の縄張りを守ることにやる気なので頼らせてもらう。

 ローグシーの街は騒ぎになっている。住人を脅すつもりなのか、狼の遠吠えがあちこちから聞こえてくる。街壁の上では守備隊と黒い影が戦い、街の屋根の上から見下ろせば、火の手が上がっているところがある。

「奴等、街壁を越えて火をつけたか」
「火事? 消火?」

 街壁を越えたということは、守備隊が止められぬ急襲と数ということ。夜闇に紛れて接近したか、隠蔽するような魔法でも使ったのか。街の警備に当たる見張りの魔術師が気づかないのであれば、強大な魔力を持つ個体はいないということ。ゼラやアシェンドネイルように魔力を隠せる個体は珍しいのだから。
 魔獣深森の魔獣の中にはブレスを吐くもの、火系の魔法を使うものもいる。魔獣被害を警戒するローグシーの街は、火災対策の為に石造り、煉瓦造りの建物が多い。燃えているのは木造の馬小屋か物置で、延焼の心配は無い。

「ゼラ、火消しは後回しで、先に視界の確保だ」
「解った! みー!」

 ゼラが屋根の上で足を止めて両手を振る。その手から幾十と光の玉が現れ、ゼラを中心に花開くように広がる。光の玉はふわりと揺れ屋根の上から舞い降りて、街の中を明るく照らす。
 屋根の上から光が降りたことで、建物の外にいる街の者が一斉に俺達を見上げる。暗い夜をいきなり照らせば注目されるか。

「なんだ? この光は?」
「魔術の明かり? この数は?」
「上だ!」
「あの屋根の上にいるのは!」
「「蜘蛛の姫だ!」」

 街の中を走る兵が足を止めて見上げる。ローグシーの街ではゼラはすっかり蜘蛛の姫だ。

「蜘蛛姫様だ!」
「その蜘蛛の姫に背に乗るのは!」
「俺達の無双伯爵と!」

「「屋根の上の拐われ婿!!」

 ぬぐぅ、街の者が声を揃えて。これが王都なら無双伯爵の長子とか、剣のカダールと呼ばれるところなのに。ローグシーの街では、ぼっちゃんとか呼ばれることはあったが、今では屋根の上の拐われ婿ですっかり広まってしまっている。呼ばれる異名とは自分で選べるものでは無いが、できれば勇ましいものが。いや、屋根の上の拐われ婿であれば、最近の俺の異名の中ではマシな方なのか?
 下で道を走って追いかけて来るエクアドにゼラの援護班も笑っていやがる。
 父上がニヤリと笑い、

「これはいい、ゼラ、明かりでワシを照らしてくれんか?」
「ウン、チチウエ。みー」

 ゼラの出した魔法の明かりがこの屋根の上を照らし、父上がゼラの蜘蛛の背に立ち上がる。悲鳴と怒号と狼の遠吠えの響くローグシーの街に、轟けと父上が大声を上げる。
 
「夜中に街を騒がしおって! ここを何処だと心得る!」

 父上の声に見上げる者が、おお、と声を上げる。父上は腰の長剣を抜き高々と掲げ、ゼラの魔法の明かりに煌めかせる。

「我が民に問う! この地は何ぞ!」

「魔獣の森より中央を守りし盾の国!」
「盾の中の盾が集うところ!」
「猛者の住まう地ウィラーイン!」

 街の中を走る兵が、街壁の上で剣を振る守備兵が、父上の声に吠えるように返す。

「我が兵に問う! 我らは何ぞ!」

「魔獣恐れぬ鋼の者!」
「牙爪を砕く剣の者!」
「我らこそ同胞を守る最も強き盾!」

 父上の声に応える声が、熱を呼び気迫が増す。兵の声が狼の遠吠えを消していく。

 父上はゼラの背から跳び屋根の上に立つ。左手にも小剣を抜き、右手の長剣と合わせて大きく構え、屋根の上を進む。ゼラが光の玉を操作して、屋根の端に立つ父上を照らす。

「この地を脅かす者には!」

「「剣と槍の返礼を!!」」

 父上と兵の声が夜の街の空気を震わせる。父上は屋根の上から飛び降りる。赤いマントを翻し、そこにあるのはウィラーイン家の紋章、赤地に黒の飛び立つ鷹。
 右の長剣と左の小剣を翼のように広げ、父上は獲物を狙う鷹のように舞い降りる。

「グオオッ!」

 道に立つ黒い影のようなウェアウルフが、白い爪で着地しようとする父上を迎え撃つ。その爪を父上は落下しながら左の小剣で弾き、右手の長剣をウェアウルフの肩口に。落下する勢いを長剣に乗せ、ウェアウルフの黒い身体を肩から股間へと縦に両断する。
 まだ父上の剣は止まらない。地面の石畳みを長剣の切っ先で擦るように、下の半円を描く。着地したところを背後から襲いかかるもう一匹のウェアウルフを、下から斬り上げる。脇腹から入り脳天へと抜ける。
 父上の長剣の一閃は縦に円を描き、円の始点と終点を結んだところで、父上が頭上に構えた長剣をピタリと止める。
 
「ガアアアアア!」

 父上の右と左で、上から下と、下から上にと縦に斬り裂かれた二匹のウェアウルフ。口から苦鳴の声と、体からは赤い血飛沫をを上げてドウ、と地面に倒れる。
 父上は長剣を口笛を鳴らすような風斬り音を立てて血振りをひとつ振る。

「我らが街を守る者は?」

 父上の声に街の建物の扉が開く。

「「俺達だ!!」」

 ローグシーの街の住人が、その手に剣を槍を持ち、父上の声に応えて建物の中から外へと現れる。

「チチウエ、かっこいい!」

 屋根の上から見下ろすゼラが父上に見惚れている。父上を囲み意気を上げる街の住人、そこにエクアドを先頭にゼラ援護班が合流する。

「子供と老人は丈夫な建物の中へ! 兵は消火と負傷者の避難を優先! 敵は足が速い! 全員、背を見せぬように組んで行動せよ!」
「「おお!」」

 貴族は時として、民の為の道化とならねばならん、とは父上が言っていたこと。だが、父上の行いは、道化というよりは出番と役目を心得た役者というところだろう。
 ウェアウルフを軽く屠って見せて、住民の士気を上げる。父上が屋根の上の俺達を見上げる。

「ワシはこのまま街壁に向かう。カダールとゼラは援護を頼む」
「任せて、チチウエ! みー!」

 父上に応えてゼラが更に魔法で光の玉を出す。先程より広い範囲へと散りばめるように。昼間のように明るくなった街の通りを父上が進む。その後ろに兵と武装した街の住人が続く。

 ゼラの脚で父上を街壁まで運び、守備隊と合流する予定だったが、予想以上にウェアウルフの足が速い。それならば父上にはここから街の住人を指揮してもらおう。
 手に持つクロスボウのレバーを引く。弦が引かれ(ボルト)が装填されて発射準備完了。
 見渡せば屋根の上を跳び移るウェアウルフがいる。

「ゼラ、下は父上とエクアドに任せて、俺達は屋根の上だ」
「わかった! しゅぴっ!」

 ゼラが屋根の上から跳躍し、射程に入ったウェアウルフに蜘蛛の巣投網を投げる。ウェアウルフ、イカれた古代研究者の人造魔獣。少しばかり脚力があるくらいで、ローグシーの街中まで来たことを後悔させてやろう。
 魔獣深森に近い土地ウィラーイン領。俺達の住むこのローグシーの街は、魔獣の夜襲程度で揺らぎはしない。

「遠慮はいらんぞ皆の者。無作法者は、」
「「ぶちのめせ!!」」

 父上の声に応える街の住人。戦える者は武器を持ち、掲げて吠える。
 花屋も酒屋も屋台の飴売りも、その手に剣を槍を持ち不敵な顔で前を睨む。灰龍のような生きた災厄でも無ければ、この街の住人は止められない。

「父上、お気をつけて」
「チチウエ、がんばってー」

 俺達の声を背に受けた父上が速度を上げる。
 父上の向かう先には身構えたウェアウルフがいる。


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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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