第二十五話

文字数 4,535文字

 隠密ハガクの帰還を待つ間、やれることはやっておく。ハンター兄弟の家はすぐに見つかりその家の周辺をフクロウが監視することに。
 隠密ハガクに鍛えられたウィラーイン領諜報部隊フクロウは紙芝居に人形劇に絵本売りばかりしている訳では無い。以前よりもできることが増え、その結果としてエクアドにルブセィラ女史が、『ウィラーイン領、ますます怖い』と、半目で見るようになった。
 今後のことを考えたら強化できて良かったじゃないか。

「大きな家で九十を越えるひいおばあちゃんとその息子夫婦、孫夫婦、ひ孫、という大家族です。ひいおばあちゃんがボケてきているようで家からほとんど出てませんが、他の家族は健康元気ですね」

 クチバの報告には今のところ異常は見つからないとのこと。引き続き監視を続行と。
 俺とゼラは町の中を見物し、緑羽、又はラミアとの交戦になったときに備えて、夜中にコッソリとアバランの町の中に仕掛けを作る。
 昼は昼で本来の作業に。アバランの町ではゼラの出張治療院はしていないが、水脈を探り井戸をふたつ掘っている。畑の水撒きを手伝いつつ、コボルト、ゴブリンが来てないかも見回ったり。
 今日はアバランの町の孤児院へと訪問。

「そして赤毛の王子は逃げようとする蜘蛛の姫の手を掴まえます。『逃げないで、もう怖くないから』蜘蛛の姫はびっくりして目をパチパチ」

 フクロウの隊員の一人が孤児院の子供達に紙芝居を見せている。このハイラスマート領でも孤児院経営には力を入れている。
 魔獣被害のあるスピルードル王国では魔獣に襲われて家族を亡くす者がいる。そんな身寄りを亡くした子供の為の孤児院。
 魔獣との戦いの続く盾の国では、人こそ宝、兵の卵、という考えがあり、孤児院はハンター養成所として昔からある。孤児以外にも剣術槍術を学びたいという子供が通う訓練所という面もある。この孤児院を出てハンターとして腕を上げハイラスマート領兵になった者も多い。
 魔術の適性があればいずれは魔術師に。身体が弱い子は職人へと。とは言っても孤児院経営、その為の資金が必要でこれは領地によって差が激しい。

 ウィラーイン領はプラシュ銀鉱山を主に利益があり、ハイラスマート領では羊の放牧に農作物で上手くいっているからなんとかなっているところだ。これで優秀なハンターが増えると魔獣被害が減る。また子供達が職能を身につけ逞しく生きられるようになれば、領地は栄える。

 紙芝居を見ている子供達は孤児院の子ばかりでは無く近所の子供もいて、紙芝居を楽しんでいる。それを微笑ましく見ているのは引退したハンター。この孤児院で武術指導をする先生は笑い皺を深くして話す。

「今は森に行けないので実習が進まないですね」
「緑羽の弊害がここにも来ているか」
「そういうこともある、といういい経験になりますよ」

 紙芝居が終わり子供達がパチパチと拍手する。紙芝居を読んでたおばさ、ゴホン、フクロウの隊員がノリノリで。

「今日はなんと、蜘蛛の姫がここに遊びに来てまーす」
「こんにちわー」

 紙芝居を見ていた子供に見つからないように、建物の影から打ち合わせ通りに出てくるゼラ。ニコニコと笑い手をパタパタと振ると、

「「わあー!」」

 子供達がゼラに集まってくる。
 ゼラは後で子供と遊ぶのに、子供を背中に乗せることも考慮して取っ手付きの赤いブレストプレートにウィラーイン家の紋章の入った赤い前掛け姿。
 アバランの町に滞在してからは俺とゼラは町を見回ったりしている。アバランの町でゼラを見ていない者の方が少なく、ここの子供達もゼラの姿は一度は見ているはず。
 それでも子供達は歓声を上げてゼラに群がっていく。最初はおそるおそるとゼラの蜘蛛の脚を触ったり、ゼラと握手をしたり。ゼラもニッコリ笑って子供の手を握り頭を撫でたり。やんちゃな子供からゼラの蜘蛛の脚にしがみついて登り始めたりしていく。
 エクアドがその様子を見ながら、

「子供の方がこういうところで順応が早いというか、怖れ知らずというか」
「ゼラも子供の相手に慣れてきてるし、ゼラは人を喜ばせるのが好きみたいだ」
「いや、ゼラが子供と仲良くしてるのを見て、ほのぼのニマニマしてるカダールを見るのが、ゼラが好きなんじゃないか?」
「それが切っ掛けだったとしても、今、ゼラが楽しんでいるのは間違い無い」

 男の子がゼラの蜘蛛の脚にしがみついて、ゼラはその脚を男の子を乗せたまま高く上げたり下ろしたり。きゃあきゃあと甲高い声が響く。皆がゼラの蜘蛛の背に乗りたがるので、

「順番、順番ね」

 と、ゼラが仕切っている。この様子を教会から来た神官も楽しげに見物している。ゼラを聖獣にという話があり、そのゼラを見に来る神官がいる。教会の方でも前例がほとんど無いことで悩んでいるらしい。
 魔獣深森で何が起きてるのか気にはなるが、今のところ隠密ハガクの調査にフクロウの監視の結果を待つしか無い。

「ジャンプするよー。高いたかーい」
「「きゃー!」」

 蜘蛛の背に子供を三人乗せてゼラが跳躍する。子供達が歓声を上げる。こうして見てるとゼラのことを怖がる子供は少ない。大人の方が蜘蛛が苦手とか怖いとか言ったりする。こういうのも成長して変わるもののひとつだろうか。
 こうしてアバランの町で過ごし、待ちわびた隠密ハガクが戻ってきた。

「ハガク、やつれてないか?」
「問題無い」

 隠密ハガクは平然と答えるが疲れているように見える。

「北に移動し魔獣深森の浅部に入り、森の中を南下。グリフォンのナワバリを越えた森の中を調査して、再び森の浅部を北上。グルリと回り込んでアバランの町に帰還したのだが」
「この期間でその行程を? ハガク一人で?」
「俺についてこれる者がいないのだから仕方無い」

 暗い灰色の髪を流す頼もしい女、ハガク。東方でシノービとか言う特殊部隊にいたというが、浅部とはいえたった一人で魔獣深森の中を走り抜けて来るとは。疲労しているはずがあまり表情を出さないので解りにくい。
 椅子に座り果実水を飲む隠密ハガクが森で見たものを語る。

「グレイリザードの大繁殖だ。森の中にウジャウジャいる」

 ハガクの語ることに緊張が走る。ルブセィラ女史が眼鏡に指を当てる。

「グレイリザード、成長すれば大人よりも大きくなる大トカゲですね。その大きさの割りに動きは素早く、ときにはリザードマンが騎獣として飼い慣らしてはいるものの、獰猛な肉食のトカゲ。大繁殖ということはグレイリザードの王種誕生ですか」
 
 ハガクが頷く。

「おそらくは。王種の存在は発見できなかったが、数を増やしたグレイリザードがゴブリンとコボルトと追い立てたのだろう」

 王種。魔獣の群れの中に希に産まれる特殊個体。蟻や蜂といった虫型には女王がいるが、魔獣の王種とはこれとは違う。
 ひとたび王種が誕生するとその種は変化する。異常に数が増え成長速度が上がる。変異種が現れ狂暴化する。
 魔獣深森の中で数を増やし、食料が足りなくなると一斉に人間領域に大侵攻をかける。王種誕生からの特定の魔獣の増加は魔獣被害の中では最悪のものだ。過去には小さな村や町が、飢えた魔獣の群れに飲まれて消えたことがある。
 このことから魔獣の王種誕生とは魔獣が人間を襲う切っ掛けのような存在だ。一度王種が産まれるとその群れは力を蓄え数を増やし、まるで人を襲う魔獣の本能を思い出したかのように暴れ狂う。
 王種さえ討伐してしまえばもとの魔獣に戻るのだが、このことから王種を生きたまま捕獲して調べることもできない。王種誕生の原因は解らないままだ。
 エクアドが腕を組み唸る。

「今回はグレイリザードか。ゴブリンにオークよりも厳しい相手だ。すぐに王都に報告しなければ」
「俺の配下を王子の元へと走らせている。報せが届けば援軍を送るだろう」
「このアバランの町で防衛戦の準備か。ハガク、グレイリザードの数は? いつ頃森から溢れ出そうだ?」
「それには余裕がありそうだ」
「どういうことだ? 既に大繁殖しているのだろう?」
「緑羽のグリフォンだ。何故かグリフォンがグレイリザードの間引きをしていた」

 隠密ハガクの説明によると、緑羽が森の中でグレイリザードを殺していたという。その一部始終をハガクは身を隠して見ていたと。

「バカみたいな数の風刃を乱れ射ち、グレイリザードを屠っていた。あれは食うのが目的では無い。何かを探しているようだった」
「緑羽のすることが解らんが」

 こういうときは魔獣研究の専門家、ルブセィラ女史に聞く。

「緑羽がグレイリザードを殺す理由、ですか。思い付きになりますが、弱い個体を間引いてグレイリザードの群れを強化する。この場合グレイリザードの群れを利用してアバランの町を襲わせるという意図になりますか。グリフォンであればそんな知能はありませんが、グリフォンでは無い謎の魔獣となれば、何を考えているかも解りませんね」

 ルブセィラ女史はチラリとゼラを見る。

「そして緑羽がゼラさんのように、アバランの町の人を守る為にグレイリザードを殺している、という可能性もあります。この場合、緑羽の正体はゼラさんのような存在、進化する魔獣の可能性があります」
「その場合、緑羽は人語を解し会話もできるか?」
「そこを確かめるには緑羽を捕獲したいですね。緑羽から直接話が聞けたなら話は早いでしょう」
「だが、優先順位としてはグレイリザードか。俺とゼラで突っ切って緑羽を避けて森に行くか?」
 
 俺とゼラで森に入り、グレイリザードの王種を見つけて討伐すれば片はつく。だがエクアドが待ったをかける。

「それがラミアの仕掛けた罠だったらどうする? あのラミアは英雄が単身乗り込んでくるのが好みとか言ってなかったか?」
「むう、またボサスランの陣など用意されては困る」
「ゼラに乗せて貰うにしても、速度を出すなら俺とカダール二人が限度だろう。これでラミアの罠に三人でまた飛び込むことになるのは避けたい」
「緑羽が人を追い払うのはこの状況を作るためか?」
「緑羽がラミアの配下であれば、ゼラとカダールを誘い込む為に、とも考えられる。実際に今の案が出たところだ」

 森のことが解れば手が打てるはずだったが、これでラミアが仕掛けた罠だとすると動き難い。ティラスが手を上げる。

「先に言っておくけど、森を焼き払うのは最後の手段だからね? できればしたくないからね」
「それは解っている」

 魔獣の棲む森であってもその浅部は木材に森の恵みと資源の宝庫だ。そして魔獣深森が元気であればその近くの土地も肥え、作物の実りもいい。森を消して済む話ならゼラの、びー、で焼き払ってしまえばいいのだが。

「これではどうしたものか。このアバランの町で対グレイリザード戦の準備か?」

 悩む一同の目先を変えたのは、フクロウのクチバが持ってきた報せだった。

「例のハンター兄弟の家を見ているのが見つかりましたよ」
 
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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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