第二話

文字数 4,012文字


 ゼラに鎧下を着せて赤いブレストプレートを装備させる。ブレストプレートから伸びる前掛け、細長い旗を垂らしてお腹を隠す。その間もゼラはたまに下腹を撫でて、にへら、と笑う。
 俺は、その、ゼラと、というか女性とするのは初めてだったのだが、そのときは夢中になってしまったのだが、ゼラの顔を見るとちゃんとできていたようだ。少しホッとした。……初めてなんだよな。俺も、ゼラも。

「ゼラ、昨日は、痛くなかったか?」
「痛かった」
「そ、そうか。その、無茶をしてしまったか?」
「でも、しあわせ」

 ふにゃっと笑うゼラを見ると、これで良かったのだろうと思う。少し恥ずかしいが。
 俺も鎧を着け鉄帽子を被る。いつもより少し深めに。あとは、なんでも無いという顔をして、堂々としていればいいはず。あぁ、後悔などしない。これからもゼラと共に在る、その覚悟はある。それとは別に俺とゼラの夜のムニャムニャが外に筒抜けというのが、恥ずかしいだけだ。ずっと監視されてる訳で、先伸ばししても同じことになっていただろうし。
 ただでさえアルケニー監視部隊、おもに女性陣からはオッパイ好きのエロイ人扱いの目で見られているのだから、恥ずかしがっても今さらか?
 ひとつ深呼吸してテントを出る。後ろをゼラがついてくる。

 夜警にあたっていた者はエクアド含めて休息中、のはずだが、エクアドに聞いてみたところ交代要員も全員起き出して、夜警をしていたという。ぐぬぅ、物好きばかりか。全員で聞き耳立てていたのか。
 起きている者でテントを畳み、撤収準備。平原を出発して砦に向かうのは昼過ぎの予定。アンデッドの駆除が順調であれば、予定は早まるかもしれないが、アルケニー監視部隊は後衛なので慌てることも無い。治療部隊の援護に回るので、そちらに合わせることに。
 一部は馬車の中で仮眠中。テントを畳み荷物をまとめるアルケニー監視部隊。俺とゼラを見る目が、ううむ。女性の比率が高く、男女で二対三と女性が多いアルケニー監視部隊。女はゼラを見てニコニコとして、男は俺を畏怖の混ざった目で見る。おはようと挨拶するが、おはよう以外にも何か聞きたそうな感じだ。どいつもこいつも、解ってますぜ流石副隊長、とか、あらまあウフフ、とか、聞こえない声が聞こえてきそうだ。ちくしょう。
 ……開き直るか。あぁ、やったとも。やったのさ。それがどうした! ぐぬぬぅ。

 テントにかまどと設営したものをのんびり片付ける。アルケニー監視部隊の女騎士に女ハンターがやたらと上機嫌だ。賭けに勝った方らしい。ゼラに手を差し出して、ゼラが解らないままに手を出すと、パン、と音高く打ち合わせる。

「ゼラちゃん、おめでとー」
「ンー? ありがとー?」
「で? どうだった? ゼラちゃん?」
「どう? 何が?」
「何がって、昨日の、ほら」
「えっとね、ぎゅー、で、熱くって」

 うお、やめろぉ、やめてくれぇ。カンベンしてくれ。頭を抱えて転げ回りたくなる。なんでこんなに恥ずかしくなるんだ? 俺は間違ったことはしてないハズだ。時と場所をわきまえようにも、いつも監視されてるじゃないか。ゼラにその話は止めさせようとしたときに。

「皆さん、その話は外では慎むようにとエクアド隊長が言ってたでしょう?」

 止めてくれた人がいる。助かった。そう言ってこちらに来るのは眼鏡をかけた王立魔獣研究院の魔術師。ルブセィラ女史。まさかルブセィラ女史が止めてくれるとは。

「カダール様、おはようございます」
「おはよう、ルブセィラ。助かった」
「いえいえ、これでもアルケニー監視部隊の一員ですから。それにエクアド隊長から、カダール様はそのての話が苦手と聞きました」
「苦手というか、これは吹聴するような話でも無いだろう」
「ほう、まるで初心(うぶ)な少年のようですね。私としてはアルケニーのゼラさんとの性交がどのようなものかじっくりと聞きたいところですが」
「研究熱心なのは解るが、それをじっくりとは話したくは無い」
「ですよね。なので」

 ルブセィラ女史が紙を取り出す。

「口で話すのに抵抗があるかと思い、用意しました。この紙の質問事項に書き込んで渡して下さい」
「いつの間にこんなものを」
「答えたく無いところは白紙のままで」

 受け取った紙には答えやすくなるように、ハイ、か イイエ、に丸をつけるのが多い。やたらと項目が多い気がするが。……キスしたときの唾液の味とか匂いとか、その感想を書けとか、これは新式の精神拷問では無いのか? 気持ち良かったのかどうかなんて、ハイで答えても恥ずかしいし、イイエに丸なんてつけられないだろうが。

「ルブセィラ、この、他の女性と比べてどうか? というのは答えられないが」
「それはカダール様から見ればゼラさんが一番でしょうね。ですが、単純に形、色、感触、匂い、反応など、人との違いはどうなのかと」
「いや、そこが俺にも解らないところなのだが」
「え?」

 ルブセィラ女史が驚いたのか、眼鏡がズレる。何を驚くのか。

「もしや、カダール様? 女性経験が無い? ゼラさんが初めて?」
「そ、そうだが、それがなにか?」
「いえいえ、なるほど、なるほど。だからこそゼラさんを受け入れやすかった、とも考えられますね。ふむ、聖獣一角獣が処女の乙女を好む、という話は、もしやこれと類似しますか?」
「中央にいるという聖獣一角獣は、純潔の乙女が世話をするというのは、聞いたことはあるが」
「と、なると、純潔を崇める風習にはそれなりの根拠があると。古くは生け贄でも処女の乙女というものがありましたし」
「なんのおはなし?」

 ゼラがこっちに来る。ルブセィラ女史のこれまでの努力が実ったのか、ゼラはかつてよりはルブセィラ女史に警戒はしていない。

「ゼラさん、おはようございます」
「おはよー」
「ゼラさんにもいろいろ聞きたいのですが、カダール様から、外ではあまり口にするなと言われているでしょうし」
「ウン、カダールも、エクアドも、外で、言いふらすは、ダメって」
「でしたらいずれ、防音の聞いた屋内で、お茶でも飲みながら。それでゼラさんは体調は? 昨日の魔力切れは?」
「ウン、バッチリ」
「そうですか。ゼラさん、少し屈んで下さい」
「ンー?」

 ゼラが上体を倒して、ルブセィラがポーチから小箱を取り出す。中には粉が。

「ゼラさんの肌の色は濃いですが、念の為に作っておきました」
「ルブセィラ、その粉は?」
「ゼラさんの肌の色に合わせたファンデーションです。キスマークを隠せますよ」

 ぬ、ぐぅ、キスマーク? だと? よく見ればゼラの首にあるのは、褐色の肌に浮かぶ虫さされのような、この薄赤いものは、昨日、俺が。

「強く吸うと肌は内出血しますから。ゼラさんの肌の色は濃いので、近づかないと解りませんね。それにゼラさんの魔力が戻れば治癒の魔法で消せるでしょうが」
「そ、そうか。気づかってくれてありがとう」

 ルブセィラ女史のファンデーションで、目立つとこだけ隠してもらう。今回はルブセィラ女史がゼラに触ることを許可。ゼラはキョトンとしてされるがままに肌にファンデーションを塗られる。

「カダールは、隠さなくても、いい?」
「服と鎧で隠れて、見えるところには無いんじゃないか? というか、俺にもついてるのか?」

 一応、見えるところに無いか、ルブセィラ女史に確認してもらう。ルブセィラ女史は細かく見てはくれるが。

「私としてはそこまで神経質になることでは無いと思いますが」
「それでは何故、ファンデーションを?」
「ですから念の為に、と。アルケニー監視部隊はゼラさんに慣れたこともあって呑気ですが、中央寄りの教会では魔獣と親密な人間は嫌います」
「魔獣との戦いの多い盾の国の方が、良くも悪くも魔獣に慣れている、か」
「ゼラさんの見た目に性格が愛らしいことで、近くにいれば受け入れる人が多いのも理由のひとつでしょう。ですが、魔獣を恨み毛嫌いする人もいますから」

 家族に友人を魔獣の被害で失えば、恨みも募ることだろう。そして、そちらの方が当然ではあるか。

「私はゼラさんがこの姿に進化した理由があると考えています」
「それはゼラが人間になろうとしたからでは?」
「ただ人間になるだけでは無く、カダール様に好かれる見た目へと、これが目的ではないか、と」

 ゼラを見る。俺に好かれる見た目に? そうなのか? あどけない顔に長い黒髪、柔らかい褐色の肌、ほっそりとした身体、凶悪な褐色の双丘が?

「色合いについてはもとの蜘蛛の色が残っているとして、整った少女の顔立ちに特大サイズの豊乳。この容姿をカダール様の意識から読みとったとすると、カダール様はゼラさんと会ったその時から豊乳好きという仮説が」
「なんで俺が八歳からオッパイマニアのように言われなくてはならない?」
「違うのですか?」
「違う」

 護衛の為に側にいるアルケニー監視部隊。さっきの女騎士と女ハンターが、俺とルブセィラの話を聞いていたようだ。顔を合わせて、ため息ついて首を振る。はー、やれやれ。今さら何言ってんのこの副隊長は、とか呟きが聞こえる。ぐぅ、俺はただのおっぱい好きでは無いのに。俺はおっぱいよりもゼラの純真な想いが好きなのに。おっぱい含めてゼラの全てに惚れているのであって。
 ゼラがキョトンとして、顔を近づけて、

「カダール、ゼラのおっぱい、好き?」
「もちろんだ」

 ……あ、しまった。
 周りを見ればルブセィラ女史も女騎士も女ハンターも、ですよねー、という感じで頷いている。ゼラまで真似して、ウンウン、と。ぐ、ぬぬぬ。鉄帽子を深く下ろして顔を隠す。今日はフルフェイスの兜にしようか。



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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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