第二十話

文字数 3,612文字


 昼過ぎから出発した三台の馬車が動きを止める。夕暮れのオレンジ色に染められた森が近くにある。ジツランの町から馬車で半日、ここで一晩夜営をする。明日は森に入り遺跡迷宮に向かう。“精神操作(マインドコントロール)”で操られたまま、夜営の準備をする。
 模倣人格(シャドウ)に身体を動かされているが、この模倣人格(シャドウ)はもとの記憶が同じ。それは、言いたくも無いのに話してしまった俺の恥ずかしい話が真実だったことで解る。知識があり細かく指示をしなくても自分で判断し行動する。そして逆らわない。
 死霊術でゾンビやスケルトンを操るよりも便利そうだ。塩気の強い干し肉を細かくして鍋で茹でる手際も、昔、騎士の訓練時代に仕込まれたのと同じ。
 これで王子や騎士団長あたりが“精神操作(マインドコントロール)”で支配されたら大変な事になりそうだ。それをまだ試していないのか、メイモント王国で既にやってみたのか、これから俺を使い、支配する人物を増やしていくのか。これは早めにこいつらをどうにかしないとならん。

 翌日、馬を馬車から外して馬の背に食料品を積み、馬車の入れない森の獣道を徒歩で進む。フクロウは無事に俺達を追跡しているだろうか? 姿を見せないようにしているのだから、俺には解らない。
 馬車に乗っていたのは白髪女、黒ローブは男が二人に女が一人。御者兼護衛かハンター姿の男が三人、女が一人。この内、男二人が馬車に残った。俺とフェディエア、俺達の護衛のアルケニー監視部隊の二人。合わせて十人で馬を引いて森の中を進む。

 浅いところとはいえ魔獣深森の中では一度、ホーンウルフの群れに囲まれた。俺も剣を抜き応戦。白髪女の火系の魔術と黒ローブの雷系魔術で三体を屠ったところで、ホーンウルフの群れは逃げて行った。
 ホーンウルフの角も毛皮も素材としてそこそこの値はつくのだが、剥ぎ取ることも無く骸を捨てて森の中を進む。火に対しては強いはずのホーンウルフの毛皮、そのホーンウルフを焼いた白髪女の炎柱の魔術は、火系の魔術師としてかなりのものと思われる。
 その白髪女は表情を消して黒ローブの指示に従っている。馬車の中では驚いたり笑い転げたりしていたのだが。大きな笑い声を出さないようにしようとして、我慢しようとした結果、呼吸困難になったりしてたのだが。黒ローブに対して無表情の女という演技でもしているのか?

 荷を載せた馬を引き、森に入って三日目。遺跡迷宮へと到着する。所々に緑の苔が生えた古い石造りの遺跡は人が出入りしてるようには見えない。

 緑の森の中に古代魔術文明の古い町並みが埋もれるようにある。古代の人々が今よりも優れた魔術で文明を築き暮らしていたところ。何故、滅びたのかは諸説あり今も謎のまま。
 こうして見つかる遺跡には、魔術の研究の為かそれとも訓練の為か、大きな遺跡には迷宮がある。その迷宮に魔術の秘奥を隠したとも伝えられ、遺跡迷宮からは古代の魔術具や魔術書等が発見される。

 この遺跡にある迷宮はハンターギルドが言うところの黒いバツ印。既にハンターが探索済みであり、目ぼしい物は持ち出され迷宮に住み着いた魔獣も討伐が終わっている。古代学者が興味を持つようなものは全て発掘済みとなれば、用済みの遺跡迷宮に価値は無い。
 そんな所に食料を持ち運び隠れ潜むというのは、よほど後ろぐらい事をしている輩なのだろう。
 教会より邪教と追われた闇の神を奉る異教の徒。フェディエアが言うところの宗教じみた集団、か。この異教徒がたまに事件を起こす。盾の三国よりも中央の方が、その手のことが多い。
 
 この潜入作戦の前に闇の神と異教徒を調べてみたのだが、人を食う魔獣を産み出したという闇の神を信仰する、というのがよく解らん。
 そのときルブセィラ女史に聞いてみると、

『魔獣研究の際に魔獣を産み出したという闇の神について調べたこともありますが、教会には聞かれないように内密でお願いします』
『解った。言いふらさないようにしよう。ルブセィラ女史から聞いた、とも言わないようにする』
『闇の神信仰に多いのは、今の体制に不満を持つ破滅主義者ですね。彼らに利用されている、集団としてまとまる為の信仰として使われている、というものです。ですが、本来の闇の神信仰とは人の心を守る為のものです』
『人を食う魔獣を産み出した闇の神が、人の心を守る?』
『もしもこの世に魔獣がいなければ、どうなると思います?』
『魔獣に怯えることも無い、平和な世になるのではないか?』
『魔獣の脅威の無い中央が、平和な世に見えますか? 魔獣深森より遠い安全な土地を奪いあい、国と国が度々争います。魔獣に襲われることも少ないので、人の数は増える。そして盾の三国ほどに土地に力は無い。慢性的な食料不足で食料品は盾の三国からの輸入に頼る。盾の三国ではまず見かけない餓死者が、中央の貧しいところには多いですね』
『それって、どういうことだ? 魔獣と戦わなければ、人は人と戦うことになる、というのか?』
『そうならないように闇の神は魔獣を産み出した、ということのようですよ、闇の神信仰では。他には人間は魔獣の食料となるべく闇の神が作ったもの、という話もありますね。何れも魔獣が人を食わねば、人は増えすぎて人同士で奪いあい殺しあい憎みあうようになると。そうならないように魔獣が人の間引きをするようにした、というものが闇の神を崇める者が伝えるものです』
『いや、人にはそれを解決する知恵があるだろう? 今は難しくとも農法の改良とか研究とかしているだろうに』
『その知恵と人の正しさ賢さを讃えるのが光の神信仰になりますね。それを人には解決できないので、魔獣と共に生き、ときに魔獣に食われることを受け入れよ、というのが闇の神信仰。魔獣が人口の増加を防いでくれるのであれば、人と人が手を取り合い互いを信じて正しく在れる、と』
『それはあまりにも人をバカにしてないか?』
『ですが、解決する手段も無いのが現状です。光と闇が争いあうことがこの世界と、教会の教えにはあります。人だけの世界では、人同士で争うことになり、人がいなくなれば魔獣は餌が少なくなる。人と魔獣が争うことで今はバランスがとれている、とも言えるのです。実際のところ、魔獣の危険はあっても盾の三国の方が中央よりは豊か。中央はそれが気に食わず、盾の三国を野蛮人と蔑み溜飲を下げる。文化の面では中央の方が洗練されてはいますが』
『それで闇の神を崇める者が絶えない。数は少なくともいつも何処かに潜んでいる、というのか』
『さて? 信仰の動機は個人により様々なので解りませんが、人を恨み人を呪う者がその理由付けに使っているだけで、真の信仰者は少ないのでは無いでしょうか?』

 闇の神信仰が根深いものと解った。魔獣を敵とする教会が、魔獣を闇の神の使いのように言う異教徒を敵視するのも。魔獣が人の世に必要、というようなルブセィラ女史の話は人には聞かせられん。
 考え事に沈んでいると、目的の遺跡迷宮へと到着。黒ローブが魔術の明かりを灯して遺跡迷宮の中へと。俺も馬の手綱を手で引いて暗い石造りの迷宮に足を進める。

 魔獣が既にハンターに討伐されているので、襲いかかってくるものはいない。ゾロゾロ並んで歩いて進む。
 遺跡迷宮はゴーレムなどで守られている。それもあって迷宮は通路も広く天井も高いところが多い。ここも天井は高く、通路も四人並んで進めるくらいに広い。
 天井の石が抉られているところは、魔光灯のあったところだろう。かつてはそこから迷宮を照らす明かりがあったところ。全て抉り出されて持ち去られている。魔光灯は便利なので探索済みの迷宮からは、だいたい外に持ち出されている。

 地下二階には剣と盾を持つスケルトンがいる。先頭の明かりを杖の先に灯す黒ローブが、剣を構えるスケルトンに、

「エミ、スエド、ボサスラーン」

 と、声をかけるとスケルトンは剣を下ろして棒立ちになる。この黒ローブの仲間が配したスケルトンで、合い言葉を言わなければ襲ってくる、ということか。フェディエアが荷運びにスケルトンを使っていたと言っていたか。敵には何人の死霊術師がいるのだろうか。ブーツに隠したプラシュ銀のナイフ一本では心もと無い。
 棒立ちになるスケルトンを横目に通り過ぎ、地下三階へと。
 行き止まりの部屋の中で、黒ローブが壁で何かしている。ガゴンと音がして、壁がゆっくりと開いていく。隠し扉だ。ここをアジトにしようとした者は、なかなかいい趣味をしているのではないか? 遺跡迷宮の奥、隠した扉の向こうに秘密のアジト。冒険物語のようで、俺も少しワクワクとしてしまう。

 この通路の奥が奴等の拠点か。これで居場所は突き止めたか?


 
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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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