第十三話

文字数 5,444文字

 エルアーリュ王子を迎えての夕食会。とは言っても大げさにすることも無く、エルアーリュ王子の希望で庭でゼラと一緒に、となる。

「ゼラのテーブルマナーの練習にはいいかしら?」
「母上、王子相手に練習って」

 呑気に言う母上に返しながら、俺はゼラの首にナプキンをつける。白いキャミソールを汚さないように。
 ゼラの前には表面をさっと火で炙っただけの猪のステーキ。ゼラの正面に座るエルアーリュ王子はゼラを見ながらワインを傾け、なんだか嬉しそうだ。
 ゼラも母上に教えられた通りにナイフとフォークを使い上品にできるようになってきた。そのゼラにエルアーリュ王子はいろいろと話しかける。

「ルブセィラの話では魚よりも肉が好きで、血の滴る生の方が好みと聞いているのだが?」
「ンー、焼いたのも食べれるよ。でも生の方が好き。人の見てるとこで、生を食べるのはダメって」
「そうなのか。確かに人には見せない方がよかろう。それに伯爵婦人がこれだけ行儀作法を仕込んだのであれば、茶会も舞踏会も出れそうではないか」
「舞踏会? お城? カボチャの馬車?」
「ハハハ、カボチャの馬車は用意できないが、ゼラが楽しめそうな催しくらいは用意できよう」

 ワインのせいかやたらと陽気なエルアーリュ王子。ゼラと語らいながらの食事というのがよほど嬉しいらしい。
 本気でゼラを王都の舞踏会に呼ぶつもりだろうか? ゼラの身長だとダンスは無理だと思うのだが。相手を持ち上げてクルクル回ることになりそうな。

 食事の後は倉庫で真面目に会議する。進行を務めるのはルブセィラ女史。眼鏡の位置をクイと直して。

「邪教、闇の母神教につきまして、その後の確認から始めます」

 倉庫の中で俺父上に母上、エクアド、エルアーリュ王子に騎士ラストニル、隠密ハガクがぐるりとテーブルを囲む。ゼラはいつものように俺の後ろに、俺の肩に手を置いて。ゼラの魔法の明かりにルブセィラ女史は眼鏡をキラリと光らせる。

「教団のメンバー、捕らえた者の内五名は情報収集の為にウィラーイン伯爵が保護。残りの二十八名はジツランの町で教会に引き渡しました」

 父上が後を続ける。

「教会の方にはワシから事態の事を書面で出しております。教会は捕らえた邪教徒を調べてからワシに話を聞きたいと。後日、教会から使者が来る予定です」

 母上が補足して、

「私が捕らえた八名はゼラに治癒の魔法で治してもらってから、牢に入れてありますわ」

 エルアーリュ王子が頷くのを見てルブセィラ女史が続ける。

「邪教徒の首謀者たる神官ダムフォスは死亡。魔獣を支配するというボサスランの陣、また、ボサスランの瞳についてはこのダムフォスしか知らぬようで、他の邪教徒に聞いても肝心なところが解りません。ラミア、アシェンドネイルが逃走の際、ダムフォスを殺害したのは口封じの為でしょう」
「そのラミアには逃げられて、足取りは?」
「まるで掴めません」
「魔獣を支配し自由に操るとは、そのダムフォスの邪術については?」
「調べていますが不明な部分が多いです。ダムフォスがその血をゼラさんに飲ませようとしていたことから、その血を調べようにも、ダムフォスの死体は炭になっています」
「ボサスランの瞳、という宝石は砕けてしまったのだろう?」
「欠片は回収しました」
「問題は全てを画策して姿を消したラミアか」

 エルアーリュ王子が顎に手を当てて唸る。幻影で身を隠し人に紛れ込み、知らぬ内に人を操る魔法を使う。進化する魔獣を名乗るラミア、アシェンドネイル。
 そんな力を持った上に目的が解らないところが不気味ではある。

「魔獣の脅威としてはこれ迄に無い種類のものだ。その幻術とは?」
「今回の件からは三種の幻術が使われました。ひとつは幻影で人の振りをするというもの。魔術師でこれに気がつく者は無く、ゼラさんでも見破ることはできませんでした。ゼラさんの出張治療院に何度となく訪れ、私達に“催眠(ヒュプノ)”を仕掛けています」
「“催眠(ヒュプノ)”とは?」
「その前にもうひとつの方の説明を。“精神操作(マインドコントロール)”、これはかけられたフェディエアさん、カダール様、アルケニー監視部隊の二名から聞き取り調査を行いました。模倣人格(シャドウ)という人格を取り付かせて自在に操るというもの。この模倣人格(シャドウ)は本人と記憶を共有し、独自に判断しつつも術者には絶対服従する、というものです」
「かけられた者を見破る方法は?」
「記憶が同じ為に尋問しても難しいでしょう。言動にクセに振るまいも本人と変わらず、気づくことも難しい。ですが、模倣人格(シャドウ)はゼラさんに見えます」

 振り向いてゼラを見るとコックリと頷く。

「ウン、黒くてモヤッとしたのがついてる」
「ゼラさんであれば、この模倣人格(シャドウ)を見つけて“精神操作(マインドコントロール)”を解呪できます。最後に私達全員が仕掛けられたと推測されるのが“催眠(ヒュプノ)”です。“精神操作(マインドコントロール)”が細かく操作するための精神支配であるなら、この“催眠(ヒュプノ)”は大雑把に人を誘導するものでしょう」
「“催眠(ヒュプノ)”の方はゼラにも見抜けなかったのだな?」

 エルアーリュ王子が厳しい目で問うと、ゼラはしょぼんとしてしまう。

「ウン、ごめんなさい……」

 うなだれるゼラの頬に手を伸ばす。

「ゼラが謝ることじゃ無いぞ。俺達には“精神操作(マインドコントロール)”も見抜け無いんだ。ゼラのおかげで助かっている」

 申し訳無さそうな顔をするゼラの頬をくすぐって、笑顔に戻そうとしてみる。エルアーリュ王子が立ち上がりゼラに頭を下げる。

「すまない、言い方が悪かった。ゼラを責めるつもりは無いのだ」
「ウン、ゼラ、次は負けない」

 キッ、と真面目な顔をするゼラ。負けず嫌いというか、簡単には諦めないからこそ、こうして今ここにいるのか。こういうときのゼラは凛々しく見える。
 ルブセィラ女史が果実水を一口飲み、続ける。

「“催眠(ヒュプノ)”はかけられた当人も気がつかないまま、意識下から誘導されてしまいます。そのために、カダール様がアシェンドネイルの仕掛けた舞台へと呼ばれてしまい、私達も何か妙だと思いながらも、その誘導に乗せられてしまいました」
「それがラミアの幻術か、一瞬で仕掛ける高度な催眠術、というところか?」
「はい、“精神操作(マインドコントロール)”は術者が額に触れる必要があるようです。対して“催眠(ヒュプノ)”の条件とは、姿を隠しても本人が乗り込んで来たことから鑑みて、術者本人の声を聞く、又は術者本人と目を合わせる、この辺りではないかと」

 人に化けて乗り込んで来る者にそんな術を使われては、どう警戒して良いかも解らない。対策を考えるとしても、これはどうしたものか。
 
「人の魔術ではラミアの魔法に勝てないでしょう。速度、威力、共に感覚で現象を操る魔法には、魔術で抗うことはできません」

 ルブセィラ女史の言葉に沈黙が下りる。誰も案が浮かばずに考え込んでしまう。沈黙を破ったのは騎士ラストニルだ。

「そのラミアが邪教のアジトにカダールを招き寄せた目的は?」
「カダールを餌にゼラをボサスランの陣に誘い、ボサスランの瞳で支配するためでは?」

 エクアドが応えて騎士ラストニルが首を捻る。

「それは邪神官ダムフォスの目的であって、その邪神官ダムフォスもラミアに操られていたのだろう? そのラミアの目的とはなんだ?」

 ラミアのアシェンドネイルは演劇のような舞台を作り、そこに俺とゼラを呼び寄せた。英雄が蜘蛛の姫を助ける物語を作るように。神官ダムフォスを悪役と呼び、邪教徒とそのアジトを舞台装置のように言っていた。
 アシェンドネイルの言っていたことを思い出すと。

『ただのムッツリかと思っていたけれど、我らが母の畏怖に怯えず啖呵を切り、呆れさせたとはいえ一瞬でも圧倒したところは及第点。突っつくといろいろと面白いものが出てくる男ね』

 まったく、あのアシェンドネイルといい、闇の母神といい、俺のことをムッツリスケベとか愚か者とか只のエロい男とか、好きに言ってくれる。どちらも俺の記憶を探って、アシェンドネイルは恥ずかしいことを俺に言わせて爆笑したり、闇の母神は、オッパイのことしか考えてないスケベ野郎と呆れたり、……だんだん腹が立ってきた。なんだあの親子。
 だが、あのアシェンドネイルの目的とは。

「俺をボサスランの瞳に取り込んで、闇の母神に俺を会わせることが、目的だったのではないか?」
「黒蜘蛛の騎士カダールよ、何故そう思う?」
「思い返して見れば、ラミアのアシェンドネイルも、ボサスランの瞳、あの赤い世界で話をした闇の母神も、俺の記憶とか思い出に興味を持っていたように感じます」
「そのラミアはゼラのことを妹、と呼んだのは確かか?」
「去り際に、私の妹とゼラに呼びかけていました」
「……それでは、家族を嫁がせる相手を見定めていたようではないか?」

 もしかして、そういうことなのか? それにしては巻き添えで被害を受けた者が多すぎる。それともそれが目的の一部ということなのか? どうにもよく解らん。

「少し気になってることがあるのだけど」

 母上が考えながら口を開く。

「そのラミアは進化する魔獣と名乗ったのよね?」
「えぇ、自ら伝説の希少な魔獣だと」
「どうしてゼラと同じ、半分人の姿に進化したのかしら? ゼラはカダールと一緒になるために人間になろうとして、アルケニーになったのでしょう?」

 ゼラの進化、ゼラに人間になる方法を教えたのは、あの闇の母神。他の魔獣の因子を取り込めとか、それで強い魔獣を食らえとかいう。

「そのラミアが上半身が人間ということは、ゼラと同じように人間になろうとした、進化する魔獣、ということかしら? だとするとゼラのように人に恋した蛇の魔獣がラミアなのかしら?」
「母上、随分と大胆な仮説ですね。それだと伝承に残る半人半獣は全て、恋心の為に進化した魔獣ということになりますが?」
「そうかもしれないじゃない? そんな進化する魔獣が隠れて潜むところが、そのラミアの言う、深都。もしかしたらそこには、ラミアのようなゼラの姉と兄が多く住んでいるのかも」

 灰龍のようなオーバードドラゴンを殺して食らうような、半人半獣ばかりの都? 想像すると目眩がしそうだ。
 ルブセィラ女史が眼鏡に指を添える。

「……有り得るかもしれませんね。進化する魔獣が生き続ければ、何者にも負けぬ最強の生物になります。昔からその存在がいたとするなら、人類はその脅威にさらされているでしょう。ですが、進化する魔獣が身を隠し潜むような理由があれば、それが集まるのが深都、ですか」

 エルアーリュ王子が騎士ラストニルと隠密ハガクに。

「その名称しか解らんが、深都について調べろ」
「王子、あまりにも手がかりが無い」
「ハガク、これはスピルードル王国の危機となるやもしれん」
「藪をつついて蛇を出すことも」
「その蛇を探し出して何をしたいかを突き止めたいのだ」

 そのあともラミアの幻術対策の話をしたが、良い方法は思い付かず。ラミアも闇の母神も謎が多すぎて推測も仮説もいくらでもできるが、証明することはできず。

「ラミア対策はここまでとしておこう。ラミアの目的はゼラとカダール。これは間違い無い」

 エルアーリュ王子に父上が応える。

「確かに、あのラミアはゼラとカダール以外の人間はどうでもいいもののように見てましたな」
「エクアド隊長、警備を強化してくれ。人員を増やすには身元を調べ直さねばならん」
「フェディエアについては?」
「エクアドとカダールが有能と認め、身元がハッキリしているなら問題無い、というか、有り難い人材だ。これまでの履歴だけまとめて送ってくれ。それとこれは私からの指令だが」
「なんでしょうか?」
「指令では無く、ゼラへのお願いと言うべきか? 最近、雨が少ない」
「そうですね、例年より少ない」
「水不足の地域には水系の魔術師を派遣しているが、ここでゼラの力を借りたい。既に貯水池に水を増やし、井戸堀りまでしているというではないか」

 ゼラの話をしているのだが、ゼラは話に飽きてきたのか俺の頭に頬をつけて、寝息を立て始めている。なんだか器用な寝方をしている。

「む、遅くまで付き合わせてしまったか」
「エルアーリュ王子、ゼラの魔法で水不足を解消する、ということですか?」
「そうだ。その際、ウィラーイン領に灰龍被害復興に援助したところから優先してくれていい」

 父上がほう、と息を吐く。

「ワシに味方する者から手助けせよ、と? 良いのですか?」
「これで私の側に立つ者がその連携と信頼を強化できよう。どこから巡るかはウィラーイン伯爵とエクアド隊長に任せる」

 水不足の解消の為にゼラと出動することが決まった。

「急かすつもりは無い。準備と護衛を整えてからで良い」
「水不足が深刻で危険なところは?」
「まだそこまで酷くは無い、が、早めに手を打っておかねばならん」

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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