第十三話

文字数 5,298文字


 レクトは赤い顔を俯き気味に語り始めた。

「こんな話をするのは、恥ずかしいのですが、じつは……」

 なんでもレクトはテントの夜警のとき、俺とゼラのムニャムニャを聞いて、それが刺激的過ぎたようで鼻血を吹いて倒れてしまったという。

「それ以来、僕が初心(うぶ)なことで、部隊でからかわれることがあって」

 そのことをアルケニー監視部隊の男の隊員に相談したところ、それなら経験を積むといい、となり娼館に連れて行かれたという。

「その、興味はあったんですけど、ひとりでそういうお店に行く勇気が無くて。先輩と酒場で呑んで、勢いで娼館に初めて行ったんです」
「そこで、上手くできなかった、と」
「はい、相手のお姉さんもいろいろと優しくしてくれたんですけど、勃たなくて……」

 それで自分が男として役に立たないと、自信を失っていた。ルブセィラ女史の調査を知ったレクトは、自ら人体実験に立候補したのだという。

「僕もカダール先輩のように、夜無双、してみたかったんです……」

 俯いたまま小声で語るレクト。その姿には悲哀がある。いや、まぁ、肝心なときに勃たないのは悲しいことかもしれないが、そこで俺の名前を出されても。ルブセィラ女史が、フム、と頷いて、

「男性は酒精を取り泥酔すると勃起しないことがあります。また、繊細な男性は緊張しすぎると、それで勃起しないこともあります。ですが勃起しないから、と気にしすぎることがよく無いのですが。ちゃんと勃起しなければと気に病むほどに、いざというときに緊張が高まり、勃起できなくなったりします。これをこじらせると心因性の勃起不全に」

 ルブセィラ女史の言うことは正しいのだろうが、研究者とはいえ若い女性が堂々と勃起、勃起と連呼するのはどうなのか。椅子に座ったままのレクトに聞いてみる。

「それで今の状態はどうなんだ? 辛くないのか?」
「はい、血が集まって、ずっと硬いままで辛いです」
「それなら早く解毒した方がいいだろう」
「待って下さい。その、できればこのまま、リベンジしたいのですけれど」
「リベンジって?」
「その、娼館に。僕もちゃんとできると証明して、男になりたいんです」
「エクアド、女とムニャムニャすることが、一人前の立派な男の証明となるのか?」
「経験の無い坊や呼ばわりはされなくなるかもな。レクトをからかってる方も悪気は無いのだろうが」

 レクトが解毒を拒むこともあり、それならばとレクトを娼館に連れて行った隊員を呼び出す。彼に責任を持ってレクトをローグシーの娼館に連れて行くように、と。
 レクトはこれで良し。いや、本当にこれで良いのか? フラフラしながら部屋を出て行ったが、娼館にまで辿り着けるのか?

「エクアド、薬物の力を借りて、それで自信がつくのだろうか?」
「レクトは真面目だが、繊細なところがあるからなあ。一度ちゃんとできればそれが自信に繋がる、と、いいのだが」
「ナィーブな男性とは少しめんどくさいものですね」
「ルブセィラ、しれっと言っているが、危険な実験をするなら先ずは隊長の俺に言ってからにしろ」
「そのつもりでしたが、私が止めるのが間に合わずレクトがペロリと舐めてしまいまして。私の管理が甘かったのも原因です。申し訳ありません」

 素直に謝っているが、ルブセィラ女史も顔が赤い。流石のルブセィラ女史でも恥ずかしいのだろうか?

「はぁ、ですがこれでゼラさんの唾液の効果も解りました。カダール様を見てる限りでは、人体に害は無く、一定時間でもとに戻ることでしょう。回春薬としては最上級ですね」
「一定時間か、カダールの場合は一晩中で朝までなんだが」
「それはゼラさんとムニャムニャしてるときは、摂取し続けている状態ですからね。おそらくですが、ゼラさんが満足するとこの成分の分泌が止まるのでしょう。ゼラさんの唾液を摂取する間、カダール様は絶倫の勇者になる、ということですね」
「俺を訳の解らない怪物にするな。ルブセィラ、さっきから息が荒いが、どうした?」

 ルブセィラ女史が、ゴクンと喉を鳴らし、はぁ、と熱い息を吐く。

「騎士レクトだけを人体実験にする訳には行きません。私もゼラさんの唾液を舐めてみました」
「なんだって? おい、大丈夫なのか? これ、女にも効果があるのか?」
「そのようです。先程から陰核が充血して大変なことになってます。はぁ、動いて下着が擦れるのが辛いです」
「すぐにアステかゼラを呼んで解毒を!」
「待って下さい! まだ、耐えられます」
「耐えられるって、何を我慢してるんだルブセィラ?」
「この身を持って効果時間を計りたいのです。はぁ、せっかくの機会は有効に使わなければ、ふぅ」

 顔を赤くしてるのは恥ずかしさでは無かったのか。研究熱心なのはいいが、自分の身で人体実験なんて、そんなことに身を張ってどうする。ルブセィラ女史は、ゆるゆると首を振って辛そうだ。

「ふぅ、効果時間さえ過ぎれば、害は無いはずです。それはカダール様が証明しています。はぁ、ですが、これほどとは」

 よろりとふらつき椅子に座るルブセィラ女史。頬が赤く目が潤んで色っぽくなってる。
 見てるだけでなんだか疲れてきたぞ。ゼラの唾液でこんな騒動になるとは。アルケニー調査班を呼んでルブセィラ女史を部屋に運ばせて寝かせる。
 スコルピオのことも調べねばならないのに何をやっているのだか。いや、ハウルルはまだルブセィラ女史を警戒していて、すぐにその身体を調べるのも難しいか。

 ゼラの唾液に回春薬の効果がある、ということはレクトの様子を見たものからバレてしまうだろう。一応、アルケニー監視部隊での秘密として、外には広めないようにする。
 これでゼラの唾液を欲しがる輩が侵入してきても困る。だが、これで俺が異常では無い、というのが解ってもらえた。俺が精豪ということでは無いのだ。ゼラ以外とムニャムニャしたことは無いので、本当のところは解らないが。

 ゼラは爪にも歯にも毒は無いと思っていたが、毒をもとにして凄い成分の唾液を出していた。これもゼラの想いがその身体を進化させた結果なのだろうか。思い返すとゼラのムニャムニャ欲求が高まる程に、俺はパワーアップしていたような。
 ゼラは俺を元気にしてくれる。いろんな意味で。改めて愛されていると実感した。

 これはその後、聞いたのだが、騎士レクトは娼館で見事にリベンジを果たした。その道のプロの娼婦に、

「もう、許して……」

 と、半泣きで言わせるぐらいにしてしまったという。レクトが言うには、効果時間が切れるまでまったく萎える気がしなかった、と。
 結果としてレクトは以前より少し自信をつけた。からかわれても冗談で切り返せるぐらいには余裕ができた。これも男らしくなった、と言うのだろうか。

 ただ、レクトはその後、娼館通いがクセになってしまった。相手は一人と決めているようだが、給料日の度に娼館に通うようになってしまった。ゼラの唾液には頼ってはいない。自信の次は男としてのテクを身に付けるのだと言う。

「カダール先輩、エクアド先輩のように、カッコいい男になりたいのです!」

 レクトがどの部分を見て、男らしくてカッコいいと感じているのか解らない。惚れた女をちゃんと満足させることができるのも、男らしさ、と言うのだろうか? 少しズレてる気がする。
 前途有望な騎士に変なことを教えてしまったようで、俺とエクアドは微妙な気分になる。本人は楽しそうなのだが、これで、いいのか?

 ルブセィラ女史の新発見はアルケニー監視部隊に伝わるが、ゼラがムニャムニャしたくならないと、唾液にこの成分は出ない。その点で採取するのが難しいとてつもなく貴重な薬、とも呼べる。

「これは欲しがる人はかなりの金貨を積んでも欲しがるでしょう」
「フェディエア、よほど金策に困る事態にならなければ、これを売り物にする気は無い」

 俺もエクアドもこの日はなんだか妙に疲れた。こんなことをしてる場合では無くてだ。スコルピオのハウルルの一件の捜査を進めなければ。

「そーですね。ですがそうは言っても、待ち構えるしか無いのでは?」

 フクロウのクチバが言うには、

「ハラード様のお帰りを待つか、次にウェアウルフが来たときに、返り討ちにして生け捕り。または逃走するのを追いかける。このぐらいしかできることは無さそうです」
「相手が動くのを待つしか無いのか」
「こちらからは相手が何処の何者かも解らないのですから」
「父上と母上がピクニックから撤退するのに追撃をかけなかったのは、それだけの戦力の無い小規模な組織だろうか?」
「あまりにも情報が足りませんね。ハウルルがそれほど重要な実験体では無く、捨てたということも考えられます。ハンターギルドでも、首輪をつけたウェアウルフの目撃情報などは有りません」

 相手の次の動きを待つ。これで相手がこちらに手を出すのを諦めていたならば、もはや接点はハウルルしかいない。ハウルルは言葉を話せず、本人から何かを聞き出すこともできない。
 治療を進めて言葉を教えることで、少しはハウルルの過去が解るかもしれない。

 翌日、魔力の回復したゼラがハウルルの治療を再開。

「次は顔ね」

 母上がハウルルの顔の包帯を取る。大きな爪で引っ掛かれたのか、額から左目を通る三本の爪痕。抉られてポッカリと空いた左目の眼窩が見える。これは酷い。幼い顔立ちだからか、余計に痛々しく見える。

 今回は顔の治療なので服は着たまま。今日のハウルルは若草色のワンピースだ。人のズボンが穿けないから、ハウルルはずっとスカートだ。
 母上とアステとサレンが嬉々として、買ってきたものらしい。今の母上の部屋には、ハウルル用に手直しする女の子の服がゴチャゴチャしてる。

 横になるハウルルにまた手拭いを噛ませて、俺はハウルルの頭を挟むように押さえる。俺とエクアドが近づいて触ると怖いらしく、ハウルルは震えて怯えるが、治療のためというのが解るのか大人しくしている。全身が強ばって震えてはいるが。

 ハウルルの両手を母上が握り、エクアドは右の鋏と下半身のサソリ体を、サレンが胸と腹を押さえる。ゼラがハウルルの顔にキスするように近づいて、怪我の具合、再生する箇所をじっくりと診察する。

「いくよ。ハウルル、じっとしててね」
「うー、」

 手拭いをぎゅっと噛み締めて、ハウルルは右の金の瞳でゼラを見上げる。

「なー! だー!」

 ゼラが声を上げて両手を白く光らせてハウルルの顔に触れる。

「うぅー!」

 ハウルルは右目を閉じて治癒の痛みに耐える。前回のように暴れたりはしない。前の一回でこれが治癒だと理解したのだろうか、全身がプルプルと震えて、暴れないようにと力を入れている。言葉は解らなくても、ハウルルは賢そうだ。
 ゼラはゆっくりと治癒を続けてハウルルの左目、瞼、抉れた皮膚と再生させていく。

「ぷう、終わったよ」

 ハウルルの顔の涙と汗と鼻水と拭いて見れば、金色のふたつの瞳。パチパチと瞬きする目は薄く輝く宝石のようだ。再生したばかりの睫毛に眉毛はまだ短い。アステが持ってきた鏡を見せると、ハウルルは目をパッチリと開いて、両手で自分の顔をペタペタと触って確かめる。次いでゼラを見上げる。

「ちゃんと見える?」
「はぅ」

 ハウルルがゼラを見上げる目は、なんと言うのだろう? 尊敬、感謝、信頼? まるで母、いや女神でも仰ぎ見るような目だ。ハウルルが両手を伸ばすとゼラはハウルルを抱き上げる。そしてまたハウルルの手がゼラの胸を揉む。おい、またか。むぎゅっと掴むな。もっと大事に扱え。

「人間体の部分はこれで治療は終わりね」
「そうですね母上。後はサソリ体、左の鋏、脚、それから尻尾と。あと三回ですか?」
「ハウルルが耐えられるようなら、続けてもいいけれど。今日はここまでにしましょうか。さ、ハウルル、汗をかいたからお風呂に入りましょうか」

 ゼラがハウルルを胸に抱えたまま。

「ハハウエ、ゼラがハウルルをお風呂に入れたい」
「でもゼラは屋敷の中に入れないでしょう?」
「庭にお風呂作ったらダメ?」
「庭師に怒られるわよゼラ」
「むー、」
「新しい領主館にはゼラも入れる大浴場があるから、それができたらハウルルと一緒にお風呂できるわよ」
「ン、楽しみ」
 
 ゼラがハウルルを抱き抱えて、ハウルルはゼラに安心して身を委ねる。若草色のワンピースを着た赤毛の色白の女の子を、褐色の肌に赤いベビードールの映える少女が抱き締めて。ハウルルの顔にはゼラへの信頼が、ゼラの目にはハウルルへの慈愛が。まるで聖母と神使の絵画のようだ。二人の背後に満開の花束を飾りたい。
 二人を見るサレンが羨ましそうに言う。

「すっかり仲良し姉妹ですね」
「ハウルルは男の子なんだが」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み