第三十一話

文字数 5,235文字


 ゼラの出張治療院が一段落ついたところで、俺とゼラ、エクアド、アルケニー監視部隊は屋敷に戻る。
 倉庫で主だった面子で作戦会議だ。
 フクロウのクチバが口を開く。

「街壁にゼラちゃんが仕掛けた罠にかかったウェアウルフですが、夜明けと共に全員死亡しました」

 ゼラの仕掛けた罠、壁を登ろうとすれば途中でトリモチ状の糸にくっついて動けなくなるもの。これに何体か捕まって壁に張り付いていた。捕まったウェアウルフが粘る糸を剥がそうともがいていた、というのは聞いている。
 街に侵入したウェアウルフは、罠にかかった仲間を足場にして登ってきたらしい。
 父上がクチバに訊ねる。

「全員死亡、とは、自決か?」
「夜明けと共に首輪から火が出て、ウェアウルフは溶けていきました。目的を達成できなければ時間制限で自死とは、覚悟決めすぎでしょう」
「使い捨てにされる造られた魔獣とは、哀れなものだ」
「そーですね、後の壁の掃除がたいへんですが。フクロウで逃走するウェアウルフを追跡しようと待ち構えたものの、これで逃げたウェアウルフは一体もいません」
「捕獲したのも、夜明けとともに死んでしまったからの」

 父上が何体か生きたまま捕獲したものの、ウェアウルフは人語を喋れない。訊問して拠点を聞き出すこともできないままに、こちらも首輪から火が出て死亡した。指揮官らしいのもいなかった。
 ハウルルを抱っこした母上がアシェンドネイルに聞く。

「あのウェアウルフは予め命令された通りに動いていたようだけど?」
「そのようね。本来は遠隔操作なんだけど。指揮官がいても遠く離れたところからね」
「遠隔操作で無いとは、どうして解るの?」
「逆探知してやろうと待ち構えていたから。だけど念波は感知できなかったの。私が探るのを警戒していた、というよりは、おそらくは本来の機能を活かしきれて無いのね。狼頭同士の連携もいい加減だったもの」

 離れて操作する人造魔獣とは。ウェアウルフと研究者の関係は、死霊術師と使役されるアンデッドの関係に近いのか? だとすると使役される者の強さは操作する術者の力量次第。遠隔操作できずに臨機応変に動けなかったのか。

「アシェンドネイル、件の連中は古代文明の研究者だと言っていたが」
「その通りよ」
「その研究者達には戦闘に詳しい者はいなかったのか?」
「全員の過去を詳しく知ってるわけじゃ無いけれど、そうね、学術畑の研究愚者で、山賊出身とかはいなさそうね。魔術はできても剣は持ったこと無いんじゃない?」
「それなら戦も街攻めも下手くそなのも解る」
「軍事にも荒事にも明るく無いんじゃないの? この街のことを知らなかったにしても、誘拐もしたこと無いみたいね」

 ルブセィラ女史が眼鏡の位置を指で直す。

「私が言うのもなんですが、自分の専門分野以外は子供でもできることができないのが、研究バカというものでして」

 母上がハウルルの髪を手櫛ですきながら、

「一芸に通じるものは万事に通じるもの、なのだけど」
「その域まで極めるの者はなかなかいないのでは? それに今回、数を揃えてハウルルを拐うのはそれほど間違った手段では無いかと」
「そうかしら?」
「この街がウィラーイン領ローグシーで無ければ、成功していたかもしれませんし」
「そうね、これが小さな村だと危ないことになってるわね」

 敵は古代文明研究には賢いが戦は知らず、か。ウェアウルフにウェアベアの能力とあの数、上手く使われていれば街は危なかった。
 フクロウのクチバが続きを話す。

「ウェアウルフの足跡から、何処から来たかをフクロウで調べています。これで居所が解るといいのですが」

 父上が街の状況を語る。

「街の住人総出で大掃除だ。溶けたウェアウルフの死骸が腐臭を放つ前に片付けんと、おかしな病が流行っても困るしの」

 溶けたウェアウルフ、ウェアベアはルブセィラ女史とアシェンドネイルが調べた。古代魔術文明の技術を識るのは、ここではアシェンドネイルしかいない。

「撒き散らす目的で仕込まれた毒素も病原も無いから、そこは安心していいわ」
「古代魔術文明では、そんな兵器を人造魔獣に仕組んで争っていたのか?」
「治らない病気を流行らせれば、戦争には簡単に勝てるわね」
「ろくでもないものを作る」
「生物が生き残る為の戦いと、人の戦争は違うもの。勝利条件が違うから、ろくでもない目的の為には、ろくでもない手段がお似合いよ」
「非道な手段で勝っても、恨みを増やすだけだ。毒と病で勝っても実力が足りねば、次はどうやって戦うというのか? 守ることもできないのではないか?」
「己を強くすることを諦めて、敵を弱らせることに邁進して、どうでも良くなったんじゃない?」

 アシェンドネイルは皮肉げに嘲笑う。今は無き古代魔術文明の人達は、今の俺達とはかなり違う考え方をしていたのだろうか。
 おっと、今は過去の文明に想いを馳せる時では無い。

「手がかりがひとつあるのは収穫か」

 倉庫の中、皆が囲むテーブルの上に、手のひらにのる大きさの黒い筒と、その中に入っていた手紙が広がっている。手紙には、

『アンドロスコルピオを引き渡せ。さもなくばローグシーの街は壊滅する』

 と、書かれている。十日以内に魔獣深森の遺跡迷宮に連れて来いと、その場所の地図も添えてある辺り用意がいい。
 手紙を見るエクアドが、

「これは手がかりというより脅迫状だな。これを屋敷に届けるのが真の目的か? 街に夜襲をかけたのは脅しのつもりか?」

 黒い筒を見つけたルブセィラ女史が答える。

「この手紙入りの筒は屋敷の庭で死亡したウェアウルフの分解した肉体から出てきました。ウェアウルフが死なずにハウルルを連れ去ることができれば、ここに残らなかったことになります。なのでハウルル誘拐が失敗した時の為の、次善の策、のつもりではないかと」
「ウェアウルフの夜襲ではローグシーを壊滅など無理だが、脅しにはなっているか」

 エクアドの言うことにアシェンドネイルが口を挟む。

「楽観はしない方がいいんじゃない? 無事に残った因定珠が幾つあるか解らないし。街を滅ぼすと大口叩くだけの人体改造が成功して、調子に乗ってるのかも知れないわ」

 母上が、ふうん、と首を傾げて、

「ハウルルを保護してそろそろ二ヶ月、改造と調整が終わっていよいよ動けるようになった、ということかしら?」
「何人改造したか解らないけれど、手紙を送りつけるあたり、文字を書くくらいの知恵と記憶が残ってるのかしら? そこそこ成功したのかしらね?」
「首謀者は人間のまま、ということもあるわね。その魔獣の因子を人が取り込む人体改造、成功したとしてどのくらい強い改造魔獣になるか、解るかしら?」
「そうねぇ……」

 アシェンドネイルがハウルルを見る。ハウルルは母上の膝の上で、母上の真似をするかのように、ふうん、と言って首を傾げる。
 このハウルルがもと人間。聞いても今一、信じがたいことだが。下半身はサソリとなり切断特化のハサミに、麻痺毒のある尻尾の毒針と、これを使いこなして戦えるなら強力だ。この上に魔法も使いこなせるとなると、戦闘力としてかなり恐ろしいことになる。
 研究者がハウルルを実験台としてどんな研究で何を作ったのか。ウェアウルフ程度であれば、街をひとつ壊滅とは言うまい。ハッタリで無ければ。
 ハウルルを観察したアシェンドネイルが言う。

「その遺跡迷宮にどれだけ因子の標本が残ってるか解らないから、なんとも言えないわね。それでもゼラより強くするのは無理でしょう」

 それならば俺達がすることは簡単だ。

「その地図にある遺跡迷宮を、俺達で押さえてしまおう」

 ゼラに聞かせられず、ここで口にはできないが、ハウルルの寿命のことがある。研究施設とハウルルの改造データがあれば、ハウルルの寿命は治療できる。できれば早くこちらの物にしたい。
 俺になついてはくれないが母上が抱いているのを見ていると、歳の離れた弟のように思えてくる。
 イカれた研究者にこれ以上ハウルルを好きにされてたまるか。相手がどんな力を身につけたかは不明だが、それで頭に乗り居所を晒した隙を突かせてもらう。

「待ちなさい赤毛の英雄。この地図にある遺跡迷宮は記録抹消(ログレス)の秘密研究所では無いわ。ここは私が最初に研究者の集団を案内したところ。後で調べて誰もいなくなっていたところよ」
「奴等にとって本命の研究施設は何より大事で見つけられたく無い、か。だが、ハウルルを連れて来いというなら、そこに件の研究者が来る可能性は高い」
「それなら私達がすることはひとつ」

 母上が立ち上がり胸に抱いたハウルルをゼラに渡す。振り向いて扇子をひとつ振る。

「その脅迫状の場所に出向き、人語の解る研究者を捉え拠点の位置を吐かせましょう」
「そうですね母上、そのためには、」
「十日以内となると人の足ではギリギリの期間ね。遅刻して怒らせてもいいけれど、時間をかけている間にウェアウルフの運用経験なんて積まれると厄介」
「ならばすぐに出るとして、」
「今回は私とアステとサレンもアルケニー監視部隊に同行するわ」
「いえ、母上は父上と共にローグシーの街の守りを固めて、」
「狙われるハウルルはゼラと一緒にいた方がいいわね。敵の目的がハウルルなら、ハウルルが街から離れればいいのよ」
「ですが母上、」
「街の住人を拐い人質に、というのも警戒すべきね。これはハラード、あなたにお願いするわ」
「それならば母上も街の方を、」
「ハウルルは人見知りするから、面倒を見るのは私とアステに任せなさい」

 むう、母上がやる気になっている。いや、俺も今回は相手が待ち構えていても、突っ込んで食い破り件の研究者を捕らえる策には賛成だが。
 母上はニコリと笑顔で、しかしその目が笑ってはいない。

「カダール、私を心配してくれるのは嬉しいわ。でも議論した結果の部隊編成もこうなると思うのよ」
「う、むう」

 ハウルルを守るにはゼラの側が一番ではあるし、ハウルルが身を任せるのは、母上とアステとゼラの三人だけ。最近ではメイドに女性隊員がそっと頭を撫でたりもできるようになり、サレンもハウルルにお菓子を食べさせて、ほっこりしたりもしているが。
 ハウルルの食事に着替えに添い寝は、母上とアステが担当になっている。ハウルルを連れて行き敵を誘い出すには、同行が必要か?
 考えている間に母上が次々に。

「魔獣深森での奇襲を警戒するのに、クチバとフクロウの隊員も何人か。あなた、いいかしら?」
「ワシも乗り込みたいところだが、街を手薄にはできんか。ルミリア、任せたぞ」
「えぇ、あなたは街を。ゼラはハウルルを守ってちょうだいね」
「ハハウエ、任せて!」
「アシェンドネイルも来てもらうわよ。遺跡迷宮のことをいろいろ教えてもらいたいから」
「それはいいけれど英雄の母、私を小娘のように扱うのはやめてくれない?」
「ゼラの姉なら私の娘も同然ね。だからもっと甘えてもいいのよ? カダールとエクアドは部隊の出撃準備、魔獣深森深部で移動を速くしたいから重装甲は無しで」

 急ぎたいのかもしれないが、俺とエクアドが言うべきことまでサラリと決まってしまった。今の母上の勢いが止められない。

「さて、相手は遺跡迷宮で、どう待ち構えているのかしら? どう焼き崩してやろうかしら?」

 母上が扇子で口許を隠して、くふふ、と笑う。

「灰龍のようなオーバードドラゴンには何も打つ手は無かったけれど、今のウィラーイン家は灰龍喰らいを嫁に迎えているのよ。ねぇ、カダール?」
「なんでしょう、母上?」
「我が家を侮り脅し、ハウルルを寄越せと街を襲う。そんな身の程知らずに街を汚されて、その代償はどう購わせるべきかしら?」

 民を守る貴族が敵に侮られる訳にはいかない。頷いて母上に応える。

「ウィラーインこそ盾の国の中で最も堅き盾。知らずに傲る者には、その身と心に刻んでやりましょう」

 敵となるならば容赦はしない、盾の国の貴族とはかくあるべし。俺の言葉に父上が苦笑する。

「相手の戦力が詳しく解らんのは悩むとこだが、人造魔獣を使い慣れる前に叩いておきたいの」
「父上、時を置いてウェアウルフを大量に作られるのも止めたいところです」
「ふむ、どれだけ強くともゼラは一人しかおらんしの。ならばカダール、ウィラーイン領に手を出す者にその末路を教えてやれ。ワシの代わりにの」

 頷く俺を見てアシェンドネイルがポツリと呟く。

「……この街の住人が大概なのは、領主の一家がコレだから?」

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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