第二十一話

文字数 6,643文字


 はふう、と色気のある息を吐くゼラ。温かな白茶を一口飲み、うっとりとした顔をする。

「ン、こっちも美味しい。ちょっと薄いけど爽やか」
「ゼラは濃い目が好みか? 茶で酒のように酔うならば、濃い茶が好きというのは、酒精の強いものが好みというのに近いのか?」

 お代わりを注いだエルアーリュ王子は楽しそうだ。国王がその様子を柔らかな目で見る。

「ゼラには世話になった」
「ンー?」
「生きた災厄の灰龍、メイモント軍の侵攻、グレイリザードの王種誕生からの魔獣の暴走。いずれもスピルードル王国にとってどれ程の被害となっていたことか。それをゼラが止めてくれた。どうやら謁見では格式ばった言い方となり伝わり難かったか? ゼラよ」
「ハイ、王さま」
「改めて、王国を守ってくれてありがとう」

 にこやかに礼を言う国王。こう言ってはなんだが、威厳の無い親しみを込めた言い方だ。まるでローグシーの街の屋台のオヤジのように。だからこそ、それはゼラに伝わりやすい。
 ゼラは満面の笑顔で国王に、

「ゼラはカダールの言う通りにしたの。だから、王さま、カダールのこと褒めて」
「もちろんだ、カダールがいなければ王国はどうなっていたかわからん。カダールよ、国を守ってくれたこと感謝する」
「いえ、全てゼラがいなくてはどうにもなりません。またグレイリザードの件はハイラスマート領の兵に青風隊、そしてアバランの町のハンターの尽力あってのことです」
「もちろんハイラスマート領にも謝意は示す。だが、カダールがいてこそゼラが人の側にいてくれる。ゼラが力を貸すのはカダールの為にであろう?」
「ウン」
「ゼラはカダールの為なら何でもするのかな?」

 国王が訊ねるのに、ゼラは白茶を飲み、ひとつ頷いて応える。

「ゼラはカダールのこと、信じてるもの。カダールが喜ぶことはハハウエもチチウエも皆、喜ぶことだから。カダールがダメって言うことは、皆が悲しむことだもの」

 ゼラの言うことにズシリと背に重い石を乗せられたような気がする。ゼラにとって良い悪いの規準となるのが、俺の発言、俺の意思。ならば俺がひとつ間違えれば、どんな災厄を呼ぶことになるのか。

「ゼラはカダールのこと信じてる」

 ゼラの赤紫の瞳が俺を見る。俺の判断がゼラの正邪を決める。俺が正しく在らねば、俺の言うことに素直なゼラが悪とされてしまうことになりかねない。責任が重くのし掛かる。だがゼラの信頼を受けて胸に湧くのは暖かさ。
 手を伸ばせばゼラの方から頭を近づけてくる。その黒髪を優しく撫でる。
 目を細めるゼラを見て、もはや不安は無い。常に正しく在り民を守り導く、ウィラーイン家の一人であり、騎士である俺にはそれが当然のことだ。

 俺の想いがタラテクトだった頃のゼラを助け、そのゼラが俺を救ってくれた。そのついでのように王国の危機をも救った。
 ならば俺はこの想いを正しいと貫こう。それでゼラが幸せになるようにと。赤紫の目を細め、嬉しそうに笑むゼラを見れば、俺の想いは正しくあれたのだろうと感じられる。

 エクアドがコホンと咳払いする。

「カダール、ここでいつまでも二人の世界を作るというのはどうかと」

 慌てて前に向き直れば、国王も王子も、ほっこりとした顔で見ている。

「これが人たらしと呼ばれるウィラーイン家の血筋か。人だけでなく魔獣すらも虜とするとは」
「父上、ウィラーイン家ほど敵に回すのは恐ろしい一族はいません。兵は強く、しかも財や権には簡単には靡かない」
「うむ……、やはり魔獣深森に近い西の領主が議会で発言権を大きくできるようにせねば」
「これまでの形を変える時期に来たのでしょう。真面目な西の領主ほど王都にまで来る暇は無く、王都に近い近隣の貴族が、西方の苦労も知らずに議会で喚く。これで口喧しいだけの者が議会に口を出すようになりました」
「スピルードルは力をつけた。もはやかつてのように中央の支援に頼らねばならないことも無く、今ではひとつの国として立てる。だがその変化は、対立とならぬように緩やかに行うつもりだったが」
「父上、それを嫌う中央は手を出して来ています。議会の中央礼賛派を抑え、場合によっては北のメイモントのように中央との対立も視野に入れねば」
「エルアーリュは性急に過ぎる。敵を増やすのは愚策であろう」
「ふやんっ!?」

 国王と王子が真面目な話をする中、いきなりゼラが色っぽい変な声を上げる。何事かと見ると、王妃がゼラの蜘蛛のお尻をモゾモゾと触っている。静かだと思ったらずっとゼラの蜘蛛の脚に身体を触っていたらしい。
 ゼラの赤いドレス、下のスカートはすっかり捲り上げられてゼラの下半身の黒い蜘蛛体が見えている。王妃、あんたいったい何やってんだ。

「あなた、エルアーリュの言った通り、この漆黒の毛並みはさらさらでふかふかで、あったかくて、ずっと触っていたくなりますわ」
「そうでしょう母上、ゼラの蜘蛛の背は至高の絨毯のようなのです」

 くすぐったくて声を出したゼラはキョトンとして、蜘蛛のお尻を触る王妃を見る。

「ンー、人前で、はしたないのダメって、ハハウエが言ってたんだけど?」
「ええ、でもここは内密の場、公にはしない非公式の茶会なの。ここでの会話は秘密にして外には出さないのよ」
「ン? どういうこと?」

 キョトンとした顔でゼラが王妃を見る。王妃は、うふふ、と楽しそうに言う。

「ここではゼラは気取った物言いをしなくてもいいし、何を言っても私達は秘密にするということ。もちろんゼラも、王妃の私がこういうことしてるのは秘密にしてね」
「ウン、解った」
「だからゼラも遠慮せずに、ウィラーイン家の屋敷のように寛いでもいいのよ」
「いいの? じゃあ」

 言ってゼラは、赤いドレスをスポンと脱ぐ。え? ポイと投げ上げられたドレスが宙に浮き、バサリヒラヒラと空に舞う。大きな胸がポムンとなる。お、おおい!

「ゼ、ゼラー!」
「カダール、紐、ほどいてー」

 赤いドレスを脱いだゼラは下着一枚。肩紐の無いビスチェとかいう下着のみ。大きな胸を下から押し上げるような赤い下着は、胸の谷間を強調するように、魅惑のポムンを主張する。

「ゼラ、寛いでもいいと言われても裸になるのはダメだから!」
「ンー、でも、窮屈、もうドレス脱ぎたい」
「それは解るが、ここで下着まで脱ぐのはダメ!」
「ン、ちょっと苦しいから、緩めたいの」

 いきなり脱いだゼラを見て王妃がポカンとしている。エクアドが立ち上がり国王と王子に慌てて説明する。

「あ、あの、ゼラはもともと服を着る習慣の無い蜘蛛の魔獣で、服を着るのが肌がムズムズして落ち着かないと。ウィラーイン家の館では、なるべく肌に触れるところの少ない衣服で過ごし、たまに館の中を全裸で彷徨くこともあってですね」

 唖然としている国王も王子も、その視線の先はゼラの褐色の果実に釘付けだ。王子が手にするカップから白いお茶がテーブルに溢れていく。ゼラの胸を下から押し上げる下着は、ポムンの下半分を隠している。だが、魅惑の突起を隠すにはギリギリで、少し緩めるだけでもまろび出そうだ。これで背中の紐を緩めたりしようものなら。
 気を取り直した国王が、

「う、うむ、驚いたが、寛いでくれと言ったのはこちらであるし、な、なぁ、エルアーリュ?」
「そ、そうですね父上。ゼラが落ち着くというなら、ここで全裸になることも、それは、やぶさかでは無いかと思われます」

 なんだこの親子。いや、ゼラのポムンに目を奪われぬ男など、この世に存在しないか。ゼラのポムンから目が離せない国王と王子。これはどうゼラを止めようかと悩む前に冷たい声が響く。

「あなた、エルアーリュ」

 王妃の声で慌ててゼラの胸から視線を外し、カップのお茶に口をつける国王と王子。王妃はそのままゼラを見上げる。

「……ドレスが破裂しそうにも見えたけれど、こうして見ると大きいわ」
「ウン、ゼラのおっぱい触ってみる?」
「えぇ?」
「ルブセも隊員の人も、ゼラのおっぱい触るの好きみたい」
「それは、ちょっと……」
「男の人は恋人以外触らせたらダメだけど、女の人ならいいんでしょ?」

 ゼラが俺に訪ねてくるが、女でも目付きの危ないのに触らせたくは無いところなのだが。だがここで王妃だけダメとは言えず、頷いておく。

「ほら、カダールもいいって」
「じゃ、じゃあちょっとだけ」

 王妃がゼラのポムンにおそるおそる手を伸ばす。ゼラはその手を取ってゼラのポムンに導きムニュンと埋める。王妃が、ふわあ、と声を上げる。
 
「……凄いわ、それに触っていると不思議に心が落ち着くような、なんとも言えない安心感に包まれるような……、これが王を魅了して国を傾けたという、昔話のアルケニーの魅惑なの?」

 ゼラはニコニコと微笑みながら王妃を見て、王妃は両手でゼラのポムンをむにむにと。
 王妃がゼラの胸を揉むのを、国王と王子と騎士二人が見守る。なんだこの状況? なぜこうなる? これ以上おかしな空気にならないようにしなければ。

「えぇと、国王、話を戻しましょう」
「う、うむ、それで何の話をしていたのだったか? エルアーリュ?」
「スコンと飛んでしまいましたね。ですが良いでは無いですか。ゼラとカダールの話を聞く為にここに呼んだのですから」
「そうであった。新しい館が完成したというが住み心地はどうか? カダール?」
「は、ゼラが入れるように建築したので、一階はこれまでに無い大きさの館となりました。エルアーリュ王子もご覧になった通り、初めて中に入る者は巨人の館のように感じるようです」
「天井も高く廊下も広く、ゼラの蜘蛛の身体が大きくとも、あれなら人と共に住めましょう」
「ほほう、なかなか面白そうではないか」
「また、伯爵婦人が設計したという大浴場は星入りの大理石をふんだんに使い、これまでに無い広さと豪華さの大浴場でした」
「伯爵婦人とはルミリアか、壮健なようでなにより。彼女には王国魔術師団に残って欲しかったのだが」
「ウィラーインの博物学者には、魔術師団は狭苦しいのでしょう。その才を好きに使えるところに行ったからこそ、ウィラーイン領のプラシュ銀鉱山から質の良いプラシュ銀が採掘できるようになりましたし」
「そのルミリアが設計したという大浴場は見てみたいところだ」
「欠点は、ゼラの魔法でないと湯を張るのに大量の燃料が必要ということでしょうか。なのでゼラと混浴になるそうです。カダールよ、次に私がローグシーに赴くときは、ゼラとの混浴を許してもらえないだろうか?」
「あの王子、そういうのはですね」
「エルアーリュ王子、男がゼラと混浴するためには、このカダールと一対一で試合して勝たねばなりません」
「おい、エクアド」
「これは館の主であるハラード様が決めたことで、ハラード様が立ち会いになります」
「なんと、無敵の双剣士の前でその息子、剣のカダールに勝たねばならんのか? 魔術は使ってもいいのか?」
「カダールを相手に、印を切り呪文を唱えることができますか?」
「むむ、それは難しいか、だが勝たねばゼラとの混浴はできぬとあれば……」
「エルアーリュはゼラに夢中か。ところで、ゼラはその大浴場での入浴とはどうなのか? アルケニーとは風呂に入るものなのか?」
「ウン、お風呂、好き。あのね、人に髪を洗ってもらうのが好きなの」
「ほほう、ではカダールと共に風呂に入り、カダールに髪を洗ってもらっているのか」
「えっとね、いつもはハハウエかフェディだけど、隊員の人もゼラとお風呂したいって、いろんな人な順番に髪を洗ってもらってるの」
「む? カダールではないのか?」
「ウン、カダールにしてもらうの気持ちイイ。だけど、カダールに髪を洗ってもらうと、カダールがゼラの耳をコチョコチョしたり、首をつつって指でなぞったり、胸をもにもにしたり」
「お、おい、ゼラ、それは、」
「それでね、そのままちゅーして、ムニャムニャしたくなっちゃうの。でもゼラの魔法でお湯を出すから、ゼラが魔力枯渇だとお風呂のお湯は出せないし、お風呂のときはムニャムニャしたくなっても我慢しなきゃいけないの」
「そ、そうなのか、うむ、二人が仲が良いというのは良く解った」

 むぐぐ、なんだこのお茶会? 何故、俺とゼラのお風呂事情を語る場になった? 王妃がゼラの胸から手を離し、ようやく椅子に着く。

「ゼラはカダールのことが好きなのね」
「ウン、大好き」
「カダールは責任重大ね。その言葉ひとつでゼラが動くとなれば」

 ゼラ相手に子供のようにはしゃいでいた王妃が、探るように俺を見る。

「カダールはどう考えているのかしら? エルアーリュが指示した支援活動は大成功と聞いているのだけど?」
「そこは俺の行いを見て信じてもらいたい、としか言えません」
「そう、でもゼラはカダールの為ならどんなことでもしてしまいそうね。そのゼラの判断は今のところカダールに委ねられている」
「ゼラは人のことを学んでいる最中です。ですがゼラは、今ではこのエクアドのことも、俺の父上に母上、屋敷の者、アルケニー監視部隊、ローグシーの街の住人のことも好きになりました。ゼラは人の敵とはなりません」

 王妃はひとつ頷きゼラを見上げる。ゼラはそれに応えるように。

「ウン、ゼラはカダールの言うこと守る。人は殺さない、家畜は殺さない」
「そう、本当に人に恋する蜘蛛の姫なのね」
「ゼラは、カダールが喜ぶことしたい。カダールにしてもらって嬉しかったこと、カダールにしてあげたいの」
「例えば、どんなこと?」
「えっとね、カダールはムニャムニャするときゼラのいろんなとこにちゅーしてくれるの。とっても気持ちいいから、ゼラもカダールのいろんなとこにちゅーするの」
「お、おい、ゼラ?」
「挟んだりペロペロしたりすると、カダールは気持ちいいってゼラの頭を撫でて、それで、カダールに撫でてもらいながら、カダールのを舐めるのとか、好きなの」

 俺はそっと頭を抱えてテーブルに突っ伏す。いや、非公式というのは何を話してもいいということでは無くて、秘密にするべきことをあけっぴろげに口にしてもいいというものでも無くて。主に政治的な事柄で公にしないことを論じるものであるはずだ。それがなんで俺とゼラの閨の話になるんだ?

「……そうか、挟んだり、舐めたり、したのか、うむ、そうか……」

 エルアーリュ王子、ゼラの胸を見ながら想像するのはやめて下さい。やめろ、頼む。

「カダールが気持ちいいこといろいろしてあげたいの。だけどゼラがすると、今度はお返しだってカダールがいろいろしてくれるの。カダールは優しいの」

 思い出しながらウキウキと話すゼラ。これ以上のことを具体的に説明するのは、そろそろやめてくれないか? 俺がゼラのポムンを口と舌でどんな風に愛撫したとか、ここで話すことじゃ無いだろう?

「それでね、ゼラもカダールのをはむってしたら、カダールのお尻がピクンってなって、カダール幸せ?って聞いたら、とても幸せってカダールが言って、ゼラ嬉しくなって。でも強くしたらカダールがそれは痛いって。力の加減がね、難しいの」

 こんな話になるとは思って無かった。国王も王妃もポカーンとしている。
 話題を、話題を変えなければ。

「ゼラ、お茶のお代わりは? どのチーズが美味しかった?」
「ン、お代わり欲しい。えっと、この白いチーズが好き、あ、でもこっちの紫色のは歯応えが好きー」
「そうか、ではこちらのチーズは少し持ち帰らせてもらっても良いですか? これは産地は何処のものですか?」

 なんとか話題をそっち側から戻せたか? 王妃がクスリと笑う。

「カダールがゼラの手綱を握っているかと思えば、ゼラもカダールに首輪をつけているようね」
「ウン?」

 首輪どころかゼラの糸に絡まれてるのが俺だ。それにツガイとはそういうものだろう。
 だが、あとでゼラには公式の場と非公式と恋人同士の秘密の違いについて、ちょっと教えておかないと。エクアドが口を抑えて笑わないようにして震えている。ぬぐう。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み