第十四話◇◇◇フェディエア主役回 後編

文字数 6,513文字


 エクアドとはそういう仲になってしまって、それでもエクアドは隊長で、ウィラーイン家に養子に入ったばかり。
 表向きは私とエクアドがこうなってしまったのは隠して、隊長と会計として話をする。武名高き槍のエクアド、状況次第では次期ウィラーイン伯爵となる騎士。

「だから、エクアドの汚名になるようなことはしないわよ。こんなのただの遊びよ、遊び」
「これでフェディエアが落ち着くというならいいが、だからと言っておかしなことをするなよ」
「おかしなことって?」
「何も言わずに不意に身を隠す、とかだ。そんなことをすれば、俺は隊長も騎士もやめてフェディエアを探す」
「私一人に大げさなことしないで」
「仕事はしっかりとしているくせに、自分のことは捨て身だとか」
「私がいなくなっても、別に困らないでしょう?」
「困るに決まっている。俺にも面子と誇りはある。部隊でも事務的なことはフェディエア任せになってるところが増えて、今では会計というよりは実質副官だ」
「うちの副隊長は姫のお世話が忙しいから、仕方無いわね」
「それに騎士として男として、嫌な目に会ったからと自暴自棄になってる女を見捨ててられるか」
「同情と憐れみでこうしてくれる優しさなのね」
「その同情と憐れみが切っ掛けで、灰龍すら食い散らかす純愛を身近に見ているだろうに」
「誰もがお伽話の住人では無いわ」

 口先で拗ねたことを言いつつも、私を抱き締めるエクアドの手を振りほどけない。安堵を感じる私がいる。だけど、私ではエクアドに釣り合わない。バストルン商会も無くなった。父さんは伯爵様に仕えて、新しい仕事にやる気を出しているけれど。

 エクアドには私を妻に迎える利点なんて無い。この腕の中は居心地がいいけれど、それは私が守って欲しいだけで、これは恋では無いのだろう。
 己の才覚で頑張ればなんとかなる、とはもう思えない。私では勝てないものがこの世界には多過ぎると、知ってしまった。

 誰かに私を守って欲しい。だけどただ守られるなんて、自分を弱いと認めるのもしゃくだし。どうしたいのかも自分で解らなくなってきた。

 ラミアのアシェンドネイルはゼラちゃんとよく話している。ラミアとアルケニー、二人は半身半獣の姉妹だという。
 人を小バカにしているアシェンドネイルも、ゼラちゃんを相手にするときは気位の高い姉のようだ。それは人間と変わらない。魔獣と人の違いってなんだろう?

 お洒落に興味が出てきたゼラちゃんに、髪の編み方なんて教えてみる。三つ編みを練習したいというゼラちゃんに、私の髪を編んでもらったり。

「ゼラちゃん」
「なに? フェディー?」
「ゼラちゃんはカダール様のこと、好き?」
「ウン、大好き!」
「ゼラちゃんは、人のこと、好き?」
「好き! みんな、優しい」
「そう」
「どうしたの? フェディ?」
「ゼラちゃんは、アシェンドネイルみたいにならないでね」
「ン? ウン」

 蜘蛛の姫を受け入れて、イチャイチャチュッチュしている黒蜘蛛の騎士。蜘蛛の姫を甘やかしてしまう私達。
 それを見て調子を崩して苛つくラミアのアシェンドネイル。小賢しい愚者を弄ぶことはできても、おめでたい呑気者は苦手らしい。ざまあ。アシェンドネイルもゼラちゃんが羨ましくて、そんな目でカダール様を見てるんでしょう。ざま見ろ。

「幻獣ラミアの方が人に押されてるなんてね」
「フェディエアよー、ここはほんとにお伽噺の国なんじゃねーの?」
「中央から来たシグルビーにはそう見える?」
「ゼラちゃんが可愛く見えるあたしも、そこに染まってるんだろうな」

 どんな運命がゼラちゃんとカダール様を結びつけたのだろう? それとも、ゼラちゃんの力にカダール様の想いがあれば、どんな災事も越えていけるのだろうか。
 そんな力が、少し羨ましい。

 古代文明の遺産、それを弄んだ男は人の姿を捨ててドラゴン擬きとなった。そんな人の手に負えない技術の遺産を回収、封印するのもあのラミアの役目らしい。
 人の愚かさを眺め、その尻拭いをする、半人半獣の魔獣。人に嫌気を感じ、バカにするのも少しは解る。解ってしまう。

 力を求めたその果てに、行き着いた悲惨。魔獣を自在に操れると思い込んだ邪神官も、その行き着いたところは火炙りだった。
 幸福とはなんなのか? 選ばれた人にしか与えられない祝福なのだろうか?
 かつての婚約者、カダール様。その想い人、アルケニーのゼラちゃん。仲睦まじい二人が、ときに遠い世界の住人のように見える。
 すぐ近くにいるはずなのに。触れて話をするこもできるのに。

「ご懐妊です」
「ウソ……」

 月のものが遅れて、念の為にとルブセィラ女史に調べてもらった。子は授かり物と言うけれど、こんなときに当てなくてもいいじゃない。
 さっさと堕ろしてしまうか、それともローグシーから遠く離れたところへ、身を隠してしまおうか。お腹が目立つ前になんとかしないと。
 そんなことを考える前に、エクアドに手を握られて引っ張られる。

「ルブセィラ女史から聞いた。ハラード様とルミリア様に話に行くぞ」
「待って、エクアド、ちょっと待って」
「カダールには事の次第を話してある」
「え? えぇ?」
「大っぴらにはしていないが、俺とフェディエアのことは部隊の隊員達に感づかれているし、いい機会だ」

 いい機会って、何が? エクアドがかしこまってハラード様とルミリア様に頭を下げる。カダール副隊長にゼラちゃんも聞いている。

「フェディエアを妻に迎えたいのです」
「ほう、フェディエアであれば良いか。一度はウィラーイン家に迎えようとした娘であるし」
「そうね、フェディエアなら。エクアドもカダールも前に出る前衛、それを後ろで支えるのはフェディエアくらいキレる子がいいわね」

 ハラード様もルミリア様も、何を言ってるんですか?

「フェディエアが俺の姉上、となるのか」

 呟くカダール副隊長。カダール様が、私の弟に? どうして?

「フェディ、赤ちゃんがいるの? どこに? いつ産まれるの? どうしたら赤ちゃんができるの? ゼラもカダールの赤ちゃん欲しい!」

 ゼラちゃん、私は欲しくて授かった訳じゃ。
 事態は当事者の私を置いてきぼりにしたかのように進んでいく。私は自分の事なのに、何処か遠くから自分を見てるような、妙な気分を味わっていた。

「フェディエアよ」
「なんでしょう? ハラード様?」
「ハラード様、では無く、お父様、と呼んでみてくれんか?」
「……、」

 どうしてこうなったのかしら?

「そりゃ、男とムニャムニャしたらできたりもするって」
「シグルビー、あなたねー、」
「エクアド隊長もフェディエアのこと気にしてたし」
「それは、私のこと同情してただけで」
「切っ掛けなんて、なんでもいいんじゃ無いのか?」
「こんなの、恋でもなんでも無いわ」
「あたしも恋とかわかんねえ。したことも無いし」
「それでエクアド隊長とヤッてみたら? とか、よく言ったわね」
「人のことは見てると解るもんだ。それに誰もがゼラちゃんみたいに激しい恋愛なんて、してるものじゃないし」

 シグルビーの目が私を見る。同性の友人として、シグルビーほど仲良くなった人はいない。口は悪くとも面倒見がいいシグルビー。

「フェディエアも隊長が気になってた。隊長もフェディエアのことを気にしてた。それだけのことだろ」
「エクアド隊長を狙ってた隊員に恨まれそう」
「あー、そこは皆、気がついてた。二人とも隠してるつもりだったから、黙ってただけで」

 慌ただしく準備が進む。やんわりと囲まれていて、逃げ出すこともできない。なんだろう、この状況。

「フェディ! キレイ! 花嫁!」

 ゼラちゃんが目をキラキラと輝かせて褒めてくれる。プリンセスオゥガンジーで作られた真っ白な花嫁衣装。虹のベールが浮かび立つ、ゼラちゃん特製の、今のところこの世でひとつしか無い究極のウェディングドレス。
 まさか、ゼラちゃんより先に私が着ることになるなんて。

 ローグシーの街の聖堂は、ゼラちゃんに割られた天井のステンドグラスは新しくなり、以前の割れたステンドグラスは壁際に展示されている。いつかゼラちゃんの結婚式を、とか考えているのか改装された聖堂は扉も大きくなり、ゼラちゃんも入れる造りになっている。
 なんでも割れたステンドグラスを見に来る参拝客が増えているらしい。片想いの恋に力を与えるとかなんとか。

 エクアドを見れば、こちらもプリンセスオゥガンジーの礼服で、ローグシーの街で最も豪華な結婚式だろう。虹を纏う武名高き赤槍の騎士。このエクアドが、私の夫に。

「ぜんぜん実感が湧かないわ……」
「フェディエアに悩む時間を与えると、何処かに行ってしまいそうだからな」
「だからって、ここまで最速に進めなくても。何も心の準備ができて無いのに……」
「その心の準備は、何の為に必要だ?」
「何の為にって、当事者の心構えの為に、」
「事件に異変はいつ起きるか解らない。できることはできるうちに、だ」
「ずいぶんと楽しそうね? エクアド?」

 新郎新婦で腕を組み、恨みがましく見上げたエクアドはニヤリと笑う。

「ウィラーイン家を影で支える才女などなかなかいない。それができそうで頭の切れる女を妻に迎えることができた。喜ぶところだろう?」
「エクアドはどう思ってるの。私はあなたのことを好きと言ったことなど無いのに」
「正直に言えば、俺は恋とかいまいちよく解らん。カダールのような激しい情熱は無い」
「それでよく結婚するか? なんて言えるものね」
「だが、共に未来のことを考えるのは、共に策を考えるのは、フェディエアがいい」
「妻と言うよりは副官ね」
「それにフェディエアの事が放っておけない」
「そんなに心配させてしまった?」
「フェディエア、忘れたのか? 怪しい邪教の輩に拐われた姫は、救い出した騎士と結ばれるものだ」
「……はあ?」

 そこだけ聞いたら物語みたいね。
 聖堂の中、多くの人に祝福されて、エクアドと誓いの口づけを。参列する人が投げる色とりどりの花の雨の中。ゼラちゃんの魔法の明かりに照らされて、幻想のように七色に光るドレス。笑顔でおめでとうと口にする同僚の隊員達。振り向いたとき、ボロボロと泣く父さんが視界に入り、ああ、私は結婚してしまったのだ、と、ようやく実感が湧いてきた。

 ぼんやりしてるうちに結婚式は無事に終わった。なんだか夢を見ているようだった。
 終わってからが、少したいへんだった。
 ゼラちゃんと並んでローグシーの街に出れば、これまで注目されるのはゼラちゃんだけだった。それなのに、今は私のところにまで街の住人が来る。
 街のおばちゃんが涙を浮かべた目で、私の手を握り、幸せになるのよ、とか言ってお菓子をくれたりする。ローグシーの街の住人が、私に同情混じりの視線を向ける。

 ローグシーの街で新しい物語が流れている。『赤い槍に降る白い花』作者はウィルマ=テイラー。ルミリア様のペンネームでルミリア様の新作の本。既に吟遊詩人が歌にもしている。
 内容は邪教の集団に拐われた令嬢を騎士が救い出し結ばれるという、ベタなもの。
 ……これ、どうみてもモデルはエクアドだ。
 確かに私は邪教の集団に拐われたようなものだけど、救いに来たのはゼラちゃんにハラード様にエクアド隊長にアルケニー監視部隊だ。囚われていたのも私一人じゃ無く、父さんもカダール副隊長もかつてのバストルン商会の人もいた。
 物語の中では赤い槍の騎士が数人の仲間と共に、姫を救いに邪教の神殿に乗り込んでいる。これ、かなり違うとおもうのだけど。

 これは新しくウィラーイン家の一員となったエクアドの武勇伝を広めて、エクアドが伯爵家に相応しい騎士と宣伝したいという、ルミリア様の宣伝工作なのだろう。私はそのネタにされてしまった。
 だけど、この本と吟遊詩人の歌で、かつてのバストルン商会は邪教の集団にいいようにされてしまった、不運な被害者と人に広まった。私はすっかり悲劇のヒロインのような扱いに。
 私は私の知らないうちに、拐われて救いだされたお姫様のように街で噂されることになってしまった。今では迂闊に街にも出られない。ローグシーの街の人に、どんな態度で接していいか解らない。まさか私がこんなに注目されることになるなんて。

 エクアドとカダール副隊長が並んで私を見る目からは、どうだ、俺達の気持ちが解ったか? と、無言で伝わってくる。何かを悟ったように二人が頷くのを見ると、ちょっとイラッとした。

「ルミリア様、その、この本なんですけれど」
「よく書けたと思うのだけど? もう少し派手にしても良かったかしら? 展開はありきたりなのよね」
「いえその、街の人がこの本を真に受けて、エクアドが姫を助けた英雄で、私が救われた姫のような扱いになってて」
「それで間違って無いでしょう?」
「私が不幸な拐われ姫というのは、ちょっと違うと思うのですが」
「誰もが良き物語を求めるものよ。正しく生きる人には祝福と幸福が訪れる物語を」
「それはそうかも知れませんが、ちょっと事実を変えすぎてるのでは?」
「見方を変えれば、お伽噺なんてそこらじゅうにあるものよ。そうあって欲しいという人の心の中にね」

 ルミリア様は優しく微笑む。私はこんな伯爵婦人になれるのだろうか? ちょっと無理な気がする。

「優しい願いを持つ人が元気に生きられるように。それをちょっとお手伝いするのが、領主の一族のお仕事よ」

 エクアドがよく、俺はウィラーイン家の一員としてやっていけるのだろうか、なんて言ってたりする。今はその気持ちが私にも解ってしまう。
 どうして、こうなったのかしら?

「ンー? まだ大きくならない?」
「そんなにすぐには大きくならないわよ」

 ゼラちゃんが私のお腹に耳を当てる。私のお腹の中を探ろうと、そっと触ったり耳を当てて音を聞いたりする。
 お腹の中に子供がいて、無事に産まれたら私は母になる。なんだか、嘘のような気もする。お腹の中の子が大きくなれば、実感も湧くのだろうか?

 この子が産まれたら、なんて話をしよう? あなたの父と母は、こんな出会いをした、と。
 ルミリア様の書いた本を片手に取ってペラペラとめくる。挿し絵には槍を構える凛々しい騎士の姿。
 邪神官に拐われた母を父が救い出したのよ。そのとき、あなたの父は邪教の神殿に乗り込み、邪神官の操る四腕オーガと一対一で戦って、傷を負いながらも見事に倒したのよ、と。
 これ、どこの紙芝居の話なのかしら。
 運命の激流に流されて、辿り着いたのはお伽の国? 赤い槍の騎士が夫になって。かつての婚約者が弟になって。

「どうして、こうなったのかしら?」
「ンー? そうしたかったから、じゃない?」

 つい口に出した呟きに、答えが返ってくる。赤紫の薄く輝く瞳が私を見る。ゼラちゃんは無邪気に言う。そうしたかったから、そうなった、と。
 答えなんて、そんな単純なものかも知れない。

「カダールのお兄さんが、エクアドで、家族で、それで、フェディが、ゼラのお姉さん?」
「そういうことになるのかしら?」

 私が蜘蛛の姫と黒蜘蛛の騎士の姉に、家族に。世の中は、運命は、私が思うよりもずっと適当でデタラメなものらしい。

「これからもよろしくね、ゼラちゃん」
「ウン」

 私は自分でも気がつかない内に、お伽噺のお姫様になっていたらしい。遠く見えていた気がするものの中に、いつの間にか入っていたみたい。
 そっとお腹に手を置く。未来に不安はあるけれど、お節介な人に囲まれて、エクアドに支えられて、不思議な穏やかな気分。私のお腹に耳を当てるゼラちゃんが、新しい命の音を聞こうとしている。


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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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