第五話

文字数 3,118文字


「おぉ……、これは、極上……」
「父上、寛ぎ過ぎでは?」

 テントの中でゼラの赤いブレストプレートを外す。鎧下も脱がせるとゼラは息をつく。大きな胸がまろび出る。

「ぷはー」
「ゼラ、父上もエクアドもいるからこれを着ようか」
「えー?」
「嫌か?」
「ン、ガマンする」

 ゼラに赤いベビードールを着せる。ゼラ専用の特大テントの中はゼラの魔法の灯りで、夜でも明るい。父上がだらしなく寝転びながら見上げてくる。

「カダールよ、ゼラが嫌がるのであれば裸でも良いのでは無いか?」
「父上、母上に言いつけますよ。父上がゼラの胸を見たがっていたと」
「ワシは別に構わんが」

 なんだと父上? そんな堂々と見たがるとは。これが年の功か、男の余裕というものか。父上を見ればゴロリと横になっている。ゼラの下半身、大蜘蛛の背中の上で。父上がゼラに乗せて欲しいと頼み、ゼラが、

「チチウエならいい」

 と快く乗せてしまった。それで父上は蜘蛛の背で横になり、片手でゼラの蜘蛛の背中を撫でている。

「この黒い体毛がふわっふわでほんのり暖かい。最高級の毛皮のようではないか。この毛の下も程よい弾力があって、実に良い」
「チチウエ、気持ちイイ?」
「気持ちいいぞ、ゼラ、最高の寝心地だ。ふむ、唯一の欠点はゼラの後ろ姿しか見えんところか。ゼラは重くはないのか?」
「ぜんぜん。あと二人くらい、乗っても大丈夫」
「そうか。ローグシーへの帰り道では、近隣でも旨いと評判の長角牛を狩るとしようか」
「うし! チチウエ、うし!」

 ヨロイイノシシ以来、肉でゼラを釣る父上もどうかと思うが、ゼラが喜ぶのなら狩りもいいか。エクアドがブランデーの瓶を開ける。エルアーリュ王子からの貰い物。エクアドに渡したつもりだったが、俺にも味見をさせてくれるようだ。エクアドが木のカップに入れたブランデーをひとつ父上に渡す。

「俺もゼラの蜘蛛の背に乗せて貰いましたが、これで最上では無いらしいですよ」
「それはどういうことだ?」
「ゼラの感情で毛並みが変わるとか。だろう? カダール?」
「あぁ、戦闘のときは体毛もその下の皮膚も硬くなっていた。咄嗟のときには鎧のように硬くなる」

 ゼラが平原で怒ったときは蜘蛛の身体が一回り膨れ上がったようになり、体毛は針のように硬くなった。逆にゼラの気持ちが穏やかな程、体毛は柔らかくなるようだ。
 エクアドが俺にチョイチョイと手招きする。俺もブランデーのカップを手に取り、座る。
 蜘蛛の腹を地面にペタンと着けたゼラ。その前に、お腹を背もたれにするように。ゼラには果実を絞った果実水の入ったカップを渡す。
 ゼラの蜘蛛の背中の上の父上が。

「おぉ、なるほど。カダールがゼラに触れると一段とふっかふかになるのか。これはたまらん、至高の寝台ではないか」
「父上、そこで本格的に寝るのはやめて下さい」
「いいではないかカダール。うむ、父上と呼ぶ美しい娘を枕に……、やや背徳的だがこれはこれで」

 エクアドがブランデーを飲みながら苦笑している。俺も、なんだこの親子は、とも思うが。ブランデーを一口含む。うむ、流石王族専用、最上級ブランデーのヴォン。華やかな香りに喉に溶けていくような飲み心地。じわりと残る熱。俺が旨そうに飲んでいると、ゼラは欲しそうに見る。ゼラが酒に酔わないのは知ってるが、一口飲ませてみる。ゼラは赤い舌を、ぺ、と出して。

「ンー、前のよりは、苦く無い」
「酒は美味しくないって知ってるだろう?」
「カダール美味しそう」
「そう言って俺が食べるものを口にして、やっぱり美味しくないって口から出したりするじゃないか」
「だってー、カダール食べるの、美味しそうに見える」

 俺が食べてるのを見てゼラが手を出すことはある。だが、豆に茹でたり焼いたりした野菜は嫌いなゼラ。それなのに口にして、不味いと言って口から出したりする。肉に魚は調理したものでも食べられるが、やはり生の方が好み。

「スピルードル王軍から離れれば、生の肉も手にいれやすくはなるか」

 父上がゼラの蜘蛛の背でくつろぎながらブランデーを味わう。

「明日には撤収だが、結局メイモント軍の総大将は捕まらんかったか」
「父上、指揮官は砦にはいなかったのですか?」
「平原から逃げたメイモント軍はバラバラに散った。一万の内二千が砦にいたが、総大将は砦に寄らずに逃げたようだ。それもあってエルアーリュ王子は半包囲で逃がしてやった」
「まぁ、ここで戦って潰しても得るものはありませんから」
「あとは外交か。けじめをつける為にもこの件の責負う者の身柄に金か物資を要求する、と」
「奇妙ですね。宣戦布告も無しで、メイモント王国が何をしたかったのか解らない」
「軍の一部の暴走、というところに落とすのかもしれん」
「灰龍の卵、そしてバストルン商会のことは?」
「バストルン商会はメイモント王国にいいように使われた、というところだろうか。あの商会長が何故、こんなことに手を出したかは腑に落ちんのだが」

 エクアドが満足そうにブランデーを味わう。

「砦のメイモント軍をあっさりと北方に逃がして、アプラース第二王子は何か言ってませんでしたか?」
「アプラース王子よりも取り巻きがごちゃごちゃ言っておった。それをアプラース王子が止めていた。あぁ、それとアプラース王子がワシのところに来たぞ」
「父上のところに? 何故?」
「黒蜘蛛の騎士とアルケニーのゼラを見に。それをアルケニー監視部隊が追い返したので、ワシに文句を言いに来た。王子をあしらうとは何様だ、とな」
「そこはエルアーリュ第一王子に言っていただきたい」
「いや、煩いのは周りの奴らでアプラース王子の方はカダールとエクアドに礼を言いたいと、酒を置いていった。(スワンプ)ドラゴン討伐のとき、助けてくれたことにちゃんと礼をしてなかったと謝られた」
「あのアプラース王子が?」
(スワンプ)ドラゴン討伐から二年でいろいろと学んだのだろうか。アプラース王子を担ごうとしている連中の方が問題あるわい」
「王族とは、政治とは面倒なことです」
「そこにゼラが利用されないよう、ワシらで守らねばな」

 ゼラがふわぁ、とあくびをする。こういう話はゼラにはつまらないか。父上がゼラの顔を見る。

「ゼラは絵本が好きだと聞いとる。どれ、今宵はワシがゼラに絵本を読んでやろう」
「!絵本、あるの?」
「父上、酔いが回ったのなら自分のテントに行って寝てください」
「カダール、ワシが鉱山におる間、皆でゼラと楽しくしておったのだろう? その分、ワシにもゼラとの触れあいを許してもよいではないのか?」
「もう充分に堪能したでしょう。そろそろゼラから降りて下さい」
「うむ、ゼラよ、カダールがワシに冷たいのだが」
「チチウエ、冷たくないよ? あったかいよ?」

 ゼラの言葉に胸に手を当て目をつぶる父上。何をじっくりと味わうような顔で堪能してますか、父上?

「……ふう、ゼラよ、ワシの目を見てもう一度父上と、」
「父上、酔いが過ぎるのでは? さっさと戻りやがってください」

 ゼラにチチウエと呼ばれる度にへにゃっとした顔になる父上。こんな父上は見たことが無い。

「エクアド、世の父親とはこういうものか?」
「俺が知るか。俺はまだ結婚もしてないし子供もいないんだ。息子に嫁が来た父親の気持ちなんて解るか」
「二人には解らんか。まだ若いの」

 これは歳を重ねれば解ってしまう事なのだろうか? 父上がちょっとおかしいのではないのか?

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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