第十話
文字数 5,283文字
夜、ゼラ専用の特大テントの中で。今日、一日でずいぶんと疲れた。ずっと走ってた気がする。
たらいに入れた水で手拭いを洗い、軽くすすいで絞ってゼラの背中を拭く。ゼラの上半身は人と同じに汗をかく。ゼラの綺麗にする魔法でもスッキリするのだが、一度こうしてゼラの身体を拭くと、それが気に入ったらしい。なのでこうしてゼラの身体を拭くようになった。
褐色の柔らかい肌をそっと拭う。これがそっとし過ぎるとくすぐったいのか、ゼラが笑って動いてしまうので、ある程度の力加減というのが難しい。ただ、こうして裸を拭いていると、その、なんだ、モヤンモヤンするというか、ずっと触っていたいというか、堪えろ俺、負けるな俺。一通りゼラの身体を濡れ手拭いで拭くと、ゼラが抱きついて来た。
「今日は、ゼラ、がんばった」
「そうだな。よくやってくれた」
ゼラに人形のように持ち上げられた状態で、むふん、と微笑むゼラの頭を胸に抱き、頭をよしよしと撫でる。
「これなら、カダールと、ムニャムニャできる?」
「俺を軽々と持ち上げてる時点で、魔力枯渇はしてなさそうなんだが。ゼラ、手に力を入れてみてくれ」
「ウン」
俺を抱き締めるゼラの腕に、少しずつ力が入っていく。
ミシミシミシミシ……。
ぐふぅ、俺の胴体がぺしゃんこになる。
「ストップ、ゼラ、ストップ。これは無理だ。苦しい、また折れる」
「あにゅ」
ゼラの手を解いて床に降りる。今日一日、ゼラは本当に頑張ってくれた。人間ならば何十人分の作業量だろうか? 木を切り、運び、村中の畑に水を撒いて、井戸を堀り、村の怪我人病人を治して。村の治癒術師が原因が解らないという慢性的な偏頭痛まで治してしまった。
だが、それでもゼラがぐったりと疲労するまでにはならない。それもそうか、万単位のアンデッドを相手にしてまだ余力のあるゼラ。その魔力が切れるまで魔法を使うのも難しい。それで辺りの地形を変える訳にもいかない。試しに弱い魔法を連発したところで、魔力枯渇にはなりそうも無い。
ゼラを見ると目に涙が溢れてこぼれそうになってる。うるうるした目で拳を握った手を震わせて、
「ふうーう、ゼラ、カダールと、ムニャムニャしたいぃー」
必死な顔してえろいこと、ゴホン、えらいことを口にする。
「ゼラ、堪えてくれないか? その、俺もしたいが」
ゼラはひとつ頷いて、テントの隅に行く。ゼラが何かをテントに持ち込んでいたが、それは何だ? 戻ってきたゼラが差し出すのは、ロープだ。
「カダール、ゼラを縛って」
「縛る?!」
ついロープを受け取ってしまったが、縛るって? ゼラを? 俺が?
「手、動かないようにしたら、できる!」
「できるって、それはできるかもしれないが」
「縛って!」
両手を真っ直ぐに伸ばすゼラ。いや、縛るって、俺も詳しくは無いが、なんというのか。女の子を縛るって、身動きできなくして、無理矢理するみたいで、それダメだろう。そんなのはプレイにしても、俺達には上級者過ぎやしないか?
「縛って! カダール、縛ってー!」
「わ、解った。解ったから、バタバタしないでくれ」
ゼラの細い手、どれぐらいの力でロープを引いていいかも解らない。力を込めると痛そうだし。前に差し出すゼラの両手、その手首を二本纏めるようにグルグルとロープを巻いて。
「カダール、もっと、ぎゅーって」
「も、もっとか? こうか?」
なんだろう? この、してはいけないことをしているような背徳感は? 胸が高鳴る、ドキドキする。ゼラのような少女をロープで縛って、抵抗できないようにして、その、するのか? してしまうのか? なんだこの犯罪者めいた行いは? これは騎士のすることでは。しかし、ゼラが望むのなら、いいのか? 他に方法は無いのか? 無ければ仕方無いのか? いや待て。流石にどうかしてるぞ? うぬぬ。
悩みながらも手を動かして、ゼラの手首を縛る。ギュッと固く結ぶ。結んでしまった。
「どうだ? ゼラ?」
「ンー」
ゼラは眉を寄せて縛られた両手首を目の前に。両手に力を入れて開こうとする。
ブチブチッと音立てて、ロープが引き千切られる。あっさりと。
「あにゅ、ちぎれた」
「そ、そうだな。このロープじゃ無理だ」
なんだかホッとした。よかったロープが弱くて。ゼラとムニャムニャできないのは残念だが、ロープで縛って身動きできなくしてからする、なんていうのは、俺がしたくない。だが、なんだろう? この、安心しつつもひどく残念に思う気持ちは? ロープが千切れなかったら、俺はいったいどうしていたんだ? このしてはならないことをしてしまったような罪悪感は、いったい何なんだ?
目の前では切れたロープを見て涙ぐむゼラ。そのゼラが裸で全身を縛られて、身動きできなくなって、涙目になるとこを想像してしまう。縛られて抵抗できないゼラに、あんなことやこんなことを? 顔が熱くなる。う、ぬう、壁があったら頭を壁にぶつけたい。俺は、俺は何を考えているんだ? 何を想像しているんだ? 頭の中のことであっても、俺は純心なゼラになんてことををををを。
「カダール? どしたの?」
「はー、い、いや、なんでも、何でも無い。はー」
ゼラの方を見れなくなって目を逸らす。水でも飲もうと水筒とカップを用意する。テーブルの上のカップに水を入れて、ぬるい水を一杯勢いよく飲んで、ふう、少し落ち着いた。もうひとつのカップにも水を入れて。
「ゼラも飲むか?」
振り返って見た光景に、手に持ってるカップをポロリ取り落とす。テントの床に水がこぼれる。
「ゼラ? 何を、してるんだ?」
「あにゅ、」
ゼラの裸体に白く細い糸が幾重にも巻きついている。両手を身体の横にピタリとつけて、肩から腰まで何本もの糸が絡みついている。
「……自分の糸で、自分を縛ったのか?」
「ウン! これなら、ふぎー」
首を振って右に左に身体を揺らすゼラ。今度は簡単には切れないようだ。しかし、細く強靭な糸がゼラの肌に食い込んでいる。立派な褐色の双丘に蜘蛛の糸が食い込んで、形を変えて、ギリッと絞めて、はち切れそうで、なんだか、とっても卑猥だ。
蜘蛛の糸に自ら囚われた、褐色の美少女。もがけばもがくほどに糸は肌に食い込み、拐われた乙女が酷い仕打ちに、息も絶え絶えに悶えるようで。おぉい!
「ゼラ! 糸が食い込んだとこから血が出てるぞ!」
「あとで、魔法で治す!」
「後で治すじゃなくて、こんなことで肌を切って怪我するんじゃ無い! 痛くないか?」
「ンー、痛ーい」
「痛いんじゃないか! こんなことしたらダメ!」
「うぅ、カダールと、ムニャムニャしたいー」
「そのために肌を切って血を流すとか、ダメ!」
慌ててナイフを取り出して糸を切ろうとするが、上手くいかない。ゼラの蜘蛛の糸は頑丈で簡単には切れない。肌に食い込んでいるので、切ろうとするのも難しい。引っ張るとその分、ゼラに痛い思いをさせてしまう。
「これ、どうやって切るんだ? ゼラ?」
「えーと、えーと、アレ?」
「アレ? じゃなくて、ちょっと、ゼラ?」
「ンー、ぐ、ぎー」
「ストップ! ストップ! 無理に引っ張るな!」
「あぅ、いたー」
テントの中で騒いでいるのが気になったか、外からアルケニー監視部隊がテントの中に入ってきた。
「何かありまし……」
「ゼラちゃん、だいじょ……」
テントの中に入り、中を見た女騎士と女ハンターの顔が凍りついた。呆気にとられて俺達を見て、固まってしまった。
裸のまま細い糸でがんじがらめになったゼラ。その前にはナイフを持った俺。これは、いったいどういう状況だと思われたのだろうか? 違う、違うぞ、変なことしてないぞ? いや、おかしなことになってしまったか? どうしてこうなった? 落ち着け、俺。冷静に対処しろ。窮地から生還するのはいつものことのハズだ。不死身の騎士のアダ名を思い出せ。慌てず騒がず、固まる二人に声をかける。
「すまんが、エクアドとルブセィラを、呼んできてくれないか?」
ナイフを折り畳みのテーブルの上に置き、二人が来るのを待つ。
「ふー……、」
深いため息を吐いてエクアドが疲れた声を出す。
「できもしないのに特殊なプレイをしようとして怪我をするとか……」
「すまん、エクアド。返す言葉も無い」
自分の蜘蛛の糸で動けなくなったゼラ。その前にルブセィラ女史が立つ。手には火のついたロウソクがある。
「ゼラさん、もし火傷した場合は、後で自分で治して下さいね」
「ウン……」
「なるべく肌には触れないようにはしますが」
ルブセィラ女史は手袋をつけた手でゼラの糸を軽く引く。その糸にロウソクの火を近づける。
「蜘蛛の糸とはその細さからは信じられない程の強度がありますが、ゼラさんの糸は更に強靭。並の刃物ではなかなか切れませんが、火には弱い、ということは解っています」
ロウソクの火で炙られた糸が溶けるように切れて、ゼラの拘束が解ける。動けるようになったゼラは、肌の切れたところを治癒の魔法で治していく。
ルブセィラ女史は切れたゼラの糸を集めて袋に入れている。
「この糸はサンプルに貰っていきます。しかし、ゼラさん。自分の糸の制御はできるはずですが、どうして自分で拘束を解かなかったのです? 混乱して糸を操れなくなりましたか?」
「ンー、あの、ね。このまま、動けなかったら、カダールと、ムニャムニャ……」
ゼラが俯いて、残念そうで申し訳無さそうな顔をする。ルブセィラ女史が眼鏡の位置を指で直す。
「なるほど。腕を動かせ無い状態であれば、カダール様を絞め潰す心配は有りませんね。その為の緊縛拘束プレイですか」
緊縛拘束プレイ。とても変態ぽく聞こえてしまう。しかしそれでは、俺が無理だ。
「あのな、ゼラ。俺はゼラが自由にできない状態で痛そうにしてたら、心配になってそんな気分になれない。だから糸で縛るのは無しで」
「あう、じゃあ、どしたらいいの?」
「ほんと、どうしたらいいのか」
エクアドがゼラを見て俺を見て、眉をしかめて、
「こんな問題があるとはな。何かいい案はないか? ルブセィラ?」
「いくつか考えてはいますが、どれも問題がありますね。たまたまとはいえ、魔力枯渇したときが唯一の好機で性交できてしまったと。しかし、魔力枯渇以外でも拘束というのはいい案かもしれません」
「拘束? 例えば?」
「大型の魔術陣での集団魔術、これでゼラさんに“
「その場合、カダールとゼラは、集団魔術に参加した魔術師全員に、囲まれて見守られながら、ムニャムニャすることになるか」
頭を抱える。今度は大勢の魔術師に見られながらの公開露出プレイになるのか? カンベンしてくれ。
「それは嫌だ。俺はそこまで吹っ切れてはいない」
「ふうぅー、カダールと、ムニャムニャ……」
ゼラがメソメソする。これを解決するにはどうすればいいのか。
「なまじ一度できてしまったから、余計に、か?」
「それもあるでしょうが、ゼラさんがカダール様に人の女のように扱われたい、ということかもしれませんね。そのために人の半身持つアルケニーに進化したのであれば」
「エクアド、ルブセィラ、また夜に騒いでしまって、すまん。ゼラも、ほら」
「ンー、ごめんなさい……」
「これは真面目に解決法を考えないとダメか?」
「このままゼラさんの欲求不満が高まるとすると、こわいですね」
エクアドとルブセィラ女史をテントから送り出す。ふう、昼間は走り回って夜に騒ぎになってしまうとは。ぐったりと疲れてしまった。
「ゼラ、悪いが我慢できるか?」
「ンー、ウン」
「それなら、今日はおとなしく眠るとしよう」
「ウン」
ゼラは素直に返事をして、いつものように抱きついてくる。
「……はぁ、ふぅ……」
しかし、暗いテントの中で、すぐには寝つけないゼラが熱い息を吐いて、モゾモゾと俺に身体を押しつけてくる。そのゼラの背中を撫でて、先に眠ったふりをする。ポムンがムニュムニュして、寝られるかー。うぐぅ。
やがて落ち着いてきたのか、呼吸が穏やかになって寝息を立てる。ようやく寝ついたか。
そして俺は眠れない。なかなか眠れない。素っ裸のゼラを抱いて寝るのはいつものことだが。色っぽい吐息をつきながら、散々胸とお腹をモゾモゾ押しつけられて、俺も昂っている。改めてゼラの女の部分を意識させられて、なのにこれでできないなんて。したくてもできないなんて。胸の中で眠るゼラをそっと抱く。あんなこといいな、できたらいいな。細い糸に縛られてもがくゼラを思い出してしまう。あぁ、男、とは。ぬうううう。ぐうううう。ちくしょううう。