第三話◇◇◇アルケニー監視部隊会話回

文字数 6,728文字


「あー、今日の訓練もキツかった」
「アルケニー監視部隊に入ってから、走ってばっかりのよーな」
「この歳で鬼ごっこをガチでやるとは思わんかった」
「うん、楽しかったね」
「ロープを投げる鬼ごっこってなんだろうね」
「裏アーレスト流捕縄術は、対大型魔獣にも使えそうだ。人数が必要だが」
「活きのいいのを生け捕りにしたら、ゼラちゃん喜ぶかな?」
「こういう発想が出るのも、この部隊ならではだよな」
「俺たちもメシにしようぜ、メシに」

 ◇◇◇

「この部隊って女が多いよな」
「何を今更」
「ゼラお嬢の監視に面倒をみたりするのは、同性の方がいいってことですよね」
「そりゃ解ってんだけどよ。うちの女って、男前というか、サッパリしてるというか」
「女ハンターに女騎士ってなるとそんなもんじゃね?」
「ウィラーインじゃ、もとから女は強いよ」
「いや、それで女の方が多いのもあって、たまにどうしていいか解らんときがある」
「どんなとき?」
「あいつら近くに俺達がいるってのに、下着の話とか月経の話とか、けっこう堂々とするじゃないか。そんなとき、どんな顔すればいいか解らん」
「あー、それな。男が『生理か?』って聞いたら睨んでくるし」
「かといって黙って聞いてりゃムッツリだし。どーすりゃいーのよ?」
「前にエクアド隊長は、女性隊員に『無理はするなよ、今は緊急時では無いから』と、サラッと言ってましたよ」
「くそう、イケメンはいいよなー、俺が似たようなこと言っても、デリカシーが無いとか言われんだぜ、きっと」

「あんたに月経の心配されたく無い、なんかエロイから」
「エロくねーよ、聞いてたのかよ」
「そういうとこを上手くやれるかどうかが、モテるかモテないかの分かれ目ね」
「私は男の同僚に月経の心配はされたく無いぞ」
「あ、でもハラード様はなんか良かった」
「伯爵様が? なんで?」
「ハラード様と訓練で手合わせしたの。そんときあたし調子悪くて、で、剣を一回合わせただけで、小声でそっと『本調子に戻ったら存分にやろうか』って言って、背中をポンって」
「それって伯爵様は、もしかして剣を合わせただけで相手の状態を?」
「二日目だって解ったみたいよ」
「達人は相手を見抜く目を持つって聞くけど、そういうのまで解っちゃうの?」
「さすが無双伯爵、多い日も安心」

「いや、伯爵様じゃ無くても解るぞ」
「なに? あんたがハラード様に匹敵する達人のつもり?」
「いや、達人じゃ無くてもだな、解るもんは解るんだよ」
「えー? なんかキモい」
「なんで俺だとキモいになるんだよ、ちくしょう。これ言うと引かれるから今まで言わなかったけど、俺は鼻がきくんだ。血の臭いで解んだよ」
「それじゃ、お前は今まで、誰がどうとか解ってたのか?」
「血の量が多いか少ないかくらいは」
「うわ、女の敵」
「敵に回すなよ。それが解っても口にしたらお前らが嫌がると思って、これまで黙ってたんだよ」
「そうか、お前も変態か」
「変態呼ばわりやめれ、ちょっと臭いに敏感なだけだってのに」
「もしかして、男って意外と解っちゃってんの?」
「全部が全部解るわけじゃ無いですけど、顔色に出やすい人は、調子悪そうって分かりますよ」
「あらら」
「同じ部隊の仲間だからサポートできることはしてやりたいが、この分野はどうにも……」
「むぐ、今までバレて無いと思ってたけど」
「顔に出て解りやすいのは、」
「名前を言うな、殴るぞ」

「意外と解られてたの? 恥ずかしいな」
「いや、それならばこれからは隠すことはあるまい。今後は月経に関することでも堂々と股を割って話すとしよう」
「そこで割るのは股じゃ無い、腹だ。股を割ってどうする」
「男にはこの辛さは解らないのよねー」
「解るわけないだろ、男なんだし。女だって男の辛さは解らんだろに」
「重いときはホントきついのよ」
「あたしは軽いのかあんま痛く無い」
「羨ましい、酷いときは腹の中の方を殴られてるみたいで」
「私は来年二十五だから、ちょっと怖い」
「なんで?」
「子供を作らないまま二十五を越えると、身体が子供を作りたがって本気の月経になるって言うじゃないか? 一段と重くなるって」
「二十五? 私は二十八って聞いたけど?」

「それ、迷信ですから。ある歳から変わるとしたら生活の変化を疑った方がいいです。ふむ、加齢による体質の変化もあるにはありますが」
「あ、ルブセィラ」
「それと痛みに症状は個人差が大きいですね。私は痛みよりも気分が滅入るのが困りものです」
「ルブセィラさん、男がサポートできることってありますか?」
「こういう話ができるだけでもいいですよ。王立魔獣研究院の年寄りどもは『女は生理が止まってからが一人前だ』と、平気で口にしますからね」
「うん、そいつ、ぶっ殺そう」
「そうですね、早く死んでほしいですね。えぇと、月経については過剰に心配されるのも居心地が悪いのですが、理解してもらえるとありがたいですね」
「理解、と言われても俺は詳しく解らん」
「まー、男には解んないでしょうね。いきなり始まったときのヒヤッとする感じとか」
「大きな作戦のときと周期が被りそうなときは、エネ豆をいっぱい食べてムリヤリ遅らせたりとか」

「あ、でもこの部隊っていいよね。詰め用の綿を柔らかい高級品を支給してくれるんだもの」
「あれはもともとルミリア様が開発したものだぞ。私達が使ってるのはルミリア様の研究を受け継いだ、シウタグラ商会の開発班の試作品だ」
「知らない話ばっかりですね」
「男なら、そうだな、理解があって大げさに騒がずさりげなくフォローして変に特別扱いしなければいい」
「エクアド隊長みたいにね」
「スピルードル王国でも男女混合の部隊は少ないのに、隊長はよくこの部隊まとめてるよな」
「そこはゼラちゃんと副隊長がいるから?」
「まー、俺達、蜘蛛の姫を見守り隊、なわけだし」
「女騎士団しか知らない私は不安だったが、今なら男の下ネタでも大丈夫だ。どんと来い」
「というか、任務でムニャムニャを見てると下ネタどころか」
「ゼラちゃんの寝床はカーテンで隠されてて、シルエットでしか見えないぞ?」
「声はメッチャ聞こえるけどね」
「ゼラちゃんの声聞いてるとこっちも変な気分になる」

「ところで、なんでゼラちゃんが胸で挟んだりとか口でしたりとか憶えたの? 副隊長ってゼラちゃん以外、女を知らない童貞だったんでしょ?」
「副隊長すげえ、とは思うけど、たまに頭をひっ叩きたくなるな」
「「あー、わかる」」

 ◇◇◇

「ようやく皆、元気になってきたか?」
「ハウルル可愛がってたのは、まだ堪えてるみたいだ」
「屋敷のメイドのサレンがなあ」
「あの拳骨メイドが、いまだに『シゴいてあげましょうか?』と、言わなくなったのが」
「そんだけハウルルのこと気に入ってたんだろ?」

「どーにも妙な気分だ」
「何が?」
「ハンター時代は魔獣相手にしてて、たまにあいつが死んだ、とか奴が森から帰ってこない、なんて聞いてたもんだが……」
「やっぱ、子供が死ぬとこみるとキツイもんがあるよなあ」
「女の子みたいな可愛い顔してたのに、男だったじゃねえか。惚れた女の為に身体張って、その女の胸で眠れりゃあ、最高じゃねえか」
「でも副隊長も危なっかしいよね」
「二人とも愛に生きる赤毛の英雄、か」
「そこは俺達でなんとかしてやろうぜ。二度とゼラ嬢ちゃんを泣かせないように」

 ◇◇◇

「二人のムニャムニャ監視明けって、ムラムラするよねー」
「いい男はいないものか?」
「ここにイイ女がいるが?」
「自由な女勇者がいる。あんたいいとこのお嬢さんじゃなかったの?」
「女騎士団では、お姉様が手解きをしてくれたものだ。私に任せておけ、優しくしよう」
「男女別の騎士訓練校の弊害がこんなところに」

「なぁ、少年、あたしが女を教えてやろうか?」
「いやぁ、僕なんてまだまだで、百戦錬磨の女ハンターを満足させるには力不足ですよ」
「ち、いつの間にかいっちょ前に言い返すようになって」
「前は鼻血吹いて倒れてたりしてたのに」
「赤くなってモジモジしてるのが可愛いげがあったのに」
「なんで俺を睨む?」
「あんたがレクトを娼館に連れてったんでしょが」
「お前らがからかい過ぎるからレクトは気にしてたんだぞ」
「うむ、男子三日会わざれば刮目してこれを見よ、という奴だな」

「なぁ、レクト、この前新しい娼館が開店してたぞ。銀の糸車って店だ。行ってみないか?」
「僕は夕闇の満月しか行きませんよ」
「給料入る度に娼館って、少年、遊びに夢中になって病気をうつされるなよ」
「遊び、というか本気で身請けしようかと考えてます」
「おいおい、ウブな客だからって金づるにされてんじゃね?」
「うーん、そこはちょっと心配なんですけど、でも、惚れてしまったら仕方無いですよね」
「あらら、これはからかわずに本気で誘っておけば良かったかしら?」
「誰だよ、将来有望な魔術騎士に変な遊びを教えたのは」
「モヤモヤさせる副隊長が悪い」

 ◇◇◇

「それで言うと、最近、エクアド隊長とフェディエアって怪しくない?」
「怪しいって何が? 隊長がフェディエアに槍術を教えてんだろ?」
「ニブイ奴め」
「なーんか二人でいるときの雰囲気がね」
「そこは会計のフェディエアが戦闘技術足りないから、特別に訓練してるだけじゃねーの?」
「いや、あれは違うね。表に出さないようにしてるけど、もう付き合ってると見た」
「エクアド隊長、あーいうのが好みなの?」
「いや、隊長の過去の付き合いとか知らんよ」
「男爵の三男坊と商会のお嬢様、お上品な絵になる組み合わせだな」
「エクアド隊長、ガード堅いよね」
「ウィラーイン家の一員になるんだから、遊んで家名を傷つける訳にはいくまい」
「隊長が次の伯爵になるの?」
「うぅ、隊長、狙ってたのにー」
「側室とか愛人とか狙ってみては?」
「それもいいけど、できたらゼラちゃんと副隊長みたいに、その人しかいないっていう相思相愛がいい」
「アルケニー監視部隊は増員する予定だから、新しい出会いから見つかるかもよ?」

「でもフェディエアは槍使うの上手くなったよね、もとから素質あったのかしら?」
「エクアド隊長が教えるのが上手いんじゃ?」
「いや、これは前から感じてたんだが、棹状武器(ポールウェポン)は男より女の方が上達が速いんだ」
「そうなの? なんで?」
「それが解らない」
「それはもとからの筋力の違いですね」
「あ、グラフトさん」
「剣は腕力任せでどうにかなるところがありますが、棹状武器(ポールウェポン)は遠心力があるので、腕力に頼らない術理を身につけるのが上達の早道です。筋力で誤魔化すことをさっさと諦める人の方が、棹状武器(ポールウェポン)の習熟は速いですね」
「筋力で男に勝てないから、女の方が覚えるのが速いって?」
「剣でも筋力、体力に頼った動きはいずれ限界が来ます。これは百人連続組手でもすると解りやすいのですが、途中で疲れて動けなくなりますよ」
「無双伯爵に執事のグラフトさんって、タフに見えるのだけど?」
「タフなのでは無く、無駄な体力を使わない理の通った動き方をしているので、スタミナを温存できるのですよ」
「流石、無双伯爵の一番弟子」
「執事がこんな強いって、鬼ごっこでゼラちゃんの背中に飛び乗ったのはグラフトさん一人だけだし」
「あれは、ゼラお嬢様の動きを読んで待ち構えたのが上手く行きましたね」
「あの動きを読むって」
「ゼラお嬢様の蜘蛛の脚での速度も跳躍力も凄いものです。ですがゼラお嬢様は人が集団で連携するのを相手にする経験は、まだ少ないのです」
「まあ、そんな事態は訓練以外には無いか?」
「私は御主人様と奥様とパーティを組んでいたころに、ジャイアントウィドウ討伐の経験があります。年の功ですね」

「グラフトさんがゼラちゃんの蜘蛛の背に飛び乗ったとき、かっこ良かったです」
「ゼラちゃんもビックリしてたね」
「それでグラフトさん、特別報酬は使ったの?」
「蜘蛛の背寝椅子、使用権ですか? まだ使ってません。御主人様よりゼラお嬢様の蜘蛛の背は至高の寝台、雲上の寝心地と聞いていますので楽しみですね。ですが、いつ使うかを悩みますね」

 ◇◇◇

「妙な気分になるわ」
「なんかあった?」
「蜘蛛の姫の恩返しミュージカル見ると、あの舞台の上と今の私達、どう違うのかなって」
「カダール副隊長は歌いながら踊ったりしないけど?」
「そうじゃなくて、前にアシェンドネイルがブツブツ言ってたじゃない?」
「あのラミア、独り言多かったね。なんだか誰かと話してたみたいだったけど」
「なんなの? この絵本の中みたいなフワフワしたところは? とか言ってて、私もたまにそう思うことがあるの」
「そりゃまあ、魔獣の女の子が惚れた男を追いかけて、半分人間になって来ちゃったわけだし」
「そこだけ聞くと、有り得ないというか、現実感無いというか」

「……魔獣なんて、親の仇だと思ってたんだけどね」
「そこは人と同じなのかもよ? いい人と悪い人がいるみたいに、いい魔獣と悪い魔獣がいるんじゃない?」
「いい魔獣って、なんなのかしら」
「前に訓練場で、もとハンターのおっちゃんに聞いたんだけど、『魔獣を狩って素材を売って暮らしてると、魔獣のおかげで暮らせている。魔獣に生かして貰ってる、と思うようになる』って言ってた」
「それ教会に聞かれたら不味いんじゃ?」
「こっちの教会は中央ほど煩く無いって。だって魔獣が近くにいる土地柄だもん」
「魔獣と言葉が通じないって、もしかしたら救いなのかもね」
「オークと会話できたら、どんな気分になるんだろ?」
「討伐しづらくなるわね」

「ゼラちゃんと副隊長見てたら、人と魔獣って仲良くできるのかもね」
「それは無理でしょ」
「でも魔獣に対して、前とは見方が変わってきちゃったかな。クインにハウルル、アシェンドネイルを見ちゃうと」
「そうね、ハウルルはもと人間だったっていうし、人と魔獣ってなんなのかしら?」
「魔獣は人を襲う闇の神の尖兵って教会は言ってるけど、でも光の神々の遣わす聖獣っていうのもいるし」
「中央の至蒼聖王家の一角獣とか?」

「そのうちさ、グリーンラビットをペットみたいに飼うような世の中になったりしてね」
「あの緑の大兎、けっこう凶暴よ?」
「おもしろい話をしてるわね」
「ルミリア様?」
「グリーンラビットをペットに、いいかもしれないわね」
「え? いやあの、半分冗談というか、もしかしたらそのうちそうなるのかもなーって、思っただけで」
「すぐにペットは無理でも、飼い慣らして家畜にできれば、羊みたいにグリーンラビットの毛を刈ることができるかもしれないわ」
「ええ? あの大兎を家畜に?」
「上手くいけばグリーンラビットの毛織物がウィラーインの新しい名産になるかも。ちょっと試しにハンターギルドに捕獲を依頼しましょう」
「あの、ルミリア様?」
「パリアクスとバストレードに話して、実験してみましょう。そのアイディア、使わせてもらうわね」

「ルミリア様、……行っちゃった。え? ホントにやっちゃうの?」
「副隊長だけじゃ無くて、ウィラーイン伯爵家が皆、凄いのね……」
「ルミリア様ってアシェンドネイルが相手でも、頭を撫でたりほっぺツンツンしたりしてたよね」
「他所から見たら、あたしらもその一員だよ。ゼラちゃんに抱きつかれて喜んでるんだもの」
「いつの間にか、蜘蛛の姫の恋物語に巻き込まれて、不思議なものね。いろいろと考えさせられるわ」
「こんな特別な特殊部隊は無いだろうね。その分、楽しいけど」

「またゼラちゃんの抱き枕に呼ばれないかなぁ」
「あの添い寝ランキング、なんでシグルビーが一位なの? ねえ、シグルビー?」
「いや、一位は副隊長だろ」
「恋人は例外として、女隊員の中でゼラちゃんのお気に入り一位がシグルビーでしょ」
「あー、なんか、あたしの寝物語か子守唄が気にいったんじゃないか?」
「なんか怪しい、ね、ゼラちゃんの気にいった話ってどんなの? ちょっと教えてよ」
「あー、今日の訓練も疲れた。今晩、夜警入って無いから、今から呑みに行こうかなー。一緒にどう?」
「じゃ、呑みながら聞かせてもらうから」


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み