第二十四話
文字数 4,077文字
視界を埋めるのは赤。前後左右何処を見ても赤、赤、赤。ここは何処だ? 視界が広い?
やがて赤だけの世界に青が混ざる。赤と青がグルグルと回る。
『あつい、いたい、あつい――』
この声はゼラ? だが耳で聞こえる声とは違う。頭の中から響くような音では無い意思の声。
『なんで? あついよ、いたい――』
ゼラ? 痛いのか? どうした? 何が起きた?
視界の赤と青がグルグルと回り、そこに緑が追加される。その緑色のところにペシャリと叩きつけられる。
『みぎゃ、あう、いたいー』
ようやく回りがはっきりと見えてきた。赤は炎。青は青空。緑は草むら。吹き上がる炎に勢いよく吹き飛ばされて、青空の下をクルクル回って飛ばされて、草むらにペシャリと落ちたところだ。はっきりと見えるようになると、全身に激痛が走る。身体中が痛くて熱い。だが、身体の感覚が何かおかしい? ものの見え方もいつもと違う?
『いたいー、いたい、あー、足がひとつ、とれてる。うー、なんで? いたい、からだ動かない』
頭の中で木霊するのはゼラの声、だが、何かいつもと違う。幼いような感じがする。
ゼラ? ゼラなのか? 俺の声は聞こえないのか?
『あ! 人間だ、逃げなきゃ』
視界に人がいる。だが人にしては大きい。赤毛の巨人が見下ろしている。頭が大きいので巨人の子供だろうか? 巨人のいる世界? ここはいったいどこなんだ? 俺の身体はどうなっているんだ? いや、それよりも熱くて痛いと泣くゼラは何処でどうなっている?
『あう、うごけない。逃げなきゃ、人間、逃げなきゃ、殺される。うぅ、いたい、うごけない。すすまない。逃げたい、いたい。足、動いて』
ゼラが泣いている。身体が痛い。何が起きているんだ? 赤毛の巨人がこちらに走ってくる。上品な服を着ていて、その上着を脱ぐ。巨人がその上着をバサリと俺にかける。
『あう? くらい、まっくら。捕まった? 人間に捕まった? やだ、殺される。くらい、こわい、いたいのヤあー』
痛みと恐怖でグスグスと泣くゼラの声。何度もゼラ、ゼラ、と、呼びかけても返事は無い。暗い中で持ち上げられて運ばれていく。暗闇の中、痛みで気絶したのかゼラの声が途切れる。
〈何故、このような縁 が――〉
闇の中で悲しげな女の声が響いた。
『ンー? ここ、どこ?』
いきなり明るくなった視界には、今度は下半分が明るい木の色。細い枝が編まれたもので周りが囲まれている。上にはずいぶんと高いところに天井がある。その天井には、なにか見覚えがある。
『人間! こわい! くるな!』
赤毛の巨人が見下ろしている。ゼラの声は人間、と、言っている。この巨人が人間? 赤毛の巨人はオレンジ色の薄くて長い布状のものをこちらに近づける。
『うー、からだ、動かない。人間! あっちいけ! ンー?』
目の前にポタリと落とされるオレンジ色の長い大きな布。
『スンスン、これ、食べられそう? 食べられる? 食べる。もむもむ。ウン、食べられる』
これ、ニンジンの皮か? やたらと大きいが。こちらを見下ろす赤毛の巨人はホッとした顔をしている。
赤毛の巨人がポロポロと落とすのは、大きなニンジンの皮にイモの皮。野菜くず。
『?この人間、食べられるもの、くれるの? 殺さないの? あむあむ。あう、足、いたい。背中、いたい』
赤毛の巨人が大きな手を細い木でできた網目にかける。ズリズリと押すと、暗くなる。どうやら巨人のサイズのかごに入れられているようだ。そのかごを押して屋根のあるところに押し込んだ様子。
身体の痛みは少し治まったが、あちこち痛い。動くのも辛い。この痛みはゼラが感じてる痛みと同じなのか?
『あむあむ。食べられるもの、食べる。元気になったら、ここから逃げよ。あむあむ。これ、ちょっと苦い。もむもむ』
その後、赤毛の巨人は巨大かごを引っ張り出しては食べられるものを入れる。
今、目の前にある大皿に入っているのはミルクか?
『白い水? スンスン、飲める? 飲めそう。飲む……、ウン、おいし』
今の俺が感じているのは、ゼラの感覚、らしい。全身の怪我と火傷は少しずつ治ってきている。赤毛の巨人が今度は白い塊を巨大かごに入れる。これは、チーズか。
『白い、ふにゃふにゃ、やわらかい。食べられそう? なんで、この人間、食べられるものくれる? 白いのいい匂い。食べる。あむ。おいし! 白いの、おいし! むぐむぐむぐ』
ゼラは足で抱えてチーズをあむあむと食べる。赤毛の巨人が手を伸ばしてこちらを触る。おそるおそると、そっと撫でてくる。
『むー! 人間! 食べるのじゃまするな! あむあむ。ンー? 人間の手? あったかい。さわさわ、ちょっと、気持ちいい。むー、食べてるときだけ、触るの、ゆるす! あむあむ』
〈一刻 、糸を繋いだところで――〉
巨大かごの中から見える天井、窓、壁、本棚、部屋の隅にある練習用の木の剣。どれもこれも見覚えがある。大きさが違い過ぎて解らなかったが。
我が家の俺の部屋にそっくりだ。おれが子供の頃に住んでいたときに似ている。
『来たな! 人間! 食べるものよこせ!』
「……なんで助けたのに威嚇するんだ? お前?」
『しゃー! 食べるもの! くれたら、触ってもいい!』
こちらを見下ろして呟く赤毛の巨人。この巨人は、もしかして子供の時の俺か? それならここは、ゼラの記憶なのか?
赤毛の子供は袋に手を入れて中からひとつ摘まんでこっちに出す。
「タラテクトは雑食だけど、いつも野菜くずばっかりだから今日は違うのを持ってきた」
『なに? 虫! 黒い虫だ! おいしそ! 食べる! あむっ!』
「いった!」
『あにゅ?』
赤毛の子供が右手の人差し指を押さえる。血がポタリと垂れる。口の中にジワリと血の味が広がり、くわえたコオロギがポトリと落ちる。
『あ、人間、手、噛んじゃった……』
赤毛の子供は袋を逆さにして、中身を目の前にボロボロと落とす。袋から出てきたのはコオロギとバッタ。
「キズの手当てをしてくる」
赤毛の子供が指を押さえたまま扉を開けて部屋から出て行く。あぁ、そんなこともあった。捕まえて煙で燻して動けなくしたコオロギをゼラに食べさせようとしたら、ゼラが勢いよく指ごと噛みついたことが。
『あう、噛んじゃった。痛いことしちゃった』
ジワリと口に感じるのは、子供のときの俺の血の味か? 急にグラリと目眩がするような? 頭の中がグルグルとして。
『ふしぎな味……、血? あの人間の血。あったかい? あう、痛いことしちゃった。あの人間、食べるものくれたのに。他の人間に、見つからないようにしてくれたのに。噛んじゃった。助けてくれたのに。あの手が触るの、気持ちいいのに、その手を、噛んじゃった。痛くしちゃった。怒る? 怒る?』
いきなりいろいろな事を考え出している。さっきまでは素朴というか、幼いというか、単純だったのに。
〈恩義も後悔も、我らに必要無かろうに、どうして――〉
ゼラはかごを登って部屋の床に下りる。床には赤毛の子供の血が落ちていて、ゼラはそこまで歩く。このときには動いてかごから出られるほどに回復していたか。床に落ちた血を舐めている。
『あの人間の血、ふしぎな味。やさしい味。あう、痛いの嫌なのに、嫌なことしちゃった。食べるものくれたのに。他の人間に、見つからないようにここに隠してくれたのに。助けてくれたのに。逃げる? 逃げる? どうしよう? あう、どうしよう?』
あのとき、子タラテクトのときのゼラは、こんなことを考えていたのか?
「なにしてるんだ? お前?」
部屋の扉を開けて赤毛の巨人、八歳のときの俺が戻って来た。
『あうぅ、怒る? 怒る? 殺される? もう、ダメ?』
「お前のためにとってきたんだから、食べろよ」
『あれ? 恐くない? 怒ってない? なんで? 痛いことしたのに、この人間は、なんで殺さないの? なんでいじめないの?』
大きな手がそっと伸びて来て優しく掴みあげる。
『あう、捕まった。でも、恐くない。この手、優しい、触ると気持ちいい』
巨大なかごの中に入れられる。かごの中には動けなくなったコオロギにバッタが転がっている。
「指のケガはたいしたことない」
『そうなの? 痛くない? 血が出たの、怒ってない? いじめない?』
「ちょっとビックリしただけだから、お前は気にせずにご飯食べろ」
『ンー、じゃあ、食べる。黒い虫食べる。もぐもぐ、ウン、おいし』
ゼラの中にいろんなものがグルグルと渦巻いている。言葉にならない、言葉を知らない、だからゼラには名前の解らない感情、想い。後悔、罪悪感、感謝、様々なものが混じる多色の渦巻きが頭の中でグルグルと回る。混乱しているゼラの背を大きな手がそっと撫でると、その渦の流れの速度が緩み、落ち着いていく。
『この手、やさしい。この人間、他の人間と違う。もぐもぐ、ウン、緑の虫より、黒い虫の方がおいし。なんでこの人間、助けてくれる? なんで? 手、痛くないの? 頭、グルグルするの、なんで? ウン、この人間、特別。きっと。だってやさしいし、いじめないし。他の人間と違って、小さいし、殺さないし。特別な人間。あったかい、やさしい。特別な人間の血、なめたら、頭の中、グルグルする』
これが俺の血の力なのか? しかし、ゼラは俺の血を舐める前から、俺の言葉が解っていたようだが。これがゼラの記憶なら、頭がグルグルするのは初めて恐くない人間に会って混乱しているからじゃないのか?
〈か細い糸などすぐに切れように――それなのに――、贖罪に懺悔に病むような心など、我らには――〉
悲しげな女の声が、囁くように、嘆くように響く。
やがて赤だけの世界に青が混ざる。赤と青がグルグルと回る。
『あつい、いたい、あつい――』
この声はゼラ? だが耳で聞こえる声とは違う。頭の中から響くような音では無い意思の声。
『なんで? あついよ、いたい――』
ゼラ? 痛いのか? どうした? 何が起きた?
視界の赤と青がグルグルと回り、そこに緑が追加される。その緑色のところにペシャリと叩きつけられる。
『みぎゃ、あう、いたいー』
ようやく回りがはっきりと見えてきた。赤は炎。青は青空。緑は草むら。吹き上がる炎に勢いよく吹き飛ばされて、青空の下をクルクル回って飛ばされて、草むらにペシャリと落ちたところだ。はっきりと見えるようになると、全身に激痛が走る。身体中が痛くて熱い。だが、身体の感覚が何かおかしい? ものの見え方もいつもと違う?
『いたいー、いたい、あー、足がひとつ、とれてる。うー、なんで? いたい、からだ動かない』
頭の中で木霊するのはゼラの声、だが、何かいつもと違う。幼いような感じがする。
ゼラ? ゼラなのか? 俺の声は聞こえないのか?
『あ! 人間だ、逃げなきゃ』
視界に人がいる。だが人にしては大きい。赤毛の巨人が見下ろしている。頭が大きいので巨人の子供だろうか? 巨人のいる世界? ここはいったいどこなんだ? 俺の身体はどうなっているんだ? いや、それよりも熱くて痛いと泣くゼラは何処でどうなっている?
『あう、うごけない。逃げなきゃ、人間、逃げなきゃ、殺される。うぅ、いたい、うごけない。すすまない。逃げたい、いたい。足、動いて』
ゼラが泣いている。身体が痛い。何が起きているんだ? 赤毛の巨人がこちらに走ってくる。上品な服を着ていて、その上着を脱ぐ。巨人がその上着をバサリと俺にかける。
『あう? くらい、まっくら。捕まった? 人間に捕まった? やだ、殺される。くらい、こわい、いたいのヤあー』
痛みと恐怖でグスグスと泣くゼラの声。何度もゼラ、ゼラ、と、呼びかけても返事は無い。暗い中で持ち上げられて運ばれていく。暗闇の中、痛みで気絶したのかゼラの声が途切れる。
〈何故、このような
闇の中で悲しげな女の声が響いた。
『ンー? ここ、どこ?』
いきなり明るくなった視界には、今度は下半分が明るい木の色。細い枝が編まれたもので周りが囲まれている。上にはずいぶんと高いところに天井がある。その天井には、なにか見覚えがある。
『人間! こわい! くるな!』
赤毛の巨人が見下ろしている。ゼラの声は人間、と、言っている。この巨人が人間? 赤毛の巨人はオレンジ色の薄くて長い布状のものをこちらに近づける。
『うー、からだ、動かない。人間! あっちいけ! ンー?』
目の前にポタリと落とされるオレンジ色の長い大きな布。
『スンスン、これ、食べられそう? 食べられる? 食べる。もむもむ。ウン、食べられる』
これ、ニンジンの皮か? やたらと大きいが。こちらを見下ろす赤毛の巨人はホッとした顔をしている。
赤毛の巨人がポロポロと落とすのは、大きなニンジンの皮にイモの皮。野菜くず。
『?この人間、食べられるもの、くれるの? 殺さないの? あむあむ。あう、足、いたい。背中、いたい』
赤毛の巨人が大きな手を細い木でできた網目にかける。ズリズリと押すと、暗くなる。どうやら巨人のサイズのかごに入れられているようだ。そのかごを押して屋根のあるところに押し込んだ様子。
身体の痛みは少し治まったが、あちこち痛い。動くのも辛い。この痛みはゼラが感じてる痛みと同じなのか?
『あむあむ。食べられるもの、食べる。元気になったら、ここから逃げよ。あむあむ。これ、ちょっと苦い。もむもむ』
その後、赤毛の巨人は巨大かごを引っ張り出しては食べられるものを入れる。
今、目の前にある大皿に入っているのはミルクか?
『白い水? スンスン、飲める? 飲めそう。飲む……、ウン、おいし』
今の俺が感じているのは、ゼラの感覚、らしい。全身の怪我と火傷は少しずつ治ってきている。赤毛の巨人が今度は白い塊を巨大かごに入れる。これは、チーズか。
『白い、ふにゃふにゃ、やわらかい。食べられそう? なんで、この人間、食べられるものくれる? 白いのいい匂い。食べる。あむ。おいし! 白いの、おいし! むぐむぐむぐ』
ゼラは足で抱えてチーズをあむあむと食べる。赤毛の巨人が手を伸ばしてこちらを触る。おそるおそると、そっと撫でてくる。
『むー! 人間! 食べるのじゃまするな! あむあむ。ンー? 人間の手? あったかい。さわさわ、ちょっと、気持ちいい。むー、食べてるときだけ、触るの、ゆるす! あむあむ』
〈
巨大かごの中から見える天井、窓、壁、本棚、部屋の隅にある練習用の木の剣。どれもこれも見覚えがある。大きさが違い過ぎて解らなかったが。
我が家の俺の部屋にそっくりだ。おれが子供の頃に住んでいたときに似ている。
『来たな! 人間! 食べるものよこせ!』
「……なんで助けたのに威嚇するんだ? お前?」
『しゃー! 食べるもの! くれたら、触ってもいい!』
こちらを見下ろして呟く赤毛の巨人。この巨人は、もしかして子供の時の俺か? それならここは、ゼラの記憶なのか?
赤毛の子供は袋に手を入れて中からひとつ摘まんでこっちに出す。
「タラテクトは雑食だけど、いつも野菜くずばっかりだから今日は違うのを持ってきた」
『なに? 虫! 黒い虫だ! おいしそ! 食べる! あむっ!』
「いった!」
『あにゅ?』
赤毛の子供が右手の人差し指を押さえる。血がポタリと垂れる。口の中にジワリと血の味が広がり、くわえたコオロギがポトリと落ちる。
『あ、人間、手、噛んじゃった……』
赤毛の子供は袋を逆さにして、中身を目の前にボロボロと落とす。袋から出てきたのはコオロギとバッタ。
「キズの手当てをしてくる」
赤毛の子供が指を押さえたまま扉を開けて部屋から出て行く。あぁ、そんなこともあった。捕まえて煙で燻して動けなくしたコオロギをゼラに食べさせようとしたら、ゼラが勢いよく指ごと噛みついたことが。
『あう、噛んじゃった。痛いことしちゃった』
ジワリと口に感じるのは、子供のときの俺の血の味か? 急にグラリと目眩がするような? 頭の中がグルグルとして。
『ふしぎな味……、血? あの人間の血。あったかい? あう、痛いことしちゃった。あの人間、食べるものくれたのに。他の人間に、見つからないようにしてくれたのに。噛んじゃった。助けてくれたのに。あの手が触るの、気持ちいいのに、その手を、噛んじゃった。痛くしちゃった。怒る? 怒る?』
いきなりいろいろな事を考え出している。さっきまでは素朴というか、幼いというか、単純だったのに。
〈恩義も後悔も、我らに必要無かろうに、どうして――〉
ゼラはかごを登って部屋の床に下りる。床には赤毛の子供の血が落ちていて、ゼラはそこまで歩く。このときには動いてかごから出られるほどに回復していたか。床に落ちた血を舐めている。
『あの人間の血、ふしぎな味。やさしい味。あう、痛いの嫌なのに、嫌なことしちゃった。食べるものくれたのに。他の人間に、見つからないようにここに隠してくれたのに。助けてくれたのに。逃げる? 逃げる? どうしよう? あう、どうしよう?』
あのとき、子タラテクトのときのゼラは、こんなことを考えていたのか?
「なにしてるんだ? お前?」
部屋の扉を開けて赤毛の巨人、八歳のときの俺が戻って来た。
『あうぅ、怒る? 怒る? 殺される? もう、ダメ?』
「お前のためにとってきたんだから、食べろよ」
『あれ? 恐くない? 怒ってない? なんで? 痛いことしたのに、この人間は、なんで殺さないの? なんでいじめないの?』
大きな手がそっと伸びて来て優しく掴みあげる。
『あう、捕まった。でも、恐くない。この手、優しい、触ると気持ちいい』
巨大なかごの中に入れられる。かごの中には動けなくなったコオロギにバッタが転がっている。
「指のケガはたいしたことない」
『そうなの? 痛くない? 血が出たの、怒ってない? いじめない?』
「ちょっとビックリしただけだから、お前は気にせずにご飯食べろ」
『ンー、じゃあ、食べる。黒い虫食べる。もぐもぐ、ウン、おいし』
ゼラの中にいろんなものがグルグルと渦巻いている。言葉にならない、言葉を知らない、だからゼラには名前の解らない感情、想い。後悔、罪悪感、感謝、様々なものが混じる多色の渦巻きが頭の中でグルグルと回る。混乱しているゼラの背を大きな手がそっと撫でると、その渦の流れの速度が緩み、落ち着いていく。
『この手、やさしい。この人間、他の人間と違う。もぐもぐ、ウン、緑の虫より、黒い虫の方がおいし。なんでこの人間、助けてくれる? なんで? 手、痛くないの? 頭、グルグルするの、なんで? ウン、この人間、特別。きっと。だってやさしいし、いじめないし。他の人間と違って、小さいし、殺さないし。特別な人間。あったかい、やさしい。特別な人間の血、なめたら、頭の中、グルグルする』
これが俺の血の力なのか? しかし、ゼラは俺の血を舐める前から、俺の言葉が解っていたようだが。これがゼラの記憶なら、頭がグルグルするのは初めて恐くない人間に会って混乱しているからじゃないのか?
〈か細い糸などすぐに切れように――それなのに――、贖罪に懺悔に病むような心など、我らには――〉
悲しげな女の声が、囁くように、嘆くように響く。