第二十六話

文字数 3,071文字


〈蜘蛛の子を利用し便利に使い、その挙げ句の果てが今の様。お前の愚挙を見るがいい〉

「稼ぎはあたいの左手に使っちまったからねぇ」

 ゼラの出張治療院。そこに来たハンターの夫婦。旦那が右足を失い、ゼラの魔法で再生できないかと、杖を突いてやって来た。ゼラの治癒の魔法でウィラーイン領の者が元気になれば、と、村で町でゼラに魔法で治してもらった。

「まぁ、こうして生きていけるだけ、マシってとこなんだろうけど。足を一本再生するだけの上級回復薬(ハイポーション)を買う金なんて、なかなか」

 夫の義足を手に持って話をする、がっしりとした体格の奥さん。もとハンターの奥さんの俺を見る目が、一瞬赤く光る。

〈お前達は随分と前から、蛇の子に目をつけられている〉

 奥さんは旦那と二人で遺跡迷宮に行ったときの話をしている。だが、その姿は二重に見える。女ハンターと重なって見えるその姿は、白髪女アシェ。下半身が黒き大蛇のラミア。
 ゼラの出張治療のテントの中に、ラミアがいる? まさか? 幻影か? ゼラにも見抜けない幻術だと?

〈蜘蛛の子は蛇の子より幼い。お前は蜘蛛の子に頼り過ぎだ。易々と惑わされおって〉

 そんな? いったいいつから? いつから俺はあのラミアに操られていたんだ? 俺だけじゃ無い。あの場にいたエクアド、ルブセィラ女史、アルケニー監視部隊。それに父上。俺が奴等のアジトに入ってから間も無く、地上の遺跡迷宮を父上の部隊が抑えたかどうかも解らないところで、あの父上がエクアドとゼラと共に乗り込んで来ることもおかしい。剣に自負があっても無謀はしない父上が。

〈蛇の子の悪戯に呼ばれて、蜘蛛の子を苦しめた気分はどうだ? 人間?〉

 そんな、そんなつもりは、無かった。蛇の子? あのラミアのことか? あのラミアに俺たちは操られていたというのか?

〈操られていたから仕方無いと? 騙されていたから責任は無いとでも? ならば人間。その場その時に流され、己で己の目を欺瞞で覆う人間が、何かに騙されて無いときがあるとでも?〉

 それ、は、そんなことは。俺は、俺はゼラを苦しめるつもりは無い、ゼラを悲しませたりは、したくない。そんなつもりは無かった。

〈お前のつもりも意思も意志も想いも気持ちも知ったことか。蜘蛛の子の嘆きは、お前がここに蜘蛛の子を誘い込んだことにある。己を信じる蜘蛛の子を誘い裏切り、その上で何をほざく〉

 そんな、俺が、俺がゼラを裏切った?
 
『カダール、あやとりしよー』
『カダール、ゼラ、凄い?』
『カダール、褒めて』
『カダール、鎧、脱ぎたいー』

 辺りに映るのはゼラの記憶、ゼラの思い出、ゼラの想い、何処を見ても、俺、俺、俺だ。

〈蜘蛛の子はお前への想いにすがり、従属の約に抗っている。だが、このままではお前の事を忘れあの男の下僕となろう〉

 どうすればいい? どうすればあの男の術を破れる? 知っているなら教えてくれ!

〈蜘蛛の子がどちらを選ぶかは蜘蛛の子が決めること〉

 あんな邪神官の下僕になってゼラが幸せになれるものか!

〈お前があの男よりも蜘蛛の子を幸せにできるとでも? 都合よく使い利用しただけの人間が思い上がるな!〉

 ゼラを都合よく使い利用しただけ、俺が、ゼラを、ゼラのことを、俺の言うことを聞く便利な魔獣だと。それは違う、だが、反論、できない。それだけでは無いのだが、結果がこれでは、何も言えない。こんな不様をしては、何も言い返せない。何を言っても無駄な言い訳だ。しかし、それでも、あのクソ野郎にゼラを好きにされたくない! 頼む! 教えてくれ! どうすればゼラを助けられる?

〈知ったところで逃げるだけであろう。覚悟もなく口走るな愚か者〉

 覚悟? なんの覚悟だ? 俺ができることなら何でもする! 頼む! ゼラを助けてくれ!

〈何でも、だと? 口先だけならなんとでも言えようが〉

 口先だけじゃない! 俺はゼラと共に在るとの覚悟はある! ゼラが救われるなら俺は何でもする! 頼む!

〈蜘蛛の子はツガイを食い殺す。お前など蜘蛛の子にとっては、子供の為の子種、子供のためのエサでしかない。蜘蛛の子を幸せにしたいなら、その身を差し出し食わせてやればいい。さあ、これを知ってどうする? 人間?〉

 俺が、エサ? ゼラのいうツガイはそう言う意味なのか? ゼラは俺の血を舐めてうっとりとしていた。そういうことなのか? 俺を食いたいのか? ゼラ?
 辺りを見回す。幾つもゼラの記憶がグルグルと巡る。

『カダール、助ける!』

 (スワンプ)ドラゴンの背に飛び下りて噛みつくゼラ。

『間に合った! カダール!』

 斧を振り上げたゴブリンに体当たりをするゼラ。

『血、カダールの、血……』

 カミソリで切った俺の頬に舌を伸ばして舐めるゼラ。

『カダール、カダールぅ……』

 魔力切れで力の入らない腕で裸の俺を抱きしめて、俺を受け入れて震えるゼラ。

『カダールが欲しい!』

 エルアーリュ王子に、父上に、母上に、見守る人々を前に高らかに告げるゼラ。これが恋なのか? それとも本能なのか? あるのはただひとつの一途な想い。苦難も無茶も全てはね除けて、そこに届かせるために。
 俺に触れようと、俺と一緒にいたいと、ただそれだけの純粋な想い。その願いのままに手を伸ばして。
 そこにいるのは、ポカンとした俺を抱きしめて立つゼラ。その俺の目に映るのは満面の笑みのゼラ。

『カダール、だいすき!』

〈蜘蛛の子の想いに、お前が応えきれるとでも?〉

 あぁ! 応えるとも! 応えきれなくとも応えると決めたのだ! ゼラの側に立つと決意したのだ! 例え人の世を追われることになろうとも、ゼラは俺が見つけた蜘蛛の子だ! ゼラが食いたいなら俺の身を食わせてやる! ゼラが欲しいと言うなら、俺の血を最後の一滴までくれてやる!

〈人間、それは偽り無き真意か?〉

 ゼラが居なければ俺などとっくに死んでいる。助けられて無ければ何度死んでいたか解らない。助けられて、危機に落ちてもなんとかなるだろうと、甘く考えるようになった俺のせいでゼラが不幸になるのなら、俺は死んで贖罪しよう。

〈お前が死んだところで蜘蛛の子は喜ばぬ〉

 ゼラがあの邪神官の下僕となっては不幸になるばかりだ! 俺も大概ろくでもないバカだが、ゼラを幸せにすることなら、あの男よりも俺の方がマシだ! 頼む! ゼラを助けてくれ!

〈ならばお前の真意をさらけ出せ。蜘蛛の子への想いを吐き出せ。それに蜘蛛の子を引き止める力があれば、蜘蛛の子は隷属の約を破れよう〉

 真意? 想い? ここで叫べばいいのか? 俺の声がゼラに聞こえるのか?

〈お前の偽らぬ本意を、その思意の(はらわた)を見せてみろ! 前五識、末那識(まなしき)蔵識(くらしき)、並べてここにさらけ出せ! それが下らぬものであればここでお前の心を滅してやる!〉

 怒る声が暴風のように叩きつけられて、俺の中からいろんなモノが引きずり出されていく。身体の中に手を入れられて、脳髄を心臓を掴み出されていくような不気味な感触。だが、これでゼラを助けられるというなら、俺の中身など全て抉り出してしまえ!
 背筋が泡立つような、吐き気が止まらないような、ここには身体も無いのに寒気がする。暗闇に落ちて暴風に耐える。

〈……なんだ? これは?〉
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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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