第三十四話◇クインの過去語り

文字数 5,259文字

 あたいはハイイーグルだった。ゼラを見てきたのなら予想はついてるだろ? ハイイーグルだった頃のことは今はぼんやりとしか思い出せねえけれど。ガキの頃のことだからね。
 ハイイーグルっていっても鳥とそんなに変わりはしねえ。少し大きくてすばしっこいくらいだ。
 でも人間にはハイイーグルは珍しいらしくて、あたいを見つけると必死になって追いかけて来るんだ。後になって知ったけれど、ハイイーグルの羽ってのは高値がつくんだってね。

 で、目の色変えて必死に追いかけてくる人間が面白くて、よくからかっていたもんだ。あたいには人間の弓矢も魔術も当たらねえっての。それでわざと人間の目につくとこに姿を出しては、追いかけっこして遊んでたのさ。

 そうやって遊んでたのが悪かったのか、ついに矢で落とされた。ハンターの中で一人だけ異常に弓の腕の立つ奴がいたのさ。
 そのときは羽をむしられて食われるって、死ぬのを覚悟してた。ところがあたいを射ち落としたそのハンターがあたいを家に連れ帰った。あたいが気を失ってるうちに矢を抜いて手当てして。

 目が覚めたときには混乱した。人の家の中なんて初めてだったから。ケガしたところは痛いし変な匂いのする薬は塗られてるし身体はマトモに動かないし。
 食い物を持ってきたのがあたいを射ったハンターだと解って、暴れて逃げようとしても身体に力は入らないしで。結局、そいつの持ってきた肉を食って生き長らえた。
 空瓶が転がっててそのときはそれが何か解らなかった。そいつはわざわざ教会から買ってきた回復薬(ポーション)まで使ってあたいのケガを治してたのさ。
 そのハンターの名前はエイジス。あの家のひい祖父さんでリアーニーの夫だよ。

 あの頃のエイジスは今のカダールよりも若いか? まだ結婚してなくてアバランの町でハンター暮らしをしてる男だった。
 で、他のハンターがあたいを売れ、いい金になるとか言ってるのに、死なせるのはもったいない、元気になるまで待て、とか言いやがる。
 他のハンターが帰って夜になると、一人で酒を飲みながらあたいのことうっとりとした目で見てんだよ。なんだこの男、とも思った。

 エイジスって男は弓の腕は一流だけど、そのせいでパーティ組むとか苦手だったらしい。ソロの方が面倒が無くて稼げるって。そのくせ寂しがりなのかあたいが話せねえってのに、ずっと話しかけてくるんだ。今日は雨で仕事は休みだ、とか。この前のレッドバードはなかなかいい値がついた、とか。
 あたいも最初はエイジスに噛みついたり引っ掻いたりしてたけどよ、エイジスがあたいのケガの手当てをして、食い物も持ってきてくれるから、大人しくすることにした。それにあいつちょっと啄んだくらいじゃ懲りねぇし。

 あたいに触りたがるから、仕方無く触らせてやって、ほら、ケガしたとこに薬塗ったりとかあるだろ。やらしくねぇからな。いや、エイジスの目はちょっとうっとりとしてたけど、それは仕方ねえだろ。なんせハイイーグルの羽は鳥の中で一番綺麗なんだからよ。

 エイジスはこんな美しい鳥を殺すなんてもったいない、とか、俺はハイイーグルを落とせたってだけで満足だ、なんて言うんだ。飛べるようになったら、他のハンターに見つからないように逃げろよ、なんて、エイジスはハンターなんじゃねえのかよって。

 クインってのはエイジスのくれた名前だ。『大空の女王(エアリアクイーン)』だってよ。つまりあたいはエイジスの女王様ってことなのさ。
 で、まぁ、エイジスのとこが居心地良くて、ケガは治ってもまだ飛べない振りなんてして、エイジスの家に住んでた。エイジスの持って来た肉を食って、エイジスはあたいの抜け落ちた羽を額に入れて飾ったりしてて。エイジスが触りたがるから触らせてやって、撫でられてるうちに寝ちまったりして。
 寂しんぼのエイジスの言うことを聞いて返事をしたりな。そのときは鳥の声で鳴くことしかできなかったけどよ。

 でもエイジスが高値のつくハイイーグルを飼ってるって噂になって、人が来るようになった。売ってくれ譲ってくれって。エイジスは断ってたけれど、ある日、あたいを盗もうって家に入って来た奴がいた。エイジスはそいつと揉み合いになって、あたいに逃げろって。
 あたいは逆にそいつの顔を引っ掻いてエイジスと一緒に追い出した。だけどそこでもう飛べるくらいに回復してるって、エイジスにバレた。

 あたいがエイジスのとこにいると、また盗人が来るかもしれない。羽が高値で売れるからってエイジスのとこに変な奴が来るのが増えた。
 エイジスは泣きそうな顔で、あたいに空に帰れって言った。そのときにはあたいはもう、エイジスに惚れてたんだ。
 ……なんだよゼラ、その、ウンウン解るって顔は? あー、ゼラもあたいと似たようなもんか?

 それであたいはエイジスから離れた。だけどもう、もとのハイイーグルとして生きることはできなくなってた。
 エイジスの側が居心地良くて、撫でる手が優しくて、綺麗だと褒められることが嬉しくて。
 ……なんだよ、あたいにだってその、少女の頃ってもんがあったんだよ。今はこんなだけどよ。
 そのときは寝ても覚めてもエイジスが頭の中でいっぱいで、あたいはおかしくなってた。
 ハイイーグルだからエイジスと一緒に居られない。それならあたいが人間になれたらって。
 そのときに我らが母の声を初めて聞いた。ゼラもそうだろ? で、なけりゃ今この姿になっちゃいねえ。

 強き魔獣を倒して食らい、持たぬ因子を身に取り込め、と。
 こうしてあたいは進化する魔獣として目覚めた。

 そうは言ってもハイイーグルだから、リスやネズミを獲るのは得意でも強い魔獣を倒すってのが難しくてなぁ。
 あ、ゼラも解るか。そうなんだよな。最初が難しいんだよな。何? 蜘蛛の巣と糸で頑張ったらどうにかなった? このやろ、あたいはそのときは空は飛べても爪と嘴しか無かったんだよ。

 それでもハイイーグルからグランドイーグルになって、アバランの町を上空から見てエイジスを探したりしてな。いつかちゃんと人間になってエイジスのとこに行こうって、魔獣深森に行っては倒せそうな魔獣を探してた。

 だけど時間は待ってくれはしなかった。あたいが人間になる前にエイジスはリアーニーと出会った。そうだよ、あのばあさんだ。二人は出会って、仲良くなって、抱き合うようになって、そして結婚した。あたいが人間になる前に。あたいがそこに行きたいところ、エイジスの隣は先にあのリアーニーに取られちまった。

 あのときは荒れたね。リアーニーを殺してやろうか、とも思った。だけど、あたいはエイジスには幸せになって欲しい。リアーニーがいきなり死んだらエイジスは悲しむし、リアーニーを殺した奴を憎むだろう。あたいはエイジスに憎まれたり恨まれたりしたく無かった。
 リアーニーと手を繋いで歩くエイジスは、笑っていた。幸せそうだった。悔しくて悲しくて、やけくそになって魔獣を狩ったりしてた。
 そのときにはあたいはグリフォンになってた。そのときにはそれぐらいのことを考える頭はあったんだぜ。

 だから、いつか完全人化したら、エイジスに礼を言おう。一言ありがとうと言って、ここから離れようって、そう考え直すことにした。
 エイジスとリアーニーの間には、二人に似た子供ができて、エイジスとリアーニーはたまに口ゲンカはしても仲のいい夫婦だった。

 五十年前か、オークの王種が誕生したのは。エイジスはいい歳になってんのに、孫が産まれるならこのアバランの町を守るのは俺だ、なんて言って戦うつもり満々だった。弓の腕でもアバランの町で一番だし頼りにされてたんだ。
 だけど援軍が来るまで苦戦するのは見えてた。仕方ねえからあたいが手を出すことにした。それまで町のもんには見つからないように高空から見てたんだけど。グリフォンになって身体がでかくなると隠れるのが難しい。町に近づき過ぎたら騒ぎになっちまう。

 オークの大侵攻のときは姿を隠す余裕なんてねえから、いろいろ見られちまった。風系の魔法で人を巻き込んでしまったこともあるし。……そのときは今ほど上手く魔法が使えなかったんだよ。制御が甘くて範囲がその、ずれたりして。
 
 そうやってオークと戦ってるとこは町のハンターとかに見られた。それでアバランの町で木彫りのグリフォンとか、グリフォンクッキーにグリフォンまんじゅうとか、名物になるとは思わなかったけど。人間って逞しいな。

 グリフォンからエメラルドグリフォン、ルナフォールグリフォンへと進化した。だけどなかなか完全人化はできなかった。
 だけどあたいは空が飛べたからね。ルナフォールグリフォンになってからはかなり速く飛べるようになった。進化する為の強い魔獣を探して魔獣深森の深部にまで飛んだ。

 そこで深都を見つけた。あたいは深都のお姉さま達に出会った。アシェンドネイルと会ったのも深都さ。そこで黒龍の居所を教えてもらって、黒龍を探して殺して食った。これであたいは今の姿に、カーラヴィンカに進化した。
 深都のお姉さま達に人化の魔法を教えてもらい、あたいはアバランの町に帰った。

 人に化けて目立つ髪の色も目立たなくして、解ってもらえるかどうか不安で手に自分の緑の羽を持って。
 あたいはエイジスに会いに行った。エイジスは歳をとって、ハンターを引退していた。そのときひ孫が誕生日でお祝いとかしてた。
 エイジスもおじいさんになってて、リアーニーもおばあさんになってた。人間って年老いるのが早いもんだよな。

 久しぶりに会ったエイジスに、昔のことを話そうとして、上手く話せなくて。震えてもたついてたら、エイジスの方が困ってしまって。
 エイジスが手を伸ばしてあたいの頬に触れたら、なんだか訳が解らなくなってボロボロ泣いちまった。エイジスはあたいの頭を撫でて、ハンカチで涙を拭いて、泣き止ませようとして、困った顔でリアーニーと二人であたいの手を引いて屋敷に上げてくれた。
 庭では一歳になるひ孫のパーティしてるのに、二人には悪いことした。家はエイジス一人で住んでた家とは違うとこで、大きな屋敷になってた。エイジスの鍛えた子供に孫が、ハンターとして稼いでいて屋敷は新しく建てていたんだ。住む奴が増えたからね。

 あたいが泣き止むまでエイジスとリアーニーは側にいてくれた。ひ孫の誕生日パーティーに見知らぬ女が来ていきなり泣き出したってのに、二人ともお人好し過ぎる。
 カーラヴィンカに進化したばかりで、人化の魔法も憶えたばかり。上手く言葉を話すこともできなくて、人化の魔法が解けそうになって。
 エイジスにあたいが持ってる羽を押しつけて、あたいはそのまま逃げた。

 その後は深都に。たまにアバランの町に行ってはいたけどね。人の町のことも憶えて、ハンターとして登録した。流れのハンターってことにしとくと、いろいろと誤魔化しがきく。
 まぁ、ハンターの登録にはエイジスが口をきいてくれたんだけどね。エイジスとリアーニーには、ちょっと会って少しは話をしたりしてた。二人があたいの正体に気がついてたかどうかは解らねえ。

 そのエイジスも十二年前か、死んじまった。八十過ぎてたから長生きしたんだろうよ。
 エイジスは死んだ。あたいが惚れてた男はしっかりものの妻と元気すぎる子供と孫とひ孫に囲まれて、幸せに生きて、眠るように死んだ。
 昔は連れ去ってしまおうかなんて考えたこともあるけれど、しなくて良かったと思う。エイジスが幸福に生きてあたいの羽を家宝って自慢して、ずっと側に置いていた。それでもう、いいんじゃないか、ってね。

 エイジスが居なくなったアバランの町に関わるつもりは無かったんだけどよ。久しぶりに見に来てみたらグレイリザードなんてのが湧いてやがる。
 アバランの町にはリアーニーがいる。エイジスが惚れてエイジスが愛した女が。しわくちゃになって立って走ることもできねぇのに、まだ生きてやがる。
 だったら仕方ねえって、王種討伐することにしたんだよ。別にしなくてもいいんだけどよ。エイジスもいねえのに、あたいは何をやってんのかね。しかも王種が見つからなくて困ることになるとは。
 森をブッ飛ばしたらアバランの町のハンターが困っちまう。エイジスの孫にひ孫がハンターやってんだし。

 どうしたものかと悩んでいたら、お前らが来たのさ。頼る気も無かったし、あたい一人でさっさと片付けるつもりだったんだけどよ。助かったけどさ。

 だけどおかげで久しぶりにリアーニーの顔を見れた。礼は言っとく、ありがとよ。
 リアーニーはちょいとボケてたね。それでもあたいに見覚えがあるって言ったのは驚いたけれど。


 
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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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