第十八話

エピソード文字数 6,233文字


 疫病を中央で流行らせるだと?

「意図的に病をばら蒔くつもりか? そんなことができるのか?」
「そうでもしないと人の数を減らせないのよね。とは言ってもこれも難しい。今の人類は旧人類よりも病気には強いから」
「そうなのか? 同じ人類では無いのか?」
「技術で病も菌も遠ざけるようにして暮らしていた旧人類は、今の人類と比べると驚く程にひ弱なのよ。いえ、今の人類がそのように鍛えられている、と言うべきかしら」

 母上が扇子をパチリと音を立てて畳む。

「アシェンドネイル、聞きたいことがあるのだけど」
「何かしら?」
「古代魔術文明の人達は、人の社会を守る為に人に心を失わせた、ということね?」
「そうね、人が法と秩序に従順に従うだけの、意志も思考も無い者であれば、人は平和に平穏に暮らせるのだから」
「心を失った人達は生きる気力を見失い、自滅した。それが古代魔術文明の滅亡の原因ということ?」
「守られて生かされるだけでは、やがては生きる力を見失うみたいね」
「命を脅かす者を克服して勝ち取ってこその生命、ということね。そのための解りやすい脅威として魔獣が在ると」

 母上は扇子の先をクルリと回してひとつ頷いて俺を見る。

「これは人に知られてはいけない話ね。カダールが黙ってたのはそういうこと」
「母上、魔獣被害を減らす為には人の数を減らさねばならないなどと、人が知ればどのような騒ぎとなるか解りません」
「そうね。魔獣をどうにかするにしても、深都の場所も解らないし。深都にはアシェンドネイル以上のお姉様達がいるのでしょう?」

 扇子を顎に当てて訊ねる母上にアシェンドネイルがクスリと笑う。

「お姉様達もだけど、深都を守るのは紫の龍よ。噂くらいは聞いたことあるかしら?」

 紫の龍、と言えば祖龍か? 頭を抱えたくなる。

「龍の祖にしてドラゴンの王、実在していたのか?」
「彼は昔からずっといるわよ。我らが母の側を離れないだけで。ドラゴンの祖というか原形種なのだけど。あなたたちはドラゴンを超える災厄をオーバードドラゴンなんて呼んでるけれど、灰龍も黒龍も彼の劣化模倣に過ぎないのよ」

 ルブセィラ女史が眼鏡の位置を直す。

「紫の龍。ドラゴン種の親にして王、ドラゴンの王種と伝わっています。大地を海に変え、海を砂漠に変える、龍の中の龍。生の赤の頂点、死の青の極点、双の(いただき)に立つは紫の御方ただひとつ、と」
「彼を越えて深都に辿り着くには、黒龍ぐらいは鼻歌しながら片付けられないとね」

 それは人間の軍には不可能だ。今の人類にそんな戦力は無い。未来においては可能となるのか? だが、深都を攻めてどうする? 魔獣がいなくなれば、人を襲う災厄は無くなる。それは天敵のいない古代魔術文明と同じ条件となり、旧文明の滅日と同じ道を辿る可能性が高くなる。
 魔獣の脅威に抗い、戦いながら生きる俺達。盾の国で魔獣の存在が人類を助けている、などと言える訳も無い。魔獣に家族や友人を殺された者が、そんな理屈で納得などできるはずも無い。
 事実であっても認められないから、教会は異端としているのか? いや、教会がこれを知っているのかどうか。

「あなたのお母さんにあなたがカダールを気にする理由が解ったわ」
「深都のお姉様達は赤毛の英雄を気に入ってるけれど、私はべつに」
「アシェンドネイル、気づいてないの? あなた、ずっとカダールを試すように話してたことに。闇の母神は人の心を鍛えるのが目的なのでしょう? 人が目先のことに流されて、生命を見失わないようにと。だけど心とは測るのも難しいものよね」
「そうね。観測して数値に出せるものでは無いわね」
「カダールは私とハラードが育てた自慢の息子だもの。心を求める者が惹かれるのは当然ね」
「……はぁ?」
「ゼラのような凄いお嫁さんが来たのは驚いたわ。それもカダールだからこそよね」

 いきなり母上の息子自慢が始まった。ニコニコと楽しそうにしている。話が飛躍してついていけない。俺がなんだって? 母上は嬉しそうに微笑んで。

「心の強さ、弱さ、なんていうのは解りにくいもの。強さと頑固さは違うし、弱さと繊細さも似て違うもの。区別するのは心を感じて、惹かれるか引かれるか。それもその人の行動に現れてこそ、垣間見えるもの。私とハラードが次期ウィラーイン伯爵にと育てたカダールは、私の最高傑作よ。だから進化する魔獣が寄ってくるのね」
「あの、母上? それでは俺が伝説の魔獣を吸い寄せてる、母上の謎の発明品みたいなのですが?」
「今のところそうなってしまってるわね」
「母上、俺に何かおかしな教育でも?」
「カダール、盾の国の貴族たる者とは?」
「人心を集める旗の如く、民を守る盾の如く、人の行く先を照らす篝火の如く。飾らず正と信ずる道を先頭に立ち歩む者。導くのでは無く、その先をその身で指し示す者であれ」

 ウィラーイン領だけでなく、盾の国の貴族ならば当然の心構えだ。母上は満足そうに頷く。

「群れの長に必要なのは、その後に続く者をその気にさせること。(かしら)だからと、一番賢く一番強い必要は無いわ。強い者、賢い者を配下に迎え、その人達を元気にして、やる気を出させるのが、群れの頭に一番必要なもの。私とハラードの育てたカダールはね、側で見てるとおもしろいでしょう?」
「母上、おもしろいって、俺を芸人に育てたのですか?」
「人徳にはいろんな形があるわ。おもしろそうだからついて行く、見てるとほっとけない、手を貸してやろうか、なんて思わせるのもそのひとつ。その先に苦難があっても楽しそう、となれば人はついてくる。領主に、群れの頭に必要なのは口先の小賢しさよりも、民と共に立つ意志と真心」

 俺は父上と母上にそう教わった。いや、教えられたというよりは、二人を見て学んだ、と言うべきか。

「カダールのことを気に入ったという闇の母神は、カダールの心に惹かれたのでしょうね」
「驚いただけなんじゃないかしら? 楽しませてくれる芸人としては最高だけれど」
「その『楽しい』は何を期待してのことかしら? 心を感じて測れるのは心だけ。昔からカダールの側に集まる人達は、優しくて元気な人が多いのよね。アシェンドネイル、あなたもそうなのではなくて? 赤毛の英雄なんて素敵なアダ名で呼んでくれて」
「……おっぱいいっぱい男と呼んだ方が良かったかしら? 私が優しいなんて、侮辱かしら?」
「お姉様達のお楽しみの為に、我が家に覗きの仕掛けをつけようなんて、家族想いじゃない」

 母上がクスクスと笑いアシェンドネイルが不愉快そうに黙る。母上がアシェンドネイルをやり込めている?

「それでもウィラーイン領にしてくれたことは、どう、けじめをつけたらいいのかしらね」
「今後は心配しなくてもいいわ。ゼラとそこのおっぱい男がいる限り、私もお姉様達もウィラーイン領に手は出さないから」

 アシェンドネイルの言うことに俺は口を挟む。

「アシェンドネイル、俺をおっぱい男と呼ぶのはやめてくれ。それとウィラーイン領に手は出さないというのは本当か?」
「そう決まったのよ、深都では。それで私は後始末をしているのよ」
「後始末?」
「私が盾の国スピルードル王国を弱らせようとした仕掛けは、闇の母神教団だけじゃ無いのよね。他にもいくつかあるの。ウィラーイン領に被害を出させるようなものは片付けたところだけど、ひとつだけ見つからないのよねぇ」

 首を傾けニヤリと口を歪めるアシェンドネイル。その人を苛つかせる悪癖には乗ってやるものか。いったい何を仕掛けていたんだ?

「古代魔術文明の研究者を、まだ生きている遺跡迷宮に連れて行ったことがあってね。たいしたものは無いところだったのだけど、扱い切れない古代の遺産を暴走させて、事件でも起こしてくれたらおもしろかったのだけど」
「おもしろくとも何ともないぞ。それでウィラーイン領に被害を出されてたまるか。それでその研究者は?」
「それが見つからないのよ。私の把握してない遺跡迷宮を見つけて引っ越ししたみたいね。記録末梢(ログレス)の秘密研究だったら何処に何が眠ってるかも解らないし、古代魔術文明は滅日の前には、人を生かす為に滅茶苦茶な実験をしてたものだから。残すと為にならないものは、ほとんど潰してあるのだけど」

 ルブセィラ女史がアシェンドネイルを鋭く見る。

「もしや、人の精神に関わる古代魔術がどの遺跡迷宮からも見つからないのは」
「その分野こそ徹底的に、ね。治療目的であっても人を改造するものは、次の人類に害となるからと。古代魔術文明と同じ道を辿らないように消されているわ。それでも隠れて研究してた危ないものは記録を辿れなくて、見つけて無いところがあったりするのよ」
「その研究者の足取りは掴め無いのですか?」
「ようやく手掛かりがひとつ見つかったわ。それがこの屋敷に保護されているスコルピオ」

 いきなり出て来た。スコルピオが手掛かりだと? 

「ハウルルがその古代魔術の研究者と関わりがあるのか?」
「あら、可愛い名前をつけているのね。そのスコルピオを調べて研究者を探すのも、メイドに化けて潜入しようとした理由のひとつよ」

 ハウルルを実験に使っていたのは、その研究者か。イカれた研究者に、扱い切れない古代魔術文明の遺産を使わせるなど、何が起きるか解らん。なんてことを仕組んでくれる。

「そういう訳で、私にスコルピオを調べさせてくれないかしら? これはウィラーイン領にとっては災いを防ぐことになるわよ」
「その仕掛けをした本人が言うか」
「状況が変わってしまったから仕方無いわね。スコルピオを調べたらさっさと出て行くわ」
「いや、ここにいろ、アシェンドネイル」
「あら、どうして?」
「こちらには古代遺跡に詳しい者がいない。その研究者が何を仕出かすのか、まるで読めん。ハウルルの件が片付くまで、好き勝手はするな。その研究者を押さえるのにアシェンドネイルの知識が要る」
「それは何? まさか私に手を貸してくれるのかしら?」
「ウィラーイン領の災いを防ぐ、と言ったのはアシェンドネイル、お前だ。研究者とウェアウルフ、スコルピオのハウルル、解決するには協力といこう」

 アシェンドネイルは顎を上げる。俺を見下ろすように。

「協力? 私がやってきたことを知って、大人しく手を組めるのかしら?」
「目前の脅威に対抗するためには、使えるものはなんでも使う。相手が罪人だろうと前科者だろうと、力を合わせねばならないのであれば、それを選ぶのが盾の国だ。ウィラーインの民が逞しいと言ったのはアシェンドネイルだろう」
「あら、そう簡単に割りきれるのかしら? 恨みも憎しみも抑えて仲良くできるの?」
「ついさっきフェディエアがやってみせただろう」

 魔獣の危機に対抗するために、心身を鍛えてきたのがこのウィラーイン領だ。感情に走る自滅よりも生き残ることを選ぶ。フェディエアもそれが解るからこそ、アシェンドネイルの肩ひとつで己を抑えた。

「だが恨みは消えんし割りきることも無い。この一件が片付いたらフェディエアの復讐を受けることは覚悟しろ」
「それは怖いから、そうなる前に逃げるわよ」

 ルブセィラ女史が俺を不安そうに見る。

「カダール様、いいのですか?」
「アシェンドネイルが俺達の手に負えないことは解っている。だが、こうして大人しく話をするのは、本当に手掛かりが無くて困っていると見た。それに目の届かないところで何をするか解らないよりは、近くで監視できる方がマシだ」
「私としてはラミアを間近で見ることができて嬉しいのですが」
「ようやくハウルルに絡む事態が見えて来た。アシェンドネイルの後始末を手伝うのは、ウィラーイン領の危機を防ぐことに繋がる」

 母上が扇子を開いてクルリと回す。

「カダール、アシェンドネイルを信用するのかしら?」
「信用はできません。ですが、アシェンドネイルが深都のお姉様達と闇の母神を裏切ることは無いでしょう。この一件だけは協力できます」
「そう。カダールがそう言うならハウルルに会わせてあげるわ。アシェンドネイル、いい子にしてたら寝床にご飯も用意してあげるから、役に立ってね」
「赤毛の英雄を育てた母も、なかなかの者ね。子育ての秘訣とか聞いてみたいわ」
「ウィラーイン領を守ってくれたら、ちょっとだけ教えてあげてもいいわ」

 ルブセィラ女史が眼鏡の位置を指で直す。

「自分で仕掛けて自分で後始末して、それでウィラーイン領を守るとは妙な話ですが、放置されるよりはマシでしょうか」
「……本当に肝が座ってるわね、ここの人達って。それじゃ、いい加減この糸から解放してもらえるのかしら?」

 アシェンドネイルはずっとゼラの糸でグルグル巻きのままだ。ゼラはと見ると、アシェンドネイルを縛った糸の端を持ったまま、その糸でひとりあやとりをしている。途中までは話が難しくなったのをなんとか理解しようとして考えて、眉を顰めていた。諦めてから、静かに邪魔にならないようにと、ひとりであやとりをしていた。ゼラにはつまらない話だったか。
 ゼラにアシェンドネイルを解放するように言おうとすると、ルブセィラ女史に止められる。

「待って下さい。その前にサンプル採取を」
「そうか。ゼラ、ルブセィラのサンプル採取が終わってから、アシェンドネイルの糸をほどいてやってくれ」
「ウン、解った」

 アシェンドネイルの頬がぴくりとする。

「……ちょっと、サンプル採取って」
「ラミアという希少な魔獣ですから、研究用に爪の先、髪の先、唾液、汗、などなどを採取させていただきます。大人しくご協力を」
「……仕方無いわね。安売りはしたく無いけれど」
「るふふふふ、先ずは爪から行きましょうか?」
「なんだか拷問みたいになってない?」
「痛くはしませんよ。あ、でも血液の採取はちょっとだけチクリとします」
「協力の話、ちょっと考え直してもいいかしら?」
「カダール様とゼラさんのいるところに手は出さない、ということのようですが?」
「そうね。だからこうして捕まってるの。ゼラの拘束から逃れるために暴れたら、巻き添えで怪我人が出そうだし。いろいろ話したのも誠意のつもりよ?」
「それなら、ハウルルを調べたければこちらに従ってもらいましょうか」
「素敵な部下が揃っているようね? 赤毛の英雄には」

 アシェンドネイルが今後、ウィラーイン領におかしなことをしない、というのはいいが。これからはアシェンドネイルも監視しなければならないか。まったく頭が痛くなりそうだ。
 ゼラもルブセィラ女史を手伝って、アシェンドネイルの髪の先や爪の先を切ったものを、ガラスの小瓶に入れている。なんだか遊んでいるようにも見える。
 
「こうして見てると、姉妹のようね。白と黒で色合いは違うけれど」

 母上はゼラとアシェンドネイルを見て呟く。ゼラが半人半獣のアルケニーへと進化したのは、俺の側にいるために、人間になろうとしたから。ならば、進化する魔獣のアシェンドネイルもまた、人に惹かれた頃があったのだろうか。


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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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