第二十六話

文字数 4,508文字

「名前はクイン。ハンターギルドに登録している女で、この町の者では無い流れのハンターです。腕は立つとのことですが、人付き合いは悪くソロでやってますね」

 フクロウのクチバがテーブルに置くのは似顔絵。茶色の髪の目付きの鋭い女だ。クチバが続けて言うには、

「カダール様の話を聞いて、イーグルにでも化けて来るのかと警戒してましたが。例の家を見張る特定の鳥は見つかりませんでした。代わりにこの女がハンター兄弟の家の方をチラチラ見ながら彷徨いているのを見つけました」
「この女に化けているのか?」

 ラミアかラミアと同等の魔法を使うなら有り得るのか。それともこの女は操られている配下なのか。

「この女、身元は調べられるか? ハンターギルドに登録しているというのなら」
「このアバランの町に来たハンターの一人としか解りませんね。ゴブリン、コボルト対策に集まった流れの一人です。アバランの町に来る前は南の盾の国、ジャスパルにいたとのことですが、裏は取れません」
「こっちが探ってるのは気付かれていないか?」
「まだ気付いた様子は無いですね」

 似顔絵だけ見れば目付きは険しいが、ただの人間の女に見える。
 エクアドが似顔絵を手にする。

「少し無理をすることになっても、この女を捕まえてみるか」
「エクアド、泳がせて後を追ってみてはどうだ?」
「それも有りだが、グレイリザードの大繁殖となれば呑気なことをしてる時間も無い。緑羽の目的も読めんし、このクインという女ハンターを捕まえて話を聞く。それが無理ならこの町で対グレイリザード戦に備える」
「アバランの町以外の被害を考えると、森に行ってグレイリザードの王種を討伐したいところだが」
「そのためにも急ぎ情報が欲しい。この女が何者かは解らんが、ゼラとカダールで仕掛けを作ったのだろう?」

 エクアドの問いにゼラが拳を握ってふんす、と鼻息する。

「ウン、ラミアでも捕まえられるよ」

 あの緑羽が姿を隠してアバランの町に忍び込んでいるならと、ゼラと捕獲用の罠を仕掛けてはいたが。クインという女ハンターが何者か、ラミアが化けているのか、それともラミアの配下なのか。危険はあっても調べてみるか。ぐずぐずしていては森からいつグレイリザードの群れが溢れるか解らない。
 作戦を立てアルケニー監視部隊にフクロウ、ティラスの青風隊で配置を考える。
 アバランの町のハンターギルドの長とも話し、対グレイリザードの防備を強化。問題のクインという女ハンターはどういうわけか三日に一日くらいしか、アバランの町にいない。後を追ったフクロウも見失ってしまう。

「慎重になって距離を取りすぎたのが仇になりました」
「クチバ、気にするな。捕まえようというなら感づかれて警戒されない方がいい」

 夜、アバランの町、ハンター兄弟の家から離れたところで身を隠す。ゼラは屋根の上でハンター兄弟の家の周りに極細の糸を張り、近づく者を感知しようと、糸を摘まんだ指先に集中している。

「ン! 来た」
「よし、ゼラは上から見て作戦通りに。気づかれるな」
「任せて」

 俺は屋根からロープで滑り降りて足音を忍ばせてハンター兄弟の家の方へと。フクロウも監視につく。ハンター兄弟の家は大家族が住むだけあって、家というよりは大きい屋敷のようだ。
 その屋敷の近くの路地にいるのは似顔絵の女。目付きの鋭い女ハンターのクインが歩いている。そいつにエクアドが部下二人を連れて近づいていく。

「おい、そこで何をしている?」
「あん? ただの散歩だよ」
「少し話を聞かせてもらってもいいか?」
「あんた、蜘蛛の姫の護衛の人じゃないか。あたいに何を聞きたいって?」
「この町のハンターに聞いて回っているところだ。森の様子について」
「今はここから森に行けないって知ってるだろ?」
「それなのに町から出ているハンターは、何処で何を狩りに行っているのか、興味がある」
「あたいも町から出てないけれど」
「それなら町門を通らずに何処に行っているのか、教えてくれないか? クイン?」
「……ちっ」

 身を翻して走り出すクイン。エクアドとアルケニー監視部隊が追いかける。この時点でこの女ハンター、クインはラミアでは無いと解る。
 アシェンドネイルなら逃げずに得意の幻術を使うだろう。目立たぬようにするなら“催眠(ヒュプノ)”が有効だ。そこを確認するために俺とフクロウは隠れて様子を見ていた。
 既にこの辺りにはフクロウ、アルケニー監視部隊、青風隊で包囲網ができている。

 クインが俺のいる路地の方へと走って来た。立ち塞がり行く手を阻む。

「大人しくすれば手荒なことはしない」
「はっ、何を言ってんだか」

 このままエクアドと挟み撃ちに。俺の後ろにいるフクロウのクチバが“光明(ライト)”の魔術を使い、白い光が路地を照らす。

「ふん、捕まるかよ」

 クインが人をバカにするような笑みを浮かべ、その姿がぼやけて消える。フクロウが追跡したときと同じ。このクインは姿を隠せる。足音が聞こえた方へと手を伸ばすが、何も捕まえられない。姿を消して俺の脇を抜けていくつもりだろうが。

「しゅぴっ」

 路地の側、建物の屋根からゼラの声がする。続いて、

「きゃあっ?!」

 べしゃっと転ぶ音がして、振り向けばクインが地面に倒れている。術が解けたのかその姿は見えている。見かけの割りに可愛らしい悲鳴を上げるのだな。

「な、なんだこれ?」

 倒れたクインが立ち上がろうともがくが、手に足に細く白い糸が絡んで上手くいかない。
 蜘蛛とは種類によって様々な巣を作る。よく見かけるのは綺麗な渦巻き模様のものだが、中には水中に巣を作るものや、地面に落とし穴のような巣を張る蜘蛛もいる。
 今回は地面にトリモチのように張り付く糸で、ゼラに罠を仕掛けてもらった。

「さあ、大人しくしてくれ。その糸は簡単には切れないぞ」
「ぐぐぐぐぐ、なめるなっ!」

 クインが吠え、両手両足を使いカエルのようにジャンプする。ザグザグと切れる音。

「風刃? 詠唱無しで?」
「あばよっ」

 強引に跳び、風刃で手足に絡む糸を切り、再びその姿を隠して消えるクイン。だがこちらも簡単には逃がしはしない。

「ゼラッ!」
「みー」

 屋根の上からゼラが魔法で光の玉を浮かべる。フワフワと浮く光の玉があちこちに飛びアバランの町の薄暗い路地を明るく照らす。
 その光を受けて、小さな七色のオーロラがポッと浮かぶ。
 路地のトリモチ罠は前もって仕掛けていたもの。ゼラがしゅぴっ、と屋根の上から飛ばしたのは別の糸。光を浴びると七色の反射光を放つゼラの糸をクインに張り付ける為に。
 満月の明かりのある夜、加えてゼラの光の玉。クチバの他にも“光明(ライト)”の使える魔術師はいる。

「追い立てる! ゼラ!」
「ウン、先回る!」

 月明かり、星明かり、魔法の明かり、夜のアバランの町で派手な鬼ごっこが始まる。フワフワと浮く七色の陽炎を追い立てる。クインが幻術でその姿を隠しても、そのクインのいるところに明かりが射せば揺らめく虹が現れる。
 ユラユラと揺れる小さなオーロラを追いかけて俺達は走る。

「いたぞ! そっちだ!」
「あー! なんでー!? ちい、ベタベタしてとれねぇ!」

 姿を隠すのを諦めて、走りながら茶色の髪の毛についたゼラの糸を外そうとするクイン。その頭の周りにフワリと虹が浮かぶ。
 エクアドと並んでクインを追いかけ走る。

「あいつ、無詠唱で風刃を使ったぞ。魔法使いだ」
「ということは、あのクインがグリフォンか?」
「そのようだ。対人用の罠ではダメだ、逃げられる」
「対人用って言っても、ゼラの糸を切ったんだろう?」
「クインがまだ正体を隠そうとしている内が好機だ。次の仕掛けに追い込む」
「上手くいくか?」
「前回は平原で奴の領域だったが、獲物を待ち構える闘い方こそ蜘蛛の本領だ。この町は今やゼラの領域だ」

 町の路地にはアルケニー監視部隊にフクロウが待ち構え、クインを大通りへと誘導する。人に化けて正体を隠そうとするなら、見られているところで元の姿には戻らないだろう。クインにはまだ逃げられる、と、思わせながらゼラの待ち構えるところへと追い込む。
 大通りの端、そこに腕を組み待ち構えるのはゼラ。負けたままが悔しかったのか、やり返せるという機会にニヤリと不適な笑みを浮かべている。

 クインは走りながら一度こっちを振り向く。俺達は追いかけながら合流しているので、十人以上。ゼラ一人の方が抜けやすいと考えたのか、クインはゼラへと加速する。

「セン!」

 クインが手を振り一声、その手から風刃が三発ゼラを襲う。

「すいっ、ち」

 ゼラは腕を組んだまま氷盾で受け止める。余裕のポーズを崩さない。それにカチンと来たのか今度はクインが走りながら両手を大きく振る。

「センジン!!」

 無数の風刃。平原のときと同じ、数え切れない程の風の刃がゼラへと向かう。ゼラの氷壁を切り砕いた風刃乱舞。
 ゼラは防御を諦めて真上に高く跳躍する。風刃乱舞を飛び越えるように。
 それを狙ったのかクインはゼラの下を走り抜けようと更に加速する。
 かかった。
 ゼラが組んでいた腕をほどく。両手に握る糸の束を隠すように組んでいた腕を。その手に糸を握ったまま、ジャンプした空中で高々と両手を上げる。

「よいしょー!」
「な?!」

 ゼラの下を走り抜けようとしたクインは不自然にその動きがピタリと止まる。
 高く跳躍した空中のゼラを頂点に、三角形の網が地面から一瞬で立ち上がる。満月の光を浴びて銀色に光る三角形の網。そこに自ら飛び込んでしまったクインは、蜘蛛の巣に張り付いた蝶と同じ。
 三角網。
 蜘蛛の中でも狩猟に特化した種が使う三角形の罠の網。木の枝に網の二点を設置して端は蜘蛛自身が持つ。自ら獲物を飛び越えるように飛び付いて、獲物に巻き付けて捕まえる攻性の罠。ハンターとして優れた種類のこの蜘蛛は三角網で自分よりも大きい獲物を捕まえる。
 今回は地面を底辺とする三角網で、ここの他にもいくつかアバランの町に設置済みだ。
 そしてこのゼラの三角網は、かつて灰龍を地に落としたものと同じ。細く見えにくい糸では無く、寄り合わせた太く頑丈な糸で作られていて、対魔術防御も高い。現にもがいているクインの放つ風刃は網の表面で弾けている。

「なんだこれ?!」

 喚くクインの背後にスタッと降り立つゼラ。そのままクインの周囲をグルリと回り三角網をグルグルとクインに巻き付けていく。

「やめろコラ! ベタベタする気持ち悪いちくしょう!」
「ゼラの勝ちっ!」

 両手に三角網の端を持ってクインが身動きできないようにと丸めていくゼラは、とても楽しそうだ。ゼラの糸に巻き付かれて動けなくなったクインは唇を噛んでいる。

「ゼラ、よくやった。凄いぞ」
「むふん」

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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