第十六話

文字数 3,685文字


 時間をかけてじっくりと調べれば黒幕の足取りも掴めるかもしれない。しかし、調べるという行為が相手に気取られる懸念がある。黒幕がフェディエアを使い俺を誘拐する、というのが相手の策だが。

「一番上手く行けばカダール様の誘拐ですが。二番目は私がカダール様に信用されて、ウィラーイン伯爵家とアルケニー監視部隊の内部事情を調べること、になります」

 いちゃつく練習、ということでフェディエアが俺と腕を組んで話をする。話の内容は浮わついたものでは無いが。肘にフェディエアの胸があたって落ち着かない。

「私の口からメイモント王国こそが黒幕と思わせて、目を逸らさせるのも目的でしょうね」
「それを俺と父上が信じてエルアーリュ王子に告げれば、スピルードル王国はメイモント王国をより警戒する。灰龍の卵の一件もメイモント王国の仕業にするということか」

 自分達が目立たぬようにして、二国間の対立を煽る。気にくわないやり口だ。

「フェディエアの“精神操作(マインドコントロール)”がまだ効いている、と相手が思い込んでいるかどうかだが」
「七日以内に奴等のところに一度、報告に行くことになっています。そこで上手く誤魔化せるでしょうか?」
「そこで“精神操作(マインドコントロール)”のかけ直しでもされてフェディエアが正直に話してしまえば、ゼラが“精神操作(マインドコントロール)”を解呪できるとバレる。その前に仕掛けてしまうとしよう」

 フェディエアに護衛をつけていた場合、フェディエアが奴等の拠点に行ったときにその護衛にも“精神操作(マインドコントロール)”をかけて、浸透する手下を増やす予定、だろうか。そんな手段をとる者が次に何をするか解らない。人を操る手管を手に入れて、どう使うか。いくつか思いついてもどれも前例は無いやり口だ。想像してもいくつも穴がありそうな気がする。黒幕がやっていることも実験半分なのだろうか?
 お伽噺では魔獣が幻覚と誘惑で人を誘い操るものがある。男をたぶらかし、血を吸い肉を食らう。その中にはアルケニーが美しい女に化けて、国王の側室となり人心を操って国を滅ぼした、なんてものもある。この物語では当然というか、最後にはそのアルケニーは退治されるのだが。
 魔獣、セイレーンなどが“誘惑(テンプテーション)”を使い男を拐うというのは知れ渡っている。しかし、人の魔術で人の精神を支配するものは成功例が無い、とルブセィラ女史は言う。

「魔術では無い技術に催眠術というのもありますが、これも本人が心底嫌がることは強要できません。催眠術をかけて、例えば、自殺しろ、と命令しても実行不可能なのです」
「その点では“精神操作(マインドコントロール)”は催眠術とは違うということか」
「そうなりますね。死霊術でゴーストを操り人に憑依させて操作する、という実験もありましたが」

 ルブセィラ女史は眼鏡を外して汚れを拭き取りながら、

「知恵があり自我の強い上位アンデッドは、死霊術で使役できず、ゴーストの憑依が成功した人は言葉を話せず会話もできず、簡単な指示しか実行できなかったと。“精神操作(マインドコントロール)”にかかっていたフェディエアさんは流暢に話してましたし、アンデッド特有の呪詛も感じられませんでした」
「未知の邪術、ということか」
「私の部下、アルケニー調査班にはひとり、“精神快癒(マインドキュア)”が使える治癒術師がいますが、“精神操作(マインドコントロール)”に効果があるか解りません。……それにしても」

 ルブセィラ女史は眼鏡をかけ直して目前の光景を見つめる。

「楽しそうですね」

 ここはテントの外の野営地で、昼を少し過ぎたところ。空には白い雲があり晴れている。
 アルケニー監視部隊と父上の部隊が、魔獣深森への調査の準備としての合同訓練。

「とお」
「うわぁ、ははは」

 一階建ての建物なら屋根に上がりそうな高さにジャンプしてるのはゼラ。その蜘蛛の背に乗り驚き笑い声を上げているのはエクアドだ。
 父上の部隊の者がゼラのジャンプ力を目にして驚いている。アルケニー監視部隊の方は笑っているが。
 ゼラは人を背中に乗せることに抵抗は無い。と、いうか、村で子供を蜘蛛の背中に乗せるゼラを見て、俺が微笑ましいなと見ていたところ。それを見たゼラが、子供とか俺と仲の良い者でゼラを怖れない者を背に乗せると、俺が喜ぶと思ったらしい。アルケニー監視部隊の面子は一度はゼラの背中に乗せて貰ったことがある。チーズやお菓子を差し入れした者から順番に。
 今は鎧兜を身につけたエクアドがゼラの蜘蛛の背に乗って、赤いブレストプレートの背中の取っ手を掴んでいる。
 走ってジャンプして一通り動いたゼラが、エクアドを背中に乗せたままこちらに来る。俺と腕を組んだフェディエアを見て、ゼラはちょっと不機嫌だ。俺はフェディエアの手を離してもらい、ゼラに水筒を渡す。中の水はゼラ用に少しだけお茶の葉を入れてある。

「ゼラ、どんな感じだ?」
「ンー、もっと思いっきり動きたーい」
「それをするとエクアドが飛んでいくかもしれない。少し抑えめにしてくれ」

 ゼラは水筒の水をゴクゴクと飲む。その背中にいるエクアドを見ると、兜を外して楽しそうだ。

「馬とはまるで違うが、これはおもしろいな。しかし、しがみついてるので精一杯だ。カダールは平原でよくゼラの背から落ちなかったな」
「俺も必死で落ちないようにしてただけで、武器を手にする余裕も無かったぞ」
「ゼラ専用の鞍を作って乗り手の足を固定すれば、得物を持てるかもしれん。ゼラ、ありがとうな。それと俺ならもう少し激しくしても落ちないから大丈夫だ」

 エクアドがゼラの背中からゼラの頭を撫でる。ゼラの肩越しに顔を出して、エクアドの頬とゼラの頬がくっつきそうなぐらいに近寄って。仲良くなってきたのはいいが、ちょっとベタベタし過ぎじゃ無いか?
 二人を見上げている俺を見て、エクアドがニヤリと笑う。

「ゼラ、カダールの顔を見たか?」
「ウン」
「いつもよりムッツリしてないか?」
「ンー? さっきむすー、て、してた」
「カダールは、ゼラが他の男とベタベタするのが嫌なんだ」
「どうして?」

 エクアドはキョトンとするゼラの手から水筒を手に取る。ニヤニヤとしたまま。

「それはカダールが焼きもち妬いてるからだ」
「やきもち?」
「ゼラが、カダールとフェディエアがベタベタしてるのを見たときと同じだよ。カダールもゼラが他の男とベタベタするのが、嫌なんだ」
「カダールが、ゼラとおんなじ?」

 ゼラの顔がパァッと明るくなる。さっきまでの不機嫌顔が何処かに飛んで行ってしまった。

「カダールも、ゼラとおんなじ気持ち?」
「いや、その」

 ゼラのキラキラ輝く赤紫の瞳に見つめられて、上手く言葉が出てこない。やきもち? 嫉妬? 俺が、エクアドとゼラに? いや、ちょっとムッとしたが、待て待て、俺はそんなに独占欲が強い男だったのか? 応えに困っていると、エクアドがゼラと肩を組むようにして、ゼラに説明を始める。

「ゼラがカダールに他の女とイチャイチャして欲しくないのと同じくらい、カダールもゼラに他の男とイチャイチャして欲しくないんだ。ゼラだけ我慢させてる訳じゃ無くて、カダールも我慢してるんだ」
「そうなの? カダールも?」

 カダールもおんなじ、と、呟いて、にへっとするゼラ。いや、俺はゼラほどに激しくは、でも、そうなのか? エクアドはゼラの肩、赤いショルダーをポンと叩いて。

「そうだとも。だから、ゼラ、カダールの代わりで悪いが次の作戦には俺を乗っけてくれ。そして黒幕をどうにか片付けたら、心おきなくカダールと安心して一緒にいられるぞ」
「ウン! 解った!」
「カダールとちょっと離れてる間は俺が仕切るから、ゼラは俺の指示を聞いて動いて欲しい。これもカダールの為に」
「ウン! ゼラ、がんばる!」

 拳を握って、ふんす、と鼻息して気合いを入れるゼラ。なんかやる気が湧いてきたらしい。

「エクアド、ずいぶんとゼラのことが解ってきたようだな?」
「これまでアルケニー監視部隊の隊長として、ゼラを見てきたからな。それに、俺はゼラに命を救われた恩もある。ゼラの恋路を応援するのが俺の恩返しだ」

 ゼラの蜘蛛の背から降りて水筒の水を飲むエクアド。その水はゼラ用のお茶の香りつきの水なんだが。

「エクアド、いい人! カダールの気持ちのこと解る?」
「俺はカダールとは騎士の訓練時代からの付き合いだ。カダールのこと、ゼラに少しは教えてやれるぞ」
「エクアドたいちょー! ゼラ、指示を聞く!」

 左手と左前足を敬礼のように、しゅぴっ、とするゼラ。
 俺が無事に誘拐されたら、それを追跡するのがゼラとエクアドになる訳で、二人が息を合わせて上手くやれるのがいいんだが。なんだろう、この釈然としない気持ちは?
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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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