第二十一話

文字数 4,539文字


 隠し扉の奥の通路は明るく広い。ここにはまだ天井に魔光灯の仕掛けが残っている。ここから先はハンターがまだ探索していないのか? 探索して見つけられなかったのだろうか。
 石造りの通路は長くかなりの距離を歩く。ずっと地下の迷宮を歩かされる馬は機嫌が悪くなったようで、鼻を鳴らして首を振る。その首を撫でて落ち着かせながら、先に進む。
 身体を模倣人格(シャドウ)が動かしているので考えることしかできない。

 頭の中でハンターギルドの支部長に見せて貰った地図を思い出す。この遺跡迷宮があるところの黒いバツ印。
 方角が解らないが通路を移動した距離を考えてみると、他の遺跡迷宮と地下で繋がっているのかもしれん。そうなると出入り口が二つ。両方押さえないと逃げられてしまうのか?
 それともいざというときに逃走しやすいと、ここをアジトにしているのかもしれない。ただの趣味でここをアジトに選んだ訳では無いのか。いや、こういう雰囲気を好むのがいたか、町に住めない理由でもあるのか。

 通路の行き止まり、そこに黒ローブが二人いる。魔術師がローブを纏うのは魔術具、魔術の発動補助に使うロッドやワンド、ブレスレットを隠すのに都合がいい、ということだが。
 奴等のローブの色がこうも黒ばかりというのは珍しいので、黒を纏うのが奴等の流儀なのかもしれん。
 こちらの先頭の黒ローブがそいつらに話をする。

「アルケニーの主人を無事に捕獲した」
「こいつがそうか。すぐにダムフォス様に報告せねば」
「これで最強の魔獣が我らのものに」
「これでもう辛気臭いところから、おさらばだ」
「そうか? 私はここも気に入っているのだけど」
「これだから死霊術師は、死体の保存ができたら何処でもいいのか?」
「そういう術師差別はよくない。女神の身下はみんな平等」
「そうとも。ボサスランの世に身分の上下は無い」

 お喋りしながら壁の仕掛けを動かしている。こいつら仲が良いらしい。会話だけ聞くと、身分階級の無い世界を願う自由主義者か実力主義者か? 頭の良すぎる魔術師はたまにおかしなことを言い出すものではあるが。

 扉を抜けると広間に出る。足下は掃かれて綺麗になっていて、ここからが人が生活しているところと解る。
 白髪女が鍔広の帽子を外し、青いローブを脱ぐとその下からは青いドレスが。ローブの下に着ていたのか。ドレスの裾が形を思い出すようにフワリと膨らんでいく。一人だけ舞踏会のような青いドレスで浮いているのだが、本人は気にしていない様子。

「馬と荷を預けて、私について来て下さい」

 淡々と言う指示に従い俺の身体が動く。ここまで引いて来た馬の鼻面を一度撫でて、荷を乗せた馬の手綱を黒ローブに渡す。俺とフェディエア、アルケニー監視部隊の二人が白髪女についていく。
 石造りの地下迷宮、魔法の明かりで照らされたそこは黒ローブがチラホラといる。フードは被ったり被らずに顔を出していたりと。ジロジロと俺を見ている。
 俺達が案内されたところは迷宮の部屋の一室。扉は新しく取り付けられたのか、木の扉があり、その前に門番よろしく一人の黒ローブがいる。

「黒蜘蛛の騎士を連れて来ました」

 白髪女が言うと門番は頷いて扉を開ける。
 部屋に入るとここだけ下に絨毯が敷かれ、向こうには簡素な木の机、椅子に座るのは灰色の神官服のようなものを着た男。教会の神官服は白であり灰色というのは無い。ところどころの意匠も見た憶えの無いものだ。その男の周りには四人の黒ローブがいる。

「来たか」

 嬉しそうに言い男は椅子から立つ。背は高く目は細い。額には銀のサークレットが輝く。
 教会の神官が祭事でサークレットをつけることはあるが、この男のサークレットには教会の聖印は無い。代わりに赤い石がひとつあるが他に飾り気は無い。
 白髪女がサークレットの男に深く頭を下げる。

「ダムフォス様、黒蜘蛛の騎士カダール、以下三名、無事に連れて来ました」
「アシェ、“精神操作(マインドコントロール)”は?」
「かかっています」
「何の抵抗も無くか?」
「この四名には問題無くかかっています。例え魔術師であっても私の“精神操作(マインドコントロール)”に抵抗(レジスト)できる人はいません」

 白髪女が頭を上げる。一列に並んで立つ俺達に向き直り、

「このサークレットの人物が我らが主、ダムフォス様。以降、ダムフォス様の命に服従するように」
「「はい」」

 素直に返事をするのは俺の口。フェディエアと護衛二人の声も重なる。これまでこの白髪女の言うがままであったのだが、これでこのサークレットの男、ダムフォスとやらに従うことになるのか。そして白髪女の名前はアシェ、と言うらしい。
 灰色の神官服の男、ダムフォスが俺の前に立つ。俺よりも少し背が高い。

「お前があのアルケニーの主人か?」
「主人と言うのは少し違う。俺は……」

 改めて考えると、俺はゼラの何なのだろうか? 恋人、ではあると思う。ゼラにとって俺が命の恩人ということだが、それを言うと俺の方がゼラに助けられたことが数限りなくあるわけで。この十三年、ゼラが俺の保護者のようなものだったりするし。だが、人のことをよく知らないゼラに服を着せたり、寝る前に絵本を読んだり、身体を拭いたりしてると、俺はゼラのお父さんか? と思うときもある。まて、待て待て、俺がお父さんだと? そうなると俺は娘に手を出した父親? 真のロリコン? いや、違う、それは違う。俺はロリコンじゃ無い。好きになったゼラがアルケニーであったというだけのことだ。決して俺が変態というわけでは無いのだ。ゼラにエプロンとか赤いベビードールを着せて、それが俺の趣味だとか思われてる節もあるが、それはゼラが服を着るのを嫌がるからであり、断じて俺の趣味というわけでは。だいたい趣味で言うなら、ゼラは何も着てない裸のままが一番美しい。自由で素直で奔放なゼラに人の作った衣服など、もとからそれほど似合わない。アルケニー用に作った服など無いのだから。あぁ、でも、白いエプロンを盛り上げる褐色の双丘が、脇からはみ出ているポムンな曲線も、それはそれで悪くは無いのだが。

「……何故、いきなり言葉に詰まって苦しそうに悩み出す? お前が黒蜘蛛の騎士、カダールではないのか?」
「俺はカダール=ウィラーイン。黒蜘蛛の騎士だ」

 最初からそう聞けばいい。妙な聞き方をするから変な悩み方をしてしまったじゃないか。目前の銀のサークレットの男、ダムフォスは蔑むような目で俺を観察する。

「魔術も使えぬこんな凡庸な男が、我と同じ血の力を持つだと? ふざけた話だ」

 ダムフォスは、ふん、と鼻を鳴らしてフェディエアの方へと。
 ……今、なんて言った? 同じ血の力を持つだと? ルブセィラ女史が調べても未だに何も解らないという俺の血。ゼラが他の人の血には特になんとも思わず、俺の血にだけ過剰に反応する。ゼラは俺の血を舐めると酔ったようになり、身体を震わせて恍惚となる。とても色っぽくて危険な感じになる。
 もしかしたら、ゼラを進化する魔獣へと目覚めさせたのは、俺の血なのかもしれない。
 それを、この男、ダムフォスが知っているのか? 俺の血の秘密を? この男の血も俺と同じ不可思議な力があるというのか?
 問いただしたくとも、俺の身体と口は俺の意思に反して動きはしない。横目でダムフォスを見ると、フェディエアの前に立ち、フェディエアの顎を指でクイと上げている。

「フェディエアが無事に戻ってきたのは幸運か。よくやった。それとも我のもとに早く戻りたかったのか?」

 ダムフォスはフェディエアに顔を近づける。フェディエアは大人しくされるがままにダムフォスを見ている。ダムフォスはその様子を(いぶか)しみ眉を(ひそ)める。白髪女の方に顔を向けて、

「アシェ、フェディエアの様子がおかしいのだが?」
「それは“精神操作(マインドコントロール)”をかけ直しましたので、前回の命令がリセットされてしまったからでしょう」
「そういうことか。では、もとに戻せ」
「はい、フェディエア、目の前の人物、ダムフォス様に惚れなさい」

 フェディエアは、はい、と返事をする。そのままダムフォスを見つめて、頬を赤らめてそっと視線を外す。ダムフォスはそれを満足そうに見ている。

「フェディエア、無事に黒蜘蛛の騎士を連れて来てくれたか。褒美に後で可愛がってやろう」
「はい……、ダムフォス様」

 “精神操作(マインドコントロール)”で惚れさせることができるというのか? 惚れたふりを模倣人格(シャドウ)に演じさせているのか? フェディエアが恋する乙女の目でダムフォスを恥ずかしそうに見つめている。
 そんなはずがあるか。フェディエアとは深い仲でも無くどんな娘かも詳しくは知らないが、フェディエアは惚れた男にそんな仕草はしないだろう。フェディエアはもっと鋭く男を見るんだ。そんな弱々しい顔でねだるように見たりはしない。フェディエアならば自信を持って自分の魅力と能力をアピールしてくるはずだ。アルケニーのゼラを前にしても怯まず、どこかからかうように俺の腕を抱きしめたりする、気の強い女。それがフェディエアという娘だ。
 惚れた女のフリをするフェディエアに、フェディエア本人の魅力は無い。このやり取りだけで解る。こいつがフェディエアの言ってたクソ野郎か。

「しかし、かけ直しで状態がリセットされるか」

 白髪女に向き直ったクソ野郎、ダムフォスが不満そうに口にする。

「人を操る“精神操作(マインドコントロール)”があればと思っていたが、六人が限界で術者が遠くに離れれば効果が失せるなど、使い勝手の悪い術だ」
「力及ばず、申し訳ありません」

 白髪女、アシェは無表情のままダムフォスに深く頭を下げる。ふん、と鼻を鳴らしてダムフォスは指示を出す。

「ついでに連れて来たそこの男と女は牢に入れろ。アシェ、牢に入れたらこの二人は“精神操作(マインドコントロール)”を解いておけ。フェディエアは私の部屋に」

 ダムフォスは薄く笑いフェディエアに口づけする。フェディエアは顔を赤らめて目を閉じて受け入れている。フェディエア本人の意識はあの自由にならない身体の中で、どれだけ怒り狂っていることだろうか。
 精神に関与する魔術は人の魂への冒涜というのが、良く解った。フェディエアがダムフォスを処刑するというなら、俺も全力で協力しよう。尊大な態度といい、初対面でこれほど気にくわない男に出会ったのは初めてだ。

「カダールはこちらに来い」
「はい」
「これで最強の魔獣が我が物となる」

 己の自由にならない身体が忌まわしい。ゼラがこいつの言いなりになるなど許せるか。
 目の前で余裕綽々と笑うダムフォスと黒ローブ達。“精神操作(マインドコントロール)”が解けたら、先ずはフェディエアの前でこいつらを殴ることにしよう。
 ゼラのデコピンが待ち遠しい。
 
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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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