第十九話

文字数 4,526文字


 俺の身体は用意されていた服に着替えている。俺は一応は伯爵家の長子なのでそれなりの服を着ている。なので偽装なのだろう、用意されている丈夫そうな服に革の胸当てを着ければ、軽装のハンターのように見えるか。
 馬車で移動する、と、言っていたので護衛に雇われたハンターと見せるのだろう。革のヘルムで赤毛も隠す。
 長剣もひとつ用意され腰にベルトでつける。武器を持たせるあたり“精神操作(マインドコントロール)”は簡単には解けないと自信があるのだろうか。

 酒蔵は地下にあり、衣服を変えて階段を昇る。この酒場の地下がジツランの町での奴等の拠点。酒場の裏口から地上に出れば日は高い。
 薬でどれだけ眠らされたのか解らないが、腹も減ってはいないので一晩も過ぎてはいないか?

 フェディエアを見れば焦げ茶色のローブ、左手にブレスレットと魔術師に見えるような姿。護衛の二人もハンターらしい格好。革の鎧と女騎士は槍、男ハンターは斧を背中に。どうやら俺達四人は駆け出しハンターの四人組、ということのようだ。

「私についてきて下さい」

 白髪の女も流石に町でドレス姿で歩く気は無いらしい。青いローブ姿で手にはロッドを持っている。頭には鍔広帽子で髪は纏めて帽子の中。……何故、あんな舞踏会でも出るようなドレスを着ているのか? 趣味なのか、もと貴族とかで拘りがあるのか。
 白髪女について行った先は小さな商会。三台の馬車が並ぶ。この商会も奴等のものか、それとも商会長が“精神操作(マインドコントロール)”でもされているのか。後々調べる為に商会の場所を憶えておく。

 ここまで身体も口も勝手に動いて、俺自身は考えることしかできない。不愉快さには少し慣れたが、この精神の牢獄とでもいう状態では、気の弱い者には辛そうだ。
 馬車に乗り込む。二台目に俺と白髪女が乗り、三台目にフェディエアと護衛二人。先頭と三台目の方に黒いローブの男が乗る。

「移動中にこの男を調べます」

 白髪女が黒いローブの男に話をして、それで俺と白髪女が同じ馬車に。二台目の馬車は荷物ばかりが詰め込まれ、人が座るところは隅にしか無く座席も無い。俺の身体が荷物を動かしてかろうじて二人、向かい合って座れるくらいの場所を確保する。
 乗せられた荷は保存の利く食料品。それと魔獣素材の武器防具。ジツランの町から他所の町に出荷する商隊のカモフラージュか。
 馬車の隅にあぐらをかいて腰を落ち着ける。小麦の袋をクッション代わりに尻の下へ。正面には膝を抱えるように座る白髪の女。
 馬車が出発する。幌で隠されて外が見えないので、移動するルートも馬車の中からでは解らない。ガタゴトと揺れる荷物用の馬車の中は窓も無く薄暗い。
 この白髪女は俺の何を調べるというのか? 目の前の女が語りかける。

「カダール=ウィラーイン。魔獣アルケニーの主」
「はい」

 俺の口が女の言葉に勝手に返事をする。表情の無かった白髪女は、今は薄く笑っている? 人形のような女だと思っていたが、何故、急に微笑む? 笑顔を浮かべた顔は印象が変わり、何やら優しげに見える。

模倣人格(シャドウ)は少し黙っていなさい。本当はアルケニーの主人とは少し話をしてみたかったのだけど、“精神操作(マインドコントロール)”を解く訳にもいかないから、会話を楽しむことはできないわね」
「……、」

 黙っていなさい、と言われた俺の身体は口をつぐむ。模倣人格(シャドウ)? それが今の俺の身体を動かしているものか? 

「カダール=ウィラーイン。剣のカダール。噂には聞く名前。どのような窮地からも生還することから、槍のエクアドと共に不死身の騎士と呼ばれている。(スワンプ)ドラゴンの頭を串刺しにしたドラゴンスレイヤー。そして今は黒蜘蛛の騎士として、アルケニーを従えている」

 白髪女は帽子を外してクスリと笑う。

「派手な武名に子供は憧れて、一部の子女からは仲の良すぎる騎士、エクアドとカダール、どちらが攻めでどちらが受けかと盛り上がり、そちらが趣味の男性からも人気がある、と。話題に欠かない面白い方ね」

 手を馬車の床につき、這い寄るように近づいて俺の目を覗く赤い目。白髪女の暗い赤い目は葡萄酒のような色で、暗い馬車の中では妙にハッキリと見える。

「顔はそこそこいい男。真面目というかムスッとしたような顔はやや童顔かしら? 剣の腕は立つようだけど、強さでアルケニーを従えられるはずも無し。あのアルケニーは何故、あなたに従うのかしらね?」

 それはたまたま子供のときに出会ったのが切っ掛けだ。そう心に浮かんでも俺の口は閉じたまま。女に話しかけはしない。
 女はもとの位置に戻りバッグから何か取り出す。大きめの本か?

「この蜘蛛の姫の恩返しは、どこまで本当なのかしらね?」

 ……あの絵本だった。敵が持っていやがった。広まり過ぎではないですか? 母上ェ……。

「カラスは蜘蛛に怒鳴ります。そんなとこに巣を張るんじゃねえ、俺様が飛ぶのに邪魔だろうが。カラスは蜘蛛の巣を足の鉤爪でメチャクチャに壊します。蜘蛛は驚いて逃げようとしますが間に合わず、巣がボロボロにされて、落っこちて地面にペシャリと、あいたたた」

 落ちた蜘蛛がカラスに虐められるところを、赤毛の王子が通りかかって助ける。これが絵本のストーリー。白髪女は絵本の赤毛の王子と俺を見比べる。

「何か特種な魔術の素養があるわけでも無く、特別な力があるとも感じない。顔だけならこの国の王子の方が美形で、魔獣にとっては人の家柄も階級も財産も関係は無い」

 白髪女は手を伸ばして俺の前髪を、赤毛を指で摘まむ。

「私の“精神操作(マインドコントロール)”に気がついて解けるほどに鋭く力もある。そんなアルケニーがどうしてこんな男に惚れるのかしらね?」

 白髪女が俺に触れる手は、意外にも不愉快では無い。それはこの女の表情のせいか。口は優しげに笑みを浮かべ、目は穏やかに、まるで懐かしい風景でも見るような目で俺を見る。敵意も害意も感じない。俺に触れる手も乱暴では無く、そっと優しげに。
 この女、ゼラが“精神操作(マインドコントロール)”を解いたことに気がついていたのか? 
 何も応えずに見つめ返す俺に女は話し続ける。

「お伽噺を嘲笑う者は心が死に失せる、と聞くけれど、赤毛の王子様と蜘蛛のお姫様はどんなドラマを見せてくれるのかしらね?」

 俺の髪から手を離して、その女は座り直す。俺の太ももに手を置いて耳元に囁くように。

模倣人格(シャドウ)、記憶を探りアルケニーのことを話しなさい。いつ、何処で出会ったのかしら?」
「俺がゼラと会ったのは、俺が八歳の頃、ウィラーイン領でタラテクトの大発生があり……」

 俺の口が俺とゼラの出会いから今までを勝手に話す。話したくは無いことまで。
 母上が情報操作の為に絵本を描いてウィラーイン領に広めたことに、女は呆れたような顔をする。

「目撃されたからって、隠さずに逆に広めるなんて、大胆なことをするのね」

 ルブセィラ女史の身体検査の(くだり)では、両手で口を隠して笑い声を抑えようとする。

「くっく、ゆ、指を入れようなんて。アルケニー相手に、くふふ、命知らずのバカなの? ふふふ」

 そして俺が言いたく無いような恥ずかしいことまで模倣人格(シャドウ)はボソボソと話す。ぬおお、やめろ模倣人格(シャドウ)とやら。目を逸らして小声で言うってことは模倣人格(シャドウ)も恥ずかしいのだろうか? だったらやめろ。やめてくれ。何だか盛り上がって勢いづいてしてしまったテントの初夜のことを、そんなに克明に話すんじゃ無い! やめろ! こんちくしょう!

「……とても熱くて、溶けそうで、」

 やめろ! やめてくれぇ!

「ゼラが必死な感じでしがみついてくるのが、いじらしくて、愛しくて。魔力切れでだるそうなのに悪いと思いつつも、止まらなくなって」

 やめろぉ! 女もそんなことを顔を赤らめて笑いながら根掘り葉掘り聞くんじゃ無い! はしたない! 
 ゼラの胸に顔を埋めると幸せだったとか、敏感なゼラの反応が可愛かったとか、そういうのは二人の秘密で誰かに聞かせるようなもんじゃ無いだろうが! やめろぉ! ぬうううう! 

「テントの外ではエクアドにアルケニー監視部隊がいて、テントの布では外に聞こえてしまうのは解っていたが、どうせいつも監視されてて、二人っきりになるのは難しいし。ゼラには、灰龍以上の怪物になんて挑まなくてもいいと、解って欲しかったし」
「くふふ、そ、そんな建前よりも、本音は?」
「これも建前じゃ無いんだが。……その、ゼラを、俺のものに、と」
「くくく、そ、それで、野外でこ、公開羞恥プレイ? 次の日は? ふふ、皆に夜の情事は聞かれてたのでしょう?」
「……そのあとはエクアドのおかげでからかわれることは無かったが、皆の好奇の視線が痛くて、辛くて……。ゼラは聞かれたら素直に、凄く良かった、とか、とっても幸せ、とか言うから、その度に、恥ずかしくて頭を抱えて転げ回りたくなって」
「あはははは!」
「ゼラが、『カダールにオッパイの先をはむんとされると、ピクンってなる』とか言うと、アルケニー監視部隊の女性陣は、副隊長はやっぱりオッパイ大好きなのね、とか、言ってたり……。賭けに負けたのが悔しいのか、俺を真のロリコンと陰で言う奴がいたり。ゼラが、その、男性器の名称を知らなくて、アルケニー監視部隊に、『熱くて硬いの、なんて言うの?』とか、聞いてまわったり。『剣雷と槍風と』のファンと思われるアルケニー調査班の女研究員が、ゼラに男性器について説明するついでに俺の夜の得物の戦闘形態を、細かくゼラから聞き出そうとしたり……。ゼラはゼラで、『一度したら、ドウテイじゃ無いの? ドウテイじゃ無くなったら、なんて言うの?』とか、聞いて、俺がゼラと初体験でこれまで童貞だったことが部隊中に知れ渡ることになり……。気を利かせた男の隊員が娼館に誘ってはくれたのだが、その、興味はあるが他の女に手を出してゼラを怒らせたくは無いし。俺自身、娼館に行っても初対面の女性相手には緊張して上手くできないだろうし。あぁ、別に俺は女が苦手という訳じゃ無くて、色恋の経験が無いというだけで」

 うぐぐぐぐ。もう殺せ、もういっそ殺してくれ。いや、ゼラを置いて先に死ぬ訳には。だからもう喋るな俺の口。敵になんて情報漏洩を。と、いうかこの女、俺の恥ずかしい話を聞きたいだけなんじゃないか? もう許してくれ、かんべんしてくれ……。
 女を見ると身体を折って頭を俺の膝に擦りつけるように倒れている。ツボに刺さったのか笑いすぎて、笑い声も出なくなったのか腹を押さえて丸まって、ピクピクと痙攣して呼吸困難になっている。

「……ひっ、ま、待って。くっく、お、お腹痛い、はっ、はっ、い、息が、くるし……」

 よし、そのまま笑い死んでしまえ。

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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