第二十三話

文字数 5,407文字


「ゼラさんの羞恥心ですか?」

 眼鏡の位置を指で直し、キラリと光らせるルブセィラ女史。ちょっと魔獣研究者としての意見を聞いてみることにした。

「ゼラさんが言ったように、人間に限らず生物は交尾して子孫を残します。ですが生物にとって交尾の最中とは無防備なもの、捕食者に見つかり難いところで隠れて行うのもいます。また、小さく弱い生物ほど、直ぐに逃げられるようにと交尾の時間が短かったりします。魚などは卵にかけて終わりですからね。人の羞恥心のもとは、この交尾の無防備なときを誰にも襲われないように、隠れて見つからずに行うことからでは無いかと」
「確かにムニャムニャの最中に襲われたら、裸で武器も近くに無い、か」
「ゼラさんはカダール様とのムニャムニャを、これまでに感じたことの無い幸福感と快感を得られる、と言ってました。人間の場合、子作り以外の目的として交尾の快楽を得ようというのもあります」
「その為に事件も起こり、その解消の為に娼館がある。人が律するところの難しいところか」
「人のオスには明確な発情期がありません。季節などに左右されずまた個人差も大きく、教育や神の教えで性欲を抑え込む精神を作るなど。羞恥心とは恥ずべき行いを抑え、社会という人の群れを守るものでもあります」

 故に人の上に立つ身分の者ほど、己を律し民の見本とならねばならない。恥ずべき行いをしてはならない、となる。

「公の場では貴族はちゃんとしてないといけません。でもそれだけでは息がつまるので、公で無い場ではちょっと息抜きしたりします。非公式とは腹を割って本音で話す場なので、そこでゼラさんがちょっとエッチな話をしてもいいのではないですか?」
「おい、ルブセィラ、それでは困ると俺がゼラに言ったところなんだが」

 ルブセィラ女史はゼラに優しく教えるように言う。

「このようにカダール様はゼラさんとのムニャムニャを人に知られることが困ると。ゼラさん、これがカダール様の恥ずかしい、です」
「ウン、それって、外で裸になるのと同じくらい恥ずかしい?」
「外で裸になるよりも恥ずかしいことかも知れませんね。そしてカダール様はウィラーイン伯爵家の一人として、その恥ずかしいところを他人にはあまり知られたく無いのです。貴族として騎士としてそのように過ごしてきましたから」
「そっか、カダールは皆の憧れの騎士だもんね」
「なのでカダール様の恥ずかしいところはゼラさんが一人占めしておいて下さい。私としては開けっ広げなお二人がそれも魅力だと感じていますが」
「そうなの?」
「カダール様は恥ずかしいのかも知れませんが、本当に恥となるのは浮気とか醜聞とか、あとはセクハラとか痴漢とか、権力や暴力で意に沿わぬ相手を思いのままにしようとか、そういった人として恥ずべき行いのことです。想い合うお二人の仲の良さは、エロくても好感が持たれるのでは無いかと。私としては気心の知れる相手とエロい話をするのは、それほど恥ずかしいことでもありませんし」
「カダール、ルブセは仲のいい人とは恥ずかしい話をしてもいいって」
「いや、ゼラはその仲のいい人の範囲が広くないか? 国王と王妃とは会ったばかりだぞ?」
「ンー、でも騎士のカダールが仕えるのが、王家の人なんだよね? 隠し事してもいいの?」
「隠してダメなところと、隠してもいい分野があるんだ。忠誠を捧げることと、エッチな話もできる仲のいい友達とは違うんだ」
「その違いがワカンナイ」

 ルブセィラ女史がゼラの手をとる。んむー、と悩むゼラをあやすように、握ったゼラの手を揺らす。

「こういうことは理屈で伝えるのが難しいですね。何故、朝の挨拶はおはようなのか、何故、寝る前におやすみなさいと言うのか。習慣で身につくものは調べればその起源も解るかも知れませんが、なんとなくで身につく当たり前のことは、明確に説明するのは難しいです」
「皆、なんとなく恥ずかしいの?」
「その通りです。そこが人の心の難しいところかも知れません。なんとなく恥ずかしい、なんだかカッコいい、よく解らないけどいい、ステキだと思う、突き詰めれば人の善悪の判断もそんなものかもしれません。ふむ、人の心理の奥にある良いと思うもの、悪いと思うもの。育つ環境に影響を受けるものであっても、子供の方が正義感が強かったり潔癖だったりするのは、その感覚の根底にあるのは知識では無く、直感や感情だからでしょうか?」
「?ルブセ、言ってることがなんだか難しくてワカンナイ」
「脱線してしまいましたね。ゼラさん、私はゼラさんともカダール様とも何でも話し合える仲だと思っています。また、ゼラさんが何を話しても、私はカダール様が恥ずかしいことは、けっして外に漏らしません。だから私には何の隠し事も必要無いですよ」
「ウン、ルブセのこと信じてる」
「その信頼、けして裏切りません。それでカダール様とのムニャムニャは? 前に朝までしてたときは、ちょっと腫れてましたが」
「ンー、ちょっとヒリヒリしたけど、でも幸せ」
「ちなみにちょっと腫れるときの一晩の回数など、それとどんな体位でしてたかなどを」

 ダメだ、ルブセィラ女史ではこの分野は頼りにならない。興味溢れる眼差しのルブセィラ女史から逃げるように、ゼラの手を引いて離れる。

「ゼラちゃんに恥ずかしいを教える?」

 隊員シグルビーを捕まえて話を聞いてみる。このもとハンターの女性隊員が過去の経験から、ゼラの、その、ムニャムニャの講師のようになってしまっている。ゼラが隊員シグルビーから教えて貰った技術で、俺が喜んだ、ということでゼラも隊員シグルビーのことを一目置いている、というか、尊敬しているというか。
 アルケニー監視部隊にこの手の専門家がいたというのが驚きだが。
 こういう話には当てになるかもしれない。
 シグルビーが片手で頭をかき目を細める。

「あたしが思うに、ゼラちゃんが恥ずかしいと思わないのは、副隊長にも責任があるんじゃないか?」
「俺が? 何故だ?」
「フツーの男ってのは独占欲とかあって、自分の女をだな、人に触らせたりとかしないもんだろ」
「俺にも独占欲はあると思うのだが」
「だけど副隊長はさ、ゼラちゃんのことが好きで信頼できるって相手なら、ゼラちゃんの胸に触るのも、混浴するのも許してしまってるじゃないかよ」
「ゼラは皆に好かれているし、その、エロい事にならなければちょっとくらいはいいかな、と。ゼラだってゼラのことを好きな人と触れ合うのは好きだし」

 隣に立つゼラを見上げると、ゼラはコックリと頷く。

「ウン、ゼラのおっぱいに触って幸せそうな顔する人見ると、ゼラもなんだか嬉しくなるの」

 俺だってゼラに近づく男を見て嫉妬することもある。最近では、エルアーリュ王子に警戒してしまったりとか、相手が女でも鎧鍛冶師の妹が鼻血を出したりとか、隊員の女騎士が息を荒げてゼラのポムンを触るとこを見ると、ちょっとムッとしてしまう。だからと言ってゼラが楽しそうに人と交流するのは、ゼラにとって人を学ぶことにもなるし、何よりこういうことでうるさく言うのも、男として器が小さくないか?
 それにエクアドを含め、アルケニー監視部隊がゼラの為に頑張ってくれているのを見ると、ちょっと触ったり混浴したりは、少しくらい許してもいいかな、と思う。
 隊員シグルビーが怪訝な目で俺を見る。

「いや、副隊長がゼラちゃんを大事にしてるのは見てりゃ解るけどよ。懐が広いというのか、なんて言うのか、前にハラード様とルミリア様とゼラちゃんと風呂に入ったことがあったろ?」
「そのときシグルビーもいたか、それが?」
「ハラード様とルミリア様が、二人で並んでゼラちゃんのおっぱい触ってたじゃねえか」

 それは、俺が父上と試合して負けてしまったからだ。未だ俺では本気の父上に勝てない。まるで歯が立たない訳では無いが、俺では父上の技量に及ばない。
 そして父上と母上の念願の家族風呂になり、そこにはエクアドとフェディエアも一緒にいた。
 父上と母上は並んで、ゼラの褐色の果実に触れていた。

『これはスゴイの、ルミリア』
『そうでしょう、あなた』

 とか言いながら。

「あれを見て、なんだこの家族って思ったね。息子の嫁の胸をもにもにする父親と母親、それを許してしまう副隊長って。あたしには家族ってのはよくわかんねえけど、仲良しすぎねえか?」
「俺もちょっとおかしいかとは思ったが、ゼラも喜んでいたし」
「まぁ、嫉妬と独占欲で縛り付けるよりはいいのか? 部隊の男共もそれで張り切ってるところはあるし。すっかりゼラちゃん親衛隊だ」

 ゼラがちょっと寂しそうに言う。

「シグルビー、ゼラは、カダール以外に触らせたりお風呂にはいったりしたらダメ?」
「うーん、ゼラちゃんに人に合わせろっていうのもなんか違うし、反対するのもいねえし、教会から来て隊員になった神官も、ゼラちゃんの慈愛が溢れ過ぎてるとか言って感動してたし。だから、隊員とウィラーイン家以外に恥ずかしい話はしない、ってことでいいんじゃないか?」
「それが仲のいい人と他人の境目?」
「そういうのは、これからゼラちゃんが自分で判断してくとこじゃねえの? 周りに教えてくれるお節介が多いから、いろいろと聞いてみりゃいい」

 とりあえずは話をしてもいい範囲の線引きか。やはりいろいろと聞いてみると解ることがある。俺からシグルビーに礼を言う。

「シグルビー、参考になったありがとう」
「うーん、ウィラーイン家って受け入れる間口が大きいんだろな。ま、だからこそあたしみたいなのも気楽にやれてるし、ゼラちゃんも街の人気者になったし」
「ウィラーイン領だけで無くスピルードル王国の気風なのだろう。国王も王妃も、初めて見るゼラに目を子供のように輝かせていたし」
「副隊長、ゼラちゃんの為にって、あたしがいろいろ教えたのが不味かったか?」

 隊員シグルビーが色違いの目を細めて少し俯く。

「いや、シグルビーのおかげでゼラには勉強になってる。男の俺では女の身体のことはよく解らないし」
「知らなきゃ良かった、てこともあるんじゃねえかってね」
「知識も技術も知った上でどう使うか、じゃないのか?」

 剣術も身につければ、その技で身を守ることができる。反面、人を襲う技とも使え、強盗などに役立ちもする。知識も技術も、それだけでは善でも悪でも無い。使い手次第のもので、その中には古代魔術文明の遺産のように危険な物もある。
 使う者が間違わねば、役に立ち便利なものの筈。理解できないまま扱う方が危険だ。

「シグルビーがゼラにいろいろと教えてくれたおかげで、俺が怪我をして痛い目に会うことも無くなった」
「前に副隊長がムニャムニャで悲鳴を上げて悶絶したのも、ゼラちゃんが副隊長の種袋を握りしめたからって」

 思い出したゼラが肩をすくめる。

「あのときはゴメンナサイ。袋は敏感だから優しくそっとって、シグルビーに聞いてたのに」

 あのときは潰れるかと思った。一瞬、死を覚悟するほどの激痛だった。

「ゼラにそういうことを教えてくれるシグルビーが、近くにいるのはありがたい。それにゼラの治癒の魔法ならたいていのケガはすぐ治る」
「ウン、シグルビー、もっといろいろ教えて。人の男の身体のこととか」
「知識を知ってそれをどう使うか、ゼラはそういうものを学んでる最中だ。シグルビーはそこのところも含めて、ゼラにいろいろと教えてくれないか?」

 シグルビーは小首を傾げて悩んでいる。

「あたしにはそういう小難しいのは。つまり、ゼラちゃんが悪い子にならず、いい子になるように先生しろって?」
「ゼラはもとから優しいいい子だから、その心配はいらないだろう? シグルビーはその手の知識があるが、それを悪用することも無い。だからゼラもフェディエアもシグルビーを相談相手に選んだ。これはシグルビーの人徳だろう」
「なんかむず痒くなる言い方だ。まったく、ゼラちゃんとの混浴を餌に人を釣ったりとか、いきなり持ち上げたりとか、副隊長は人をその気にさせるのが上手いよな」

 隊員シグルビーは薄く笑う。

「ま、あたしでよけりゃゼラちゃんの先生やってやるよ。でもあたしも恥ずかしいんだからな。ゼラちゃん、フェディエア以外の隊員にはあたしが教えたってのはナイショな」
「ウン、ありがとうシグルビー。それでね、この前、カダールに口でしてもらったんだけど」
「ゼラちゃん、王都にいる間はムニャムニャ禁止だろうに。よっぽど副隊長とムニャムニャするの好きなんだね」
「ウン、ゼラがカダールを気持ちよくして、幸せにしたいの」

 笑顔で言うゼラを見ていると、胸の奥が暖かくなる。俺の方こそゼラを幸せにしなければ。
 隊員シグルビーは辺りをちょっと見回して、

「こういう話は、なるべく小声でコッソリとしようか」

 振り向けば眼鏡をキラリと光らせるルブセィラ女史が、メモを手に聞き耳を立てている。
 やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。だが、隠せば隠すほどに人はそれを知りたがるというのは、これは人の性なのだろうか。

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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