第四話

文字数 2,814文字

 スピルードル王軍の兵はいまだにゼラのことを恐れているのが多い。平原でのゼラの過激なところを目にすれば、それも当然か。

「過激というのも控えめか? メイモント軍から見れば悪夢か災厄にしか見えないんじゃないか?」
「エクアド、味方からどう見えるか、だ。恐れが過ぎるのはよくないだろう」

 それでもエルアーリュ王子がゼラと親しげに話をするところを見た者から、魔獣アルケニーの手綱は握られている、と、思われているようだ。
 しかし、その中で治療部隊とゼラの治癒の魔法で助かった者はゼラを見る目が違う。
 今はアルケニー監視部隊は治療部隊と合流しているのだが、ゼラを見るとその場で指で教会の聖印を切り、手を組みゼラを拝む者がいる。ゼラが祈られている。

「カダール、あの人、なにしてるの?」
「ゼラが治癒した人が感謝してるんだ」
「ふーん?」

 首を傾げるゼラにエクアドが、

「ゼラ、ちょっと手を振ってやったらどうだ?」
「ンー? した方がいい? カダール?」
「そうだな。味方には愛想良くした方がいいか。これも挨拶か。ゼラ、ニッコリして手をこう小さくパタパタと」
「ウン、ニッコリ、パタパタ」

 ゼラが微笑み手を振った男が、その場にひざまずいた。泣いてる? ゼラが崇められてる?
 俺とゼラは常にアルケニー監視部隊が周りにいるので、ゼラに近づこうとする者はいないが。後ろの方を見ればゼラの歩いた跡を地面に何か落ちて無いか、と探す兵がいる。……お前らな、女の子の毛を落ちてないかと探すのやめてくれないか。なんだか不愉快だ。

「それも仕方無いでしょう。死の淵より救われたとなればゼラ様を聖女のように崇める者も出ます」

 そう話すのは禿頭の治癒術師。治療部隊の隊長だ。ゼラを見上げる目はなんだかうっとりとしていて、エルアーリュ王子がゼラを見る目に少し似ている。

「私にもゼラ様の魔法は奇跡のようにしか見えません」
「教会の神官がゼラを様をつけて呼びますか?」
「はい、我々にはできぬことをなさいましたからな」
「教会は魔獣を敵視しているのでは?」
「人を襲い害を為す魔獣はそうです」

 怪我人を前にしていたときは険しい顔をしていた彼だが、今は人の良い笑みを浮かべている。話を聞いていたルブセィラ女史が眼鏡の位置を指で直して。

「教会は魔獣は闇の神が造りし光の神に仇なす尖兵、と、説いてませんでしたか?」
「そうです。ですが光の神が人を導き護るために遣わした聖獣もまた、この世におります」
「せいじゅー?」

 ゼラが聞いてくる。俺の後ろに立って俺の肩に手を置いて。ゼラが赤いブレストプレートをつけてなければ、俺の頭にポムンを乗せてる位置で。

「ゼラと読んだ絵本にも出て来たろう? 人を癒して導く一角獣、森に迷った旅人を救った|聖霊樹、人の娘に恋した白毛龍。これが聖獣って呼ばれてる」

 エクアドが後を続けて、

「どれもお伽噺みたいなものだけどな。聖獣一角獣だけは至蒼聖王国の王城にいるってことだが」

 ルブセィラ女史もゼラを見上げる。

「人に都合の良い魔獣を聖獣と呼んでいるだけのような気もしますが。それでもゼラさんを見てると白毛龍が人の娘を好きになって町を守るという話は、あったことかもしれないと思えますね」

 人を越える叡知に人を癒し導く聖獣。それはもしかしたら頭のいい魔獣の気まぐれかもしれない。人の怪我を魔法で治したゼラは、今は俺の赤毛を指で弄ぶ。くすぐったい。
 禿頭の治癒術師はそんなゼラを見て微笑んでいる。

「私は教会にゼラ様を聖獣と認定できないか、申請しますが、よろしいでしょうか?」
「ゼラを聖獣に?」
「ええ。人語を解し人を癒す。私にはゼラ様が魔獣とは思えないので」
「そんなことができますか?」

 ルブセィラ女史が眼鏡を外して汚れを拭きながら。

「難しいのでは? スピルードル王国にとっては良いですが、平原で戦闘となったメイモント王国にとっては災厄。片方にだけ都合の良いものを教会が聖獣と認めるとは考えられませんが」
「それは人の都合に巻き込まれたからでしょう。ゼラ様が人を敵とは見てないと解ります」
「ウン、ゼラ、カダールの言ったこと守る。人は襲わない」

 治癒術師はゼラの言葉に深く頷いている。

「ゼラ様が治癒の魔法で癒した者も多いので、彼らの話があればゼラ様を聖獣とすることもできるのでは無いかと」
「ゼラが教会が認定する聖獣に、とは」

 頭の上に手を伸ばせばゼラが握り返してくる。この手が白く光り何人もの怪我を癒した。そこだけ見れば聖獣だろうか?

「せいじゅー? 何か、変わる?」
「教会がゼラを聖獣と認めれば、ゼラを怖れる人も少なくなる、かな?」
「いや、ゼラにとっては重要なことがひとつある」

 エクアドが指を立ててニヤリとする。

「教会がゼラを魔獣では無いとすれば、教会の聖堂でゼラはカダールと結婚式ができる」
「!結婚式! ゼラ、せいじゅーになる!」
「エクアド、お前な」
「せいじゅーになる! そっか、人と魔獣、一緒にいられない。だけど、せいじゅーならいい。一緒にいられる」
「ゼラ、聖獣にはなろうとしてなれるというものでは」
「ンー、でも、人間に進化、難しい。灰龍より強いの、なかなかいない」
「俺はゼラがそのまま側にいてくれればいい」

 手を伸ばしてゼラの頬に触れる。

「ゼラ、オーバードドラゴンなんて怪物に挑むなんて無茶はしないでくれ」
「ンー、でも、カダール、いいの?」
「聖獣じゃ無くても、人の姿で無くとも、ゼラはゼラだろう」

 ゼラはただの魔獣じゃ無い。俺のアルケニーだ。頬に触れる俺の手の上にゼラは手を乗せる。そのまま頬に押し付けて目を細める。柔らかな肌は人と変わらない。とてつもない魔法が使えても、ゼラの身体は人のように傷がつく。生きた災害のような怪物とは、戦わせたくは無い。

「……あー、暇だからだれるのも解るが、そういうのはテントの中でしてくれないか?」

 エクアドの声で我に帰る。周りの皆がニマニマした顔で見てる。中には、胸焼けしそう、とか、やってらんねー、とか呟きも聞こえる。う、むぅ、人前で何をやっているんだ俺は? 皆が見てるところでイチャイチャしてしまった? 俺が? ぬぬ、なんということだ。そういうのは独り身には目の毒だからと、これまでは半目でそういったことを見ていた俺が、うっかりやってしまうとは。これは人に見せつけることでは無くて、そう、二人きりのときにコッソリとするものであって。人前ではマナーというものが。

「カダール? どしたの?」
「い、いや、何でも無い」

 こうして後衛でのんびりしてる間に砦攻めは終わった。砦の守りはスピルードル王軍に任せて明日は撤収して帰還という晩、父上がテントに来た。
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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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