第四十九話

文字数 5,917文字


 月日の経つのは早い。三人の子供の成長を見守る中でいろいろなことが起きる。
 エクアドとフェディエアの子、フォーティスは元気に育ち、産声を上げずに産まれた大人しい子かと思いきや、よく泣きよく笑う。
 カラァとジプソフィとはいとこになるが、

「同じ館で一緒にいるから、ひとつ歳上のお兄ちゃんみたいね」

 とフェディエアが言う。フェディエアはフォーティスの子育てを、母上と俺の乳母でもある医療メイドのアステに手伝ってもらい、いろいろと尋ねている。
 フェディエアはゼラともまるで実の姉妹のように話をし、近い時期に子を産み母となったことで何か通じ合うようだ。ゼラがフォーティスを抱っこし、フェディエアがカラァとジプソフィを抱っこしたり。

 カラァとジプソフィ。妊娠二ヶ月で産まれた二人がどのように成長するのか、と見ていたが、どうやらフォーティスと同じ。急激に成長することも無く、人の子と同じような成長の仕方だ。
 カラァとジプソフィを、産まれたときから見ているアシェンドネイルが言う。

「二人が取り込んだ赤毛の英雄の因子の影響かしら。上半身の人間体の成長速度は人と同じみたいね」
「ということは、人のように育てるのが良いのですね。と言っても他の方法が解りませんが。悩むのは食事ですか、今のところは母乳で良いのですが、離乳食はどうすればいいのか」

 ルブセィラ女史とアシェンドネイルと母上とゼラが、アルケニー調査班と共にカラァとジプソフィの育て方会議を繰り返す。
 服に慣れさせたいと言う母上と、裸でもいいじゃないと言うアシェンドネイルが意見を対立させたりする。アシェンドネイル以外は服の着用賛成派だ。しかし、

「寝るときは裸がいいの」

 と、ゼラが決定。外に出るときは服を、寝るときはおしめと靴下で、となっている。
 カラァとジプソフィの成長は上半身の人間体部分はフォーティスと同じく人のように。下半身の蜘蛛体はすくすくと育ち大きくなる。
 ゼラのように蜘蛛体が大きくなりそうだ。産まれたときは短かった脚も、ぐんぐん伸びている。

「蜘蛛体部分は脱皮するかと考えていましたが、脱皮は無さそうですね」
「その代わりに蜘蛛体は毛の生え代わりが速いようだ」
「それと、皮ですね。垢というか、日焼けした皮が剥けるような感じでポロポロ落ちてきます。蜘蛛体だけ成長が速いと。ふふふ、サンプルが増えていきます」

 ルブセィラ女史とアルケニー調査班が嬉々として、揺りかごの掃除の度にサンプル採取する。
 カラァとジプソフィの体毛は赤ちゃんだからか、ゼラの体毛のような特別な力は無い。成長するとゼラのようになるのだろうか?
 それでもアルケニー監視部隊がカラァとジプソフィの体毛を欲しがる。お守りにするという。お前らな、人の娘の毛を奪いあって試合とか酒飲み対決とか。

 カラァとジプソフィが産まれて、そろそろ一年になる。あと七日でカラァとジプソフィの誕生日。
 その日をゼラの誕生日としたので、ゼラの初めての誕生日祝いであり、十五の成人祝いでもある。
 誕生日祝いを前に盛り上がり始める館。そこに王都から久しぶりにエルアーリュ王子が来た。

「おぉ……、なんと愛らしいのか。きっとゼラに似た麗しい乙女となるのだろう。この腕に抱けたこと、私は一生忘れぬ」

 ジプソフィを胸に抱き、ジプソフィの金の髪に頬をピタリとくっつけて、顔を緩ませるエルアーリュ王子。
 久しぶりに顔を会わせて早々に、抱っこ権を賭けての試合を挑まれた。エルアーリュ王子は剣技も得手だが、俺に勝てるほどでは無い。
 何度も試合をし、エルアーリュ王子が立てなくなるまで挑戦を受けた。そこは相手が王子でも俺は手加減しない。
 立てなくなった王子の目に涙が潤み、何度も挑んだ心意気に免じて娘の抱っこを許した。
 カラァもジプソフィも人見知りしないようで、初めて会うエルアーリュ王子にも笑顔を見せる。

「この微笑みを見るだけで、この身に力が溢れてくるようだ。ジプソフィ、その未来に幸多からんことを。次はカラァを、おお、こちらは肌の色がゼラそっくりなのだな。ジプソフィがカダール似で、カラァがゼラ似なのか? カラァは髪の色はカダールと同じなのか。うむ、瞳は二人ともゼラと同じ赤紫の宝石のよう。その瞳の輝きでいったい幾人の者の心を捉えるのか。む? 私の髪が気に入ったか? しっかりと握って……、あぁ、それは食べてはいけない。口に入れては駄目だ。いや、美味しいのであればこの髪を一房切って捧げても、」
「カラァ、王子の髪は食べられないから」

 あぶ? と言うカラァの口からエルアーリュ王子の金の髪を出させる。涎まみれだ。
 はしゃぐエルアーリュ王子から王都のこと、中央のことを聞いた。

 去年のことになる。中央の総聖堂からはアルケニーのゼラを、総聖堂に来させるように何度も要請があった。その度にエルアーリュ王子は断っていた。

「スピルードル王国の教会。その大神官ノルデンが腹を決めたのでな。大神官ノルデンと共に話をつける為に、中央の総聖堂に出向いたのだ」

 隠密ハガクと隠密隊を連れて至蒼聖王国の総聖堂に行き、アルケニーのゼラは人が軽々しく手を出してはならない、このエルアーリュ王子だけがスピルードル王国で大人しくさせられる、というような話をしたという。
 そして大神官ノルデンは総聖堂が盾の国に余計なことをすれば、スピルードル王国の教会は分派独立する、ということを暗に匂わせた。これは脅迫ではないのか?

 総聖堂としては気にくわない話。中央ならではの、盾の国を蛮人と見下す風潮もあり、そこに総聖堂だからと敬わないエルアーリュ王子が乗り込んで来て、そのまま決裂も有り得そうな交渉になったという。

「少しは揉めることを覚悟していたが、そこで中央の魔獣災害、魔蟲新森の誕生だ。これで総聖堂は西方の辺境の盾の国どころでは無くなった」
「何故、エルアーリュ王子がわざわざ総聖堂へ? と、そのときは思いましたが」
「私が王都を一旦離れる必要があったのだ」

 人の悪い笑顔を浮かべるエルアーリュ王子。
 エルアーリュ王子が王都を離れている間、スピルードル王国議会でも動きがあった。
 エルアーリュ王子が居ない間に、アプラース王子を次期国王にと、アプラース王子の派閥の貴族が画策した。

「それが全て、我が弟アプラースの策に、我が父王と母王妃が手を貸したものとも知らずにな。これでレングロンド公爵の一派を釣り上げた」

 アプラース王子を担ごうとした者達。エルアーリュ王子と対立した者、エルアーリュ王子が無能とした者。これがレングロンド公爵を筆頭に、アプラース王子を王位につけ、傀儡にしようと企んだ者達。
 アプラース王子が、いよいよ本気で王位を目指す、と芝居を打ちそこに群がった貴族。国が割れてもそこで地位を得て、甘い汁を欲した者達。

「己の地位と権力を求め、その屋台骨たる王国を傾けてどうしようというのか。そのような先を考えぬ愚鈍は要らぬ。私の留守がそ奴等を炙り出す罠の一環であったわけだ」
 
 アプラース王子は表で次期国王と成らんと動いて見せ、その裏でアプラース王子を担ぐ者の後ろ暗いところを探り出した。
 エルアーリュ王子がスピルードル王国に戻ってからは、アプラース王子派の処分が始まり、二人の王子の派閥に割れていた議会は統一されることになった。

「しかし、レングロンド公爵が捕らえる前に感づいて、スピルードル王国から逃げ出すとはな」
「何処に逃げたか、解りますか?」
「おそらくは中央。もと守護四大国、西のシャルセイル国。もとから繋がりのありそうなシャルセイルの貴族を頼ったのではないか?」

 そして首謀者を演じたアプラース王子は、今は王城で軟禁されている。エルアーリュ王子の顔が曇る。

「アプラースが汚れ役を演じて、これでスピルードル王国の議会の膿は出た。その為にアプラースの罪を問わねばならんことになる」

 話を聞いていた父上が、ふむ、と考えて。

「ならばアプラース王子をウィラーイン家で預かりましょうか?」
「ハラード、何かいい案でもあるのか?」
「王族としての性根を鍛え直せ、西の僻地で魔獣より国を守り、王家の一員としての役目を果たせ、とかなんとか。ウィラーイン領の訓練場で鍛えて、魔獣狩りの手伝いでもしてもらいましょうか。王族としての役目を果たすまで、王都に戻ることを許さぬ。こうしておけば王都から離れて罰も受ける、ということになりませぬか?」
「うむ、それで押し通せるか? アプラースにとってそれが良いのだろうか?」
「そうですな。例えば身分を隠し、いちハンターとして実力を示すことができれば。後にその者がアプラース王子だったと判れば、人の見る目も変わるかと」
「それは、ハラードの若い頃の武勇伝ではないか? 身分を隠しハンターとして、魔獣相手に暴れていたという」
「そんなこともありましたの」

 エルアーリュ王子と俺が見る前で、昔を思い出した父上がニヤリと笑う。
 アプラース王子、陰謀渦巻くところで、己を持ち上げようとするのは敵ばかり。味方の少ない中で戦い、その戦いで得たものは、不相応に王位を狙ったという不名誉。国の未来の為に身を尽くしたという誇り。
 その行いは賞賛されず、事実を知るのは極わずか。
 俺にはできそうも無い交渉と陰謀の戦い。国の未来の為にそこに身を投じたアプラース王子こそ、真の英雄ではないのか。
 かつてはアプラース王子をへなちょこなどと言っていた、己の不明が恥ずかしい。
 エルアーリュ王子が腕を組む。

「魔獣深森の魔獣が強化されたこと、魔蟲新森との関連性、それを調べる調査を進めているがその調査隊にアプラースを入れる、というのも良いか」

 父上がエルアーリュ王子に訊ねる。

「魔蟲新森、と言えば、中央はどうなりましたか?」
「災い転じて、だ。中央に貸しを作れる」

 至蒼聖王家は中央から見て西方、門街キルロンへと遷都。スピルードル王国とジャスパル王国に近づくことになる。
 かつて至蒼聖王国を囲む東西南北の四つの国は守護四大国と呼ばれていた。至蒼聖王国が遷都した今は、もと守護四大国となった。
 このうち西方のシャルセイル国は、門街キルロン周辺の地を至蒼聖王家に献上。門街キルロンを中心に新な至蒼聖王国となる。
 北方ペイルロン国は国土の三分の一を魔蟲新森に飲まれ、半壊状態。
 聖王家が、かつての至蒼聖王国の地をペイルロン国の領土とし、今はそこにペイルロン国の避難者が集まる。

 これまで魔獣被害が少なく魔獣対策の弱い中央。
 救援すべく盾の国より熟練のハンターを送ることになった。
 スピルードル王国と、盾の国南方ジャスパル王国から、魔獣狩りに慣れたハンターがペイルロン国に派遣される。
 
「スピルードル王国からは、ハンターを育てる訓練場の作り方を教え、教官を送ることになった」

 中央でも魔獣と戦えるようになれば、魔獣被害は減らせる。森に踏み込まぬようにすれば、魔獣に襲われることも少ない。今のところは魔蟲新森に王種誕生は無く、魔獣の群れが森から溢れて来ることも無いらしい。

「ただ、この遷都で至蒼聖王家はスピルードル王国とジャスパル王国との繋がりを深くしたいらしい。聖王家の姫を私と結婚させようとしている」
「聖王家の姫がスピルードル王国に嫁ぐと?」
「そういうことだ。私が聖王家の姫を嫁に迎える話になるとはな。聖王家の狙いとしては、中央西方のもと守護四大国のひとつシャルセイル国、それとこのスピルードル王国、盾の国南方ジャスパル王国。新聖都を囲むこの三つで新な守護三大国、とでもしたいのかもしれん」
「遷都したばかりで、早く守りが欲しいところですか」
「中央もこれで聖王家が引っ越しし、これまでの国の関係が変わる。光の神々教会も遷都に反対していたものが失脚し、至蒼聖王家に続いて総聖堂も門街キルロンへと移る。中央はこれからは、以前よりも盾の国に気を遣わねばならなくなった」
「では、今後は総聖堂のゼラへの動きは?」
「口をつぐむしか無いだろう。おかしなことを言い出せば、中央のペイルロン国に派遣したスピルードル王国のハンターを、引き揚げさせるのだから」

 中央では魔獣に対する状勢が大きく変わったが、盾の国では変化は少ない。中央からの移住希望者が少し増えたぐらいだ。
 エルアーリュ王子はパンと手を叩く。

(まつりごと)の話は終わりだ。祭り事の話をしよう。私はローグシーに蜘蛛の姫とその娘の誕生日を祝いに来たのだ」

 エルアーリュ王子がにこやかに笑う。ちょっとした休暇をローグシーで過ごすつもりで来たようだ。
 俺もゼラと娘の誕生日を心置きなく祝いたい。ただ、そのためにすることがある。

 エクアドとアルケニー監視部隊の偵察班、フクロウの隊員で昼のローグシーの街に出る。全員が少し緊張している。
 フクロウのクチバが報告に来る。

「目標はこの道に入りこちらに来ます。後方はフクロウの隊員で抑えてあります」
「気づかれてはいないか?」
「今のところは。目標は少し足がふらついています」
「クチバの報告だと、寝不足ということらしいが」
「そのために注意力が低下しているようですね」
「目的が不明で今日まで泳がせていたが、ここで抑えて領主館に招待しよう」
「そーですね。街で騒動を起こされても困りますし」

 路地に出てエクアドと並び待ち構える。昼のローグシーの街、大通りから外れた静かな道。大通りの騒がしさが少し聞こえてくるが、そこから離れたこの路地は静かだ。
 昼時で大通りの屋台では人が集まる頃。そのため寂しい裏通りには人がいない。

 こちらに歩いてくる長身の女。一見ハンターに見える格好で、ローグシーの街では珍しく無い装い。しかし、目立つ。何せ背が高い。
 俺も背が高い方ではあるが、女で俺より背が高いのはまずいない。顎の高さで肩にかからないようにと切り揃えた髪は、青い艶のある黒髪という不思議な色合い。
 目鼻立ちのハッキリとした美しい女。背の高さもあるが何処か中性的にも見える。
 その女は俺をチラリと見て、視線を外し通り過ぎようとする。
 俺は一歩横に踏み出し道を遮る。足を止める背の高い女を見上げ声をかける。

「深都の住人だな? 領主館まで来てもらおう」

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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