第二十話

文字数 4,070文字


 王城の中、謁見の間。貴族と近衛に見守られる中で俺とゼラは国王から言葉をかけられる。
 メイモント戦における報酬、栄誉を賜るのは俺とゼラが最後となった。メイモント戦に参戦した者はその後王都に行き、戦勝パレードのあと既に終わらせている。それから時が経ち、俺とゼラの為だけに今回の儀式めいた謁見があるというのは緊張する。

 俺はウィラーイン伯爵である父上の代理としても、国王より言葉と報酬を賜った。
 公の場でありゼラは赤いドレス、俺は騎士の礼服で。プリンセスオゥガンジーの服はこの場では着てはいない。
 多くの人が見る中であれをお披露目すれば、欲しがる者がどれだけ増えるか解らない。今でも母上の友人が順番待ちしている状態だ。
 謁見の間にはゼラを初めて見る者もいて、様々な思惑を乗せた視線に見つめられゼラは居心地が悪そうだ。
 格式ばった国王への拝謁を終え、これで義務は終わったかとホッとして、ゼラの手を引き謁見の間を後にする。あとは父上と縁のある貴族と挨拶をして、ゼラを狙う者や、未だに俺に見合いの話を持ってくる者をどうあしらうか。
 その心配をする前にエルアーリュ王子が俺達を待ち構えていた。

「父上と母上が内々にカダールとゼラに会いたいと言っている」

 笑みを浮かべるエルアーリュ王子に案内され、俺とゼラとエクアドは王城の奥へと。気楽に話ができるお茶会だとエルアーリュ王子は言うが、国王と王妃を前に気楽にというのは。

「私とアプラースを前にして、カダールもエクアドも肩の力を抜いているではないか」
「それはエルアーリュ王子ですから」
「それはどういう意味だろうか? 私としては人の目の無いところでは二人と気楽に話したいので、それでいいが。ゼラはこの国の国民という立場でも無いので、無理して丁寧な口調にならなくとも良いのだが」
「ンー、でもハハウエが、ちゃんとしたところで、ちゃんとできるのが良い妻だって」
「素晴らしい、私もゼラのような妻を迎えたいものだ」

 エルアーリュ王子に悪気は無いのだろうが、ゼラを口説くようなことを言うのはやめてくれないだろうか。むう、他の男がゼラを褒めたり、ゼラに触るのは特にどうとも思わないのだが、エルアーリュ王子だとムッとしてしまうのは何故だ?

 案内された王城の中庭、ゼラの身体の大きさを考えて室外でお茶会をしてくれるらしい。屋根のあるあずまやの中、白いテーブルと椅子がある。

「よく来てくれた、黒蜘蛛の騎士カダール、アルケニー監視部隊隊長エクアド」

 椅子に座り穏やかに微笑む国王、謁見の間では威厳のある王であったが、ここでは王冠を外し、親しみを感じる穏やかな笑みで俺達を迎えてくれる。
 白髪混じりの金の髪、金の口髭、痩せてはいるが、病弱と呼ばれるとは思えないくらいにしっかりとしている。謁見の間で厳しい顔で見下ろしていた時とは別人のようだ。
 俺とエクアドは左肩に右手を置く礼をし、ゼラは赤いドレスのスカートを指で摘まみ、頭を下げる。

「ここでは儀礼は忘れてくれて良い。頭を上げ気楽に話をして欲しい」

 許しを得て頭を上げる。国王はゼラを見上げて目を細める。

「ようこそアルケニーのゼラ。一度こうして近くで話してみたかった」
「えと、お招き、ありがとうございます」
「うむ、楽にしてくれたまえ。ゼラがチーズと甘い菓子が好きと聞いたので、用意させた。口に合うと良いが」

 スピルードルの王、ディプスロー国王。ゴブリン大侵攻撃退戦以来、体調を崩しやすくなり、季節の変わり目には熱を出して寝込むという。今日は体調が良いらしく、機嫌も良さそうだ。
 隣に立つ王妃がゼラへと進む。

「アルケニーのゼラ」
「ハイ」
「脚を見せてちょうだい、いいかしら?」

 謁見の間では静かに佇んでいた王妃が、我慢できないという喜色を顔に浮かべて、ゼラの赤いドレスのスカートを手で掴む。
 は? 一国の王妃がスカート捲り? いきなりなんだ? 国王が王妃にやれやれという感じで言う。

「リューニャ、いきなりそれでは皆、驚いてしまうだろう」
「あら、あなた。王族であるこちらから気安くしなければ、カダールもエクアドも緊張が解けないでしょう? それに赤いドレスが覆ってゼラの下半身が見えないもの。この中はどうなっているの?」
「私もゼラの下半身がどうなっているのか、見てみたくはあるが」
「ゼラ、見せてちょうだい、いいかしら?」
「おい、リューニャ」
「ここは身内だけのお茶会で公式の場では無いのだから、ゼラも楽にしてくれていいのよ。公の場ではちゃんとしてれば、それでいいの」

 いえ、一国の王妃がそれでいいんですか? 寝込みがちな国王を支える凛とした王妃だと思っていたのが、謁見の間で見たときと随分違う。金の髪を下ろした顔は二人の息子を持つとは思えない若々しさ。その髪は波うち流れている。エルアーリュ王子が直毛だが、二人は似ている。エルアーリュ王子が母親似で、アプラース王子が父親似のようだ。
 ディプスロー国王が王妃の代わりに、

「すまないカダール。私もリューニャも、エルアーリュから話を聞いていて、ゼラへの興味が抑えきれなくて」
「は、はぁ……」
「ゼラの脚を見せて貰っても良いだろうか?」

 あの、国王、俺が返事をする前に王妃がゼラのスカートを捲っているのですが。いいんですか王妃があれで。ゼラもちょっと戸惑っている。一国の王妃がまるで、ゼラに群がる孤児院の子供のようだ。
 エルアーリュ王子が笑みを浮かべ、お茶を淹れる。

「母上は対外的な場ではしっかりしているのだが、いくつになっても子供っぽくてな。ゼラ、母上は気にせず赤茶でも飲むといい。それと以前にゼラが美味しいといったヤギのチーズもあるし、ワインに浸けた一風変わったものも用意した」
「わぁ、チーズ!」

 テーブルに近寄り地面に蜘蛛の腹をペタリとつけて俺を見るゼラ。食べていい? と目で問うてくるので頷く。白いテーブルの上には幾つも皿があり、チーズ各種にお菓子が並べられていて、早速そのひとつに手を伸ばすゼラ。
 王妃はゼラの真後ろでしゃがみ、ゼラのスカートの中を覗いて、わー、とか声を上げている。なんだこの王妃。いや、俺とエクアドの緊張を解こうとわざと無邪気に振る舞っているのではないだろうか。
 俺とエクアドもゼラを挟むように椅子につき、エルアーリュ王子の淹れてくれた赤茶に口をつける。
 ゼラを見ていた国王が視線を移し俺を見る。

「さて、これまでアルケニーのゼラはウィラーイン伯爵ハラードに預けていた訳だが、王国議会でもまだ煩く言う者がいる。王国魔獣研究院が管理するべきだ、とか、王族の直下に置くべきだ、とか」
「ですが、ゼラは王国のものという訳ではありません」

 ゼラは誰の者でも無い、俺のものだ。

「あぁ、エルアーリュからも聞いているし、研究者ルブセィラの報告書も見せて貰った。ゼラを任せられるのはカダールだけだと。なので今の体制を変えるつもりは無い。ただ、ゼラのことはウィラーイン伯爵家では無く、今後は黒蜘蛛の騎士カダール個人に任せることにする」
「それはどういうことですか?」
「アルケニー監視部隊隊長エクアドがウィラーイン家に入ったのは、カダールにウィラーイン家を継ぐつもりが無いからではないか? もしくはそんな事態を想定して。と、なれば今後はウィラーイン家に任せるのでは無く、協力をお願いする、という形にする」

 国王が笑みを消し、目に真剣な光を灯す。

「南方ジャスパル王国もゼラを気にしている。直接戦うことになった北方メイモントはゼラを警戒している。更には現在、中央からも教会の聖剣士団が来た。ここでカダールとゼラに不意に消えられては、王国は困るのだよ」
「それは解りますが……」
「ゼラが身を隠せば、ゼラを預かるウィラーイン家の責任を煩く言う者が現れる。故に先にそこを対策したい」
「国王はウィラーイン家と王国を守る為に、ゼラを俺一人に任せると仰いますか?」
「ウィラーイン家とはこのスピルードル王国を守る盾でもある。ただし、騎士カダールよ。この先に何があろうとも、ゼラの所在をスピルードル王家に報告せよ。これだけは厳命する」
「しかし、国王。それはゼラを王国の為に利用するということでは? ゼラの力は人が好きにして良いものではありません」

 国王の命でもそれは了承できない。ゼラを軍の戦力になど、させるわけにはいかない。それはゼラの為だけでは無く、王国の為にもならない。
 エルアーリュ王子が手を開いて俺を遮る。

「落ち着けカダール。これはゼラの力を使わぬようにする為に、だ。それにスピルードル王国にアルケニーのゼラがいる、と各国が警戒する中、急にそのゼラが居なくなることも混乱のもとになる」
「それはそうかもしれませんが」
「カダールが不安になるのも解る。だから、ゼラの為に人が争うようなこととなれば、このエルアーリュに密かに教えて欲しい。場合によってはカダールとゼラが人目を忍び隠れ住むところを、私が用意する。ついでに偽装工作も考える」
「エルアーリュ王子」
「だが、それは最後の手段だ。そうとならぬように努めるのが先であろう」

 エルアーリュ王子はチーズをひとつ摘まみ口に入れる。エルアーリュ王子がそこまで考えてくれていたとは。ゼラに惚れていると口にしたりするが、王国の王子がゼラのことをこれほど気にしてくれることが有り難い。
 ゼラを見ると物欲しそうな顔で空になったカップを手で弄んでいる。もう飲んでしまったのか? 上目使いで俺を見て、エルアーリュ王子を見る。エルアーリュ王子は嬉しそうに次のお茶を用意する。

「では次は白茶を淹れよう。これは私の好みの銘柄だ」
「ゼラ、酔っぱらわないように三杯までで」
「ウン」
「心配するなカダール。こちらに果実水も用意してある」


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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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