第三十話
文字数 3,139文字
遺跡迷宮、その地上の遺跡部分で夜営した翌日。ジツランの町へと帰還する道程。
ロープで手を縛った黒ローブ達を連行するが、全員わりとおとなしい。気が抜けたのか憑き物が落ちたように呆とする者が多い。
森の中を進みつつ、エクアドが黒ローブを見ながら呟く。
「こいつらもまたラミアに操られていたのか」
「あのラミアは“
「俺達全員がかけられていたのなら、それは嘘だろう。制限があるとダムフォスに信じさせていたのか」
「進化する魔獣、あのラミアはゼラよりも格上のようだ」
「だが、そんな奴がいったい何をしたかったのか?」
「それは解らん。赤い世界で聞いた謎の声が言うには、俺とゼラがかなり前からあのラミアに目をつけられていたということだが」
すぐ後ろを歩くルブセィラ女史が口を挟む。
「そのカダール様が聞いたという女の声、ゼラさんもボサスランの瞳に意識を取り込まれていたのなら、聞こえていたのでは? ゼラさん」
「ンー、聞こえてたけど、頭がポンヤリしてて、カダールと何、話してたか、よく解んない」
フラフラと歩きながらゼラが応える。足に力が入らないようで少しふらついている。なのでゼラの蜘蛛の背中には誰も乗らず、荷物も乗せていない。
「でも、思い出したの。あの女の声が、ゼラに人間になる方法を、教えてくれた」
「ほう、ゼラさんに人間になる方法を。その女の声がゼラさんを進化する魔獣へと覚醒させた? と、なるとカダール様の推測、その女の声の主が闇の母神、というのも当たりかもしれませんね。くうぅ、私も急いで突入していればラミアの姿を見れたのに、話も聞けたのに」
エクアドが悔しがるルブセィラ女史を呆れて見ている。
「戦闘慣れしてないアルケニー調査班を真っ先に突っ込ませる訳にはいかんだろうに」
「アルケニー同様、目撃例も少ない魔獣ラミアですよ。その上、ゼラさんに続いて二体目の進化する魔獣。是非ともこの目で見たかったものです。人に化けて人をたぶらかすなどお伽噺の中の話と思っていましたが、それを実際にしてしまうとは」
「俺達も既に人に化けたラミアに会っていた、というのが信じられん。いや、信じたくない、か。知らぬ内に誘導されていたとは、恐ろしい」
あのラミアの恐ろしいところはそこだ。ゼラと同じように人の魔術では不可能な速さで、圧倒的な魔法を使う。それも幻覚、催眠、金縛りなど、精神に関与する魔法を得意としているようだ。しかも、かけられた本人が気がつかない。対策するにしても、これはどうすればいいのか。
ルブセィラ女史が手にする本を開いて、目を通しながら歩く。本を読みながら森を歩くとは器用なことを。
「ゼラさんを蜘蛛の子、ラミアのアシェンドネイルを蛇の子と呼ぶ、と。まるで母親のようですね。ふむ、闇の母神、と」
ルブセィラ女史が持つ灰色の本は、邪神官ダムフォスの私室から見つかった物。
「これは闇の母神教の経典のようですね。古代語なので発音は昔のものとは変わるかもしれませんが。ボサスランというのがこの闇の母神の名前ですね。ボサスラン、か、又はルボゥサスラーン。闇の母神、混沌の聖母、この世全ての魔獣の母、業を孕みし女神……、異名が多いですが、ほとんどが母とするものですね。魔獣を産む母神と」
「この世全ての魔獣の母とは大層な異名だ。俺はそんなものと話をしていたのか?」
ゼラがウンウンと頷いて、
「カダール、怒鳴りつけてた。女の声、ビックリしてた。何、言ってたか解んないけど、カダールの勝ち」
「カダール様、ボサスランの瞳の中で、闇の母神といったいどんな会話を?」
どんな会話って、人に聞かせられるか、あれを。俺の心の中をもう一度さらけ出せなんて、勘弁してくれ。
「ルブセィラ、それは落ち着いたところで。俺も今はいろいろと整理できてない。頭もボンヤリするし」
「それはそうでしょうね」
なんでだ、と、振り向くとニマニマとした目で見返される。エクアドが半目で俺を見る。
「それは数少ない機会というのは解るがな。寝不足になって足がふらつくまでするというのもどうなのか」
ぬ、ぐう。周りを見回すとアルケニー監視部隊が生暖かい視線で俺を見ている。小声で何やらポソポソ言っている。
「夜明け近くまで続けるって……」
「副隊長、精豪か」
「でも、どうやってるんだ? ゼラの嬢ちゃんの下半身ってどうなってるんだ?」
「覗き禁止だから、解らん」
「蜘蛛でも構わないって、やっぱ勇者だよな」
「愛があればいいのよ、愛なのよ」
「すげえな、愛」
「愛なのかオッパイ愛なのかロリコンなのか」
「でも俺もゼラ嬢ちゃん見慣れて来たし、もしもゼラ嬢ちゃんから誘われたらって考えると……」
「それ、あたしは躊躇わずにいっちゃうね」
「おい、お前、女だろ?」
「だってゼラちゃん可愛いし。もう胸を見せ会った仲だし」
「何やってんの? お前」
「だってゼラちゃんが、人間の女とどう違うか教えて見せてって言うから」
「なんで私を簀巻きにするんですか?」
「自分の行動を思い出せ」
「ゼラちゃんは、恥ずかしいって思わないからか、してるときの声がね」
「あぁ、素直に言っちゃうんだろうな」
「ところどころ、半端に実況中継みたいになってたわね」
「いや、夜中から明け方近くまでゼラ嬢を鳴かせ続ける副隊長が鬼畜」
「でも、仕方無いだろ、二人ともずっと我慢してたんだし」
「見張りでテントの外で、ずっとそれを聞かされる私達にも我慢しろと」
「あんた当番でも無いのに、ゼラちゃんの声が聞こえたら起き出してきて」
「あぅん、とか、むふん、とか、カダールすごいのぉ、とか、熱いよぉ、とか、せつなくやらしく聞こえてきて寝られるかい」
「ゼラちゃんが幸せならいいんだけどね」
「それは同感だが、たまに副隊長このやろうって思うのはなんでだ?」
「俺は副隊長すげえなって感心するけど」
どいつもこいつも夜中に聞き耳立ててあげくに好き放題言ってくれやがる。ぐぬぬ。
ゼラを見上げるとニコニコしてる。寝不足で目は眠そうだが。
ルブセィラ女史が不満そうに。
「私も覗くなと言われればエクアド隊長の命令には従いますとも。今回はテントに聴診器を当ててよく聞こうとしただけなのに」
「そういうのをやめろと言うんだ。お前らもあんまり二人をからかうな。二人とも
フェディエアも半目で俺を見て、
「私には事情はよく解らないのですが、カダール様は夜の方もお強いのですね。夜中じゅうあんな声を聞かされて、こっちまでムラムラモヤンとして寝不足です」
フェディエア、すまん、なんというか、ごめんなさい。
ゼラはフラフラと歩きながらニコニコと。アルケニー監視部隊の皆は、後ろから俺とゼラを交互に見ては、何か囁いたり頷いたり、なんでそんな目で俺を見るのか、うぬぅ。
女騎士がゼラに近づいて、
「ゼラちゃん、どうだった?」
「ンー? えっとね」
おい、やめてくれ、頼む。ゼラは片手で下腹を撫でながら。
「むふん、カダールの、いっぱい。幸せ」
小首を傾げて思い出すように溶けるように微笑むゼラ。アルケニー監視部隊の全員から、見えない拳と見えない蹴りが俺の背中に叩きつけられるような錯覚が。ぐぬぬ。顔を上げられなくなって鉄帽子を深く被り直す。
あぁ、こうなるのは解っていた。解ってはいたが、だからって我慢などできるものか。
昨夜のことを思い出す。