第三十一話
文字数 4,354文字
アルケニー監視部隊にウィラーイン諜報部隊フクロウ、隠密ハガクにクインの一行で魔獣深森へと。アバランの町を出てかなり離れたところで。
「ここまで来ればアバランの町からは見えないか」
「じゃあ変化を解くか」
クインがズボンのベルトに手をかけて腰のベルトに手をかける。カチャリと外して、止まって、首だけ振り向いたクインが俺を半目で睨む。
「おい、こっちを見るなスケベ人間」
「むぐ、せめて名前で呼んでくれ。男は全員背を向けろ」
今のクインは人化の魔法で人に見える。もとの姿に戻れば穿いているズボンが破れるのだろう。なので腰から下のズボンにパンツにブーツを脱いで人化を解く。クインは裸を見られるのが恥ずかしいらしい。
なので男達は背を向けることに。この男だけ整列しクインの脱衣が終わるまで、遠くにアバランの町壁を見ているというのは落ち着かないものだ。男隊員も無駄に足踏みしたり肩を回したり、何故か皆、無言になってしまう。無言になると背後の衣擦れの音が聞こえてしまい、更に落ち着かない。
「もういいぞ」
許可が出たので振り向く。クインの髪が茶色から綺麗な緑色になって髪の長さも長くなる。上半身は前と同じ、ハンターの厚手の布の服に革の胸当て。グローブは外して素手に。
下半身が首の無いグリフォンへと。緑の翼を伸ばして背伸びをするように。エメラルドのように煌めく尾羽根がふさふさと美しい。
獅子の胴体に鷹の足。緑の大きな翼に立派な尾羽根。上半身は目付きの鋭い野性味のある美女。力強さと美しさを感じる不思議な姿。地を駆ける獅子の力と大空飛ぶ鷹の翼に人の叡知と、まるで最強を目指して創り上げられたような神秘的な姿だ。
ゼラが使っている前掛けをクインも着けていて、お腹からその下を隠している。これなら大丈夫か?
「んじゃ、行くか」
「ちょっと待ってくれ」
羽ばたこうとするクインをエクアドが止める。
「クインの背に俺を乗せていくことはできないか?」
「あん? 嫌だよ」
クインの姿を見ればゼラのように人を乗せられそうだが、エクアドの提案は即、切り捨てられる。クインは人間嫌いのような言い方をするが、これでクインはアバランの町を守ろうとするし、人間を心底嫌ってるようでは無いらしいのだが。
嫌がるクインに無理をさせても良くない。クインに頼もうとするエクアドを止める。
「エクアドはここで予定通りに頼む。アルケニー監視部隊の隊長はエクアドだろう」
「それはそうだが」
「ラミアのアシェンドネイルが関わって無ければ、対アンデッド戦と同じだ。それにここの部隊の方が危険になるかもしれない」
「そのときはアバランの町にとって返す。心配は要らん」
「では任せた。行ってくる」
「気をつけろよ。ゼラ、カダールとルブセィラを頼む」
「ウン、任せて」
クインが翼をバサリと一振り、フワリと地上から空に浮く。空飛ぶクインを追いかけるようにゼラが蜘蛛の七本脚で走り出す。ルブセィラ女史はゼラの胴に手を回して後ろから抱きしめるように。俺はルブセィラを胸に抱えるように、ゼラのブレストプレートの背中の取っ手を握る。
森の中では空を飛ぶクインを見失いそうになるが、ゼラは森の中でも軽快に進む。コボルトの一団がゼラを見て驚くが、ゼラは相手にせず飛び越えていく。
ゼラはときには木から木へと飛び移り森の中を楽しげに跳ねて行く。途中に一度休憩を挟みさらに森の奥へと。緑の匂いが濃くなり太い木々が増えていく。
魔獣深森は深部に行く程に巨大な木に草花が増えていく。深部の木の中には盾ほどもある木の葉を生やす巨木がある。硬化させた葉は重く縁は鋭く、その落ち葉で地面を歩く獣を仕留め木の養分にしたりする。季節によっては人も落ち葉で死ぬことがある。
ゼラは大きな木の枝に器用にちょこんと立つ。木の枝と言っても大人が手を回しても届かない太いもの。俺とルブセィラ女史を蜘蛛の背に乗せたゼラが乗っても少したわむだけ。これはゼラが自重を制御できるから可能なのだと。
町の中でもヒョイヒョイと屋根の上を飛び、それで屋根が抜けたことも無い。
ゼラが跳び跳ねる動きにルブセィラ女史が少し目眩を起こしたが、今は眼下の光景に息を飲む。
「ウジャウジャいますね……」
「ち、少し離れてただけでこんなに増えるか」
隣の木の枝に立つクインが忌々しそうに呟く。
「で? どうだルブセィラ、王種がどこにいるか解るか?」
「上から眺めただけではなんとも。それに向こうにも群れがいますね」
森の中、奥まで来ると鳥も獣も少なくなった。地上を這い回るグレイリザードが食い荒らしたのか、怯えて逃げたのか。
うろうろと蠢く灰色の表皮の大トカゲ。中には更に大きなものや逆立てた鱗が生えたものなど変異種もいる。ここから飛び下りたならグレイリザードの背中に落ちるだろう。灰色の表皮がいくつも蠢き、地面の草も見えないところがある。
異常な繁殖に成長速度。森を埋める肉食の大トカゲの群れは、一匹二匹では感じない数の恐怖を醸し出す。木を登ってくるのをゼラが蜘蛛の巣投網を飛ばして動きを止める。
「なら、地上に下りるか」
クインが呟き木の枝からフワリと飛び立つ。足場も無いのに宙に立つように浮かぶ。眼下を蠢くグレイリザードを見下ろして両手を高く上げ、緑の翼を大きく開く。
「センジン!」
クインが両手を振り下ろす。ルブセィラ女史が名付けた風刃乱舞。人の魔術の風刃に似た風の刃が無数に生まれ地上へと振り落ちる。その大きさも数もこれまでのものより大きく多い。
地上は大トカゲの処刑場へと変わる。肉を切り裂き骨を断つ音。ギュイー、ギュウー、と唸るような声を漏らし切られた表皮から赤い血を撒き散らす。頭を足を尻尾を落とし、辺りに血霧が漂うほどに。地面に突き立つ風の刃に慌てふためくグレイリザードの群れ。地面を穿つ無数の風刃に森が揺れる。
そしてこれが正体を現したクインの力。グリフォンの姿のときと、アバランの町で人の姿で使ったときと、その風の魔法は威力も数も桁が違う。上から下にと木を切らないようにしたのだろうが、まるで無数の風の斬首刀を振り下ろした後の様は、寒気を覚える。緑の草が撒き散らす赤い血に染まる。
地面を蠢く生き残ったグレイリザードは慌てて四方八方へと逃げていく。何故だ? 王種を守ろうとはしないのか? これでグレイリザードの集まるところに王種がいる、ということになるはずがこれでは解らない。
グレイリザードの走る方向を見てルブセィラ女史が、
「グレイリザードが逃げる方向がデタラメですね。ですが、これで次に集まるところに王種がいるのでは?」
「そんなんで解るんなら簡単に見つけてるっての」
「それもそうですね、ゼラさん、地面に下りて下さい」
「ウン」
ゼラは木に糸を張り付けもう片方の端を地面に飛ばす。地上に向かいピンと張る糸の上に飛び乗ると、ツツツと糸の上を滑るようにして地上へと。
「ゼラ、クイン、周りを警戒してくれ」
ゼラの蜘蛛の背から下りる。ルブセィラ女史に手を貸して下りるのを手伝う。周囲にはグレイリザードの足に頭に切れた尻尾に死体とゴロゴロと転がっている。
森特有の緑の匂いにグレイリザードの血に腸 の匂いが混ざり、気持ちが悪い。グチャリとする足の下を見れば血溜まりに浮かぶグレイリザードの足。
ルブセィラ女史がグレイリザードの死体と周囲を調べる。ポーチから細い金属の棒を取り出し詠唱する。じっと手に持つ金属の棒を見ながら。
「王種は声、または匂いなどで群れを集めます。コウモリのように人の耳に聞こえない音域の声が無いかを調べています」
「その棒で音が解るのか?」
「人の耳では聞こえないので、音域が合えば振動して解ります」
ルブセィラ女史は微妙に太さの違う金属棒を何本か取り出して調べるが、
「音では無いようですね。そうなると匂いですか? ですが今はグレイリザードの血に死臭で調べられませんね」
次に白い棒を取り出し長く伸ばして地面に刺す。その棒を片手に握りまた詠唱する。ルブセィラ女史の魔術は戦闘よりも研究、調査に尖っている。大きな術を放つよりも細かく制御する方が得意だという。
「王種が地面に潜っているのでは、と、クインが言ってましたが。グレイリザードは穴堀りをして巣を作るトカゲではありません。変異種の中にモグラのように地中を進むのがいるかもしれないと、グレイリザードの死体を調べましたが」
ルブセィラ女史は片手で眼鏡を押し上げる。
「足の爪が穴堀り用に変化したものはいないですね。木登りに適した鍵爪はいますので、町壁を登ってくるかもしれません。ふむ、地下を掘り進めるような振動も感知できませんね」
ルブセィラ女史の説明に地面に下りたクインがぼやく。
「はん、結局何も解らねぇってことかい」
「いいえ、これでグレイリザードの王種は地下にいないと解りました。王種は地上にいます」
「地上の何処にいるってんだ?」
「ちょっと待って下さい」
ルブセィラ女史が両手で地面に刺す白い棒を握る。目をつぶり集中し、更に詠唱する。
「なるほど、足踏みですか」
眼鏡をキラリと光らせてルブセィラ女史が顔を上げる。
「何か解ったのか?」
「はい、このグレイリザードは足踏み、いえ、これは尻尾で地面を叩いてますか。ウサギのように地面を叩き、その振動で仲間に警告を報せている、又は仲間を呼び集めている。見張り以外で、このスタンピングで群れを統率しようとしているのが王種でしょう」
「辿れるか?」
「難しいですね。地面の振動を拾って方向を探るというのは。かなり大雑把になります」
地面の振動、と聞いて俺もクインも地面に手を当てる。グローブ越しではあるが地面の振動というのが感じられない。グレイリザードの尻尾が地面を打つ音、というのも手のひらには感じられないし音も聞こえない。
「地面に調査棒を立て絞り込むには、アルケニー調査班があと二人必要ですか。離れた三点で誤差を測れば精度を上げられますが」
「なんだよそれ。すぐに見つかると期待してたのによ」
ルブセィラ女史の説明にクインが文句を言う。ゼラがそんなクインを見て首を傾げる。
「そっか、クインは飛べるから、空から獲物を探すのに慣れてるから、こういうの苦手なんだ」
「あぁ? こういうのってなんだ? ゼラならこういうのってのができるのかよ」
「ふっふーん。ルブセの真似したらできそう」
「ここまで来ればアバランの町からは見えないか」
「じゃあ変化を解くか」
クインがズボンのベルトに手をかけて腰のベルトに手をかける。カチャリと外して、止まって、首だけ振り向いたクインが俺を半目で睨む。
「おい、こっちを見るなスケベ人間」
「むぐ、せめて名前で呼んでくれ。男は全員背を向けろ」
今のクインは人化の魔法で人に見える。もとの姿に戻れば穿いているズボンが破れるのだろう。なので腰から下のズボンにパンツにブーツを脱いで人化を解く。クインは裸を見られるのが恥ずかしいらしい。
なので男達は背を向けることに。この男だけ整列しクインの脱衣が終わるまで、遠くにアバランの町壁を見ているというのは落ち着かないものだ。男隊員も無駄に足踏みしたり肩を回したり、何故か皆、無言になってしまう。無言になると背後の衣擦れの音が聞こえてしまい、更に落ち着かない。
「もういいぞ」
許可が出たので振り向く。クインの髪が茶色から綺麗な緑色になって髪の長さも長くなる。上半身は前と同じ、ハンターの厚手の布の服に革の胸当て。グローブは外して素手に。
下半身が首の無いグリフォンへと。緑の翼を伸ばして背伸びをするように。エメラルドのように煌めく尾羽根がふさふさと美しい。
獅子の胴体に鷹の足。緑の大きな翼に立派な尾羽根。上半身は目付きの鋭い野性味のある美女。力強さと美しさを感じる不思議な姿。地を駆ける獅子の力と大空飛ぶ鷹の翼に人の叡知と、まるで最強を目指して創り上げられたような神秘的な姿だ。
ゼラが使っている前掛けをクインも着けていて、お腹からその下を隠している。これなら大丈夫か?
「んじゃ、行くか」
「ちょっと待ってくれ」
羽ばたこうとするクインをエクアドが止める。
「クインの背に俺を乗せていくことはできないか?」
「あん? 嫌だよ」
クインの姿を見ればゼラのように人を乗せられそうだが、エクアドの提案は即、切り捨てられる。クインは人間嫌いのような言い方をするが、これでクインはアバランの町を守ろうとするし、人間を心底嫌ってるようでは無いらしいのだが。
嫌がるクインに無理をさせても良くない。クインに頼もうとするエクアドを止める。
「エクアドはここで予定通りに頼む。アルケニー監視部隊の隊長はエクアドだろう」
「それはそうだが」
「ラミアのアシェンドネイルが関わって無ければ、対アンデッド戦と同じだ。それにここの部隊の方が危険になるかもしれない」
「そのときはアバランの町にとって返す。心配は要らん」
「では任せた。行ってくる」
「気をつけろよ。ゼラ、カダールとルブセィラを頼む」
「ウン、任せて」
クインが翼をバサリと一振り、フワリと地上から空に浮く。空飛ぶクインを追いかけるようにゼラが蜘蛛の七本脚で走り出す。ルブセィラ女史はゼラの胴に手を回して後ろから抱きしめるように。俺はルブセィラを胸に抱えるように、ゼラのブレストプレートの背中の取っ手を握る。
森の中では空を飛ぶクインを見失いそうになるが、ゼラは森の中でも軽快に進む。コボルトの一団がゼラを見て驚くが、ゼラは相手にせず飛び越えていく。
ゼラはときには木から木へと飛び移り森の中を楽しげに跳ねて行く。途中に一度休憩を挟みさらに森の奥へと。緑の匂いが濃くなり太い木々が増えていく。
魔獣深森は深部に行く程に巨大な木に草花が増えていく。深部の木の中には盾ほどもある木の葉を生やす巨木がある。硬化させた葉は重く縁は鋭く、その落ち葉で地面を歩く獣を仕留め木の養分にしたりする。季節によっては人も落ち葉で死ぬことがある。
ゼラは大きな木の枝に器用にちょこんと立つ。木の枝と言っても大人が手を回しても届かない太いもの。俺とルブセィラ女史を蜘蛛の背に乗せたゼラが乗っても少したわむだけ。これはゼラが自重を制御できるから可能なのだと。
町の中でもヒョイヒョイと屋根の上を飛び、それで屋根が抜けたことも無い。
ゼラが跳び跳ねる動きにルブセィラ女史が少し目眩を起こしたが、今は眼下の光景に息を飲む。
「ウジャウジャいますね……」
「ち、少し離れてただけでこんなに増えるか」
隣の木の枝に立つクインが忌々しそうに呟く。
「で? どうだルブセィラ、王種がどこにいるか解るか?」
「上から眺めただけではなんとも。それに向こうにも群れがいますね」
森の中、奥まで来ると鳥も獣も少なくなった。地上を這い回るグレイリザードが食い荒らしたのか、怯えて逃げたのか。
うろうろと蠢く灰色の表皮の大トカゲ。中には更に大きなものや逆立てた鱗が生えたものなど変異種もいる。ここから飛び下りたならグレイリザードの背中に落ちるだろう。灰色の表皮がいくつも蠢き、地面の草も見えないところがある。
異常な繁殖に成長速度。森を埋める肉食の大トカゲの群れは、一匹二匹では感じない数の恐怖を醸し出す。木を登ってくるのをゼラが蜘蛛の巣投網を飛ばして動きを止める。
「なら、地上に下りるか」
クインが呟き木の枝からフワリと飛び立つ。足場も無いのに宙に立つように浮かぶ。眼下を蠢くグレイリザードを見下ろして両手を高く上げ、緑の翼を大きく開く。
「センジン!」
クインが両手を振り下ろす。ルブセィラ女史が名付けた風刃乱舞。人の魔術の風刃に似た風の刃が無数に生まれ地上へと振り落ちる。その大きさも数もこれまでのものより大きく多い。
地上は大トカゲの処刑場へと変わる。肉を切り裂き骨を断つ音。ギュイー、ギュウー、と唸るような声を漏らし切られた表皮から赤い血を撒き散らす。頭を足を尻尾を落とし、辺りに血霧が漂うほどに。地面に突き立つ風の刃に慌てふためくグレイリザードの群れ。地面を穿つ無数の風刃に森が揺れる。
そしてこれが正体を現したクインの力。グリフォンの姿のときと、アバランの町で人の姿で使ったときと、その風の魔法は威力も数も桁が違う。上から下にと木を切らないようにしたのだろうが、まるで無数の風の斬首刀を振り下ろした後の様は、寒気を覚える。緑の草が撒き散らす赤い血に染まる。
地面を蠢く生き残ったグレイリザードは慌てて四方八方へと逃げていく。何故だ? 王種を守ろうとはしないのか? これでグレイリザードの集まるところに王種がいる、ということになるはずがこれでは解らない。
グレイリザードの走る方向を見てルブセィラ女史が、
「グレイリザードが逃げる方向がデタラメですね。ですが、これで次に集まるところに王種がいるのでは?」
「そんなんで解るんなら簡単に見つけてるっての」
「それもそうですね、ゼラさん、地面に下りて下さい」
「ウン」
ゼラは木に糸を張り付けもう片方の端を地面に飛ばす。地上に向かいピンと張る糸の上に飛び乗ると、ツツツと糸の上を滑るようにして地上へと。
「ゼラ、クイン、周りを警戒してくれ」
ゼラの蜘蛛の背から下りる。ルブセィラ女史に手を貸して下りるのを手伝う。周囲にはグレイリザードの足に頭に切れた尻尾に死体とゴロゴロと転がっている。
森特有の緑の匂いにグレイリザードの血に
ルブセィラ女史がグレイリザードの死体と周囲を調べる。ポーチから細い金属の棒を取り出し詠唱する。じっと手に持つ金属の棒を見ながら。
「王種は声、または匂いなどで群れを集めます。コウモリのように人の耳に聞こえない音域の声が無いかを調べています」
「その棒で音が解るのか?」
「人の耳では聞こえないので、音域が合えば振動して解ります」
ルブセィラ女史は微妙に太さの違う金属棒を何本か取り出して調べるが、
「音では無いようですね。そうなると匂いですか? ですが今はグレイリザードの血に死臭で調べられませんね」
次に白い棒を取り出し長く伸ばして地面に刺す。その棒を片手に握りまた詠唱する。ルブセィラ女史の魔術は戦闘よりも研究、調査に尖っている。大きな術を放つよりも細かく制御する方が得意だという。
「王種が地面に潜っているのでは、と、クインが言ってましたが。グレイリザードは穴堀りをして巣を作るトカゲではありません。変異種の中にモグラのように地中を進むのがいるかもしれないと、グレイリザードの死体を調べましたが」
ルブセィラ女史は片手で眼鏡を押し上げる。
「足の爪が穴堀り用に変化したものはいないですね。木登りに適した鍵爪はいますので、町壁を登ってくるかもしれません。ふむ、地下を掘り進めるような振動も感知できませんね」
ルブセィラ女史の説明に地面に下りたクインがぼやく。
「はん、結局何も解らねぇってことかい」
「いいえ、これでグレイリザードの王種は地下にいないと解りました。王種は地上にいます」
「地上の何処にいるってんだ?」
「ちょっと待って下さい」
ルブセィラ女史が両手で地面に刺す白い棒を握る。目をつぶり集中し、更に詠唱する。
「なるほど、足踏みですか」
眼鏡をキラリと光らせてルブセィラ女史が顔を上げる。
「何か解ったのか?」
「はい、このグレイリザードは足踏み、いえ、これは尻尾で地面を叩いてますか。ウサギのように地面を叩き、その振動で仲間に警告を報せている、又は仲間を呼び集めている。見張り以外で、このスタンピングで群れを統率しようとしているのが王種でしょう」
「辿れるか?」
「難しいですね。地面の振動を拾って方向を探るというのは。かなり大雑把になります」
地面の振動、と聞いて俺もクインも地面に手を当てる。グローブ越しではあるが地面の振動というのが感じられない。グレイリザードの尻尾が地面を打つ音、というのも手のひらには感じられないし音も聞こえない。
「地面に調査棒を立て絞り込むには、アルケニー調査班があと二人必要ですか。離れた三点で誤差を測れば精度を上げられますが」
「なんだよそれ。すぐに見つかると期待してたのによ」
ルブセィラ女史の説明にクインが文句を言う。ゼラがそんなクインを見て首を傾げる。
「そっか、クインは飛べるから、空から獲物を探すのに慣れてるから、こういうの苦手なんだ」
「あぁ? こういうのってなんだ? ゼラならこういうのってのができるのかよ」
「ふっふーん。ルブセの真似したらできそう」