第十九話

文字数 6,001文字


 エルアーリュ王子とアプラース王子の話は続く。これは俺達が耳に入れてもいい話なのだろうか。王家の裏側というか、政治の裏というか、それともエルアーリュ王子は俺達を巻き込むつもりで聞かせているのだろうか。

「中央礼賛の貴族を潰すつもりが、その中央から来た聖剣士団の騒ぎで警戒することになるとは」
「ロジマス男爵からレングロンド公爵まで釣り上げる予定が、上手くいかないものだ。だが、黒蜘蛛の騎士と蜘蛛の姫が無事だったのは僥倖か」
「それもアプラースが事前に掴んだ情報のおかげだ」
「私を担ごうという者は、私を無能と侮り探りやすい。兄上に無能の烙印を押されこちらに来た者は、己の無能さを認めたくないらしい。そのくせ誇りだけは高く人の話を聞かないが」
「アプラースには苦労させる」
「いや、かつては私もアレと似たようなものだ」

 俺の誘拐計画、それを知りエルアーリュ王子に伝えたのはアプラース王子だった。アプラース王子が取り巻きの貴族を調べ、怪しいものはエルアーリュ王子に密かに報告していた。
 エルアーリュ王子とアプラース王子、どちらが王になるかと水面下で争っているのが、今のスピルードル王国の事情、の筈なのだが。
 強引なところのあるエルアーリュ王子が、実力の無い貴族を役職から遠ざけるように働き、それを不満に思う貴族がアプラース王子を担いで王位につけようとしている。
 それが、いつの間にかそのアプラース王子が、内密にエルアーリュ王子と繋がっていたとは。

「私の取り巻きは顔を青くしている。密かに中央の国の貴族や教会の神官と繋がりを持っていたものは、証拠に成りそうなものを見つかる前に片付けようと大わらわだ」
「なるほど、それで聖剣士団に好きにさせているのか」
「父上も聖剣士団がただで働いてくれるならと、許可を出した。それに一応、私は中央の教会に楯突く立場では無い。兄上が中央に強気に出る分、こちらに回って私が緩衝役となれるだろう」
「それで得られたものは?」
「フッ、いろいろとやらかしてくれている者は、これでいくつか目星がついた」
「解った。さて、カダールとエクアドは何か聞きたいことは無いか?」

 いきなり来た。聞きたいことはいくつかあるが。エクアドがエルアーリュ王子に尋ねる。

「レングロンド公爵がロジマス男爵を使い、聖剣士団の動きに危機を感じたことで、ロジマス男爵に全て押しつけた、ということですか?」
「どうもそうらしい」
「先程、順序が違う、と言ったのは?」

 アプラース王子が応える。

「切り捨てられたロジマス男爵が再起の為にカダールを誘拐した、のでは無く、カダールを誘拐した後にロジマス男爵が切り捨てられた。誘拐計画は前からあったものだ。だが拐った黒蜘蛛の騎士の身柄を渡す相手が教会の神官で、ロジマス男爵は上手くカダールを誘拐できたものの、受け渡す相手が先に聖剣士団に捕まってしまった。ロジマス男爵は味方にも運にも見離されたというところか」

 それならばあの男がやつれていたのも、自棄なもの言いをしていたことも、少し解る。守りたいものが無い者など、いないだろう。それをロジマス男爵は、いつ無くしてしまったのか。周囲の思惑に流される中で見失ってしまったのか。本人は己を愚図だと言っていたが、俺には頭の良さそうな男に見えた。

「ロジマス男爵はこれからどうなります?」

 俺が訊ねるとアプラース王子が応える。

「捨てられて誰も拾う者がいなければ、私が拾おう。裏の事情をいくつか知るロジマス男爵はまだ使い道がある。それまで暗殺されぬようにしなければならない」

 あの男爵に再起の機会があればどうするのだろうか? 貴族への恨みを燃やすのか、それとも世に呆れて身を隠すのか。
 
「アプラース王子はいつからエルアーリュ王子と通じていたのですか? 王宮を二分する後継争いでは無かったのですか?」
「今のところ表ではそうなっている。裏の事情を知るのは極僅かだ。そして私が兄上に従うと決めたのは、メイモント戦のときだ」

 アプラース王子の目が俺を見て、ゼラへと移る。

「私は王族の一人として、その才覚はあると自負していた。いや、何をしても兄上と比べて劣ると見られていたことに、正直、拗ねていた。私が兄上に勝てるのは背の高さと腕相撲だけだ」
「アプラース、お前は少し不器用なだけだ」
「そう言ってくれる兄上の言葉も、上から見下されるようで腹が立ったものだった。そのくせ私は実力を見せ武名を上げようとしても、ひとつも上手くはいかない」

 フッ、と鼻で笑いアプラース王子はゼラを見上げる。

「ゼラとカダールが、光とともにアンデッドの軍勢を灰に変えたのを見て、ああ、これが英雄か、と思い知った。恐ろしい程に圧倒的な力で戦場を蹂躙する。なのにその二人は仲睦まじく見え、その姿を目で追いかけずにはいられない。人を愛した蜘蛛の姫、その愛を受け止め人の為にと導く騎士」

 アプラース王子は果実水を一口飲み、穏やかに語る。

「己の手柄を急く者を見て、先を考えぬ者を止めた時、私を王位につけようと企む者を見て呆れた。そしてそれは、私も奴等と同じだと気がついたとき、ようやく解った。何故、兄上のもとに優秀な者が集うのか、何故、私のもとにはこのような輩が集うのか。それは、私がそうだから、だった」
「メイモント戦での砦攻めのときか」
「あぁ、手柄欲しさに、兄上が来る前に砦を落とそうなどと言い出すなど、目の前しか見えていない。それを兄上が本隊を連れて来るまで抑えるのは難儀だった」
「よくやってくれたアプラース。あの場で急いて戦闘などしても、メイモントもスピルードルも損害が出る。誰も得をしない。後の余計な遺恨も増やしたくも無いし、何よりメイモントには北の魔獣深森を抑える戦力を残しておかねばならない」
「それも解らず本隊が来る前に、我々だけで落として手柄にしようと喚く愚か者がいたのだよ。あのとき私があの者を見た気分は、きっと(スワンプ)ドラゴン討伐を喚く私を見た、過去のカダールとエクアドと同じなのだろう」

 その若さと兄エルアーリュ王子との比較に、急いて武名を上げようとしたアプラース王子。民を守る強さがあってこそスピルードル王国の王族。それを見せようとした手段のひとつが、討伐する必要の無かった(スワンプ)ドラゴンの討伐。
 アプラース王子は思い出したのか苦い顔をする。

「知れば知る程に己が矮小に見える。若さ故に成した過ちと言えど、軍を率いる者がそれで被害を出すなど、許されることでは無い。その上、情けなく気絶して助け出されるなど、思い返すと恥ずかしくなって死にたくなる」
「アプラース王子……」
「真に王国の為を思えば、兄上が王位を継ぐべきだ。ならば、私は己の悪名を使い、王国の毒となる者を釣り上げてやろう。私は私ができることを為そう」

 アプラース王子とエルアーリュ王子が視線を合わせる。兄弟であっても王族として産まれ、利用しようとする者にまとわりつかれ、それでも王国の為に。

「兄上の王道の前に立ち塞がる者は、私が抱えて沈む。そのあとは兄上に託す」
「そうはいかんぞアプラース。このエルアーリュに何かあれば、スピルードル王国の舵を取るのはアプラースだ。それにまだまだ楽にはさせんよ」
「兄上が王となった後は、隠居してウィラーイン領に行ってみたいのだが」

 共に同じところを目指そうという二人は、兄弟というよりも戦友と呼ぶのが相応しいか。新たに絆を結び直した王子二人。
 あぁ、アプラース王子に礼を伝えるのを忘れていた。

「アプラース王子、誘拐の計画を伝えて下さり、ありがとうございます。おかげで対策することができました」
「いや、その情報が無くともなんとかなったのではないのか? 無敵の黒蜘蛛の騎士と蜘蛛の姫ならば」
「いえ、不意を突かれたならばどうなっていたか解りません」

 俺の肩に手を置くゼラを見上げる。

「ウン」

 頷いてゼラはアプラース王子に近づく。

「アプ王子、カダールを助けてくれてありがとう」
「私が助けた訳では無い。カダールが狙われるという話を掴み、伝えただけだ」
「ンー、でもアプ王子のおかげでそれが詳しく解ったんでしょ? だから、お礼」

 ゼラが身を屈めて、手にする白い守り袋をアプラース王子に渡す。

「ハハウエと一緒に作ったの。中にね、ゼラの毛とポプリが入ってるの」

 ゼラが両手でそっと差し出す守り袋。小さく七色の虹が周囲に踊る袋をアプラース王子が受け取る。

「アプ王子が教えてくれたから誘拐に備えることができた、って、カダールが教えてくれたよ? だからアプ王子はゼラの恩人なの」
「……私は、たいしたことはしていない」
「大切な人を助ける人が英雄なんでしょ? ゼラ、絵本で覚えたもの。ゼラの大切なカダールを助けてくれたアプ王子は、だからゼラの英雄なの」
「私が、ゼラの英雄だと?」
「ありがとう、アプ王子」

 微笑み身を屈めてアプラース王子を見るゼラ。そのゼラを呆然と見ていたアプラース王子は、その右手に持つ守り袋に目を落とし、左手で目を覆い俯いてしまう。肩が震え、小声で呟くように言う。

「……私が、英雄だと? 王族たらんと功を立てようとしたときは、何一つ上手くいかず、愚弟と呼ばれ……」
「ン? アプ王子?」
「己を諦め、己のできそうなことだけをしようとしたら、英雄だと? ……フッ、これは何の、皮肉なのか? 私が、蜘蛛の姫の、英雄とは……」

 泣いているのだろうか、俯いたまま左手で顔を隠してしまった。ゼラが手を伸ばしアプラース王子の頭をよしよし、と撫でる。流石に不敬か、と心配になったがアプラース王子は顔を上げないまま撫でられている。
 エルアーリュ王子が穏やかな目で見る。

「羨ましいぞアプラース。ゼラから英雄と呼ばれその守り袋を貰えるとは。ゼラしか作れないプリンセスオゥガンジーで作られたそれは、国宝に等しい品だ」
「……兄上は、その布で作られた服を、持っているではないか」
「だが、この国で蜘蛛の姫に讃えられる者が、カダール以外にどれだけいようか? その一員たる証の品だ」

 アプラース王子は顔を上げ顔を手で擦る。泣くところを見られたのが恥ずかしいのか、顔が少し赤い。まだゼラはいい子いい子という感じにアプラース王子の頭を撫でている。
 アプラース王子もまだ一七歳、王族の一人と背伸びをし、これまで耐えてきたものがあるのだろう。照れた顔で俺達から目を背けているが、ゼラの手を振り払うことも無く、されるがままに金の髪をクシャクシャと撫でられている。
 ほっこり雰囲気の中、恥ずかしそうなアプラース王子。助け舟かエルアーリュ王子が話題を変える。
 
「ところで、総聖堂の聖剣士団とは教会の虎の子ではないのか? それが至蒼聖王家の守りから離れスピルードル王国まで来るのが解せん」
「む、中央の国の情報は兄上には探り難いか? 中央礼賛の者はこちら側だから」
「いつまでも中央の属国気分の輩など要らん」
「中央では今までに無い騒動が起きている。至蒼聖王家の守護する聖獣、一角獣が御言葉を告げた。『至蒼聖王家は門街キルロンへと遷都せよ』とな」
「一角獣の御言葉だと?」

 一角獣、光の神が至蒼聖王家に遣わした聖獣。人を導き、また災厄を予言するという。これまで至蒼聖王家が一角獣の御言葉を伝え、中央は発展してきた。
 一角獣の御言葉は、場合によっては中央を揺るがす。故に政策などに活かされるが、公になるのは後になってからが多い。それが外に漏れるのもこれまでに無い。

「聖獣は何の意図で遷都を告げた? 偽報では無いのか?」
「それは解らない、その真偽も調べている最中だ。それに光の神々の御心は、人にははかり知れぬものだろう。だがこれで中央の光の神教会は今、割れている。遷都ともなれば、これまでその土地での利権を作り上げた者がその旨味を失う。遷都反対派は一角獣の御言葉を隠すか、ねじ曲げるかしようとしている。教会の教えに熱心な信徒と既存の権益に不満を持つ者が、強引に遷都をしようとして揉めている」
「中央でそんなことが起きるとは、予想外だ」
「聖剣士団団長クシュトフは信仰篤く、神前決闘では無敗の聖剣士。人望も厚く、故に煙たがられる。どうやら遷都反対派の策謀で聖剣士団はスピルードル王国に来たらしい」
「厄介払いだったのか。だが、あれほど人数を率いて来たのは、ゼラを捕らえに来たのではないか?」
「それも有り得る。故にカダール、聖剣士団の動向には気をつけて欲しい。アルケニー監視部隊隊長のエクアドも警戒を強めて欲しい。私も探ってみる」

 アプラース王子の言うことに俺は頷き、エクアドも解りました、と返事をする。至蒼聖王家が遷都するなど、これまでの歴史では無かったこと。それも魔獣深森に接するスピルードル王国とジャスパル王国に近づく門街キルロンに。
 魔獣深森より遠く離れた安全な地を捨て、盾の三国に近づくように遷都などすれば、中央の民は混乱するのではないか?
 エルアーリュ王子が顎に手をやり考え込む。

「至蒼聖王家が遷都……、一角獣の御言葉が本当のことなら、これはなにかの災厄の前触れか? これから中央で何が起きる?」
「兄上、今はスピルードル王国は後継争いなどで揉める時では無い。中央の動乱に巻き込まれぬよう、王国をひとつに束ねなければならない」
「なかなかに楽しい時代に私が王となって、か。父上が身体を弱らせてなければ、違っていたのだろうか」

 歌劇場の中、舞台の側、楽団が音楽を奏で始める。魔術師が光系の魔術を使い、舞台に明かりを灯す。準備が終わりいよいよ本番が始まる。
 アプラース王子は頭の上のゼラの手を取る。

「蜘蛛の姫の幸せに役立てたなら光栄だ」

 ゼラの手の甲に唇を落としゼラを見上げる。そのアプラース王子の横顔は、三年前に比べて随分と凛々しくなっている。

「あとはカダールと共にミュージカルを楽しむといい。難しい話は終わった」
「ウン、ゼラにはよく解んなかったけど、アプ王子、がんばって」

 貴賓席から舞台を見る二人の王子。これからスピルードル王国を支える二人の兄弟。
 だがミュージカルが始まるのをワクワクとして待つ様子は、年齢相応の十代の若者だ。

「アプラース、私達で新たなお伽噺を作り上げるぞ」
「あぁ、兄上。王国の民が喜び伝えるお伽噺を」

 貴賓席から見る舞台上、ローグシーの演芸場よりもスケールアップしたミュージカル『蜘蛛の姫の恩返し』が開幕する。

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登場人物紹介

ゼラ

もとは蜘蛛の魔獣タラテクト。助けてくれた騎士カダールへの想いが高まり、進化を重ねて半人半獣の魔獣アルケニーへと進化した。上半身は褐色の肌の人間の少女、下半身は漆黒の体毛の大蜘蛛。お茶で酔い、服が嫌い。妥協案として裸エプロンに。ポムンがプルン。しゅぴっ。

カダール=ウィラーイン

ウィラーイン伯爵家の一人息子。剣のカダール、ドラゴンスレイヤー、どんな窮地からでも生還する不死身の騎士、と渾名は多い。八歳のときに助けた蜘蛛の子と再会したことで運命が変わる。後に黒蜘蛛の騎士、赤毛の英雄と呼ばれる。ブランデーを好む、ムッツリ騎士。伝説のおっぱいいっぱい男。

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