第二十一話
文字数 4,848文字
夜も更けて報告の終わったハガクとクチバはテントを出る。町の広場の焼き肉パーティはまだ続いてるようなので、そちらを見てくると。
ゼラは羊の生肉を食べ終えて、
「けぷっ、くー」
満足したという感じで血の匂いのするゲップをする。綺麗にする魔法で手と口の周りの血を落とす。
「ゼラ、満足したか?」
「ウン、おなかいっぱい」
「明日から忙しくなるだろう。今日は早めに寝ようか」
「ウン」
ゼラが白いキャミソールをスポンと脱いで投げる。落ちてくるキャミソールをキャッチして手早く畳む。ゼラは寝るときはいつも素っ裸だ。ポムンとしてるものに目がいってしまう。いかんいかん、遠征中はムニャ禁止だ。
横になる俺の胸を枕にする位置でゼラが寝る。
「カダール、ちゅー」
寝る前の挨拶とゼラがキスをする。どうもゼラは好きな人にするキスは頬に唇をつける軽いもので、ツガイとするのは互いの唾液を舐めあうもの、と区別しているらしい。いや、そういう区別の仕方を教えたのは変態眼鏡か? ルブセィラ女史はズレてないか?
片手でゼラの黒髪を撫でながらゼラが薄く開けた唇に舌を入れる。
ゼラの舌は少し長く見えて、ゼラが俺の血を舐めるのは俺もゼラも好きなのだが。
「ゼラ、俺の血を飲みたくなったらいつでも言ってくれ」
「ンー、でも、カダールの血を舐めたらムニャムニャしたくなっちゃうから、ガマンする」
と、いうことで遠征中は俺の血は飲まないと言っている。その代わりというのか、キスのときに俺の唾液を舐めとるようにする。
ゼラの舌が俺の歯の裏や舌を舐める度になんとも言えぬ感じがして、お返しにとゼラの舌の裏を舐めると、
「ふうん」
ゼラは鼻から抜けるような呼気を出して身体をぎゅっと押しつけてくる。ゼラが気持ちいいと感じてるのが解ると何か楽しくなって、ゼラの舌の裏から側面をくすぐるように舐める。その度にモゾモゾと身体を動かすゼラを抱きしめて。ゼラが俺を抱く腕に力が入ってきたら、唇を離す。
ゼラが盛り上がり過ぎて加減を忘れると、また俺の肋骨が折れてしまうので。
目を潤ませたゼラが、はう、と息を吐く。ゼラの唇から俺の唇まで、蜘蛛の糸のようにヨダレの糸が引く。
「ン、幸せー」
「そうか、良かった」
俺はこれまでゼラ以外に女性経験は無く、その、ムニャムニャもどうすればゼラがちゃんと満足してくれるのか、解らなくて不安になるときがある。キスもこれでいいのだろうか?
俺よりは経験のありそうなエクアドにコッソリと聞いて、いくつか方法を教えてもらったりしている。
『アルケニーでは少し違うから、ゼラに聞いた方がいいだろう。ゼラは羞恥心が人とは違うから恥ずかしがらずに教えてくれるだろうし』
真剣に相談に乗ってくれるエクアドには感謝するばかりだ。ありがとう親友。
俺の胸に頬をつけて見上げるゼラの目が何時もより少し不安そうに曇る。
「どうした? ゼラ?」
「ンー、ちょっと、怖くなる」
「は? ゼラが? いったい何を?」
灰龍さえもやっつけて食べたというゼラが怖くなる? ラミアのことか? ゼラの薄く光る赤紫の瞳がすがるように俺を見る。
「幸せ過ぎて、怖いの」
「幸せ、ならいいんじゃないのか? なんで怖くなる?」
「前は、カダールのこと遠くから見てた。人になったら一緒になるって。魔獣から人になって、カダールの側にいたいって」
「今はこうして一緒にいるじゃないか」
「ウン、ゼラの願い叶った。今、カダールと一緒にいる」
「ゼラが頑張ってアルケニーになったから、こうして話もできる。ゼラの努力の結果だろう?」
「願いが叶って、ゼラは幸せ。でも、だから今が一番で、今より幸せにはなれない。この幸せが無くなったらって、考えると、怖いの」
「いまいちよく解らないが、幸せが無くなるって、例えば?」
「ンー、カダールがゼラに飽きた、って言うのが怖い。やっぱり人の女の方がいい、って言うのが怖い。幼馴染み? ティラスの方がツガイにしたい、とか言うのが怖い。カダールがいなくなるのが、怖い」
言いながら少し震えて俺にしがみつく手に力が入る。
「前は遠くから見てるだけで良かった。ゼラががんばってカダールを助けられたら嬉しかった。だけどゼラ、欲張りになって、カダールの一番近くにいたい」
「俺は浮気とかしないぞ。ゼラが一番だ」
「ほんとに?」
「ほんとだ。それにゼラが今よりも幸せになる方法を俺は知ってる」
キョトンと目を開いて俺を見るゼラ。
「カダール? ゼラはカダールと一緒で、でも、これより幸せがあるの?」
「それを俺に改めて教えてくれたのは、ゼラなんだが」
「えー?」
ゼラの頭に手をおいてぐしぐしと強めに撫でる。そうするとゼラは首を竦めて嬉しそうに目を細める。
「俺はゼラが喜んでいると嬉しい。ゼラの笑顔を見てると幸せになれる。こうして俺がゼラに何かすることで、ゼラが喜んでくれると幸せな気分になれる」
単純で、だからこそ根源とも言えること。単に俺が自分を幸せにすることが不器用というか、下手くそなだけかもしれない。伯爵家の長子として、騎士として育ち、守るべき民の幸福こそ己の幸福と、そう考えるようになったことも、あるのかもしれない。
「自分のすることでゼラが幸せになったら、俺は嬉しくなる」
「ゼラも。ゼラのすることでカダールが幸せだったら嬉しい」
至極簡単なことでありながら、ときに忘れがちになること。実は騎士の在り方というのも、これが根にあるのではないか。
好きな人を幸せにし、そのことに幸福を感じる。それを胸を張って誇る在り方、生き方。誰かを守る、誰かを助ける、そこに感じる胸を埋めていくもの、誇り、気高さ。これも繋がっている気がする。
俺にはゼラの幸せの為にできることがある。それが俺にしかできないとなれば、こんなに嬉しいことは無い。
ただ、それを改めて発見したのが、その、ゼラとのムニャムニャで、俺がすることにゼラが涙を流して喜んでいた、というのが、なんというか、恥ずかしくて人には言えないところだ。
「俺のすることでゼラが幸せになると、俺も幸せになれる。そしてゼラのすることで、父上に母上、エクアドにアルケニー監視部隊、ウィラーイン領の民が幸せになれば俺は嬉しい」
「そうなの?」
「そうだ。そしてそんなゼラが好きだ。愛しい」
ゼラの黒髪を撫でてその額に唇を落とす。
「ゼラこそ俺から離れて、何処かに行かないでくれ」
「ン、カダール、大好き」
再び唇を合わせる。ゼラは舌を伸ばして俺の上顎の裏をくすぐろうとする。その舌に俺の舌を絡めて、なんだか盛り上がってしまう。
「ぷは、ンー、カダール、ムニャムニャ、したくなっちゃう」
「……するか?」
「ダメ、遠征中は、ガマン」
「そうだった」
「ンー、だけど、人間、難しい。気になることが増えてく」
「人間はそうやって難しく考えるようなことを増やして、簡単なことを見失いがちになる。だからゼラを見るとそれを思い出せるのかもしれない」
「それって?」
「ゼラのように、素直に好きと感じる気持ちのことを。それが満たされることが幸せだと」
その幸せのために、同族の喜びと生き易さの為に社会を作り、だが、その社会の中で地位、名誉、権力、財産、プライドといろいろな物に目を眩まされる。
幸福とは単純なものだとゼラが思い出させてくれる。単純だからこそ叶えることが難しいと思いしらせてくれる。
「ゼラは俺が喜ぶと幸せ、と言ってくれたが、それはゼラが好きになった人が喜ぶと幸せ、ということなんだ」
「ンー? ウン」
「ゼラは母上も好きになったんだろう?」
「ウン、ハハウエ、いろいろ教えてくれる。優しい」
「母上はゼラの作る布でゼラのドレスを作るつもりだ。あの極上の布でできたドレスが完成して、そのドレスを着たゼラを見たら、母上は喜ぶ」
「ほんとに? じゃ、布を作る!」
「母上が喜ぶのは、ゼラは嬉しいか?」
「ウン!」
「ほら、ゼラはまだまだ幸せになれるじゃないか」
「そっか、カダール凄い、賢い」
ゼラは目をつぶり、ンー、と何か考えている。
「そっか、それで人は群れて暮らすのか。好きな人を幸せにすることが幸せだから」
俺が言っておいてなんだが、これは理想だ。現状はなかなか理想通りにはいかない。だが、何の為に群れるのかを見失わなければ、簡単なことではないのか。ただ集まって群れることが目的となれば、暑苦しいだけになるだろう。
「みんなゼラに優しくしてくれるのは、そういうこと?」
「ゼラのことを可愛いと思うから優しくする。だけどアルケニー監視部隊は、ゼラを利用しようという輩からゼラを守るのが任務だ。人の中にはそういうのもいる」
「ン、ダムフォスみたいな?」
「そう、だから変な人について行っちゃダメだ。人の中には悪いことを考えるのもいる。ゼラの力は凄いから、注目されているし」
「ウン、変な人が近づかないように皆が守ってくれてるんだよね」
「ゼラが手を出して助けるのは、ゼラが気に入った人だけでいい」
「ありがとうって言われると嬉しい。あ、そうだ、エクアドにありがとうってしようとしたら、エクアドが逃げるの。ゼラ、エクアドに嫌われた?」
「なんだって? ゼラ、何をしようとしたんだ?」
「エクアドは、カダールの為にゼラの為にいろいろしてくれるから、エクアドにお礼したいって思ってたの」
「それはいいことだが、そのお礼の内容が気になる」
「ほら、ゼラの検査のとき、カダールとエクアド、ゼラのおっぱい見るじゃない? だから、エクアドにゼラのおっぱい、触ってみる? て、聞いたの」
「そ、それは、」
「そしたらエクアドが逃げて、なんで逃げるの? って走って追いかけたら『カダールを裏切る真似はできん』って」
友よ、まさかそんな理由でゼラに追い回されることになっていたとは。
「エクアド、困らせちゃった?」
「あー、ゼラ、人はツガイ以外には、おっぱいを触らせないものなんだ」
「そうなの?」
「ゼラのおっぱいが俺のものだから、俺の許可無くエクアドがゼラのおっぱいに触るのは、えーと、人の物を盗む泥棒のようになってしまう訳だ。エクアドは騎士として恥ずべき行いはできない。だからゼラのおっぱいから逃げたんだ。けっしてエクアドがゼラのことを嫌いになった訳じゃないぞ」
「ンー、エクアドはガマンしてるの?」
「むう、ガマンというか、なんというか」
「エクアドもチチウエも王子も、ゼラのおっぱい、触ってみたいよね?」
「ゼラ、男とは胸の中でそんな思いを抱いても、それを口にせず面に出さずに生きるものなんだ」
「ンー、やせがまん?」
「ときにやせがまんが男の美学になるんだ」
「男の美学? ムー、なんかよく解んない」
「あまりエクアドを困らせないでくれ」
「ウン、男はツガイ以外におっぱいを触らせたらダメ。女はいい」
「いや、女でも気軽に触らせてもいいものでは無いんじゃないか?」
ゼラは眠そうな目を擦り小首を傾げる。
「ンー? 皆、ゼラのおっぱい触らせてって来るよ? ルブセがね、ゼラのおっぱい触ると幸せって言って」
あの変態眼鏡、何を言い触らしている?
「部隊の女の人は皆、ゼラのおっぱい触ったことあるよ。ゼラも人のおっぱいのこと知りたいから、代わりに触らせてもらって」
アルケニー監視部隊の風紀が乱れていく。いや、これは仲の良い女同士のスキンシップの範疇なのか?
「カダールはハハウエのおっぱいのミルクを飲んでたんだよね? どんな味?」
「すまん、昔過ぎて全然憶えて無い」
ゼラにはまだまだ教えることが多い。その為には俺もまた勉強しなおさないと。