第四十八話
文字数 6,014文字
俺とゼラの子、双子のアルケニーの名前は、父上、母上がいろいろと考えた候補を次々に出す。そこにクインとアシェンドネイル、アルケニー監視部隊が加わりいろんな名前が集まる。皆が名前をつけたがる。
「ゼラ、子供の名前はどうする?」
「ン、カダールがつけて。ゼラはカダールのくれた名前で呼ばれて、幸せだから。だからカダールが名前をつけて」
こうして俺に託された。ゼラの名前はもとにしたのが花の名前。母上の好きな花で庭の花壇にも咲く花、ゼラニウム。その赤紫の花弁の色がゼラの瞳の色に似ていたことから、ゼラと名付けた。
俺とゼラの子、双子のアルケニーはどちらも女の子。ゼラと同じように花の名前から考えてみた。親しく呼ばれやすく、可愛い感じの、ううむ。
二人の子供は、見た目の印象が白と黒。
褐色の肌に赤い髪の子は、黒い花からとって、カラァ。
白い肌に金の髪の子は、白い花からとって、ジプソフィ。
ゼラが何度か口にして、繰り返し呟いてみる。
「カラァ、と、ジプ、ウン」
「愛称はそれでいいか、どうだ? ゼラ?」
「ン、カラァとジプソフィ、ね、カダール、その花、花壇に植えてもらってもいい?」
「確かあるはずだ。母上に頼んで二つの花の花壇を増やしてもらおう」
名前も決まりアルケニー監視部隊がお祝いしよう、と盛り上がるが、聖剣士団のことが一段落するまで自粛する。
また、これまで不明だったゼラの誕生日も、カラァとジプソフィの産まれた日と同じ日にして、一緒にお祝いする、とゼラが言う。なのでゼラとカラァとジプソフィは同じ日が誕生日ということになった。
二人の子が一才の誕生日を迎える来年、ゼラは暫定十五才として成人祝いもしよう、となる。
……むう、俺は成人祝い前のゼラに、子供を産ませてしまったことになるのか? また何か言われてしまいそうだ。
深都の脱走者について、クインが言うには、
「一人は捕まえて連れ戻した。残る四人がまだ行方不明だ。今頃、どこをうろついているのか」
抜け出した残り四人全員の所在が掴めるまで、アシェンドネイルが領主館に滞在することになる。
「私は繋ぎで、ちゃんと決まった大使のお姉様が来たら交代の予定よ。クインは深都でも移動が速いから捜索にも回らなきゃいけないし」
「アシェンドネイルはこの館に住むのに、不都合は無いか?」
「気遣わなくていいわ、落ち着かなくなるし。ゼラを怒らせるようなことはしないわよ」
「一応、服は着てもらうぞ」
「そこだけはイヤなんだけど、我慢するわ」
そう言って胸を張るアシェンドネイルが着ているのは、青いエプロンだ。全裸生活に年季の入ったアシェンドネイルは服を嫌がる。また裸エプロンだ。いや、大事なとこが隠れているから、すっ裸よりもマシな筈だ。
念の為にアシェンドネイルが館の外に出るときは誰かが側につき、その時だけ幻影の衣服を纏うことを許可することにした。
「そのときはちゃんと人化の魔法で人に化けるわよ」
「騒動は起こさないでくれ。それと深都の住人探しが目的だから」
「人に化けてローグシーの街に潜入しても、私なら見破れるから」
「じゃあこれ、店や酒場に入ることもあるだろう」
「……お小遣いが貰えるとは、思わなかったわ。相変わらず予想ができない男ね」
クインとアシェンドネイルが手を貸して、ゼラの身体の中は五日でもと通りに。あとは身体の調子を取り戻すべく、外で運動などすることに。
こうなると同じ館の中の聖剣士達を軟禁状態のままにしておくのも良くない。
聖剣士団団長クシュトフの治療も兼ねて、ゼラと面会させてみる。俺とエクアド、アルケニー監視部隊が立ち会い、四人の聖剣士達は席を外してもらう。約束したこともあり、先にクシュトフだけでゼラと顔を会わせてもらう。
「なー、だ」
以前のように魔法を使えるようになったゼラが手を白く輝かせて、聖剣士クシュトフの胸の怪我を治療する。
「ン、治った」
「……信じられん。これが人に使えぬ魔法、蜘蛛の姫の癒しの技か……」
驚く聖剣士クシュトフ。ゼラのことを知って貰う為に、なるべく二人で話をしてもらうことにする。ゼラの姿を初めて見る聖剣士クシュトフは緊張していたが、少し話をすればゼラの素直さが伝わるのか、少しずつ険しい顔が柔らかくなっていく。
「蜘蛛の姫の守り袋で一命をとりとめたことに、深く感謝を捧げる。蜘蛛の姫に、光の神々の加護のあらんことを」
「ンー? 良かったの?」
「あ、あぁ、良かった。何も知らないまま、命を落とすところだった。ありがとう、蜘蛛の姫ゼラ」
「ウン、良かったね」
ニコリと笑むゼラに戸惑う聖剣士クシュトフ。いかにも堅物という聖剣士クシュトフが、ゼラを相手に困っている。堅苦しい言い方ではゼラに上手く伝わらず、分かりやすい言い回しに言い直すことに苦労している。何やら微笑ましく見えて、エクアドも俺も顔が緩んでしまう。
「このようにアルケニーと話をしたことは無く、会えばいろいろと聞きたいと思っていたが、こうして目の前にすると、言葉が出て来ない」
「ン、ゆっくりお話ししよ」
「なるほど、黒の聖女と呼ばれるのも、わかる気がする」
ゼラの淹れた赤茶を口にして、ふう、と息を吐き肩の力を抜く聖剣士クシュトフ。何か思い出したように俺を見る。
「黒蜘蛛の騎士カダールは、蜘蛛の姫を、妻にしたのか?」
「そうだ。結婚式はまだだが」
「では、子供と言うのは?」
「神前決闘の後に産まれたばかりだ。双子の可愛い女の子だ」
聖剣士クシュトフが驚きで硬直する。俺とゼラを交互に見て、口を開き、口を閉じ、また開いて、また閉じる。視線が赤茶のカップに落ちて沈黙する。
「そんなに驚くことか?」
「……黒蜘蛛の騎士は、その、器の大きい御仁なのだな……」
「俺などまだまだ父上と母上には及ばん」
「これは試練なのか? 私は光の神々に試されているのか? 神々は私に、この地で何を見よというのか……」
指を組み光の神に祈り始める聖剣士クシュトフ。何やら困惑しているらしい。
「そのうちクシュトフにも俺とゼラの子に会ってもらおう」
「良いのか?」
「聖邪を見極めると言っていただろう。その目で見てみなければ解るまい」
「感謝する、黒蜘蛛の騎士。これは、私の信仰を見つめ直す機会の為に、私は死から遠ざけられたのだろうか……」
ゼラがキョトンとして首を傾げる。
「ンー? 難しいお話? 助けられて優しくされたら、嬉しくない?」
聖剣士クシュトフはゼラを見上げる。眩しいものを仰ぎ見るかのように目を細める。物事は難しく見えても、その根底にあるものは単純なのかもしれない。
聖剣士クシュトフの後は、団長を慕ってこの館に残る四人の聖剣士達。一人は壮年の男、残る三人は若く、そのうち若手の一人は女性。この四人にもゼラと会ってもらう。
顔を青くしてガチガチに固まる四人とは、ゼラもあまり話が弾まなかったが、それでも四人がお茶を二杯飲み終わる頃には、少し打ち解けることができた。
問題はクインとアシェンドネイルだ。同じ館に暮らして、いつまでも会わずにいることは不可能だ。
なので団長クシュトフを含めた聖剣士達五人と、クインとアシェンドネイルを面会させてみる。
「……伝承の進化する魔獣が、この館に三体も……」
「……なんという、威圧感……」
「おお、神よ……」
「団長、あなたと共に在れたこと、私は忘れません」
何やら覚悟を決めてしまうくらい、怯えてしまった。彼らにして見れば初めて出会う半人半獣、ラミアとカーラヴィンカ。驚くのも警戒するのも当然だが。
俺はクインとアシェンドネイルの前に立ち、二人に注意する。
「クイン、アシェンドネイル、いきなり睨んで脅かしたりするな。威圧するのをやめろ」
「あーん? 先に睨んだのはそいつらだろ。なぁアシェ」
「ふん、この程度で怯む者が、どうやってゼラを連れ帰るつもりだったのかしら?」
「あ、でも少しホッとした。これが普通の人間だよな」
「それはこの館の人間が皆、神経が麻痺してる花園の住人だからよ」
聖剣士達には、この二人はゼラの姉だと紹介する。気軽に話をするのは無理そうなので、挨拶だけに留める。
別れ際にクインが聖剣士達を脅す。
「ゼラとゼラの子に何かあったら、あたいも何をするかわからねえからな」
「クインだけならマシな方でしょう。これでお姉様達が出てきたらどうなることか」
アシェンドネイルまでそんなことを言い、二人は聖剣士達の前から離れていく。それを見送った聖剣士達は、助かったのか、と安堵の息を大きく吐く。
聖剣士クシュトフが眉間の皺を深くする。
「蜘蛛の姫に迂闊に手を出せば、あの蜘蛛の姫の姉達が何をするか解らんとは。黒蜘蛛の騎士がそれを知り、決闘を挑み、私が神前決闘で勝っていたなら、もしかして人類領域の破滅が待っていたのか? 私が敗北したのは、光の神々の思し召しだったのか……」
指を組み光の神々に祈りを捧げる聖剣士達。そういう捉え方もあるのか。彼らには深都の住人のこと、闇の母神のことは伝えない方が良さそうだ。
聖剣士達は一度、スピルードル王国の大神官ノルデンと話をした方がいいかもしれない。あの大神官のように、もう少しだけ柔らかく考えてみればいいのではないか?
クインとアシェンドネイルも、もともとゼラのことは気にかけていたが、カラァとジプソフィを見る目は別格というか。出産から見ていた二人がカラァとジプソフィを見る目は、何か待ち焦がれていたものを慈しむような。わずかな時も離れていたくないらしく、子供の側にいようとする。
カラァとジプソフィはゼラと同じ下半身は蜘蛛体。力の加減が解らないらしく、蜘蛛の爪で引っ掻いたりしてしまう。なので八本の脚の先には小さな袋を靴下のように履かせることになった。
ルブセイラ女史と母上と相談しながら、専用のおしめを作ったりもする。
これまで誰も育てたことの無いアルケニーの子、泣いたり元気が無かったりする度に、回りは右往左往して騒いでしまう。
その中でゼラだけは泰然として、ゼラが大丈夫そう、と言えばさして問題無く終わる。
人間の子と同じように夜泣きに悩まされたり、泣き出した原因がなかなか解らなくて困ったり。
それでもカラァとジプソフィは愛想がいいというか、機嫌のいいときの笑顔は見る人の心を癒す。やはりゼラの娘、可愛い。
下半身の蜘蛛体をおしめと布で包んだカラァとジプソフィは、皆が抱っこしたがる。
「抱きグセがつくかも知れないですね」
医療メイドのアステが心配するが、クインとアシェンドネイルが、その手からなかなか離そうとしなかったりと。
アルケニー監視部隊が、またもや抱っこ権を賭けて試合を、とか言い出す。またか、と思いつつ俺も鍛えねばならないので都合がいい。
俺の娘を抱っこしたい奴からかかってこい、と連続試合をしたりする。
ハイラスマート伯爵家の娘、伝令に来た俺のいとこのティラステアは、自領に戻る前にクインと話をした。
「ハイラスマート領での魔獣に関することは、ウィラーイン家に伝えることにするわ」
「なんであたいにそんな話を?」
「アバランの町付近で何か異常があれば、すぐにウィラーイン家に伝える為に」
「それって、あたいに教えようってことか?」
「魔獣深森の魔獣が強化されるなら、またウィラーイン領兵団に頼るかもしれないから。それに、アバランの町を守ってくれたクインに何も礼ができてないもの。アバランの町のことをクインに伝達できるようにしたら、クインへの礼にならないかな、と」
「アバランの町に何かあれば、あたいを頼ろうってんじゃねえのか?」
「正直に言えばその思惑もあるわ。でも礼をしたい気持ちも本当。我が家でできそうなのは、あとは豆とお酒を贈るくらい? クインに欲しいものがあれば教えて欲しいのだけど」
「あたいは人と馴れ合ったりしねえんだよ」
「私はクインとは、仲良くできたらいいと思うのだけど。アバランの町のあるハイラスマート領の領主の一族としても、私個人としても」
「はん、お前がカダールの真似でもしようって?」
「私はカダール君にはなれないわね。でもグリフォン緑羽はハイラスマート領で無視できない存在だし。アバランの町には、グリフォン緑羽の彫像が町の真ん中にできたし」
「あれなー、なんなんだよ、あれは?」
「アバラン銘菓グリフォンの卵も人気あるから。詩人の歌う守護獣緑羽の歌も他の地に広まって。そうそう、聖堂に飾られたクインの羽のミニチュアレプリカが、幸運と長寿を呼ぶお守りって噂になってるわ」
「お前らなー、だいたいグリフォンは卵、産まないのは知ってるだろうに。卵生じゃねぇんだから」
「勘違いする子供が増えそうよね」
クインとティラスはこうして少し距離が縮んだような。
ウィラーイン諜報部隊フクロウが中央に探りを入れているが、ウィラーイン領から中央は遠く、その情報はなかなか入って来ない。
エクアドの兄ロンビアとオストール男爵家が、王都に入る噂話を仕入れウィラーイン家に伝えてくれる。
撤退した総聖堂聖剣士団は、急ぐように中央へと移動した。今度は真っ直ぐ中央方面に向かい、途中でスピルードル王都を通過するルートで。
スピルードル王家を無視してスピルードル王国西方を移動したことで、王家に何と言ったのかは不明。
中央の魔獣災害はその正確な情報を掴むのが難しい。今のところ解ったのは、新しくできた魔獣の森は中央の守護四大国、北方ペイルホン国の国土の三分の一まで広がったところで、拡大は止まっているらしい。
この異変が深都の住人と闇の母神の思惑ならば、災害となっても人は全滅とはならないだろう。闇の母神は人が滅日を迎えぬようにすることが目的。人の数を間引きし、人を弱体させる技術の蔓延を阻止し、人の文明を未来に繋げる。
その為に中央に何処までの被害を出すのかは、俺達には読めないが。
新しく誕生した魔獣の森は、これまでの
中央ではこれから、魔蟲新森の魔獣と戦いながら生きることを強要される。
至蒼聖王家は門街キルロンへの遷都を正式に発表。魔蟲新森の被害者、魔蟲新森付近の住人は、魔蟲新森から逃げるように移住を始める。
中央北東部のこの魔獣災害の被害からの混乱は、まだまだ続きそうだ。