第三十一話
文字数 4,865文字
ゼラを地上まで担いで運び、ゼラ専用の特大テントの中で寝かせる。廃墟の遺跡にテントが立ち並び、黒ローブも監視をつけて飯を食わせる。真夜中の遺跡は魔術の明かりと篝火に照らされて、一層神秘的に見える。
父上が俺に、
「こっちのことはワシらに任せておけ。カダールはゼラを頼む」
「ですが、父上」
「それとあの赤い宝石で何があったかよく解らんが、その影響が残ってないか、ルブセィラによく調べてもらえ」
ルブセィラ女史に俺の身体を見てもらうが、特に異常は見当たらないとのこと。
「精神面への影響については解りませんが」
ルブセィラ女史に見てもらう間、アルケニー監視部隊の女騎士が寝かせたゼラの世話をする。鎧下を脱がせて、うつ伏せに眠るゼラの背中を濡れ手拭いで拭く。
俺を見終わったルブセィラ女史がゼラの背中に右手を触れ、左手で魔術印を切る。
「人間の魔力と魔獣の魔力は質が違いますが、そこはこれまでの調査で解った分で調整するとして。ブラグラストメル、分けて流すは、エムスロークプフ、空の杯を満たせ、レシデ、“
ルブセィラ女史が己の魔力をゼラに流して、ゼラの魔力枯渇を癒そうとする。
「もとの保持魔力が底無しかと思う程に膨大なゼラさんなので、私が少し送った程度でどの程度回復するか」
ルブセィラ女史は眼鏡を押し上げて自信無さそうだったが、間も無くしてゼラが目を覚ました。
「んにゃ?」
「ゼラ、起きたか。どんな感じだ?」
「ンー、だるい」
「だるいだけか? 何処か痛いとか、気持ち悪いとかは?」
「ン、無いよ」
「そうか、ルブセィラが“
「ルブセ、ありがと」
「いえいえ、回復しすぎとか無くて良かったです。これなら」
これなら、なんだ? ゼラを見ると手を握ったり開いたりして何かを確認している。
「カダール」
「なんだ? ゼラ?」
ゼラが俺の腕を両手で握る。ンー、と言って力を入れているが、痛くも何とも無い。何をしてるんだ? ゼラ? ゼラはパッと顔を上げて、
「カダール、ゼラは今、力が出ない!」
「そうみたいだな。魔力枯渇って……」
ゼラが魔力枯渇で、力が出ない? ゼラを見ると何かを期待する満面の笑顔。えぇと。
「カダール! 今ならムニャムニャできる!」
「ゼラ? えっと、その」
ゼラに手を掴まれたまま振り向くと、椅子を持ってきたルブセィラ女史が座っている。こちらも何かを期待する笑顔で、
「あぁ、私のことは気にせずどうぞ好きにしてください」
半目でルブセィラ女史を見てしまう。この眼鏡は、何を考えてワクワクしながら椅子に腰を下ろして待ち構えてやがる。その後ろにいるアルケニー監視部隊の女騎士と目が会うと、こっちはコックリと頷いて、なんだその、えぇ解ってますって感じの頷きは? 俺が何も言って無いのに女騎士はルブセィラ女史を羽交い締めにして持ち上げて、
「いえ、私はお二人の邪魔をする気は、」
なんか言ってる眼鏡を引きずってテントの外に出ていく。立ち去り際にゼラに一言。
「ゼラちゃん、ガンバ」
「ウン!」
……ありがたいはありがたいが、こういう気の使われ方というのは、どうなんだ?
「カダールー」
ゼラが俺に抱きついてくる。いや、俺もしたいはしたいが、その前に話しておくことがある。ゼラの肩を押さえて抱き合う距離から少し離れる。お互いに顔が見えるように。
「カダール?」
「ゼラ、すまなかった」
頭を下げる。ゼラはキョトンとした声で。
「カダール? なんで謝るの?」
「今回のことは、俺がゼラを頼り過ぎたことが、ゼラを敵の罠に嵌めることになってしまった。思い返せば、誘導されていたとはいえ、おかしいと思うところはあった。それでも、ゼラが強くて、ゼラの魔法があればなんとかなるだろうと、甘く考えていた俺の油断が、ラミアに付け込まれた。ゼラを危険な目に会わせた。すまない」
知らない内に操られていた。それでも、どんな理由でも、もしも失ってしまったならば、取り返しはつかない。俺がゼラの力を当てにせず、ゼラを守ると真剣に考えていたら、違和感に気づいていたのではないか。まんまとラミアの筋書きに乗せられた、間抜けが俺だ。情けない。
頭を下げる俺にゼラが、
「カダール、ゼラもごめんなさい……」
「何故、ゼラが謝る?」
顔を上げてゼラを見ると、眉を下げてショボンとした顔をする。
「ゼラ、進化して、強くなったと思ってた。カダールのこと、守るの簡単って。でも、違った。ラミアのこと見抜けなかった。カダール、危なかった。ゼラ、ちゃんとカダール、守れなかった……」
「それは、あのラミアの方がゼラより長く生きた進化する魔獣で、ゼラより
「あのラミア、やっつけて食べたら、人間に進化できる?」
「ゼラ、それはやめてくれ」
ゼラはキョトンとした顔で俺を見る。ゼラの手を握るとゼラは握り返してくる。
「あのラミアは底が知れない。何より精神に関与する魔法でどんな手を使うか解らない。ゼラは力に魔法とか凄いが、心理戦というか、精神を操るあのラミア相手に勝てる気がしない」
「ンー、カダール、そしたら、ゼラは、いつまでも人間になれない」
「もう人間にならなくてもいいだろう? ゼラはそのままでいいんだ」
「ほんとに?」
「ほんとだ」
「アルケニーでも? 半分蜘蛛でも?」
「どんな姿でも、ゼラはゼラだ」
浮わついたことを口にするのは恥ずかしい。だがもう恥はいくらでも晒してきた。嫌というほどに。俺が言うには似合わないセリフでも、恥ずかしくとも、それが俺の本心ならば、
「ゼラは俺の蜘蛛の姫だ。愛している」
「あう、カダールぅ」
ゼラが飛び付くように抱きついてくる。裸の褐色の双丘が迫って顔がムニュンと埋まる。
「ゼラはカダールの。ゼラのオッパイもカダールの。好きにして」
好きにしていいのか。この豊満な褐色の果実を、俺の好きにしていいのか。どうしよう? 二つの魅惑に埋もれて幸せに溺れて、息が苦しいほどに。いや、待て、ほんとに苦しい、息ができない、窒息する。鼻も口もムニュンと埋まって、ゼラの甘い香りが、ちょっと待って。息が、呼吸が、タップ、タップ。
「ぷはっ、ゼラ? 俺はゼラのオッパイだけが好きなんじゃ無いからな?」
「ン? でも、カダールの中、ゼラのオッパイでいっぱいだった」
……え? ゼラがそう言うということは?
「ゼラ、あの赤い世界で、その、……見たのか?」
闇の母神に強引に引き摺り出された、俺の心の中を。あんなにオッパイばかりというのは、俺自身、認めたく無いところだが。
「ウン、あちこち、ゼラのオッパイが」
「いや、あの、オッパイ以外も、あっただろう?」
「あった。カダールの中、ゼラでいっぱいだった。ゼラの中もカダールでいっぱい。一緒、嬉しい」
それでいいのかゼラ? ゼラがいいなら、それでいいのだが。俺のような間抜けが、ゼラのこの想いに何を返せるのだろうか。あぁ、あの赤い世界で誓ったことがひとつある。
ゼラの手を離させて服を脱いで裸になる。ナイフをひとつ取り出して、俺の胸に当てる。
「カダール?」
「ゼラが俺の血を飲みたいのなら、いくらでも飲ませてやる」
鎖骨の下のところを浅く切る。邪神官ダムフォスがゼラの口に無理矢理血を飲ませたことが、俺にはどうにも気に入らない。ゼラに口直しをしてもらわないと。俺の胸の切りキズにじわりと血が浮かぶ。
「あぅ、カダールの、血……」
ゼラは目をトロンとさせてフラリと近寄ってくる。だが、両手を俺の胸に当てて我慢して、首をふるふると振って。
「カダール、痛くない?」
俺を見上げて気づかってくれる。あぁ、なんでこんなにいちいちいじらしく見えてしまうのか。
「痛いは痛い。だけど、その、なんだ。ゼラにキズを舐められるのは、ちょっと痛いが少し気持ちいい」
ゼラの頭に手を置いて俺の胸に抱くように、胸のキズに口を近づけさせる。
「俺の血はゼラ専用だ」
「あ、ふぅん、血、カダールの」
うっとりと目を細めて赤い舌が血を舐める。撫でるゼラの背中が恍惚と震える。ペロリと舐めては唇をつけて、ちう、と吸う。その度に俺の背骨に添ってゾクリとするものが流れる。
ふうん、と、鼻を鳴らして俺の血に夢中になるゼラ。好きなだけ舐めさせて吸わせて、トロンとした目で俺を見上げて、
「もっと、欲しい」
「もう少し深く切ってみるか」
「ンー、違う、カダールが欲しいの」
顔を近づけるゼラと口づけをする。俺の血の味がする。ゼラが俺にしがみつく、離さないようにと力を入れる。だがそれは子供のように弱い。これなら骨が折れる心配も、身体を潰される心配も無い。あぁ、やっと、もう一度できるのか。
テントの外では聞き耳を立てて覗こうとしてるのもいるのだろうが、もうそんなことで止まれるものか。ゼラもしたいし俺もしたくてたまらない。だったらそれでいい。
「ンっと」
ゼラが自分から仰向けに寝転がる。蜘蛛の下半身が腹を上に向けてドサリと。蜘蛛の脚がねだるように上を向いたままワキワキと蠢く。
「カダールぅ」
仰向けになったまま両手を開いて誘うゼラの胸に飛び込むようにして、ゼラを抱く。初めてのときはなんだか必死になってしまい、強引になってしまったと反省しているので、二回目があるならば、なるべくゼラに優しくできるようにしようと考えていた。
無理だった。ダメだった。すまん、ゼラ。
俺の肩に胸をナイフで浅く切り、ゼラに血を舐めさせて抱き合う。俺の身体もゼラの顔に身体にも俺の血がポツポツと落ちる。
ゼラが血を舐めて、お返しに俺はゼラの胸を、口を吸う。
「あぅ、カダールぅ」
甘く泣くように俺の名を呼ぶゼラを抱いて、抱きしめて、何度したのか数えていない。俺がゼラの上になり、次にはゼラが俺の上になり。繋がったまま更に深くと求めあい。
俺に覆い被さるゼラが貪るように腰を動かすと、下から見上げる褐色のポムンの迫力が凄いと、新たな発見があった。手に余る果実を指で舌で触れる度に、ゼラが可愛い声を出す。
「ゼラ、痛いのか?」
「ふぅ、ん、カダールの、熱くて、火傷しそう。あぅふ、でも、痛くない、よ?」
「じゃあ、なんで泣いているんだ?」
「ンー、解んない」
ゼラの目尻に浮く涙を舌で舐めとる。融け合うように溺れるように酔うように。キズを舐めるゼラの舌で、痛みに我に帰りつつ、それでもこれまで我慢してきた反動か、俺もゼラも止まらない、止められない。何度ゼラの中へと出したのかも解らない。
ようやく満足した、というか、気力と体力が尽きたのは夜が白み明ける頃。
「ね、カダール」
「なんだ? ゼラ?」
「大好きと愛してるは、どう違うの?」
「大好きと愛してる、か。どう違うと説明するのは、うむぅ、えぇと。大好きはとても気に入ったもので、ゼラはお茶もチーズも好きだろう?」
「ウン」
「愛してるは、ツガイにだけ言う言葉、だと思う」
「じゃあ、ゼラもカダール、愛してる!」
ゼラの額に俺の額を当てて、間近でくすぐったそうに微笑む赤紫の瞳を見る。微睡みに落ちる前に、もう一度。
「愛してる、可愛いゼラ」
「むふん」
この先何が起ころうと、この繋いだ意吐は切れはしない。人の世の思惑だろうが、教会の都合だろうが、人と魔獣の壁だとか、そんなものはこれからどうとでもなる。そんなものはどうにでもしてやる。
闇の母神だろうが、進化する魔獣ラミアだろうが、切れるものか。
この固く結んだ蜘蛛の糸は、恋の炎にも溶けはしないのだ。