125話 狂気のアルクとジルベスタの秘密!
文字数 6,355文字
これまでのあらすじ。
アーリーナイト騎士団の1人、アルク。
彼の正体は王都グランドールの騎士団のスパイであり、訳あって仲間のふりをしていただけ。
狙いは2つ。
お人好しの騎士団長ジルベスタが武器を使わずにアルクの動きを止めて仲間を守る不思議な力。
そしてジャックのアップデートを利用して理想の世界に変え、弱い者を皆殺しにして力のある者やジャックは奴隷にする。
そんなアルクの実力は本物。
彼は限られた者だけが所有する「忘却の古戦場」と呼ばれる武器の1つ、槍の「ゼイルノート」の使い手。
遠い大陸の男に憧れてあらゆる生き物を殺し、殲滅を続けてきた。
そして……
『いきなり出てきて何言ってんの!?
物騒だなオイ!?』
いろはの茶屋付近にいたドゥーンの前に現れ、意識不明の重体に追い込む。
その後グロウブリッジにいたパンザレスをグランドール騎士団に誘うのだけど……。
『グロウブリッジは私が投げた方向にあります。
それを拾ったらそのまままっすぐ走って。』
死を覚悟して笑ったいろはを守るためアルクと戦ったドゥーンは、簡単にやられたわけではない……。
****
ここはアーリーナイト城の裏手にある墓地から少し離れた小屋。
騎士団の中に傷を癒すジョブ「ヒーラー」の女性がいる事から、未だ意識を取り戻さないままのドゥーンの治療が行われていた。
そして騎士団長ジルベスタは、
バッジを使った会話が突然切れてしまった事と現在位置を取得するシステムから消えてしまった事でひどく動揺していた……。
何て事だ……!!
きっとアルクに襲われてバッジが壊れたに違いない!
ドゥーン君だけでなく他の仲間も危険に晒してしまうなんて……!
騎士団は城の平和を約束するもの。
それは城にいる人の命はもちろん、騎士団員、民間人、城に少しでも関わった人も同じ。
これは規則であり義務。
しかしジルベスタはこれだけに足らず、会った事のない人も守る対象として見ている。
そのため度々近隣の町や村に行っては魔物を倒したり盗賊団を捕らえたりと忙しく、ウエノのスラム街のパトロールもやった事がある。
これが彼の正義であり「心のままに生きる」という事。
誰かに言われて始めた事ではなく自分自身で決めた事。
だからこそ鍛錬は怠らないし、周りからは人望もある理想的な男性として見られている。
だからこそのショック。
ジャックもドゥーンもパンザレスもアーリーナイト城に地下牢に捕まった時点で「客人」として歓迎していた。
会話もしたかったし、困った事があるならば協力をして、危険が迫っているならば守りたかった。
そのドゥーンが今、いろはのために戦って瀕死の危機に陥って意識が無い……。
ジルベスタは自分の責務を全う出来なかった……。
アルクの裏切りは私の責任なんだ!
私が油断していたばっかりに何の関係もない君を巻き込んでしまった!
ジルベスタはドゥーンの手を強く握って声をかける。
けれど目を覚ます事はなく、治癒魔法のキラキラとした光の粒が空中に舞うだけ。
せめて指の一本だけでもピクリと動いてくれれば希望はあるかもしれない。
まだ会ったばかりで異世界人という事以外何も知らない関係であっても必死になるその姿は、まるで親友か家族のよう。
それは治療を行う者達の心に響く。
みんな!もっと魔力を高めて!
私達はどんな傷も治す騎士団の癒し手!
この程度じゃないでしょう?
そうね!
団長がここまで必死になっているのに期待に応えられないなんて嫌よ!
ドゥーン君、安心しなさい!
すぐに元気にしてあげるからね!
ほら、起きてごらん?
綺麗な女性ばかりだろう?
あまりにもスタイルが良いものだから、いつも目のやり場に困るんだ。
ドゥーンに興味を持ってもらうためにわざとらしく照れてみせるジルベスタ。
そしてもう1人……
助けてくれてありがとうございます!
とってもかっこよかったですよ……!
奇跡的に怪我もなく助かった、いろはもぎゅっと手を握る。
ドゥーンを全身に火傷の重体に追い込んだ
アルクの実力はどんなものだったのか?
それは数十分前、パンザレスがグロウブリッジで雷が落ちるような音を聞く前の話……。
戦闘は順調。
アルクが振るう槍、ゼイルノートの攻撃を上手く避ける事に成功していたドゥーン。
少し距離をとって見守るいろはも安心していた。
(やはりおかしい……。
こいつもジルベスタと同じで素手なのに僕の攻撃を避けている……)
(おっしゃ!思った通りビビってやがる!そりゃ丸腰の奴に当たらないんだもんな!訳わかんなくて焦ってるはずだ!)
(なんてったって自分自身わかってないからなっ!!)
今の状況に驚いていたのはアルクだけではない。
ドゥーンもまた自分が避けられる理由がわからないまま。
「音楽ゲームでやった事がない曲を初めてプレイするとなぜかコンボが繋がる」アレと同じだ!
あるいはスターを取った時と同じだ!
と思い込んで、少し冷や汗をかきながら笑ってみせる。
『そんなものかよ?いろはちゃんを傷付けた罪は重いぞコラ!』
その瞬間、アルクは不気味に笑うと全身に黒いオーラを纏う。
それはアルクを伝ってゼイルノートへと流れ込み、ドゥーンはゾクッと嫌な予感をはっきりと感じてしまった。
しかし今のところ一度も怪我をしていない。理由はさておいて一応は順調。
(ヤバい感じはするけど当たらなきゃいい!何だったら手で弾いてやれ!)
(何だ!?光!?雷みたいな音もしたけど、これじゃ眩しくて何も――)
『ただの目眩しだ。避けずに弾いてみろ!できるならな!』
アルクの笑い声を聞いた途端に聞こえた雷のような音。
さらに謎の光で照らされて目の前が何も見えない。
でも避けれたのだから弾くことだって出来るはず。
ドゥーンが叫びだしいつ来るかわからないゼイルノートの先端にそっと触れた……
その時。
突如ドゥーンの手に激痛が走り、思わず悲鳴をあげる。
『ははははは!ゼイルノートは常に雷撃を纏っている!触れるたびにお前の体に帯電し続け、最後には……!』
笑いながら勢いよく槍を振るアルク。
雷が落ちるような音と強い光はさらに勢いを増す。
『そんなに死ぬのが怖いか?
さっきまでの威勢はどうしたんだ!鉄の槍みたいに早くゼイルノートを折ってみろよ!ははは!』
触れられない以上避けるしかない。また少しでも触れれば痛みが襲う。
『他人の心配なんてしなくていいんだよ!どうせ僕があの世に送ってあげるんだからさぁ!』
『怖がらせるなよ!女の子だろ!大体何でこんな事するんだよ!』
『僕はグランドール騎士団のエリートだよ?殲滅対象の性別も年も関係ないんだ。』
『そうさ。僕が強いのも偉いのもすごいのも全て当然。もともと生き物を消すのが好きだったあの時、グランドールの実験を見て思ったんだ。』
『どいつもこいつも弱いから何かを失う。何も見えなくなる。だったら"奪う側"になれば問題ない。失うよりはマシだ。』
『……そうだ。
お前、グランドール騎士団に入らないか?
もっと避けられるようになれば傷一つ負わないで殲滅が楽しめるぞ?』
『ダメです!
あそこの人体実験はゲノン帝国と同じ考え方で、力の使い方を間違えています!』
『そりゃおっかないわ。
悪いけど断らせてもらうぞ。ミーも何で避けられてるのかわからないけど、SF映画みたいに実験されるのは怖いしね。』
『やっぱり避けているのはお前の力じゃないんだな?』
『それはわからない!嘘じゃなくて本当にわからないんだよ!
今までスキルで出した分身に戦ってもらってたけど自分で戦うのは初めてなんだ!』
『初めてだと?じゃあ避けている時の感覚はどんな感じなんだ?』
『え?えぇと、槍がすごい早さで動いてるのに体が勝手に動くっていうか、誰かに動かされてる……いや操られてるみたいな?
とにかくパワーアップしてる感じなんだ!』
『でもパンザレスのスキルは関係ないと思うし、他にそんな事できる奴なんて……』
ひとまず攻撃が来ない事に安心し、「ちょっと待ってろ!」といろはが投げたクエストクロックを急いで拾うドゥーン。
画面を操作しながら仲間として登録した人の中から自分をパワーアップできる人間を探しているその時、「もしかして……!」と目を見開いた。
『そうだ、確かお婆さんが言ってた……
アレの意味がミーに力をくれるものだとしたら、”アイツ”は今どこかで力を使ってるはず……
ってことは今、帝国の幹部だって倒せるかもしれない!』
『何だと?僕の攻撃を避けるだけじゃなく、帝国にも勝てる?
誰なんだ、アイツって?』
『ジャックさんって、あなたと一緒のいた人ですよね!?』
『な、何だよ!?気味悪いぞ!!
ジャックを知ってるのか!?』
ドン!!
刹那の雷鳴。
ドゥーンがアルクの変わった姿に気付いたと同時に、槍がドゥーンの体を貫いた。
『僕はずっとジャックを探していた……!お前なんてどうでもいい……』
ドゥーンの体から勢いよく槍が抜かれると、ドゥーンはその場に倒れる。
『ジャックの居場所を吐かないならそれでもいいさ。
どこまでも追いかけて捕まえてやる。』
『利用するんだ!
ジャックはこの世界を僕の思い通りにする鍵になる!
はは……!目に浮かぶよ……!
全ての生き物を殲滅するのも奴隷にするのも簡単になるんだ!』
『そうしたらアーリーナイトも!グランドールも!
帝国も!全て居なくなる!!』
ドゥーンの一言を聞いて首を斜めに傾げるアルク。
この場を去ろうとしていたのを止めて、うつ伏せで倒れたドゥーンの背中に槍を突き立てる。
『お前に用はないって言ったよなぁ?
今謝れば許してやるよ。その代わり少しでも動けばもう一度串刺しだ。あはは!はははははははは!』
『断る……!このまま行かせるわけにはいかねぇ……!』
『バカかお前?
いくらマジになったって僕はどこまでもジャックを追いかけて必ず捕まえるぞ!
それをお前は黙って見る事しか出来ないんだ!
弱いっていうのはそういう事なんだよ!!』
『ははははは!
バーーーカ!バーーーカ!ははははははははははは!』
そう言うと、ドゥーンはうつ伏せになったままアルクの足を掴む。
その手は震えていて、力も弱々しいけれど、自分の背中の上にある槍に対する恐怖心なんて感じさせない。
『あぁ忘れてた……。
お前が言っていたパンザレスとかいう奴も、』
まさに狂気。
普通では考えられない事を口に出して妄想して、大きく目を見開いて「はははは!」と笑っている。
そしてアルクならそれを実現できる力がある。
このままじゃ本当にジャックもパンザレスも殺されてしまう。
ドゥーンは焦って両手でアルクの足を掴むけれど、その足で蹴られてしまう。
『ゼイルノートの雷が足りないようだ。体を貫かれているのにここまで動けるなんてお前が初めてだ。』
『パンザレスもジャックも俺の友達なんだよ……!!
せっかく水汲みのクエストをしに来たってのに邪魔しやがって……!!』
『とっとと失せろクソガキ!!!
やっていい事とやっちゃいけない事もわかんねぇのかよ!!!』
ドゥーンさんは本当にかっこよかったです!
こんな所で死んじゃいけません!起きてください!
そうだぞ、ドゥーン君。
君がどうやって避けられたのかも、お腹を貫かれても立っていられたのかもわからない。
しかし君はパンザレス君とジャック君を守りたかったんだろう?
水汲みのクエストをクリアして、また別のクエストに挑戦していくつもりなんだろう?
彼らと一緒にいたかったんだろう?
だったら寝ている場合じゃない!起きるんだ!
私もせっかく君達が来てくれたんだ。ステラウォールやグロウブリッジを紹介したいし、名前の由来だってちゃんとあるんだぞ?
そうですよ!
私の茶屋のお団子、とっても美味しいんです!
食べてくれないと泣いちゃいますからね!
意識を失ったまま目を覚まさないドゥーンに声をかけ続ける2人。
そして同時刻、グロウブリッジでは何故か口調が変わって不気味な笑いを浮かべるアルクの攻撃に、パンザレスとクラーチェは苦戦中……
グランドールに入るか!
ジャックを連れてくるか!どっちか選びなよ!
はははは!
また魔法壁かい?
僕の力はどんな障害物があったって砕くんだ!
そんなバリアなんて粉々にしちゃうよ!
走るスピード、飛ぶ高さ、攻撃の頻度、雷鳴の音の大きさ……
その全てが格段に上がっている状況でなんとかアルクの攻撃を避けられるよう魔法を使うクラーチェ。
彼女のジョブはヒーラーで、体の傷を癒すのはもちろん、武器や魔法の痛みを軽減してくれる魔法壁を展開する事もできる。
中でもステラウォールは彼女の十八番。
星屑のようにキラキラと輝く壁が半透明になって現れて、味方を守ってくれるだけでなく、真っ暗の場所でも周りが見やすくなる。
しかし、そのバリアもアルクの前では無力。
古代の魔法や伝説の魔法でもない普通の魔法では「忘却の古戦場」の武器には敵わない。
クラーチェが作ったバリアはガラスが割れるように砕け散り、ついに2人は追い詰められてしまう……。
ははは。君は運がないね?
武器も持たず素手で向かってくるからドゥーンと同じ"不思議な事"が起きると思ったけど……
今度は何も起きなかった。
ジャックは気まぐれな奴なんだ!
あぁ……
もうすぐジャックの力が僕のものになるんだ!
嬉しくてたまんないよ!
突然変わったアルクの目。
その瞬間パンザレスとクラーチェは恐怖のあまり体が動かなくなってしまう。
いい加減にしなさいよ!
力があれば人を傷付けていいと思わないで!
強ければ何をしてもいいの!?命を奪ってもいいの!?
私は奪われたわ……!
あなたの国、グランドールに大好きだった人が殺された!!
それなのにまだ足りないの?
どうしてあの人を殺しておいて、まだ殺そうとするの?
さっき話したでしょう?
私達に逃げろって必死になってくれた、お人好しのおバカさん。
そう。
私達を守るために人である事をやめた男。
助かるかもしれないのに自分から死ぬ事を選んだおバカさん。
アーリーナイト騎士団団長。
「忘却の化身」ジルベスタ。
私の大切な人……
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