84話 アルテミアの涙と届かぬ願い!
文字数 6,342文字
前回のあらすじ。
コウモリの巣の下に落ちたバルバトス。
そこはセクシャルレインボーの観光地の1つ、ジェットコースター。
そこでジャスパーとリリックが現れ、乗り物の乗客を襲う。
全ては宮殿の秘密の抜け道で出会ったゴラゴランの石像の仕業。
バルバトスは石像を操っている人物に身に覚えがあり殴りかかるけれど、今はそれどころじゃない。
乗客の危機に慌てるバルバトスは、
新たな能力「ストライクランページ」を発動。
これは闇市場のアイテムで飲むと身体能力が上がるけれど、その代償として記憶を失う禁忌の力。
なんとかあと1体を残して乗客を守る事に成功したバルバトスだが、マホがレールの上にいる事に気付き禁忌の力を3回使って救出。
最後にはスピードが増したジェットコースターの乗り物を止めようとするが……
止まれえええええええええええええええええええええ!!!
禁忌の力の代償なのか、体調に異変を感じるバルバトスは、「自分以外の全員」を助ける事を決める。
****
ここはセクシャルレインボー。宮殿。
バルバトスにブラックハーツの事を託したメルーナの元へアルテミアが慌ててやってきた。
メルーナ!!
どうして彼にあんなもの渡したのよ!?
あれは闇市場でもあまり出回らない禁忌の力が使えるポーション!
記憶を忘れる、何かに切り裂かれたように体中がズタズタになる、死ぬ事にだってなる!!
あれは国が滅ぶような時の最終手段!
使った者の命を犠牲にして使うものでしょう!?
『代償があるのは知ってるよ。でも一時的に強くなれるならそれでいい。ありがとな!』
ええ言ったわ!だから何!?
彼は今どこにいて何をしているか、あなた知ってるの!?
するとアルテミアは白いハートの塊を出し、メルーナに見せる。
そのハートの中にはバルバトスがジェットコースターに着いてからの映像が映っていた。
これはさっき私の所に届いたもの。
「あの方」の物で間違いない。
「あの方」が操っているわ。
バルバトス君がブラックハーツに向かってるのをわかってて、人形のクローンを用意してジェットコースターの乗客を襲ったの……。
マホちゃんも巻き込まれた……!
そして彼は今、見ず知らずの乗客を助けようとしてる……!
ストライクランページを飲んで、いろんな記憶が無くなっていくのに諦めないで……!!
全部助けるんだって……!!
私、行くわ……!
私達の動きはもう「あの方」にバレている……。
それならいっそ、堂々と動いたっていい。
何が大丈夫なの?
このままじゃ彼も乗客も命はない!
そんな事絶対にイヤ!
****
ジェットコースター。
「ブラックハーツ・アドベンチャー」。
さらにスピードが上がるばかりで止まるとは思えない。
それを止めようとするバルバトスだが、その迫力も体の痛みも尋常なものではない。
(クソ……!頭も痛ぇ、足も痛ぇ、手も痛ぇ!体も熱くてたまらねぇ!どうすりゃいい……!?どうすりゃ止まるんだ!?)
(消えてく……!ジャックの顔が……!ねーちゃんの声が……!ライブの時何歌った……?そもそもオレは何でウエノにいた……?おい、冗談じゃねぇぞ……!忘れんな……!忘れんなよ……!!)
消えていく記憶。抜けていく力。
切り裂けていく体。血に染まる服。
全身の痛みがさらに増していく。
バルバトスは乗り物を止めるために抑えている自分の両手を見ると、疑問を抱いた。
何でオレはコレを抑えてる?何でオレの手、こんなに血が出てるんだ?何でこんなに痛い?何で……
一瞬だった。
手の力が抜けたと思ったら目の前の大きな塊が全身に当たって、グシャッて音が鳴った。すごい音だ。
でも不思議と痛くなくて、
悲しくもなくて、辛くもない。
きっと自分が何も持っていないからだ。
守りたい物も楽しい物も怖い物もないからだ。
あぁ、なんだか懐かしい気がする。
この感じ。この感じだ。
前にも同じような事があって、全部嫌になって、それから何年も経って……
……オレはバルバトス。
ウエノのスラム街をシメてるボスだ。
闇市場の入り口を突き止めるためのスパイだってのは誰にも言えない。
もちろんその理由はアイツを見つけるためだ。
あの時受けた顔の傷、まだ痛むからな。
しっかり落とし前つけてやるぜ!!
あ?
こいつ誰だっけ。あ〜えーと……
思い出した!ジャックだ!
こいつはソニアで、
グラスオーヴィにはナナ、ノノ、ヒナ、小鳥もいるんだよな。
いやぁ、女の子だらけってサイコーだなー!
出た!死神の嬢ちゃん!
名前はリリムっていって、ニャルシーの結衣ちゃんもいるんだよな。
そんでこいつが……
異世界人のソラ。
歌と自由が好きで、なによりナイスバルク!
オレが忘れる?
いきなり何言ってんだねーちゃん。そんな事あるわけないだろ?
ねーちゃんの名前は……
お前は……誰だ?誰なんだ?
教えてくれ!なぁ頼むよ!!
ダメだ……
全部、消えてく……!今まで過ごした思い出が全部……!
頭を抱えてうずくまるバルバトス。
頭の中にあったはずのジャックやリサとの記憶が失われていく。
それと同時に服も破けて、手や足から血が出て、胸が苦しい……。
痛みに耐えながらも目の前を見るバルバトス。
目が虚ろになって視界もボヤけているけれど、乗り物の先端が自分の腹部に当たっているのが見えた。
まだスピードは落ちていない。
これを完全に止めるには力が足りない。
血も出ているし体中が痛い。
そうか。それで思い出が消えてく変な夢を見たんだ。
でも……
もういいか……。
きっともうコレは止まらないし、オレは死ぬ。
それにみんなの事忘れちゃったんだ。
誰がいて、どんな事して、何話したかなんて覚えてないけど、いろんな事があったんだろうな。
あ〜あ。
何を忘れたのかは思い出せないけど忘れたって事はハッキリわかる。不思議だな。
それに気が付いたらこんな所でこんな事して、体中痛いし訳わかんねぇ。
目が虚ろになって、ただ目の前をぼーっと見つめるバルバトス。
「何で闇市場の場所なんか探してたんだっけ……」と呟いたその時、どこからか誰かの声が聞こえた。
それは小さな女の子と女性らしい色気のある声。
バルバトスはその声を知っている。
私もかっこいいって思います!
バルバトスさん、諦めないでください!
誰だ……?誰なんだ……?
なんでオレを知ってるんだ……?
ほら、もう少し。
乗客のみんなを助けるんでしょう?
あなたならきっとできるわ。頑張って!
そうです!
バルバトスさんならきっとできます!
だってあなたは……
気が付けば隣にメルーナが。そしてマホが。
半透明になった2人の姿が現れ、
バルバトスの手にそっと触れる。
思い出して。
あなたが忘れちゃったのは私達だけじゃない。
アルテミアもヒビキもそう、この島にある観光地だってそう。
ジェットコースターの乗客だって忘れてはいけない。
それに……
ジャック、ソニア、ナナ、犬星ソラ、あなたのお姉さんのリサ、みんなの事も忘れないであげて。
バルバトスさん、私の事助けてくれてありがとうございました。
とっても嬉しかったしかっこよかったです。
でも、自分はどうするんですか?
とっても優しいのはいい事だけど、あなた自身の事も想ってあげて下さい。
さぁ、もうすぐよ。
思い出した事を忘れないように静かに息を吸って、手に力を入れて。
乗客もあなた自身も、みんな助けるの。
バルバトスの手に触れたまま笑顔になるメルーナ、マホ。
その時、バルバトスの脳裏にとある記憶が蘇る。
それはまだバルバトスがグラーディアにいて、闇市場の場所を探すキッカケになった時の事。
とある男に目を傷つけられ、悲鳴を上げた。
『お前、この町にカジノ作るんだろ……?グラーディアは昔のままでいいって、町のみんなが言ってんのに……!そんなことして何がしたいんだよ!?』
『闇市場には表社会には出回らない便利なものがたくさんある。その中には「一度触れたものを永遠に繰り返す」物もあるんだ。』
『俺はそれを使って闇市場のアイテムが素晴らしい事をアピールして「組織」に認めてもらう!!そのために闇市場に行く道を見つけたんだ!!ははは!はははは!はははははははは!!』
『……ふざけんな……!!
うあああああああああああああああああ!!!』
『待って!一緒に居て!!闇市場なんていいから!カジノなんていいから!』
『大丈夫だ。ウエノのスラム街にはいろんな噂があるらしい。闇市場も姉ちゃんの友達もきっと見つけてみせるさ。』
思い出した……。
オレ達を捨てて闇市場に手ぇ出してカジノ始めたアイツはねーちゃんの友達を奪って……オレはそれを止めるつもりだった……!
それが今、この島にいる……!
止めよう!何が何でも止めなきゃいけねぇ!!
だってアイツは……!あの人は……!
バルバトス。
全ての記憶が戻り、復活。
体はさらに痛み、意識も飛びそうだけれど、
両手でがっしりと乗り物の先端を掴み、
しっかりと足で踏ん張り、
その目に闘志を燃やし、心も熱く燃えている。
止おおおおおおおまあああああああれえええええええええええええええええええ!!!
その力は強く、メルーナとマホの幻もしっかりと前を見つめ、勢いに負けずに抑える。
そして、白いハートでその様子を見ていたアルテミアもまた、
拳を握ってバルバトスの無事を祈っていた。
****
数十分後。
人混みをかき分け、ブラックハーツ・アドベンチャーの乗り場の入り口まで来たアルテミア。
おい!聞いたか!?
ここのブラックハーツ・アドベンチャー、事故が起きて大変な事になってるらしいぞ!?
あっアルテミア様!この先は危険です!
天井が落ちてくる可能性もあります!今すぐ安全な所へ!!
バルバトス君は……
生存者は!?状況を説明してちょうだい!!
ジェットコースターが止まらないという報告があったわ!
その後どうなったの!?
はい!
ジェットコースターは無事に止まりました。
ですが何かの衝撃で壁も天井も壊れやすく、極めて危険な状況です!
あぁ、でもブラックボックスのスタッフと奴隷は「あのお方」の指示ですでに地上へ脱出しています。安心して――
はい。ヒューリーパークもこちらと同じく封鎖しています。地中を完全に埋めるそうで。
(バルバトス君はブラックハーツを壊すためにトロッコに乗ってここにいる……!その後乗客を襲って、今度は地中に埋める……!?やっぱり、私達の動きは全部バレてる……!!)
――ブラックハーツ・アドベンチャー。乗り場。
列に並んでいたはずの観光客はパニックに陥っていた。
皆さん、ここは危険です!
私達スタッフの指示に従って、慌てずに避難して下さい!
まさか……
あの男、バルバトス君もマホちゃんも乗客も、ここにいるスタッフも全員生き埋めにするつもりなの……!?
酷い怪我をしてるぞ!誰でもいいから手を貸してくれ!
必死にその場から脱出しようと走り回る大勢の人。
その中をかき分け、「誰かいる」と声のした方へ走るアルテミア。
肩が当たっても足を踏まれても立ち止まらず、バルバトスが生きている事を信じて。
あれは止まった……!
止まったのよ……!後はバルバトス君、あなたが生きていてくれればいいの!私の事を忘れてしまってもいいから……!
お願い……!
あの子達は……乗客?
みんな生きてたんだ……助かったんだ……!
とっても強くてかっこよかったんだ!
僕、お兄ちゃんみたいなヒーローになりたい!!
お兄ちゃん?どの人かしら?
ちゃんとお礼を言わなくちゃ!
こんにちは!
みんな、助かってよかったわね!
私もそのヒーローに会いたいの。どこにいるか知ってる?
(すごい……2人とも怪我ひとつしてない……!バルバトス君、あなたのおかげでみんな助かったのよ!すごいわ……!)
(乗客が担架を運んでる!生きてるんだ!!)
人が運んでいたもの。
それは怪我を負った人を乗せて運ぶ担架。
その上で寝ているのはバルバトス。
服がボロボロに破れ、腹部と足からは大量に出血。
目をぴったりと閉じ、ぐったりとしている。
なぜだろう。
手に力が入らない。足が震える。
目の前を見た途端、何も考えられなくなった。
……いや、考えたくないと思っている。
なぜこんな事に?
なぜ目を覚さない?
なぜ血まみれになって倒れている?
なぜ……こんなに考えるのが怖いの?
ねぇママ、どうして起きないの?
どうして目を閉じてるの?
こんなの嘘に決まってる……!
ねぇバルバトス君、乗客のみんなは無事よ?
怪我もなくて助かったの。あなたが助けたの……!
ねぇ、起きて……?
ありがとう、すごいって言わせてよ……!
キスだってするから……お願い……!!
バルバトスの頬に落ちる、アルテミアの涙。
それはとても冷たくて、悲しくて、悔しくて。
少し何かを期待していて。
奇跡が起きるんじゃないか。
起きてくれるんじゃないか。
ぎゅっと抱きしめてくれるんじゃないか。
キスと聞いて飛び起きて、どさくさに紛れて変なところを触ってくるんじゃないか。
大変だ!!天井が崩れるぞ!!
そこの姉ちゃん、今すぐ担架から離れるんだ!!
バルバトス君、体中痛くて辛かったよね……
大事な事、どんどん頭の中から消えて苦しかったよね……
でも大丈夫。私が一緒に居てあげる。
こんなにがんばったあなたを1人にしておけないもの。
担架に寝ているバルバトスを守るように覆いかぶさり、天井を見上げるアルテミア。
頬を伝う涙は止まる事はない。
そしてその場から離れる事もない。
天井から落下する岩が目の前に迫っても、それが担架よりも大きくて厚くても、周りの悲鳴が聞こえても。
最後にバルバトスの唇にキスをすると、ゆっくりと目を閉じた――。
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