138話 囮作戦とアラネアの罠!
文字数 6,226文字
ビースト街。
ビースト学校よりもさらに奥地へ進み、立ち入ってはいけないとされる有刺鉄線の向こう側。
折れた斧や剣などが地面に突き刺さり、
辺りには飲食店や民家などは無く、
壁には人間の頭に大きく×が書かれた絵。
さらには酷い悪臭が鼻をつき、何者も寄せ付けないその一角……
白い糸のような物で何重にも覆われた白い建物に、コタローと同じ犬のような耳の少年と、下半身が蜘蛛の体の怪しい女性がいた。
それより、そろそろ来たんじゃない?
次の獲物……ううん、無法者が♪
ご馳走を目の前にするかのように舌舐めずりをして、8本の足を巧みに使う蜘蛛の女性。
すると白い建物を覆っていた糸が形を変え、タマゴのようなものが目の前に出現。
その中には上半身が裸の人間が入っていた。
あら、汚い体ねぇ……
ちゃんと綺麗にしてから食べたいわ……♪
随分生意気な人間ね。
人の事を蜘蛛の魔物だなんて。
あなた達は大罪を犯したんだから、死ぬのは当然なのよ?
俺が何をしたって言うんだ!
ラトリア近辺の魔物を倒すクエストをクリアして、セントラルエリアの冒険者ギルドに戻ろうと――
戻ろうとして、道を間違えて。
近道をしようと魔法陣を踏んで、何処に着いたのかしら?
ビースト街だ!それがどうしたんだ!!
どこに行こうと勝手じゃないか!!
あぁ、かわいそうね♪
ビースト街は人間の立ち入りを禁ずるって、知らなかったのかしら?
そんなもの聞いた事ないぞ!
おのれ蜘蛛の魔物め!さてはビースト街に住み着いているんだな!?
成敗してくれる!!
五月蝿いわ。
食べる気が失せた。見せしめとして殺してあげる。
人間のくせに生意気なのよ……
お、おい小僧!見てないで助けろ!
俺は優秀な冒険者だぞ!
何してるんだ!おい!!
もういいわ。
最悪よ。今ここで誰にも知られずに死になさい。
や、やめろ……!
来るなッ……!おい聞いてるのか!!
あ〜あ。気分サイアク……
これでも私、騎士団の一員なのよ?
と〜っても怖い魔物なんかと一緒にされるなんてショックだわ♪
オマケに汚い血も浴びちゃったし、シャワーでも浴びたいくらい。
そう思うでしょ?子犬ちゃん♪
あらごめんなさい。
その耳、どこかの子犬ちゃんと似てるから……
ねぇ、どういうつもり?
かわいい子犬ちゃんが人間を連れてラトリアに入ってきたわ。あなたのお友達じゃないの?
……フン。
あの落ちこぼれが、俺様と友達だと?
あり得ないな!冗談にも程がある!
まったく、気に入らない奴だ……!!
よくも人間をこの町に……!!
そう!そうよ!!
このビースト街に人間を入れてはならない!
いや、ラトリアにいる事自体が重い罪なの!!
私は獣人のために人間を捕らえ、罰を与えてきた!!
わかっているわよね!?
ふふ……♪
そうやって私の言う事を聞いていればいいの。
永遠にね♪
****
一方、ジャック、ルルカ、ハル、ドゥーン、パンザレス、コタロー、フェリスの7人は、自己紹介を済まし、ビースト街の学校からセントラルエリアに移動。
フェリスが「大事な話がある」と言い、冒険者ギルドを訪ねていた。
そうだ。
私達獣人は動物を神聖な生き物として扱っていて、食べるなど言語道断。
ストックリバディーでも考えられなくて食用の動物はいない。それを気遣ってラトリアの中にある料理店では動物を使った食べ物は出していないんだ。
ところが数年前、異世界人が豚や牛を食べている事を知った者がビースト街で話を広め、セントラルエリアとマジックエリアで暴動が起きた。
それから何年も争いが絶えなかったが何とか収まり今に至る……
なるほど?
アタシ達に対する怒りは計り知れないってわけかい。
こればかりは何も文句なんて言えないねぇ……
それでセントラルエリアに戻ってきたわけね?
ビースト街にいるのはちょっと危ないかもだし、そういう事情があるなら反撃するわけにはいかないもんね。
人間と動物が居なければ獣人は生まれなかった。だから神聖な生き物として考えてるんだけど……
でも僕とジャック君は友達になれたんだ!
いつまでも怒ってるなんておかしいよ!
そう思ってくれるのは嬉しいわ。
でも、フェリス……だっけ?やっぱりあんたも……
ビーストの事情を知って欲しかったのはあるが、何年も前に終わった話さ。今さら文句など言わない。
しかしこうなると優しい君達が心配だ。
もう分かったと思うが、私が話した組織というのは数年前暴動を起こした獣人達の事だ。
奴らは和解などしていなかったのかもしれない……
そうだ!
僕が獣人と人間でも友達になれるんだって証明すればいいんだよ!
そうすればきっと分かってくれる!
でも危ない奴らなんだろ?
同族の言葉でも聞く耳を持たない、そんな気がするけどなぁ……
……気持ちは分かるが無謀すぎる。
それに最近、この町に来た獣人が姿を消す、という妙な事件が起きているらしいんだ。
恐らく、仲間を集めているんだろう。
それって、戦力を上げてまた暴動を起こす気なんじゃ!?
早いうちに親玉を叩かないと止められなくなるだろうね。
最悪の場合、大量の死者が出るよ?
みんなが居なくなってしまうかもしれない。
ビースト学校のミルフィー先生も、たくさんの生徒も、シロナも。
壊れたクエストクロックの持ち主の友達も……。
コタローは最悪の事態を想像すると「そんなのイヤだよ!」と言いたいのか、ぎゅっと目をつぶって拳を握る。
コタロー。
子供がひどい想像なんてするもんじゃないよ。
そのアジトを叩けばいいだけじゃないか。
奴らが根城にしているのはビースト街の奥地、立ち入り禁止区域にある建物だ。
ハルが言った親玉……その正体は分からないが、人間ではないらしい。
もちろんその力は未知数、どんな攻撃をしてくるかも分からない……
相手が何だろうと関係ないね。
言っておくけど今回ばかりはドゥーンとパンザレスに美味しい所はやらないよ?
せいぜい囮になるんだね。
簡単な事さ。
ビースト街に迷い込んだフリをして捕まればいい。
ちょっとちょっと!?
何か恨みでもあるんですかバーさん!?
何でビクビクしてんの?
ドゥーンのスキルで分身出して、囮に使えばいいでしょ?
ははは!
じゃ、そうと決まったら潰しに行くよ?
親玉を叩くのはアタシに任せなァ!!
アジトごとブッ飛ばしてあげる!!
ジャックはビックリして飛び出してきた雑魚どもにトドメでも刺してなさい!
あまり派手に行動するのは危険だぞ!?
いいか、私達は……!
ドゥーンとパンザレスが建物の前で囮になり、
ジャック、ハル、ルルカ、コタロー、フェリスが密かに建物の中へ潜入して獣人達の親玉を叩く。
ジャック達は今後の行動を決め、意気投合すると冒険者ギルドを後にした。
ふ〜ん?囮ねぇ?
スキルが使えるのはすごいけど、甘いんじゃない?
まぁいいけど……♪
足元に空いた小さな穴からその内容を聞かれているとも知らずに……。
****
再びビースト街。
まずはドゥーン、パンザレスが有刺鉄線の前に立って作戦の確認をする。
あぁ。
叫んだ途端、子分どもがやってくるはずだ。
私達は別の道を探して建物に近付くから、充分距離を取ったら合図する。
そしたら叫んでくれ。
大丈夫、奴らは必ず親玉の目の前に獲物を連れて行く。
あとは自動的にアジトに着くはずだから、できるだけ時間を稼いでくれ。
お、お、おうよ!
ドゥーン様のスキルがあればモーマンタイだぜ!
そそそそうだよなぁパンザレス!
そう言うと、フェリスを先頭にしてすぐにその場を離れるジャック達。
そして数分後、建物への最短ルートを見つけたのか、約束の合図が。
いよいよドゥーンとパンザレスの囮作戦開始となるけど、1つだけ欠点があった。
それは……
叫ぶ前に1つだけ言いたいんだけどさ……
ガチャのスキル、近くにミー達以外誰もいないのに使ってもあんまり意味ないんだよなぁ……
あ、確かに。
タケル達と温泉で洗いっこした時、その話したっけ。
オマケに分身に制限時間がある事もあの時気付いたし……
そう。
それはドゥーンのスキルについて。
1つは選ばれる分身。
これは最初にガチャの世界に行った時、ルルカに説明した通り、
ドゥーンとパンザレス以外の誰かがいる時にスキルを使うと、その誰かの関係のある人物が出るというもの。
つまり誰もいないと誰の分身が出るか選ばれない、という単純な話。
そしてもう1つは制限時間。
実はつるてかの宿にギャラララ・ラルルが現れる前、カオスタイム中のゴラゴラン、バルバトス、ソラ、ヴァーデル、ブラウンの分身の体がだんだん赤くなって、それぞれ煙となって消えてしまった。
制限時間は大体3分……
確かそのくらいだったよなぁ?
赤くなってたのは時間が近かったからかも。
分身は分かってたように見えたよ。
時計をチラッと見て頷いてたから……
う〜〜ん……不安になってきたぞ……
でも叫ばないとジャック達の足を引っ張るし、どっちにしてもここにいたら危ないよなぁ……
たった3分で時間稼ぎかぁ……
あ、じゃあコントでもやる?
いやいや、やるわけないでしょ〜!
急に無茶振りせんといて〜!
敵のアジトでお笑いライブなんて聞いた事ないわ!
突然コントを振られて満更でもない様子のドゥーン。
すでに合図を出したフェリスが「何かトラブルでもあったのか?」と真面目に心配していると、まさかのタイミングで獣人に見つかってしまう。
急遽作戦を変更して全力で走り出すジャック達。
追い詰められたドゥーンとパンザレスは焦って、まさかの行動に……?
ミー達は迷子……
いや!獣人に憧れてる芸人なんですよ!
ちょうどいいんで自慢のコント、見ていきません?
おや?もしやご存知でない?
いやぁ〜見ないなんてもったいない!
超おもしろくて笑っちゃいますよ?
どうもどうも〜!
ミー達、獣人大好き芸人のドゥーンで〜す!
実は今、ビースト街に迷い込んじゃったんですよ〜!
えーーー!そら大変やね!
絶対入っちゃいけない所があるってホンマなん?
そらもう目の前におるがな!
はぁ〜どないしよ!エラい事やでホンマ!
迷子やーーーーーーーー!!!
誰かワイをアジトまで連れてってもろて、そのうちに悪い事しとる親玉叩いてええよな〜〜〜〜〜〜!!!
なぜか標準語から下手くそな関西弁に変わり、しかも作戦を全部話してしまうコントを披露。
しかし肝心の獣人は笑わずにポカーンと立ち尽くしている。
……と、まさにその時。
いつの間にか獣人の少年がドゥーンとパンザレスの後ろに立ち、すでに作戦を聞いていたかのように呟いた。
アイツはラトリアの落ちこぼれだ!
弱くて何もできないクズのくせに人間と仲良くしやがって!
何でここに戻ってきたんだよ!!
パンザレスの言葉が禁句だったのか、
獣人の少年はすぐに2人の前に移動すると獰猛な獣のように大声で叫ぶ。
2人は突然の事で思わず動きが止まってしまった。
コタローが落ちこぼれ……?
でもおかしいぞ!聞いた話と違う!
あいつはストックリバディーの近くに住んでて、そこからラトリアを通ってボク達と会ったんだ!
でも今ラトリアの落ちこぼれって言っただろ!
どういう事なんだよ!
それに落ちこぼれって何だよ!
よく笑うし元気だし、そんな風には見えないぞ!
黙れ!
アイツはいつも学校でいじめられていて、獣人のくせに冒険者になれるくらいの力も勇気もない!
「人間と友達になれる」が口癖の弱虫なんだよ!
あいつは本気で苦しんでたんだぞ!
友達のクエストクロックがあんなにボロボロになって心が折れそうなのに、一生懸命謝ればきっと許してくれるって信じて、ジャックの大切な物を取り返すために……
コタローは獣人と人間が友達になれるって本気で信じてる。
お前に馬鹿にされても否定されても絶対に諦めない。
落ちこぼれなんかじゃないからな!!
コタローには勇気がある事を知っている。
コタローには誰かを思いやる優しさがあるのを知っている。
少年に酷い言い方をされて我慢の限界だったパンザレスは全力で叫んで睨みつける。
すると、少年の様子がおかしくなり……
ち、違う……!
アイツは落ちこぼれで、俺は……!
人間を許さない……!
ううう……!
頭が痛い……!どうなってるんだ……!?
俺は何をしてる……!?
何か苦しそうだぞ!
パンザレス、おかしくないか!?
頭を抱えて――
どうしちゃったのかしら?
苦しそうだけど大丈夫?子犬ちゃん♪
突然苦しみ出す少年の後ろから、下半身が蜘蛛の女性が音もなく忍び寄る。
そのまま少年はぐったりと気を失ってしまった。
あはは!
あなた達、おもしろいわね♪
"さっきより"良いコントじゃない♪
ええと確か……
あなた達が時間稼ぎをしている間に親玉を叩く……
だったかしら?
あっはは!いい顔ね!
もっとも、冒険者ギルドで作戦会議をしていた時から知っていたのだけれど……
ねぇ、今ならまだ間に合うわ♪
あなた達の探してる親玉はと〜っても怖い獣人だから、止めておいた方が良いと思うの。
きっと残酷に死んでしまうわ。
悪いけどそういうわけにはいかない。
ジャックのクエストクロックを取り返すんだ。
どんな相手だろうと絶対にな!!
かっこいい〜〜〜♪
さすがジャックの仲間だわ♪
じゃあ、特別に相手をしてあげる♪
ジャックと子犬ちゃんのクエストクロックを盗んで、ボロボロになったものを学校に置いて"ここ"に誘ってあげたのはこの私……♪
【アラネア】
毒と洗脳が得意な蜘蛛の獣人。
グランドール騎士団所属、アラネアで〜す♪
本当に用があるのはジャックの方だけど罠を用意しておいたから勝手に死ぬし、ヒマだから囮に引っかかってあげる!
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