62話 生き残れ!裏切りと怨念のチョコレート・クライシス!
文字数 5,982文字
黒煙が立ち上る、暗黒の空。
線路に倒れた電車やひっくり返った車。
窓が割れ、壁が半壊しているビル。
……そして、「五智谷駅」と書かれた駅の看板。
隕石が飛んできたのか、
それとも宇宙人の侵略か。
平和を脅かす物など無いはずが、
滅んでしまった剣も魔法もない現実世界、日本のとある町。
人など居ない、廃墟と化したその町は、
とある都市伝説が有名な「東京都五智谷市」。
ここは、その五智谷市の玄関口と呼ばれる主要駅。
「五智谷駅」の駅前の、成れの果て。
「死んだ町、五智谷市」と大きく書かれた新聞を、大きく目を見開き、凝視する男がいた。
それは……
そう、「ジャック」とは仮の名前。
とある事件をきっかけに異世界転生してしまった男子高校生、本名、金剛寺悠哉。
悠哉は、まるで何かから逃げてきたかのように息は荒く、駅前の中央にある大きな銅像の影に隠れると、新聞をズボンのポケットに入れて周りを見渡す。
それにしても、駅前だっていうのに誰もいないなんて……
確かここ、いつも人がいっぱいいたはず……
いや、ここはオレの知ってるいつもの町じゃない。
また”アレ”に見つかったら、今度こそ……
突然聞こえた声に驚き、思わず大声を上げる悠哉。
どこから聞こえたのか、誰の声なのか知りたいけれど、
あまりの恐怖で体が動かず、ただ目の前の銅像をじっと見つめる。
思い当たる記憶があるような、ないような。
必死に思い出そうとするけれど、誰かに「思い出してはいけない」と言われて妨害されているのか、何も思い出せない。
そう、自分の後頭部に、
冷たい銃口が突きつけられるその時までは。
――響き渡る銃声。
どこかへ消えてしまうリリム。倒れる悠哉。
頭の奥が熱いような、グラグラと揺れるような感覚に襲われる。
なぜこんなことになったのか。
少し時を遡る――。
****
前回のあらすじ。
バルバトスもリサの歌をきっかけに、
メルーナによる結晶の中から自力で解放され、ピンチだったのが嘘だったかのようにステージの上で大暴れ。
その後、グラスオーヴィでのライブは見事に成功。
インパクトとセクシーをテーマにした歌や、
クレイジー、キュートなど様々なテーマの歌を披露したジャック達。
ライブ後、
ヒビキからの試験の結果は「合格」の二文字。
次なる試験へと進む。
……そう、次の試験へと……。
****
グラスオーヴィ、初ライブとなった日から数日後。
ライブが見事に成功した事から、”ある意味”精神的に壊れた主人公が1人……。
バブゴラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
そう、「金剛寺悠哉」とは仮の名前。
とある事件をきっかけに異世界転生してしまった「底辺」実況主、ジャック。
ジャックは、まるで何かに取り憑かれたかのように息は荒く、食堂の椅子をガタンガタンと揺らしながら、自分のスマホを持って叫ぶ。
クレイジーピーポー!クレイジーピーポー!クレイジーピーポー!クレイジーピーポー!クレイジーピーポー!クレイジーピーポー!
まさに狂喜乱舞。
狂ったように同じ言葉を繰り返すジャックだが、
彼の興奮は止まらない。
うおおっ!?
なんだよ脅かすなよ!どうしたんだよー!
おいおい!?
こんな昼間っからそんな顔するなよ!
とうとう頭がイッちまったのか!?
はっ?
な、なんだよ~発表したくてソワソワしてたのか?脅かしやがって!
で、タイトルはなんだ?
「血溜まり時計」。
時計の針が0時を指してボーン、ボーン。
ゆらりと揺れるあたしの影。
今宵の生贄は……
ソラ!
いいかよく聞け、そこにいる死神ちゃんは仮の姿で、その正体は――
あ、姉貴!聞いてくれよ!
死神ちゃんはオレを血祭りにする気満々で、ジャックの奴はクレイジー…………
リリムちんの事は知らないけどジャックの事なら知ってるよ。
この前の生放送で、チャンネルの登録者数が一気に増えたから喜んでるんだって。
あたし達の世界にはないものだからねぇ。
よくわかんないけど、ジャックのファンの人数って事だと思うよ?
ありがとうございます!
バルバトスさんのおかげで、145人になりました~!
なるほど、それで喜んでたのね。
それならいいわ、命だけは助けてあげる。
良かったな、ジャック!
これで死神ちゃんから逃れて、長生きできるぞ!
あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!
そうだよ?
今日は女の子の日、バレンタイン!
ここは女の子だらけだからねぇ、しばらくキッチンは使えないよ?
(リサさん、なんでバレンタインを……?もしかして、またアップデートが起きたのかな?)
(でもなんで……?アップデートが起きる原因、スイッチみたいなものがあるのかな……?)
そんな難しそうな顔してどうしたの?
もしかして、自分がチョコもらえるか不安なのかな~?
えっ?いや、オレなんて一度ももらった事ないですよ?
何でも何もないよ!
それだけ鈍感でももらえるなんて、幸せだよね~♪
あ、もし「チョコはないけど、私を食べて❤」なんて言われたら、ちゃんといただきますするんだよ~?
んなっ!?
そんなマンガみたいな事あるわけないじゃないですかー!
とにかく男子は、キッチン使用禁止!
今日は乙女が忙しくなる日なんだから!
う~ん、バレンタインの認識がズレてないのはわかった……でも……
ねぇジャック君!
ボクも新曲考えたんだよ!聴いてほしいな!
――
グラスオーヴィ1階。
店内。
嬉しそうにステージに立ち、かわいらしいフルーツの絵が書かれた紙を手に取るソラ。
これ、手作りの歌詞カードなんだ!
ボクのお気に入りなんだよ!
【アイザワ】
覚えていていただけるとは……。
ジャックさん、ありがとうございます。
ソラさん、初めまして。
私、執事のアイザワと申します。
ライブ、とても楽しかったですよ。
えっいたんですか!?
それなら話しかけてくれればよかったのにー!
忙しそうでしたので辞めておきました。
ソラさんは可愛らしい方ですね。
そうだ、中に入って下さいよ!
みんなを紹介しますよ!
(女の子……?そう言えばアイザワさん、オレに紹介したい女の子がいるって……?)
****
グラスオーヴィ。
食堂。
アイザワは、テーブルの上に綺麗に折った1枚の紙を置く。
はい。
昨晩、お嬢様の元にこのようなものが届きまして……
失礼な態度、お許し下さい。
こちらは「紗桜家」の三女、ゆめお嬢様でございます。
わたくしはゆめお嬢様のボディーガード兼執事をしております。アイザワと申します。
紗桜って日本人の名前みたいだね!もしかして日本から来たのかな?
いかにも。
お嬢様は三姉妹の1人で、全員異世界人。
長女の方は飛空挺に乗り、世界中を旅するギルドマスターをやっておられます。
へぇ、飛空挺で旅してんの!?
すごい姉妹なんだねぇ!
バルバトスさん、小鳥ちゃん、そんなに落ち込まないで!悪い子じゃないから!
えっ!いや何も……!
アイザワさん、その子の所にこの手紙が届いたんですよね?
この手紙の内容はこうです。
"ルールを説明し、瓶を渡してくれ"
そう言うと、アイザワは胸のポケットから白い紙と小さな瓶を取り出した。
何よこれ?
よく見たらおっきい紙にちっちゃい紙が挟まってるじゃない?
小さな紙はルールが書かれた紙、
瓶は闇市場のマジックアイテムです。
ジャックさん。
そして皆さん。
私がこのルールを話してしまうと、試験に合格するまで二度と戻って来れない。
つまり、もう後戻りは出来ません。
正直に申し上げますが、皆さんが挑戦している試験とは、想像以上に危険なものです。
この瓶も禍々しい魔力を放っていて、今こうして見ている私達も、得体の知れない闇に魅入られ、この中の誰かが手を出そうと考える事があるかもしれない。
"彼女達"と関わるという事は、そのようなリスクが伴うという事。
この場に集まった時、次に同じ顔が揃うという保証はどこにもありません。
これから先どんな事がおきても、これを決して忘れないで下さい。
そうよ!死んじゃイヤ!
ねぇ、今からでも遅くない!
悠哉君、こんな事もうやめよう?
随分心配してくれるじゃねーか?
今回の試験ってのはそんなにヤベェのか?
ははは!
なに言ってんだ、姉貴まで。
要するに、オレ達はこの挑戦を始めた時点でヤベー奴らと絡んでて、これから先どうなってもおかしくないって事だろ?
ライブの時みたいに全員で協力すりゃなんとかなるって!
問題ない、問題ない!
生きてたんだからいいだろ?
本腰入れて突き進めば大丈夫だって!
オレ達の底力、見せてやろうぜ?
ではルールの書かれた紙を読みます。よく聞いて下さい。
「まずは合格おめでとう。あんなに楽しいライブは初めてだったわ。じゃあルールを説明するわね。」
『この瓶の中にはとある世界が詰まっているのだけれど、とってもこわ〜い魔物が住み着いちゃったせいで廃墟になっちゃったから、それをあなた達の手で救うだけ、これで合格。簡単でしょう?』
『ただし、2つのチームに分かれてもらうわ。瓶に入る前に誰と組みたいか、組みたくないか、念じながら目を閉じれば大丈夫よ。自分がどっちのチームで誰と組んだのか知りたい時は、廃墟のどこかにあるポイントを調べてみてね。』
『あとは、直接行って情報を集めてみてね。それじゃあチョコレート・クライシス、スタート♪』
いやスタートって、おい!
チョコなんて関係あんのか!?
バルバトスとは組みたくない!
バルバトスとは組みたくない!
大の字になり、倒れていたジャック。
仰向けのまま、ズボンのポケットに入れていた2枚の小さな紙を見る。
情報その3。
この世界はどちらかのチームのリーダーになった者の思い描いた世界で、忠実に再現している。
情報その5。
魔物はこの世界に入った者全てに倒す事が出来るが、最深部に眠る"奴"だけはチームのリーダーでしか倒せない。
なんと、突然現れたソニアが高くジャンプし、茶色の小さな銃で人を撃ち、パンッ!と大きな音を立てて人が破裂。
情報その2。
魔物はチョコが貰えなかった人間の男達の無念。この世界を彷徨い襲ってくるが、チョコで撃退すれば問題ない。
ジャックも持っていたのか。
どうやらこれは、"説明されなかったルール"だろう。直接この世界に行って情報を集めろ、と書いてあったようだからな。
恐らく、情報が書かれた紙は何枚もあるはずだ。
そう言うと、ソニアはジャックに肩を貸して道の端にあるスーパーマーケットの前へ移動。
ジャックはいつもと変わらず優しいソニアにひと安心。
しかし。
『この瓶の中は戦場。
敵は大勢いる魔物とその親玉……』
(まさかこの試験、2つのチームに分かれたけど、自分のチームじゃないメンバーは敵!?味方じゃない!?
だとしたら……リリムちゃんはもう1つのチームで、オレの敵……!?)
ソニアを疑い、拒むように一歩下がるジャック。
「私の顔に何か付いているのか?」と不思議そうな顔をするソニア。
****
――ここは、待ちに待っていたバレンタインの日、念願のチョコレートが貰えず、当たり前のようにチョコを貰う男を妬む人間達の怨念が都市を襲い、廃墟と化した世界。
「チョコレート・クライシス」。
果たして、次々に襲いかかる男達の邪念の攻撃を凌ぎ、
最深部にいる”化け物”を見事撃ち滅ぼす者は誰なのか。
そして、ジャックと同じチームである味方は?敵は?
ワガママな少女、紗桜ゆめ。
彼女はただ、空に向かってジャックの無事を祈っていた……。
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