54話 アルバート絶体絶命!?グランとの遠い約束!
文字数 7,144文字
前回のあらすじ。
数十年前、世界中で起こった災害。
森の英雄と精霊術士の運命の出会い。
一目惚れからのプロポーズ。
後に世界の繋がりを研究する組織、ワールドリンクの一員となったノノの母親。
水の精霊、ロゼッタと出会い、
明かされたノノの両親の過去。
そして……
ジャック達よりも先に森にいたアルバートとの再会と、ノノの父親に憧れて帝国の幹部になっただけの本当は優しい心の持ち主だったという事実。
アルバートは「すまなかった!」とジャックに謝るが、笑顔で許され、帝国の幹部を辞める事を誓うが、あろうことか紅が襲来。
さらに行方不明になっていたノノの父親、グランを殺したと言い、
森に炎を放つと姿を消す。
****
父親の死を知り、気を失ったノノ。
そんなノノを抱きしめるソニアもまた、その表情は曇っていた。
しかし悲しみに暮れる暇などないのか、紅の放った炎はさらに広がり、森全体に響く精霊の悲鳴を聞いたロゼッタはすぐに避難するように声をかける。
みなさん!私達精霊はこのままで構いません!すぐに森を出るのです!
待って!ロゼッタさん、水の精霊なんだよね?それなら水の魔法を使って火を消したり……!
無理だ!
精霊の力というのは、精霊術士……つまり人、あるいは魔本のような道具を通すことで発揮される!
読むことで魔法が使える本の事だ!
炎の魔本なら炎魔法、水の魔本なら水魔法が使える!
"あの時"小鳥が使おうとしたように……!
ソニアが言う"あの時"。
それは、脂肪ブラザーズの2人と再会したあの日、部屋に閉じこもっていたソニアの元に小鳥がやってきた時の事。
「ソニアはジャックの事が好き」。
ソニアが悩んでいた気持ちをはっきりと言い、同じ相手を好きになったソニアを"敵"と呼んだ小鳥。
炎の魔本を持ち、ソニアを燃やそうとした所を正気に戻ったジャックが助けた。
今は時雨の能力が切れた事により、小鳥もジャックも記憶を失っているが、ソニアはその事をずっと覚えていた。
小鳥ちゃんが魔本を……?
あの子はヒーラーじゃ……?
……小鳥も同じさ。
精霊の力を発揮するには、精霊術士やヒーラーなどの魔法を使うジョブになった者、または魔本や杖などの道具がないと何の効果も出ない!
あっそうか!
転移の魔法陣も時空の精霊の力があるからワープできるって言ってたね!じゃああれは紋章を通しているのか!
くそ……!ノノが気絶している以上、私達は剣士と騎士……ジョブは物理系。となれば頼れるのは道具しかない。この森に杖や魔本があればいいが……!
いいえ。
あのピアノには精霊は宿っていません。
森が救われた日、アメリアさんは自分と契約した精霊の力をピアノに注ぎ、それを弾くことで効果を発揮しました。
そのような事ができるのは、彼女だからこそ……。普通の精霊術士の方は扱えません。
くそ……!
火を消すのは難しい!それにノノの事も心配だ!意識が戻らないぞ!ノノを抱えて逃げるしかないのか……!?このままでいいのか……!?
それでいいのです。
今はあなた達の命を考えて下さい。
ボクは何をしているんだ!!
帝国に騙されて逃亡し、あの人が守ったこの森が危険に晒されたのに何もできず、また逃げるのか!?
アルバートさん。気に病む事はありません。森が燃やされたのはあなたのせいでは……
いいや、ボクの責任だ!
奴はきっとボクが幹部を辞めるのを分かっていて、この森まで尾行して来たんだ!ノノちゃんが気絶したのも火をつけられたのもボクの責任だ!!
落ち着いて下さい!
みなさん、今すぐ森の入り口まで走るのです!助かる事だけを考えて下さい!
森の入り口ってここからじゃ遠いはず!道がなくても森から出れれば……
それじゃ駄目だ!
この森は昔から、外にいる人間から狙われているんだ!
そうだ!
この森には小さなマナがたくさんあり、ソーサラーやヒーラーなどの魔法ジョブをしている人間に狙われていた!
そもそもマナは精霊と違い、長い年月の間力を蓄えてやっと扱えるもの。だが人間達は私利私欲のために森に入り、マナをありったけ持って行った!
その結果マナが無くなり、花畑は荒らされ、精霊を捕まえて売り捌く者もいた!
そして数年後、森全体に結界が張られた!
結界……?
もしかして最初に森に来た時、霧がかかってたり怖そうな鳥の声が聞こえたのは結界の効果……?
そうだ!
だが森の入り口は少し違う!あそこには魔法がかけてあり、やってきた人間が特別な人間かを判断!許可が出れば通れるようになっている!もちろん森から出る時は許可などない!そのまま出られる!
結界が破れ、人間と魔物が来るだろう。結界を作れるのは精霊のみで、大量の力を消費し、森全体を囲めるほどの大きな結界を作るなら2年はかかる……!森を守るためには入り口まで走るしかない!
だからこそ逃げたくないんだ!ボク達が結界を破らなくても森が焼かれれば結果は同じ!精霊達が生き残れたとしても人間に捕まるか魔物に殺される!
そんな事絶対に嫌だ……!
……ここはボク1人でやる。
ロゼッタさんも2人と一緒に逃げて下さい。なるべく遠くへ。
森の英雄グランなら、きっと諦めない!そうだろう!?
本当は臆病で、火を消す事もできない自分に何ができるのか?
姿を消した紅がまた現れ、あっけなく殺されてしまうのではないか?
騎士になったくせに本当は弱い。
見た目だけ飾った黄金の剣を腰にぶら下げているだけで、ろくに剣技も使えない。
帝国の幹部となってから初めての戦闘も、紋三郎と秀樹にやられてしまった。
「あんなので幹部だなんて笑っちゃう」と、ナナやリサに笑われていたかもしれない。
きっと今回も失敗して森を守る事もできず、命を落とすかもしれない。
それでも、大好きな自然を守りたい。
ずっと憧れていたあの人に、一歩でも近付きたい。
強くて優しい男になりたい。
今まで抱いてきた強い憧れは本物。
どんな時も決して曲げなかった気持ちで不安を押し殺し、アルバートは叫んだ。
そして……
なっ……何故だ!?
このままでは間に合わなくなる!早く森を出るんだ!
アルバートさん……私もこの森を守りたい……です……
アルバートの気持ちが心を動かしたのか、ノノが目を覚ました。
諦めたくない……!
お父さんとお母さんが大好きだったこの森を……守りたい……!
途端に泣き出すアルバート。
共に森を守ると言ってくれた事よりも、無事に目覚めてくれた事に安心し、ノノの小さな手をとる。
英雄の事、ボクは信じないぞ!
本当にどうなったのかこの目で見るまで紅の言った事は信じない!!
だから君も、きちんと確かめるその時まで諦めないでくれ!!頼む!!
「ノノの父、グランは死んだ」。
その悲しみはきっとこれからも続いていく。
けれど、実際に彼を見たわけではない。
それならば時間がかかってもいい、もう死んだんだと諦めるのはまだ早い。
真剣な目で見つめるアルバートに、ノノは涙を流し、笑顔で答える。
****
一方、ここは精霊の森の中心部。
山のように大きくそびえる水色の塊の前に、不機嫌そうに独り言を繰り返す紅の姿があった。
フン。
気に食わねぇな……こんなにでっかくなりやがって……!ブチ壊してもブチ壊しても邪魔が入る……!どうなってんだ……?
……あぁ。そうだな……。
魔法なんてものがあるからいけないんだ。こうなったのも全て"奴"の仕業……根絶やしにするのは変わらねぇよ!
大丈夫だ、わかってる。
殺さずに生かしておかないと怒られちまうからなぁ。あの命令は絶対、それに逆らうつもりはねぇよ。
何もない所を見つめながら、まるで誰かと話しているかのように身振り手振りして喋る紅。
表情も不機嫌だったのが不気味な笑顔に変わり、「やれやれ」と言うように目を閉じる。
そして……
……だが、何もせず勝手に強くなってくれるわけじゃないだろう?ちょうどこの森には消えてもらいたいんだ。"これで"一石二鳥だよなぁ?
水色の塊に手を当て力を溜めると、
熱湯のようにシュウウウ……と湯気が立ち昇り、赤く染まった腕で水色の塊に渾身の力を乗せたパンチを繰り返す。
するとどうだろう。
大きな爆発音と共に、水色の塊に深いヒビが入り、精霊達が次々と光を失っていく。
代わりに光を灯したのは
紅の背後に見える無数の赤い光。
横に2つ並ぶものや3つ並ぶものがゆらゆらと浮かび、グルル……といった低い声が聞こえる。
****
一方、ジャック達はノノの水魔法を使い森の入り口に向かわず火を消していた。
すごい!ノノちゃんの目の前から水が出てきた!これが魔法なんだね!
いいえ、私は何もしていません!魔法使いさんの魔法と精霊術士の魔法はちょっと違うんです!わかりやすく言うと……
魔法使いさんは精霊さんの力を本や杖を通して魔法を起こすけど、精霊術士は自分の魔力を通して精霊さんが魔法を起こすんです!
小さい頃、契約した精霊さんの魔法です!
私の前にいますよ♪
しかし、ボク達も火を消せないものか……!剣豪ともなればひと振りで風を起こし、森全体の火を一度に消す事もできるはずだが……
オレなんてただの剣士……!
でもみんなの役に立ちたい!
1番ジョブレベルが低い事を気にするジャック。
ソニアはそんなジャックを見て"あるもの"を渡そうとする。
するとその時、パキン!と音が鳴り、ロゼッタは何かに気付いて悲鳴を上げる。
割れてるじゃないですか!こんなに綺麗なのにもったいない……
どうしましょう……!これはこの森にある大きなマナの結晶から削ったもので、"本体"に何かあると割れてしまうのです!
それはロゼッタが首から下げていた水色の石のペンダント。まるで綺麗な海の水面のように透き通り、キラキラと輝いている。
するとその瞬間、それを見たノノとアルバートは「それだ!」と言わんばかりに叫ぶ。
森の中心にありますが、ペンダントが割れてしまったという事は何者かに襲われた可能性があります!紅という方がいるかもしれません!危険すぎます!
……!
クリスタルと精霊術士……!この2つを封じればボク達は圧倒的に不利になる……!奴がそれを知っているならこの先で待ち受けている可能性もあるし、クリスタルが壊されれば間違いなくボク達は全滅……!森も無くなってしまうだろう……!
だが……!
諦めない。
アルバートさん、クリスタルを守りに行きましょう!
……!
わかりました!では私は他の森の仲間達に助けを呼んでみます!みなさん、気をつけて下さいね!
****
数十分後。
ジャック達は火を消しながら走り、精霊の森の中心部に着く事に成功。
紅がヒビを入れた水色の塊、水のクリスタルを見つけた。
すごいヒビが入っているけど、透き通ってて綺麗だ!ロゼッタさんのペンダントと同じだよ!
あの女の仕業だろうな……!こんなに大きなものにこれだけの傷をつけられるなんて……!
……あぁ。
精霊の森というのは世界各地にあり、炎、水、雷などの力を持ったマナの結晶、クリスタルがあるんだ。
これは水のマナ、つまり水の魔力の結晶で、もしこれが粉々に壊されるような事があれば、水の精霊は死に、世界中の水属性の魔法の力は無くなってしまう……
しかしこれは水の魔力そのもの。言ってしまえば水のエネルギーを溜め込んだタンクのようなものだ。もしそんなタンクの目の前で水の魔法を使ったらどうなるかわかるかい?
そう。
タンクの中にある膨大なエネルギーをノノちゃんの魔力に移し、それを精霊が使う。
あとは水の特大魔法で森全体の火を一気に消せば解決だ!!
ふぅ。
なんとか間に合ってよかったな……。
奴も完全に壊す事は出来なかったようだ。これもこの森に済む精霊達のおかげだな。
話しながら紅の姿を警戒していたが、なかなか現れない事に安心するアルバート。
しかしその時、森の入り口の方からいくつもの光の玉が飛び、ノノの後ろに隠れる。
ただならぬ気配を感じたソニアは、
水のクリスタルに背を向けるように立ち、ノノを自分の後ろに立たせる。
そしてジャック、アルバートも異変を感じたのか、ソニアと並ぶようにノノと精霊達の前に立ち、武器を構える。
「何かが来る」。
いつかは分からないが、何故かそう確信したアルバート、ジャック、ソニア。
アルバートは黄金のように輝く剣を構え、燃える木々を見つめながら叫びだす……
その瞬間。
待った!
出てこい、と言いたいのは分かるが、"この数"を一度に相手をするのは危険すぎる!
ソニアがアルバートを止めた理由。
それは異常なほど赤く光る無数の目。
炎を纏ったトカゲ。
ゾンビのように顔が溶け、大岩のように膨れ上がった腕で戦斧を握るオーク。
しかめっ面のように口をしっかりと閉じ、剣と盾を持った石像。
RPGのゲームでよく見るような異形の者達が、低く唸るような声を上げながら、ジャック達を囲むように並びこちらを覗いていた。
なぜ魔物が森の中に!?
まさか、クリスタルが傷ついたことで結界が破れたのか!?
ノノ!
魔法が効くのは火を纏った魔物「フレイムリザード」だ!
オークは物理攻撃の方が効く。私達に任せろ!
いや、あの石像……!
あの口を閉じた顔、何か嫌な予感がする……!
何かを思い出し、ノノを庇うようにすぐ後ろを振り向くアルバート。
その瞬間、オークは戦斧から棍棒に持ち替え、背を向けるアルバートに向けて投げる。
棍棒は命中し、アルバートはあまりの衝撃に吹き飛び、後ろにある水のクリスタルに当たってしまった。
思い出したんだ……!
あの石像は「サイレントナイト」といって、剣と盾を持った戦士の姿をした魔物。どう見ても物理攻撃をしてくるようにしか見えないが、それは罠!
奴の攻撃は「沈黙」……!
つまり、ヒーラーやソーサラー、精霊術士の魔法を封じる石像……!
(くそ……!フレイムリザードを倒すには水の魔法が有効!しかしサイレントナイトは魔法系ジョブに沈黙を与える!この戦いに勝てたとしてもノノちゃんが魔法を封じられれば森の火は消せない!!)
不利な状況に頭を抱え、拳を握るアルバート。
ノノの魔法とクリスタル。
森を守ると言ってくれたジャック、ソニア。
勇気と自信をくれた仲間達のおかげで森を救えると思っていた。
はは、ははは……!
紅の仕業だろうな……!ノノちゃんが目を覚ましてもまともに戦えないよう、魔物を選び抜いたんだろう……!
剣を引きずり、
ノノよりも前へ、ジャックとソニアよりも前へゆっくりと歩きだすアルバート。
ノノは「精霊さん!力を貸して!」と慌てて魔法を使おうとするが、魔物の群れに向かって走り出し、背を向けたまま叫ぶ。
(必ずあるはずだ……!この状況を打破する方法が……!森を救う方法が……!)
獣のように大声で叫び、魔物に威嚇しながら剣を振る。
その動きは素早く、フレイムリザードが口から吐いた炎弾を避け、サイレントナイトの剣を避け、オークの棍棒を避ける。
(スピードには自信がある!魔物の攻撃を避けつつ弱点を探そう!)
(1番怪しいのはあのオークだ……!なぜ戦斧から棍棒に持ち替えたんだ……!?何か理由が……!)
ソニアが叫んだ言葉を聞き、
何かを思い出したかのように動揺するアルバート。
気が付けば魔物や自分の剣が二重に見える。
気が付けば手足が痺れる。
驚いて剣を落としたはずなのに音が聞こえず、だんだんと周りの音や声も聞こえなくなっていく。
はは……
何を言ってるんです?よく聞こえないなぁ……
毒の効果で感覚を失いながら、
ふと脳裏に浮かんだのはグランとの会話。
はっきりと聞こえなかったはずの声が、きちんと聞こえた。
――一瞬だった。
ノノが叫んだ瞬間、いつの間にか毒を喰らい地面に倒れてしまったアルバートに、毒が付着した棍棒を持ったオークが振りかぶり、一撃。
ズン!と地鳴りさえ感じるほどの衝撃が、ジャック、ソニア、ノノに伝わる。
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