112話 別れは突然に!さよならグラスオーヴィ!
文字数 6,990文字
グラスオーヴィに帰ってきてから1週間以上。
リサの話を聞いてからずっと悩んでいたジャックは、100万リエルを受け取らず「これから」について考えながらジャミ子として働いていた。
ここはグラスオーヴィの店頭。
身軽な剣士、鎧を身に纏うアーマーナイト、ローブを着た魔法使い、エルフや獣人などが長蛇の列を作り、その人数は300を超えていた。
うわぁ!人間とモンスターが仲良く並んでる!ありえねぇ!
……でも、なんだか平和だなぁ。
その姿は平和そのもの。
誰が争そうものか、誰が荒そうものか、悪事を企む者はいなかった。
一方肝心のグラスオービィは、
セクシャルレインボーの財宝によって大幅にリフォーム。
1階の店内には以前なら300人も入らないはずが、テーブルやイスも増やし、ライブのステージも大きくなって大変身。
そんな中……
おいてめぇ!俺が先だろ!
このグラスオーヴィTシャツが見えないのか!?
あ?なんだよ?俺が先だろ?
グラTくらい持ってるよ!
お前達!!私のために争うんじゃない!
タコになるのはみんな一緒だと言っているだろう!
踏んで下さいソニア様!
できれば見下した目でお願いしまふ!
****
店内。
以前好評だったからか、試験など関係ない自由なライブが行われている最中。
歌うのはジャミ子、ミノル、小鳥。
曲名は「帰りたぁい」。
初ライブの時と変わらない曲なのに気分は上々。
スピーカーやアンプなどの音響機器や曲によって使う小道具、衣装も増量。
なんと言っても大きな振り付けで踊っても充分と言える広さのおかげで、以前よりも盛り上がっていた。
♪帰りたぁ〜い ♪帰りたぁ〜い
♪魔法もなぁ〜い ♪戦いもなぁ〜い
♪ダンジョンはないけど 冒険したぁ〜い
♪でも!
♪帰りたぁ〜い 帰れなぁ〜い
♪帰り方わかんなぁ〜い
まさかの新曲!?
帰りたいと戻りたい、似てるわね!替え歌かしら!
どんな歌詞なの!?何で関西弁!?
イヤン気になるううう〜!
まさかの新曲のアイデアに盛り上がるゴワスとゴッツァン。
すると2人の元に1人の男がやってきた。
そこのお嬢さん。僕は通りすがりのイケメン☆スナイパー。
その可愛らしい水着に惚れちゃったよ。相席でもいいかな?
あら、イケメン君と一緒だなんて照れちゃうわ!
そんなに可愛いかしら♪あんたイイ男ね〜♪
う、ううん。
あ、あぁ、ありがとう。君も綺麗じゃないか。
なぜかバラをもらった……
と、ところで君達、僕の事を知っているかい?
あぁ答えるのはまだ早い。
もちろん知っているはずさそうだろ――
って、知らない!?
世の女子を落としまくったこの僕を!?
このイケメンを知らないだって!?
そういうのは間に合ってるわ。
で、何しに来たの?もしかしては・じ・め・て?
ま、まぁいろいろ言いたい事はあるがいいだろう。
僕がここに来たのは言うまでもないが、ここの動画を見て美しい女性達のオーナーになってあげようと思ってな。
ほら、女性ばかりだというのに男がいないなんてもったいないじゃないか?
あら、動画見てくれたのね?嬉しいわ!
あたしはここのスタッフじゃないけど、いろいろ手伝ったのよ?
ゴワス、イケメンの言う「動画」。
これがグラスオーヴィが以前よりも多くの客で賑わう理由。
ジャックのチャンネルでセクシャルレインボーの動画を投稿した事で再生数、チャンネル登録数が増え、ナナが「グラスオーヴィチャンネルも作ろう」と提案。
今までライブでやった曲や新曲を歌って踊って動画撮影。
ジャックほど認知度は低いけれど、多くの人の目に止まり人気急上昇。
ファンも多くなった。
そうだったのか!
よし!この美しいイケメンのこの僕がオーナーになれば、もっと人気になれる事間違いなし!!
あの動画を見て決心してよかった!!
オーナーならもういるわよ?
カジノの女王とグラーディアの女神もやってるのが今歌ってるリサちゃん。
ソニアちゃんもいたわね。
おお、あの2人の組み合わせは好きだぞ!
しかしオーナーだったとは知らなかった!
♪ありのままでいいじゃない
♪なんもかんも全部晒しちゃえ
♪君の視線奪って独り占め
♪想いが重いなんて言わせないよ
♪タコも神もありゃしない
♪なんもかんも全部見せるのは
♪君だけだって言ってるでしょ
♪他の人はノーセンキュー
お、ラブソングか!
女の子らしくていいじゃないか!
オーナーがダメならイケメンマネージャーとして支えてあげよう!
だからノーセンキュー。
この子達は自分の力でここまでやってきたの。
これからも変わらないわ。
それよりライブを楽しみましょ?
ほら、次の曲はソニアちゃんのソロ曲。
「このタコ!」よ!
この曲はまだ知らないな。
タイトルが気になるが、きっとかわいらしい歌詞が――
「これも楽しめそうだ!」と期待するイケメン。
ステージにはソニアが立ち、1人の男性客を四つん這いにさせてその上に片足を乗せる。
と同時に拍手と歓声が巻き起こり、ソニアはメガホンを手に持つ。
ん?客の背中に足を乗せたぞ?
何が始まるというんだ……?
ソニアのセリフで店内の盛り上がりは一気に上昇。
しかしイケメンは困惑。
(おかしい……おかしいぞ……!なぜ誰も気付かない!客の背中に足を乗せてメガホンで叫んでるだけじゃないか!こんなのが歌であってたまるか!何なんだこれはあああああああ!?)
いやーいい汗かいた!最高のライブだったぜ!
さっそく物販……
うおおおお!なんだこの素晴らしいグッズは!!
うちわ!タオル!ペンライト!リストバンド!缶バッチ!お宝じゃないか!全部いただこう!いくらだ!?
ん?新規のお客さんだな。初めまして。
全部だと……56000リエルになるぞ。
本当に本物なのか!?あぁ、眩しくて見えない!
貴女のタコになりたい……!!
あんなに困惑していたのになぜか大満足になったイケメン。
楽しんでくれたようで良かった、と安心するゴワスだった。
****
以前よりも広くなった食堂。
キッチンには最新の冷蔵庫、炊飯器、包丁などの調理器具がズラリ。
人数分の木製のイスと大きなテーブルはそのまま。
けれど、可愛らしいハートの形をしたクッションと大きなソファー、大きなテレビなどが増えた。
そう。
リフォームしたのは店内だけではなく、2階も同じ。
グラスオービィに帰ってきてからウエノへ買い物に行き、ホームセンターのような大きな店で大量に購入した。
ええ!?お客さんが一気に増えたのはセクシャルレインボーの時に撮った動画のせい!?
間違いないわ。
あたしがここにいる間に動画を撮ってるなんて知らなかったけど、まさかこんな事になるなんてね。
そう言うと、ゴワスはテレビの電源を入れてジャックのスマホを操作。
すると、テレビにセクシャルレインボーで撮った動画が流れた。
懐かしいけど、テレビで特集されるなんて思っていなかったからなんだか恥ずかしいな……
ソニアちゃん。
今日、イケメンのいい男が来たの覚えてる?
ん?物販にいたタコ……
いや、男なら確かに会ったが……
その彼こそジャックの動画を見てここに来たお客さんの1人。
今みたいにテレビで動画を流したのか、スマホで見たのかはわからないけどね。
というと、他の客もそうなのかもしれないな。
グラスオーヴィチャンネルの動画の影響もあるだろうけど、ここ最近で客が増えたのはそういう事か。
すごいですよね!
まさか「gocha tube」がオレの世界と繋がってて、誰でもチャンネルも作れるようになるなんて!
まさに2つの世界を繋げるサービス?
それだけじゃないよ。
今、あんたは2つの世界で有名になってる。
わーーーーーーーい!
じゃあ"あっち"の世界に帰らなくても有名人って事にゃ!?
これはお祝いにゃーーー!
ちょっと待ちな!!
浮かれてる場合じゃないんだよ!!
なぜだ?
ジャックは有名で人気になる!
いや、もうすでになっているかもしれない!
有名と人気は違う。
それに、これは魔法や奇跡で起きた事象じゃない。
アップデートさ。
セクシャルレインボーの事件を解決してジャックが動画を投稿した、その行動がこの世界に変化をもたらした。
もしそうならあんたにはとんでもない力が眠っている事になる。
これがどういう意味かは分かるだろう?
すごいどころじゃないよ。アップデートのタイミングは本当かどうか分からないけど、1つ言える事がある。
……そうさ。
世界そのものに新しい文化や道具、今まで無かったものを追加、または削除できる。
そんな事どんな魔法だって出来ない。
ソニアちゃん。
もしそのスイッチになっているのがジャックだとしたら、この世界をどんな風に変えてほしい?
例えば戦争を無くす。
いじめや犯罪を無くす。魔物を消す。
そんな事できやしないけど、ジャックになら出来る。
逆に戦争を一気に起こして世界滅亡、なんて事もできる。
それって、誰かがジャッきゅんを利用して願えば叶うかもしれないって事にゃ!?
"世界の更新"アップデート。
なぜこんな事が起きるのか研究する組織。
アップデートを使ってゲノン帝国を滅ぼそうとしている組織。
恐らく、これから先そういった組織の人間と接触する事になると思う。
そうなった時、可能性を否定できない以上拘束される事もそのまま帰って来れなくなる事もある。
そんな奴ら、私達が守ってやる!!
この店でいろんな動画を撮りまくればいい!
私達と一緒にいれば安全だ!!
ジャックの性格を考えな。
迷惑はかけたくない、そう思ってるよ。
ともかく、ジャックに"可能性"がある以上ここにいるのは考えものだよ。
"やる事"も増えたみたいだしね。
ジャック。後でお話しましょう。
詳しい話もするし、「これから先の話」もある。
いいわね?
****
夜。
ジャックの部屋。
ジャックはゴワスと話した後、リニューアルして広くなった部屋の小さなベランダにソニアを呼んだ。
……どんな話をしたんだ?
お願いだ。口止めされているかもしれないが、聞かせてほしい。
ジャックが出て行くかもしれない。
そう思っていたソニアは、意を決してジャックに話しかける。
するとジャックは、いつの日かウエノの冒険者ギルドで作った冒険者カードとクエストクロックを出した。
これはクエストの依頼主が冒険者ギルドにクエストを申請して、冒険者はクエストクロックを使ってクエストを受ける。
あとは現場に行って、魔物を倒したり悪さをするギルドを捕まえたりして報酬ゲット。
すごいよね!
セクシャルレインボーを助けてるうちにこんな物が作られて、他にも便利な物が増えたんだ!
……どんな人と会うかわからない。
だから目的地に着くまでにいろんなクエストを受けて魔物と戦って、この広い広い世界を旅するんだ。
ううん。
「師匠」っていう、オレの動画を見た人の所まで行くんだけど、お婆さんがこのグラスオーヴィに迎えに来てくれるらしいんだ。
だから2人で行って、ミノルも連れて行かない。
明日だってさ。
一体どんなお婆さんが来るんだろうね?
あ、しまった……
ミノルには怒られるだろうなぁ。
ちょっと怖いから、説明するのイヤなんだけど仕方ないか……
あそうだ、ゴワスさんが言ってたんだけど、セクシャルレインボーとゴーストパークとグラスオーヴィ、いろんな人がチャンネルを作って動画を投稿してるでしょ?
もしこの世界で動画を投稿したのがオレが最初なら、他の人はみんな後輩!いつか先輩として後輩と一緒に動画を撮る事になるかもしれないっ!
ソニアちゃん、そうなったら絶対見てほしいな!
目を輝かせてソニアを見つめるジャック。
ソニアはそっぽを向くと、低い声で呟く。
やっぱり男なんて大嫌いだ。
人の気持ちも知らないで、平気で居なくなろうとする。
どうせもう次の冒険にワクワクしてるんだ……!
小鳥に何て言うんだ!?
ナナの気持ちは!?許嫁の紗桜ゆめは!?
私達の気持ちはどうだっていいのか!?
初めて異性を好きになった。
戸惑いもトラブルもあった。
でもその気持ちは本物。
やりたい事があるなら応援するし、夢だって協力したい。
けれど、それは自分だけじゃない。
ここに居て欲しいと願うのはみんな同じで、きっと独り占めしたいと思っているかもしれない。
それを放っておいて1人でやりたい事をする。
ここを出て行って、自分達を置いて行く。
そう、まだジャックの気持ちも聞いていないまま……
するとジャックは、
ソニアの手がしっかりと自分の服の袖を掴んでいる事に気付くと、優しい声で呟いた。
今までありがとう。
ソニアちゃんのおかげで自信を持てたし、人に好きになって貰えたの初めてで、どうやって答えてあげたらいいのか分からなかった。
それに、君に好きになってもらえなかったら、これから先どうするか悩む事も無かった。
だからここに居たい、そう思ったのも本当だよ。
でも、オレはもっともっと強くなって、もっともっと有名になりたい。
もし本当に世界を変える鍵になってるなら、みんなが笑っていられるような世界にしたい!
本当はソニアの気持ちに気付いていた。
本当はジャックも好きだった。
強くなるために、夢を叶えるためにグラスオーヴィで待っていてほしい。
初めて知ったジャックの気持ち。
ソニアは涙を流して「はい!」と笑顔で答えた……。
嫌だよおおおおおおお!
連れてってよおおおおおおおおお!
イヤにゃああああ!
もっと遊ぶにゃあああ!一緒がいいにゃああああ!
うおおおおおおおおお!うおおおお!うおおおおおお!
※ここにいろよ!勝手にどっか行くなんて困るだろ!チクショー!
そうにゃ!困るのはこっちにゃ!!
せっかく3階にゲーセン作ったのに遊んで行かないにゃ!?
まったく、ソラといいジャックといい勝手なんだから。
怪我しないように気を付けてよ?
仕方ないさ。ジャックが決めた事なんだ。
それより忘れ物はないか?
じゃあみんなとはライバルだね!
もっと有名になってライブツアーやって、動画も撮れるようになったら投稿するんだ!
そしたらまた会えるにゃ!?
初めて会った時みたいに、クラスタドームの控え室で会えるかもしれないにゃ!?
きっとまた会えるさ。
その時は全員、今よりもっと成長しているよ!
おいあんた!!ジャックで間違いないかい!?
"あいつ"のクエストクロックが目印って聞いたよ!?
ん?もしかして今の、迎えに来てくれるお婆さんの声かな?
遠くにいるはずなのに渋くて大きい声だなぁ。一体どんな……
ジャックが「んあ!?」と言った理由。
それはまるでオリンピック選手が走っているんじゃないか、と思うくらいの美しいフォームのお婆さん……
と思いきや、手足を動かすのが早すぎて見えず、悪そうな顔をしてこちらに全力疾走している姿。
なんかヤバイ人来たああああああああああああああああああ!??
90歳。女性。
ジョブ、バーサーカー。
風を斬り、嵐を斬り、竜をも斬ると言われている最強の老婆。
体力は衰える事を知らず、人を襲う魔物にも恐れられる恐怖の象徴。
歳を食っているはずなのにそう思わせない性格から、人は彼女をこう呼ぶ。
ワイルドなババア。
ワイルドバーさんと。
【星乃ハル】
星乃紋三郎の妻!!星乃ハルだよ!!
修行の旅に出るよ!?準備はいいかいジャックううううううううううう!!
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