158話 悲しき決闘!ジャックVSヴェルグ!
文字数 7,106文字
前回のあらすじ。
分かった事その1。
今までハルに手紙を届けていたのは桃華。
彼女は今回ジャックに重要な手紙を渡すためにラトリアに来た。
その内容はアップデートと潜在能力の全て、公開処刑で待ち受ける敵が誰か、
処刑場であり、ジャックの旅のゴールがどこなのか。
分かった事その2。
火事になっている屋敷の正体。
それはダイナーという奴隷商人の金持ちの男が気に入った奴隷にプレゼントした家。
廊下にはいくつもの扉と監視カメラが並んでいて、奴隷の部屋は火なんて通さず、ベッドやシャワールーム、ソファーなど様々な家具が置かれた安全な部屋。
分かった事その3。
ヴェルグは親友を厄介な連中に捕まった。
その親友こそグラリオの事で、一緒に処刑場に行ってくれる仲間になるかもしれない。
各サイドの動き。
パンザレスサイドでは「P.C」という謎の文字を見つけて、
シロナサイドでは特別な部屋の中で奴隷「ラズリー」と出会う。
問題なのはジャックサイドで、いつも笑っているジャックが怒りのあまり壁を壊して無理矢理特別な部屋を目指しているということ。
……コロシアムのクエストが終わってから物語は変化を遂げて加速――。
ジャックの旅のゴールが処刑場なのが明らかになって、
無事にゴラゴラン、グラリオ、大文字タケルを助け出せればゲームクリア。
ヴェイルノート曰くその日まではまだ何日もあるからしっかり準備をする事。
そう、この屋敷の出来事はいつか来る「その日」に役立つ情報と、新たな仲間と繋がるための試練の1つ――。
****
ここはラトリアより離れたどこかの町。
薄暗い通路を2人の男が歩いていた。
おい聞いたか?
どっかのバカがあのお方の"鳥かご"に侵入したらしいぞ。
いるんだよなぁ、何の建物かも知らないで勝手に入る奴。
大体どこぞの盗賊か魔物の仕業だけどさ……
いや、それが今回はとんでもない美人らしいぞ?
監視員から聞いたんだけど胸がこーーんなに大きくて……
は、はい!
場所はラトリアの獣人街で、美女が2人いると……
何だと!?入り込んだのは獣人か!
猫か?犬か?狸か?狼か?
うぐっ……!首を絞めないでっ……!
これでは説明できま……!く、苦しい……!
さて、お前は”どこ”がいいか。
人間、男、体型は普通。力仕事には向いていない……
本当ですか!?彼らはどんな時も挫けず、盗賊やギルドと戦う戦士だと聞いています!
いつもボロボロだけど誇りを捨てないその姿はまさに――
奴らは奴隷軍隊だ。
我々の財産を狙う愚か者を始末するための「道具」の集まりで人間ではない。
体が負傷しようと治療など金の無駄、一生戦い続けて死ぬ運命なんだ。
そうだ、お前はペットのエサにしよう。
ちょうど人喰い魚を水槽に入れて来たんだ。
人間の1人くらい簡単に丸呑みできる大きさなんだ、喰われたらどうなるか体験してみたいだろ?
や、やめて!!やめて下さいダイナー様!!
嫌だああああああああああああ!!!
男は叫び声も虚しく通路の外に連れて行かれる。
するとダイナーは不気味に笑い、両手を開いて叫びだす。
はははははは!
この町は金を持ってる人間が神!
金を持たない人間はゴミ同然!
俺には億を超える金とムカつく奴をいくらブッ殺しても許される権力がある!
どいつもこいつも俺様の奴隷なんだ!!
虫ケラが逆らうんじゃねぇ!!!
そうだ。
俺の大好きなラズリーの部屋に入ったという2人の女も奴隷にしてやろう……
ははは……はははははははは……!!
そう、ここは財産を持つ者と持たない者が暮らす町「ピットセレブ」。
ある者は常に全裸の性奴隷に……
ある者は人の体をどこまで痛めつければ死に至るかの実験をされて動画で配信……
ある者はストレス発散のための見せしめとして殺される……
このように人を捕まえて奴隷にする者はダイナーだけではなく、その数も少なくない。
しかしその反面、その行いを止めようと各国の騎士団から派遣された者やギルドなど様々な者が潜入中。
その中にはジャックの事を知っている意外な人物も……?
【アルバート・ラッセル】
噂以上にひどいな。
僕の一族も莫大なお金を持ってるけど、お金を持ってない人を見下すような事はしない。
うぅむ……「アレ」を金庫の塔から取り出そうと思っていたんだが、どうしたものか……
【ノノカ】
私も「あの人」に好き勝手にされたら困ります。
姉様は大変な事になってて頼れないし、どうしたら……?
****
一方、ここはラトリア。
「鳥かご」と呼ばれる奴隷用の部屋。
やはり廊下だけでなく、室内にも監視カメラが設置されているこの中の会話は、ピットセレブのモニター室にいる監視員の耳に入っている状態。
なお肝心のダイナー本人はまだ不在……
――鳥かご……!?
ダイナーという男から奴隷を特別な存在だと言われたって……?
【ラズリー】
はい。
私達「フィール」の寿命は2千年。
ダイナー様は人間ですが、彼が生きている間もその後もずっとここで生活をして、言う通りに「お祈り」していれば幸せになって貰えると言われました。
私、フィールって聞いたことあります!
魔族の中でも「幸せの象徴」を求めて生活して、争いを避ける方々の事ですよね?
頭のツノには高い治癒力があると言われていて、どんな傷もすぐに治ってしまうんです!
「もふもふしたもの」です!
毛皮とかぬいぐるみとか、もふもふしたものを触る事を「モフる」と言うでしょう?
彼女達は身近な所にそれを置きたいと思っているようですが、なかなか見つからないそうで……
それはそうと、ピットセレブの近くを歩いている時にダイナーという方に拾っていただいた……
と言ってましたけど、奴隷というのは幸せとは遠く離れたものですよ?
そうよ。
人を人とも思わない暴行を受けたり、馬鹿にされたり、体の一部を引きちぎられたり……
そういう扱いを受けた者、それを奴隷と呼ぶの。
それなのに……
あなたはその意味が分かっていない。
今すぐここを出ましょう?私達と来るの。
そうですよ!
痛い所はありませんか?何か、ひどい事をされたりとか……!
えっ?
でもこのお部屋は私がお祈りをすれば治癒をいつでもダイナー様に行えるようにしてあります。
人の役に立てるのはとても良い事ですし、本当に奴隷という物の意味が間違っていたなんて……
あなたは騙されていたのよ!
非道な男のために能力を使う必要なんてないわ!
寿命が長いからってずっとここに閉じ込めてるなんておかしい!
あぁ、なんて可哀想なんだ。
せっかくラズリーが人の役に立とうとしているのに……
きゃあ!?誰ですか!?
どこから喋っているんですか!?
突然の声にビクッと反応してしまったシロナ。
部屋を見渡すと、大きなモニターに眩しい金色のソファーに座ったダイナーの姿が……
あぁ。住み心地はどうだい?
欲しいものがあったら何でも言ってくれ。
君だって女の子だ、かわいい物や宝石、高級なフルーツ、好きなものなんていくらでもあるだろう?
もっと欲張っていいんだよ?
うわっ!なんて醜いんだ!
上半身は人間、下半身は蜘蛛の体。
これが噂に聞く蜘蛛の獣人か!あぁ気味が悪い!
こんなもの一部のマニアしか喜ばないぞ!
これのどこが美女なんだ!! ゴミクズじゃないか!!
おおおおおお!いるじゃないか!
胸もでかい、顔もかわいい、まさに美女!
今まで捕まえた牛の獣人を処分してもいいくらいだ!
よし、俺専用の性奴隷に決めた!!
善は急げ、だ。
その家の近くには部下がいてね、付いていけば俺のいるピットセレブまで連れて行ってくれる。
そして直接会えたら、服を脱ぎ……
一生全裸のまま生活するんだ!逃げられないぞ?
はははははは!
安心したまえ。
家族や仲間を心配しているなら名前と住所を言いなさい。金を支払おう。
100億リエルもあれば一生遊んで暮らせるだろう?
俺には使っても無くならないほどの金があるんだ。もっと欲しいなら……
わかっていないようだな。
お前は俺が買ったんだ。自由など無い!
ん?何だ?気味が悪いと言われてショックでも受けたのか?
それとも牛の獣人と友達だから仲間外れにされて悲しいと?
私は気持ち悪くなんてない!
醜くもないし、顔も体も普通!
ずっと避けられてきたけどアップデートのおかげでみんなやっとわかってくれたの!
それなのになぜ……!
そうよ!
彼が私の悩みを分かってくれて、そのおかげでビースト学校の子ども達と普通に会話できた!
コロシアムの剣闘士だって私の事を避けたり嫌ったりした態度は見えなかった!
世界は間違いなく変わった!!
やれやれ。
お前にとって何が変わったのかは知らないが、アップデートが起きた事で毎回世界中が変わるわけじゃない。
「世界の更新アップデート」とは言われてるが、
何が変わったのか?
変わったものの範囲はどれくらいなのか?
追加されたのか削除されたのか?
そんなものは確認しないと分からない。
……謎の多い事象だからな、仕方ないさ。
ラトリアの人間がお前を見る目は普通で、誰も気持ち悪がったりしない。
だが俺のいるピットセレブは違う。
お前は気持ち悪い。
蜘蛛の獣人は不快だ。見るだけで嫌になる。
生きる価値もない。
そんな事ありません!
ダイナーさん、相手がどんな種族であってもそのようなひどい事を言うのは悪いことですよ!
どうして優しく出来ないのですか!
金を持たない者が逆らうな。
生きる価値がないのはここにいる全員だが、俺が奴隷としてリサイクルしてやるんだ。
どうせ扉の向こうは火事、逃げられはしない!
はははははは!
『オレは相手がどんな種族だろうと馬鹿にしたりしないし、ここにいるみんなも同じですっ!』
ジャックがいるわ!!
誰かに馬鹿にされても彼は友達でいてくれる!
それなら、ラトリアの外でもどこでも出れる!
私を助けてくれる!!
そうですよ!
アップデートが不完全でも、ジャックさんは優しい心を持った方です!
ここが脱出不可能だとしても、私達の事を助けに来てくれます!!
へへ……
ジャックが助けてくれる?本当にそう思ってんのか?
そうよ!
彼はとても優しくて、仲間が傷付く事を許さない!
この部屋もあなたも終わりよ!
普通の人間とは違う秘密があるんだから!
ははは!そりゃあそうだ!
アップデートに関わってるだけじゃねぇ、潜在能力で仲間を強化できる異世界人なんて普通はいねぇよ!
だが、潜在能力は恐ろしい能力だ。
メリットもあれば取り返しのつかないデメリットもある。
未知の力ってのはいい事ばかりじゃないんだ。
ジャックは本当に助けに来られるかな?
へへへへ……!
****
屋敷内。2階。
突然壁を壊しながら3階への階段を向かうジャックと止めようとするヴェルグは最悪の展開に……
ジャック!パンチを止めろ!
おい、急にどうしたんだよ!?
はぁ、はぁ……!
まだ足りない!全部壊すんだ、助けるために壊すんだ!!
体の色が変わった!?
まさか今、ジャックのジョブは……!?
己の腕を犠牲に全てを破壊する禁忌の拳!!
ジェノサイド……!!
おいおいおいおいおい!
腕が使えなくなる代わりに全力でブン殴る最終奥義を使うつもりか!?
その前に自分の体を見てみろ!ギャラクシーになってる間は体が赤くなるけど今のお前は普通だろ!
つまり禁忌の技は使えねぇんだ!
このまま壁を殴ったら痛いのはお前だぞ!
頼むから目を覚ませよおおおおおおお!!
自分なんてどうでもいい!!
邪魔するなら容赦しないぞ! どけ!!
や、やめろよ……!
俺達もう友達だろ!?頼むから殴るのを止めてくれよ……!
お前が心配なだけなんだ、分かってくれ!!
このっ……!
分からず屋ああああああああああああああ!!!
ギャラクシーのままだと思い込んで禁忌のパンチをしようとするジャック。
ヴェルグはそんなジャックを心配して必死で止めようと説得するけど声が聞こえていないのか、壁ではなくヴェルグに向かってまさかのパンチ。
そして
「ジャックを止めるにはこれしかない!」
そう思ったヴェルグはなんと、避ける事も防御する事もせずにジャックのパンチを顔面に喰らってしまう……
その威力はギャラクシーでないにしても、何の迷いも躊躇もない全力のパンチ。
もしもギャラクシーになっていてこの技を受けていたら、いくらヴェルグでも瀕死の覚悟をしなくてはならない――。
ぐっ……!
なかなか効いたぜ!やっぱり良いパンチしてるじゃねぇか!
っへへ……
何で急に壁を壊して、何でオレにまで攻撃してきたのかなんて、もうどうだっていい。
俺もお前も"男"だ!!
受けたパンチにはパンチで返すのが礼儀ってモンだろ?
待っててやるからもう一度ギャラクシーになれよ!
全力で相手してやる!!
嫌だ、なんて言わせねぇぞ?
お前は人の話を聞かないでその手で殴ったんだ!
助けなきゃいけねぇ女が後で怪我したって自業自得!
さっさとやろうぜ!
とっととギャラクシーにならねぇと、俺のパンチをモロに喰らう事になるぜ?
ディアスの筋肉は人間より何倍もでかくて強いんだ!
ヴェルグの言葉に動揺してジャックの動きが止まった所を狙って、容赦のないパンチ「ニトロスマッシュ」をするヴェルグ。
ジャックは防御もできずにモロに喰らってしまい、ガクガクと痙攣したように体を震わせてその場に立ち尽くす。
なかなか効くだろ?
今のはギャラクシーの技の1つで、爆弾が爆発したようなスピードと威力で殴るものなんだ。
これを受けた者は痛みが体に蓄積し、胸の辺りが熱くなって……
その瞬間、まるで目の前の見えない爆弾が爆発したかのようにジャックが後ろに飛び、
腹部を中心にグルグルと体が回り、大の字になって遠くの壁に激突。
そのダメージはとても大きく、壁が壊れてしまい、屋敷の外が見える状態に……
今ジャックとヴェルグがいるのは2階。
なんとか壁が壊れて外に落ちる事は免れたようだが、体のダメージは甚大。
うつ伏せになって倒れてしまったけれどなんとか立ち上がろうと力を振り絞り、前を向く。
目の前が霞む中、ヴェルグはこちらに向かって歩きながら拳を握り、体が赤く燃えている。
その表情は「まだ全力なんて少しも出してない」と分かるくらい涼しい顔。
同じギャラクシーというジョブでもこれだけの力の差があるのは種族の違いか、父親に鍛えられた過去があるからか。
その答えが何にせよ、決闘はまだ始まったばかり……。
呼吸を整えろ。拳を構えろ。
ギャラクシーの技はまだまだこんなもんじゃない。
いつか来る"実戦"に役立つさ。
お前はすでに女2人を守るために屋敷に来てるっていうのに、たとえ危険だろうと子どもを助けに行くと言った。
ダイナーの事を話した時もそうだ。
ドゥーンとパンザレス、その仲間2人も死なせないし、奴隷も逃がす。
お前はそう言ったな。
正直すごいと思うよ。
あれもこれも助けるって笑顔で言えるのは相当の覚悟がある奴か、力がある奴か、なんとかなるって考えてる奴かだと思う。
そういう奴はハハハって笑い飛ばして、仲間の不安を消してくれる。
でもお前はあの時、笑ってなかった。
怒りに身を任せて壁を壊して、俺の話を聞かなかっただろ?
本当は仲間に辛い目に遭ってほしくないんだろ?
本当は助けられるか不安なんだろ?
本当は焦ってるんだろ?
本当は俺の声が聞こえないくらい辛かったんだろ?
だったらよ……!
何で心が限界になるまで抑えてるんだよ!?
無理して笑わなくていいだろ!?
「助けて」って仲間に頼ったっていいだろ!?
1人で苦しまなくたっていいだろ!?
お前がおかしくなったのは不安や焦りを溜めすぎたからだ。
それを解消すれば元通りの優しいジャックに戻れる。
もちろん中途半端は無しだ。
まぁ、これから会う敵だと思えばいいんじゃないか?
例えば今も監視カメラで俺達を見てるダイナーとか、公開処刑の敵でもいいと思うぜ。
出来ないなんて言わせねぇよ!
俺と同じ技を使ってみろ!力が跳ね上がるぞ!
全身の筋肉を活発化させる技、オーバードライブ!!
次回、ジャックとヴェルグの決闘の後編。
体から蒸気を発してお互いの身体能力が上がった2人はどんな技でぶつかり合うのか?
ジャックの心は癒えるのか?
つづく!
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