52話 ノノと精霊の森!
文字数 5,928文字
クリスマスパーティーから数日後。
グラスオーヴィは普段通りの営業になったものの、パーティーに参加した客のほとんどがアンコールを求め、人が人を呼び、人気は急上昇。
ただ、「売り上げもガッポリ!」とドヤ顔をしていたリサを裏切るように、売り上げは不調。
というのも、飲食物の持ち込みをOKにしていたためメニューの注文が少なく、リサは撃沈……。
一方ジャックは、クリスマスの衣装を着たソニアやノノがカメラに向かってピースしている写真や、ナナが踊りながら歌を歌っている動画など、たくさんの思い出がスマホの中へ。
その一方、アイザワに言われた言葉が気になりすぎてぼーっとする毎日を送っていた。
****
午後12時。
グラスオーヴィ、食堂。
楽しいはずの食事は、リリムの大きなため息で始まった。
確かにパーティーは楽しかったけど、リサは売り上げで撃沈……
ソラはメニューと客が持ってきた飲み物といろんな食べ物が恋しくて冷蔵庫を漁ってるし……
あーもう、どうなってんのよ!
ジャック、しっかりしなさいよ!何があったのよ!
へ?じゃないわよ!リサとソラは理由がはっきりしてるけどあんたは何も話してくれないじゃない!
目の前に置かれた美味しそうなキノコのパスタや紅茶にも目もくれず、ただ椅子に座って窓の外に見える青空をぼーっと眺めながら、ため息をひとつ。
あの日アイザワに「伝えたい事がある」と言われグラスオーヴィの店頭で知ってしまった事実。
その事が頭から離れずぼーっとする事が多くなり、昼食も酒場の仕事も入浴も目の前にあるものをただただじーっと眺めてばかり。
リリムやソニア、ミノルが何があったのか聞いてみても生返事の繰り返し。
オマケに、誰かがトイレや脱衣所にいる時に入ってしまう"ラッキースケベ"を体験する事も何度かあったが、ジャックの反応は……
といった、特に嬉しくありませんよと言わんばかりの返事のみで、時には「フッ」と鼻で笑い何事もなかったかのように扉を閉める事もあり……
(鼻で笑われた……!?私には魅力などないのだろうか……!)
ジャック、早く食べないと冷めちゃうぞ?いや冷めているのは私の心の方か……あぁ、誰か暖めてくれ……
や、ややこしい……!?
そうですね……ややこしい鬼ですみません……
同じ言葉ばっかりでゲシュタルト崩壊するからやめれ!
リサ、ジャック、ソラに続き、
ソニア、時雨、ミノルまでもどんよりとする食堂。
そんな中、もう1人悩みがあるのか下を向き、ただ椅子に座って黙り込んでいる少女がいた。
それはグラスオーヴィ、料理担当のノノ。
もともと引っ込み思案で大人しい性格の彼女だが、水の精霊も心配するほど元気が無く、持っていたフォークを落としてしまう。
はい、落としたわよ。
あんたも元気ないみたいだけど、どうしたの?泣きそうな顔してるじゃない。
ちょ、ちょっと泣かないで!大丈夫だから!話聞くから!
実は……「冒険者カード」を無くしちゃって……!探しても全然見つからなくて……!
ジャック、クエストを受けた事はないのか?冒険者ギルドで作れるはずなんだが……
あぁえっと、冒険者ギルドには通ってたんだけど、クエストは受けたことないんだ。
よく考えたら、オレって冒険者なのかなぁ?
何よそれ?質問の意味がわからないわ。冒険者ギルドでカードを発行してもらえば誰でも冒険者でしょ?
そうなんだ?
じゃあオレは冒険者じゃないなぁ。自分で冒険者って名乗ってるだけだから……
ウソでしょ?知らなかったの?それじゃただの村人と変わらないじゃない……一体どうやってウメダダンジョンまで来れたのよ……
いやぁ、一応剣士になれたから冒険者だーって思ってて……
確かにジョブを手に入れるのは誰でもできて、冒険者カードを持つ必要もありませんが……
冒険者カードは冒険者ギルドで誰でも作れるカードの事で、クエストを受けるために必要なものなんだ。
もちろんクエストを受けずにフリーで魔物と戦う者もいると思うが、報酬のない戦闘では生活できないし身分を証明する物にもなるからカードを作って魔物と戦う方が多いよ。
ノノも一緒に行こう。
ウエノの冒険者ギルドへ行って、カードを再発行してもらうんだ。カードを作った冒険者ならデータが保存されているはずだからな。
カードを作ったら、私達3人で初心者向けのクエストに挑戦してみよう!
(よし!2人とも元気になってくれた事だし、張り切って行くか!)
****
ウエノ。闘乱街。
冒険者ギルド。
見るからに強そうな男達。大きな声。
剣や槍などの様々な武器。人の熱気。
そこはウメダの冒険者ギルドとは違い、
自慢の筋肉を露出しながら仲間達と酒を交わす豪快な大男や、どっちが強いのかハッキリさせようかと言わんばかりに睨む男と男など、
とにかく熱く、強く、声の大きな者達で埋め尽くされていた。
念願の冒険者カードを手に入れ、大喜びするジャック。
カードには名前、ジョブ、冒険者レベルが書かれ、銀色に輝いている。
ノノの再発行の手続きが終わる前に説明しておくぞ。まずこのカードはクエストを受ける時に必要な物で、もし無くしたり折ってしまったりするとクエストは受けられない。
次にカードに書いてあるものの説明だ。まずは名前だが、手続きの時にクエストカウンターで言った名前が書かれる。ちなみに偽名やニックネームでも問題ない。
次にジョブ。
初めてカードを発行した場合はカードを持つ本人が剣士なら剣士と勝手に書かれるようになっている。ただしジョブカウンターで転職した場合はその都度クエストカウンターで手続きが必要だ。もっとも、職員にカードを渡せばすぐに終わるぞ。
最後に冒険者レベル。
これはカードの持ち主がどれだけクエストをクリアし、町や村のために魔物を倒してきたかを示すもの。最初はレベル1からスタートしてクエストをクリアするごとにレベルが上がっていく、という感じだ。
興味津々だな。
あっそうだ、ここでは自分が異世界人だと言わない方がいいぞ。バレるのも良くない。
闘乱街は血の気が多い奴ばかりだからな。治安が悪いわけではないが、みんな自分の強さに自信を持っている……。強い奴や珍しい奴に自分の力を見せたくて仕方ないんだ。
来るだろうな。
冒険者レベル最大。
近くにあるコロシアムの優勝者。
世界中で知られるギルドのマスター。
ソニアさん!ジャックさん!カードの再発行ができました!
冒険者カードをズボンのポケットに入れ、ガッツポーズをとるジャック。
するとソニアは、クエストカウンターの横にある大きなコルクボードを見る。
これはクエストボードといって、この冒険者ギルドに依頼した人の願い事の紙が貼ってある。冒険者である私達はこの中から好きな願い事を叶え、報酬をもらう……これがクエストを受ける時の大まかな流れだ。
ほんとだ!
ウエノ周辺の魔物退治、盗賊団の討伐……ダンジョンの攻略もある!ここから選んでクリアすればいいんだね?
そうだ。
しかし、どれもクエストランクの高いクエストばかりだな……
クエストにも冒険者カードと同じようにランクがあって、冒険者レベルがクエストランクを上回っていないと受けられないんだ。
じゃあ、冒険者レベル1のオレはクエストランク1しか受けられない?
その通り。
ただこれには抜け道というか、ある方法を使うと自分のレベルよりもランクが高いクエストを受けられるんだ。
そうだな……うん、これにしよう。
クエストカウンターへようこそ。受けるクエストは決まったかい?
ふむ?なに、これをやるのか?
カードは……んん?さっき再発行した嬢ちゃんと発行したばかりのボウズじゃねぇか。
クエストの紙と3人の冒険者カードを見比べ、頭を抱えるクエストカウンターの職員。
カードの持ち主であるジャックをチラッと見るが、カウンターの奥やクエストボードを不思議そうに眺めるジャックを見ていると、とてもクエストをクリアできるとは思えない。
オマケに……
なるほど。
クエストを受ける時は職員さんにカードを渡して許可が出ないとダメなのかぁ〜
ソニアさん、男の人ばかりで怖いです……声も体も大きいし、こんな所にいて大丈夫かなぁ……
どこの田舎者なのか、
駆け出しも駆け出しの明らかに初心者にしか見えないジャックに、周りの冒険者の笑い声に怯えて悲鳴を上げるノノ。
職員は「はぁ……」とため息をつき、心配そうにソニアを見つめる。
あのなぁ、クエストってのは魔物と戦うような命がけの仕事なんだぞ?もしこれを受けて君達が帰って来なかったら俺はどうすりゃいい?君達の親御さんに合わせる顔がないよ。
問題ない。私がいる。
2人はレベル1だが私はレベル3。
それに女の子は精霊術士だ。クエストの内容にも合っている。必ず帰ってこれる!
アイテムを10個集めてクエストの依頼主に渡す。それだけだ。
いやいやちょっと待て。
このクエストのランクは3だぞ?
剣士レベル30、剣士レベル2、精霊術士レベル5でクリアできるものじゃ……
えっクエストランク3?
それじゃ受けられないんじゃ……?
そうそう。やめとけ。
もっと簡単なクエストがある、そう急ぐこともない。何事も地道に挑戦していけばいいのさ。
あぁ、俺っていいヤツ!
パーティを組むことで、
リーダーの冒険者レベルで受けられるかを決める事ができる。
リーダーはもちろんレベル3の私。
つまり、パーティメンバーの冒険者レベルが1でも私が冒険者レベルが3なら受けられるんだ。
心配してくれてありがとう。私達は大丈夫だ。必ず帰ってくる。
あーーーーーもう!
わかったよ!その代わり、本当に帰って来いよ!?1人も欠けるんじゃねぇぞ!?
俺との約束だ!いいな!?
ジャック、ソニア、ノノと熱血派の職員。
笑顔で拳と拳をゴツンと当て、約束を交わす。
そして……
****
いっそうと生い茂る様々な木。
ギャアギャアと聞こえる鳥の声。
辺りに広がる白い霧。
ジャック達は、
クエストの内容にあった"とあるアイテム"を集めるため、ウエノの北に位置する大きな森の入り口へ辿り着いた。
確か集めるアイテムって「マナ」……だよね?それってどういうものなの?
マナとは精霊さんの力が結晶となったものです。小さなものから大きいものまであって、魔法ジョブの人にとってとても大事なものなのです。
グラスオーヴィからウエノへ行く時、転移の魔法陣に乗っただろう?あれは時空の精霊の力によって転移できるもので、魔法も精霊の力を借りているんだ。
そして、精霊さんが力を発揮できるのはマナがあるおかげなのです。
マナってすごいね!
でも、そんなものを集めて大丈夫なのかな?
そう言うとノノは目を閉じ、森の入り口に向かって祈りだす。
するとさっきまでギャアギャアと聞こえていた鳥の声は穏やかになり、霧も晴れていく。
今まで見ていた森は仮の姿。
精霊の森というのは普段、人間が入れないようになっているんだがノノは特別でな。
ここで祈る事で幻が消えて中に入れるようになるんだ。
****
大きな木や小さな木、丸い花や尖った花。
全ての草木を優しく撫でるように暖かい風がゆっくりと吹き、タンポポの綿毛のような白くてふわふわしたものが風に踊り、
緑や赤、黄色など様々な色をした小さな光の玉がジャック、ソニア、ノノに付いていく。
少し早く歩けば早く、遅く歩けば遅く付いてくる光の玉に、ジャックは小さな子犬のように思えて笑顔になる。
かわいいなぁ〜♪
この子、連れて帰っていいかなぁ〜♪
えっ?この光が精霊なの?
やっと見えたよ〜!ちっちゃくてかわいいなぁもう〜!
この森にあるマナの力で、魔法ジョブじゃない人も見えるんです。
といっても、ここに入れる人は少ないんですけど……
それは……私のお父さんがこの森の英雄だからなんです。
はい。
私が生まれる何十年も前、世界中で大きな災害がありました。お父さんはその時、この精霊の森を救ったんです。
私も聞いた事がある。
ウメダやウエノ、セント・ブルム……世界中の町や城に住む人や獣人、野生の魔物までもが犠牲になったらしい。
お父さんはすごいです。
いろいろな町を巡って災害で苦しむ人達を助けて、その途中でこの森を見つけて、精霊さんや鳥さんを避難させて、森が燃えても「まだ誰かいるかもしれない」って走り続けて……
目の前の光景に驚くジャック。
3人の目の前には、綺麗な花畑と大きな木に寄り添うように佇む白いピアノがあった。
はい。
ここはお父さんとお母さんが出会った大切な場所……
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