182話 ヴェルグ死す!?ナイトハルトの裏切り!
文字数 6,465文字
ナイトメアスタジアム。
2階、廊下。
ナイトハルトが自分の命を犠牲にして、
バベルもメテオヴァラスも倒すつもりでいる。
その原因はかつて三番隊の副隊長だった異世界人、雪菜の死。
「このままじゃ、師匠も雪菜も失ってしまう。」
「3人笑い合っていたあの頃には戻れない。」
「俺は独りになってしまう。」
ヴェルグは突然告げられた事に動揺しすぎて一歩も動けないでいた。
イヒヒヒヒ……自爆か!
いいねぇ!派手にやっちまえよ!
どうせならこのスタジアムだけじゃねぇ、居住区もまとめて吹っ飛ばしてみろ!
お前、連合に親を殺されて、
孤児院に転がり込んだんだろ?
ところがそこは、依頼主から指定された人間を消す殺し屋集団の養成機関だった。
その話、連合でも話題になったよ。
負の連鎖で世に出された人数は4桁を超えると言われてる。
どうすればこの繰り返しを止められるのか、みんな頭を抱えてたんだ。
……そして、そんなある日、
新しく三番隊の隊長に立候補する男が現れた。
それがナイトハルト隊長だ。
殺し屋のやってる事は分かっていても、まさか彼がその1人だなんて知るわけがない。
ちょうど三番隊の隊長だった男が魔物に襲われて亡くなった直後だったから、隊長になるのは早かった。
……ところが、それから数ヶ月後。
とあるプラントのギルドのメンバーが無惨な姿で発見される事件が起きる。
『奴らに殺されたんだ。
分かるよ。僕もその1人だから。』
『それは本当か!?
だとしたらなぜ素直に正体を明かす!?
彼らは素性を隠して活動しているわけではないのか!?』
イヒヒヒヒ!そうさ!
奴らはただ目的を果たすためだけに動き、
人間らしい感情も抱かず、邪魔する者も排除する!
だからナイトメアに誘いたかったんだ!
その方が向いてるからなぁ!
大体、さっきから言ってる「どうでもいい」は昔のままだろ?
どんなに長い間クラウディア連合軍の仲間として同じ屋根の下に居ようと、こいつにとっては他人の命なんて何の価値も無いんだよ!!
お前は何も分かってねぇ。
殺し屋だか何だか知らないけどな、師匠はちゃんと俺達の事を想ってくれてるんだよ。
本当に優しい人なんだよ……!
『グラリオは俺の親友。
でも厄介な連中に連れ去られた。
全部忘れたのは敵の仕業で、いつかぜってーブッ飛ばす!!
それと……』
『必ず思い出してやる!!
グラリオと初めて会った時の事も、思い出も、全部!!』
『元気でな。
どんな事があっても挫けずに前を向くんだ。
ヴェルグなら大丈夫だ、必ず全部思い出すと信じてる。』
俺は、師匠が今まで言ってくれた言葉を信じてる!!!
ナイス!良い事言うじゃん!
"あの時"の言葉も俺達を心配して言ってくれたんじゃないか!?
『さぁ、ここは俺に任せて先に行ってくれ。
仲間を戦いに巻き込むわけには行かないから
出来るだけ遠くに行ってくれると助かる。』
おいバベル!!
これでもナイトハルト隊長が俺達に無関心だって言えるか!?
師匠!自分を犠牲にして仇を取るなんて認めねぇぞ!
仲間を2人も失ってたまるかよ!!
ナイトハルトの前に立って、戦闘態勢になるヴェルグ、エディ、カブト。
バベルの操る虫は床に落ちたまま。
今なら攻撃しても虫に防がれる事はないはず。
……と、その時。
階段の方からジャックの声がして、
雪菜の姿がジャックと重なって見えた途端、
ナイトハルトはヴェルグの体を、
氷の魔剣で切り刻んでしまった……。
急いでヴェルグにかけ寄るカブト、エディ、ジャック。
血まみれになって、頭のツノにヒビが入ってしまい、勢いよく壁にぶつかって倒れてしまう。
喋っちゃ駄目だ!!
誰か、この中にヒーラーは居ないのか!?
居るけど、さっき"あの人"に襲われて意識が無いんだ……!!
はい……!!
階段の上からいきなり斬りかかってきて……!
師匠、大丈夫だからな……!
絶対、1人で戦わせない……死なせない、から……!!
嫌だ……!!
ヴェルグ君!目を開けてよ!!
ねぇ!!!
てめぇえええええええ!!!
自分が何したか分かってんのか!?
ヴェルグが、俺達が、どれだけあんたを心配してるか伝わったはずだぞ!?
くそっ!
ここはひとまず逃げた方が良い!
力のある者は負傷者を背負って走れ!
このままでは全滅もあり得る。
まさに緊急事態の中、これ以上犠牲者を出すわけにはいかないと1階へ走り出すバルトリオ。
何人かが重体の桃華、シロナ、ヴェルグ、カブトを背負って、バルトリオの背中を追いかける。
そしてナイトハルトは……
イヒヒヒヒ!
仲間に手を出したんだ!
これで裏切り者確定、もう思い残す事はないよなぁ!ハハハハハ!
そんなに俺と戦いたいならとっておきの舞台に招待してやるよ!
ルール無用、卑怯なんて言葉は存在しない最高の決闘をしようじゃねぇか!
イヒヒヒ……!
できれば要塞の外へ逃げてくれ。
爆発に巻き込まれないように、無事に脱出してくれよ。
『俺は絶対に約束を忘れねぇ!
クラウディア連合軍の事も、師匠の事も、雪菜副隊長の事も、ぜーーーんぶ覚えとく!
それで、いつか仲間ができたら自慢するんだ!』
『俺には大事な事を忘れた自分を大切にしてくれた人達が居る。
守ってくれた人達が居る。
俺にとっての宝物なんだって!』
****
ナイトメアスタジアム。
1階。救護室。
白いベッドにカーテン。
棚にはいくつもの薬が並んでいるけれど、今のメンバーの中に医療知識は無い。
となれば傷を回復する魔法に頼りたいところだけど、ジョブ「ヒーラー」のシロナはナイトハルトによって深い傷を負って意識が無い状態……。
クエストクロックのジョブチェンジ機能に回復魔法が扱えるジョブがあるのも彼女1人で、
他に頼れるメンバーは居なかった……。
氷の魔剣による切り傷と凍傷で重体の4人。
ヴェルグ、カブト、桃華、シロナ。
ただベッドで寝かせてあげる事しか出来ない。
ただでさえ深刻な状況なのに、このままでは取り返しのつかない事になる。
しかし解決策は何も……
こんなに薬があったって何の意味もない!
これじゃ助けられないじゃないか!
どうしたらいいんだよ!!
落ち着け……。
棚を殴って薬を割ってもこの状況が好転するわけじゃない。
それにバベルとメテオヴァラスの手下もまだスタジアムの中に居るだろうし、あまり音を立てて見つかるのは避けたい……
そうなればベッドで眠る4人の命はどうなる?
相手は100人を超える敵なんだ。
生かしておくはずがない……!
お前は悔しくないのかよ!!
ナイトハルトのせいでこんな事になって何とも思わないのかよ!!
待ってよ!ケンカしちゃダメだよ!
バルトリオさんの胸ぐらを掴むのはやめてよ!
どこがだよ!
あいつは手を抜いたわけじゃないんだぞ!?
本気で4人を斬ったんだぞ!?
悪意以外の何があるって言うんだよ!!
俺はあいつの過去を最初から知ってたわけじゃない!後から聞いた!
でもヴェルグや雪菜と仲良く話してる所は実際に見てた!
だからちょっと安心してたし、良い奴なのかもって思ってた……!
雪菜がバベルに殺されたからか!?
だったら自分の命を捨てて、仲間に手を出してもいいって言うのか!?
……そうだ。
階段を上がってまっすぐ行った所にヴェルグ君とナイトハルトさんの後ろ姿があって、オレはその背中を見てた……
……ねぇ、みんな。
あの時、女の人の声が聞こえなかった?
うん!聞こえたよ!
その人から離れてって言ってたよね?
でも誰だったんだろう?
誰に対して言ったのかも気になるな。
話の流れだとヴェルグ君に言ったように思えるけど……
突然聞こえた女性の声に頭を抱えるジャック、モリゾー、バルトリオ、エディ。
その時、ベッドで寝ているヴェルグは夢を見ていた。
何もない真っ暗な空間。
どのくらいの広さなのか検討もつかない。
そんな中、現実と同じようにベッドで眠っていたヴェルグの手にピタッと水が落ちた。
イヤだよ……起きてよ……
お願い、死んじゃイヤ……ねぇヴェルグ君……!
あ、いきなりでビックリしたよね……!
ごめんね……!
ごめんなさい。
君がクラウディア連合軍を出て行った後、バベルがもう一度彼をスカウトしに来たんだ。
……うん。
私ドジだから、その時にポックリ逝っちゃってね。
せっかく彼が三番隊を辞めて私と静かに暮らすんだって言ってくれたのに、さ……
……それから彼は変わっちゃった。
クラウディア隊長に今すぐナイトメア連合軍を滅ぼす方法はないか聞いたり、とにかく笑わなくなっちゃって……
ある日、バベルとメテオヴァラスの2人がこの要塞に居る事を知って、
正体を隠して用心棒としてスタジアムの中を出入りするようになって。
増援としてエディ君と一緒に君と会えた時に、1人で戦う事を決めたんでしょうね。
『それで、俺が三番隊を辞めてからどうだったんだよ〜?
もしかしてもう結婚したのか?
「雪菜ラブ」だったもんな〜!!』
多分、その時に私の事も話すつもりだったんじゃないかな?
……教えてくれ。
雪菜副隊長は何で死んだんだ?
バベルに襲われた時、何があったんだ?
『イヤ。絶対死なせない。
大丈夫だからじっとしてて。』
『どういう事だ……!?
傷がどんどん治っていく……!?
しかし君は傷付いて……』
『ま、まさか……!?
君は人の傷を癒す代わりに、その痛みを……!?
や、やめろ!やめるんだ雪菜!!』
『今までありがとう。
私はあなたと一緒にいれて幸せでした。
大好きだよ♪』
そう。異世界人だけが使える特別な力。
でも酷いよね?どうせ不思議な能力が貰えるならもっと違うのが良かったよ。
……ヴェルグ君。
クラウディア連合軍、三番隊はまだ終わったわけじゃない。
彼を、ナイトハルト隊長を助けてあげて。
師匠が俺を攻撃する前に、
ジャックと雪菜副隊長の姿が重なって見えた時、
「その人から離れて」って聞こえたんだ。
あれはどういう意味だったんだ?
ジャック君!みんな!!
ヴェルグ君が目を覚ましたよ!
そこをどけ、エディ。
あの人は俺達を助けてくれたんだ……!
こんな所で寝てる場合じゃねぇんだよ……!
早く行かないと……師匠が……!!
あの時、俺達は誤解してたんだ……!
虫が床に落ちたのは師匠の殺意が怖かったからだと思い込んで、今ならバベルを倒せると思ってた……!
でも違ったんだ……!
虫を床に落とした後、バベルは俺達の足元にピッタリくっつくように操ってた……!
じゃあナイトハルトさんはヴェルグ君を斬ったんじゃなくて、ヴェルグ君の体を刺そうと狙ってた虫を斬ろうとしたの!?
そうか……!
ヴェルグ君たちがチャンスだと思っていたあの状況はピンチだった……!
ナイトハルトさんはそれを見抜いて、あの状態で虫を倒し、
かつバベルと2人きりになる事に成功した……!?
じゃあ何か?
シロナちゃんと桃華ちゃんがやられた時も、虫が狙っているのを見抜いて……!?
でも、だからって本気で攻撃する事ないよね!?
傷を回復するアイテムも魔法も無いんだよ?
オイラ、もうダメかもって……!
うううう〜!
さっきまでの自分を思い出すヴェルグ。
もしナイトハルトがこうなる事を予測していたのなら、密着していた時にこっそり傷を治すアイテムを渡してくれていたかもしれない。
……そう、誰も気付かぬうちに。
『師匠!自分を犠牲にして仇を取るなんて認めねぇぞ!
仲間を2人も失ってたまるかよ!!』
慌ててズボンのポケットを探ると、そこには青い液体が入った小さなビニール袋が入っていた。
これはポーション!?
患部に塗る事で効果が出る、回復薬だ!!
でもいつの間に!?
俺とエディとカブトの3人で師匠の前に立った時だよ……!
あの時、俺達の後ろに居たからバベルに気付かれずにコレを入れられたんだ!!
じゃああいつは、本当に俺達を助けてくれたのか……!!
『てめぇえええええええ!!!
自分が何したか分かってんのか!?
ヴェルグが、俺達が、どれだけあんたを心配してるか伝わったはずだぞ!?』
ナイトハルトは紛れもなく仲間で、
きちんと自分達の気持ちが届いていた。
だからこそ回復手段を残した上で虫から守るためわざと攻撃をして、
バベルとの決闘を選んだ。
とはいえ、相手はナイトメア連合軍バベル。
虫を使う、使わないに関わらず、
正々堂々と戦うとは考えにくい。
最も残酷で、卑怯な手口でナイトハルトを痛めつけるだろう。
そして本人は間違いなく、自爆して死ぬつもりだ。
彼女はもう死んだんだ。俺もすぐにそっちに行く。
仇さえ討てればいつでも死ねるんだ、こんな世界なんてどうでも……
『師匠、大丈夫だからな……!
絶対、1人で戦わせない……死なせない、から……!!』
『師匠!自分を犠牲にして仇を取るなんて認めねぇぞ!
仲間を2人も失ってたまるかよ!!』
……大丈夫だ。
ポーションに気付いてくれれば傷はすぐにでも回復する。
スタジアムの外、いや、要塞の外まで逃げてくれれば爆発に巻き込まれる事はないはずだ。
そんなに急かさなくてもすぐに死ぬんだ。別にいいだろう。
ナイトハルトの死まで残りわずか――。
果たしてヴェルグ達は彼の命を救い、バベルを倒す事が出来るのだろうか?
つづく!
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