第106話 青白い火花

文字数 756文字

「いかがいたしましょう……総大将」
 急変した事態に判断がつかず、すがるように武将のひとりがたずねると、蘇芳は、はっと我に返り、
「言わずと知れたこと。向こうから出向いてきてくれたのだ、ここで敵を迎え撃つ!」
 張りつめた声に操られるように、人々が命令に従うべく体を動かしかけた時。
「無理だ!」
 ただひとり真っ向から異を唱える者がいた。
 一瞬、空気が凍りついた。
 少なくともその場に居合わせた者たちはそう感じた。
「……無理とはどういう意味だ? 隼人」
 怒りをはらみながら、蘇芳が低い声で問うてくる。
 隼人は蘇芳の正面に立ち、
「この王宮は倭国の城とは違う。戦になった場合を考えて造られていない。攻めるにはよいが、守るには不利だ。しかもわれらより相手の方がこの宮殿をよく知っているはずだ。到底防ぎきれない」
「では、どうしろというのだ ⁉ おまえに策があるのか ⁉」 
「この王宮を捨てて撤退する。河を離れ、南へ向かう街道に築いた陣地まで下がる。相手はあくまで水軍だ。陸地まで深追いはしないはずだ。今はそれしか方策がない」
 街道を南下していけば麗江の港に着く。いざとなれば倭国へ撤退することも可能だ。
 ふっと曽我水軍と兼光の姿が頭をよぎった。
 が、羅紗の水軍もまずは王宮と王都の奪還に兵力を集中させているはずだ。おそらく麗江までは手が回るまい。
「この俺に不様に敗走しろというのか ⁉」 
 苛立ったように長い黒髪をかき上げ、蘇芳が怒鳴りつける。
 青白い火花が散るような睨み合いが続いた。
 相手が総大将であろうと、今回ばかりは隼人も簡単には引き下がれなかった。多くの兵の命がかかっているのだ。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み