第47話 その後の難儀

文字数 723文字

 難儀なのは、その後である。
 朝廷からは正式な勅命と共に幾ばくかの資金が下賜(かし)されたが、軍備を整え、海を越えて羅紗まで兵を運ぶにはとても足りない。
 家老の結城は金策に走り回り、「(いくさ)より、戦場(いくさば)に行くまでの方がよほど苦労でございます」とこぼしている。
 軍資金は全く不足しているのだが、隼人は頑として新たに税を課そうとはしなかった。
「これは侍が自分たちの都合で勝手に始める戦だ。領民に負担を強いるわけにはいかない」
 というのが持論だ。筋が通っているので家臣たちも反対できないでいる。
 当面の問題は船だった。
 海に面しているとはいえ、草薙は水軍など持ってはいない。
 今から軍船を造って水軍を持つなど、時間と資金に限りがある以上、およそ不可能な話だ。
 たとえ船が造れたとしても、使いこなせなければ意味がない。
 船を自在に操るためには訓練と経験がいる。自分たちだけでは海戦どころか、羅紗までたどり着くのも無理だろう。
 自前の水軍などという幻想は、早々に捨てねばならなかった。
「船を造るのは無理としても、船着き場くらいは整備しておかないとなあ」
 遅々として進まぬ軍議の中で、隼人が悠長に言う。
「確か、遠海(とおみ)の入り江に今は使っていない桟橋があるから、あれを補修したらどうだろう」
「肝心の船がなくては、船着き場も使いようがありませぬ」
「ああ、その件なら……」 
「何か妙案がございますか⁉」
 言いかける隼人の言葉をひったくるように結城は身を乗り出した。もはや万策つきた家老には当主の知恵だけが頼りだ。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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