第115話 敗退

文字数 574文字

 王都の奪還をきっかけに、羅紗では制圧された地方でも反乱が起きていた。
 自分たちの国を取り戻す──民衆の抵抗のうねりは日ごとに大きくなり、倭軍は各地で敗退を余儀なくされていた。
 麗江の港でも同様だった。農民や漁民たちは義勇兵となり、山に潜んで港に奇襲をかけてきた。
 司令官であった敷島は早々にこの地を捨てて逃げ出していた。
 しかし昼夜とない奇襲に悩まされながらも、曽我水軍は麗江にとどまり続けていた。
 港には続々と倭国の兵が集まってくる。自分たちまで逃げ出したら、いったい誰がこれらの兵たちを故国へ運ぶというのか。
 幸い、羅紗水軍は王都を奪還した後、落ちのびた国王と合流するために、多くが北へ向かったという情報を得ている。今しばらく時は稼げるだろう。
 将の曽我兼光は隼人が戻って来るのを待っていた。
 まっすぐな眼をしたあの若者と、彼が率いる九条軍を。
 約定を交わしたのだ。九条の兵たちを船に乗せ、故国へ連れて帰ると。
 だが、傷つき疲れ果てて麗江まで戻ってきた九条軍の中に、隼人の姿はなかった。生死さえ不明だという。
 後からやって来る兵のために水軍の一部を残し、後ろ髪を引かれる想いで兼光は出港しなければならなかった。





第二部 完

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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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