第136話 枕もとに

文字数 723文字

 すぐさま館から駕籠が迎えに来た。藤音は如月に手を取られて乗り込み、館へ戻っていく。
 藤音を気遣い、ゆっくりと進む駕籠の隣を歩きながら、如月は懸念していた。
 嫁いできたばかりの頃、藤音は心労で衰弱してしまったことがある。
 あの時と状況は違うし、気丈にふるまってはいるが、夫が行方知れずという心痛は相当なものだろう。
 館に帰り着くと如月の指図で、すでに部屋には寝床が用意されていた。
「さ、横になられてくださいませ」
 如月はそうっと背中を支え、藤音を寝かせつける。
「ありがとう、如月」
「今はゆっくりとお休みなさいませ。如月がおそばについております」
 ふっと藤音は子供の頃、熱を出した時のことを思い出した。あの時も、やはり如月はこうして枕もとに座り、ずっと見守っていてくれた。
 母は弟を産むとほどなく他界してしまったので、藤音は半分は如月に育てられたようなものだ。
 昔を懐かしむようにほのかに微笑すると、藤音は瞼を閉じた。

 どのくらいの間、まどろんでいたのか。眼を覚ました時、あたりはすでに暗くなっていた。
「お目覚めになられましたか、藤音さま」
 如月が静かに声をかけてくる。
「ご気分はいかがです? 何か召し上がられますか」
「あまり食べたくはないのだけれど……」
「少しは召し上がらないとお体にさわりますよ。粥などお持ちいたしましょうか」
 粥、という言葉に藤音と如月は顔を見あわせ、くすりと笑った。遠海に来て以来、毎日、嫌というほど作ってきた代物だ。
「作るばかりが能ではございませんわ。こういう時のために粥はあるのですよ」




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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