第119話 如月の叱咤
文字数 716文字
「奥方さま、お静まりくださいませ!」
おろおろするばかりの家臣たちの中、激昂する藤音をいさめたのは如月だった。
「殿がご不在の今は、藤音さまこそがこの城の主 。主がそのように取り乱して何とします⁉」
如月の叱咤に、藤音はようやく冷静に返った。
そうだ。自分は隼人に留守を託されたのだ。
精一杯、落ち着いた口調で、藤音は伊織に語りかけた。
「承知しました。今は殿がご無事にお帰りになるのを待ちましょう。そなたも傷を負った身。今日はもう下がって休みなさい」
主としての矜持を持って告げると立ち上がり、しっかりした足取りで広間を出ていく。
だが自室に戻ったとたん、全身から力が抜けてしまい、藤音は崩れるように座りこんだ。
「藤音さま、先ほどは失礼いたしました」
深々と頭を下げる如月に、いいのよ、とうっすら笑ってみせる。
「もし如月が止めてくれなかったら、わたくしは自分の立場も忘れ、家臣たちの前でもっと取り乱していたでしょうから……」
言い終わらないうちに如月は藤音をふわりと抱きしめた。
「お許しくださいませ。藤音さまのお辛さを承知の上で、叱咤したこの如月を」
「如月はやっぱり母のようね」
藤音はかすかに唇をほころばせたが、すぐにそれは嗚咽に取って代わった。
周囲にいるのは気心の知れた侍女たちだけになって、ようやく藤音は声を上げて泣くことができたのだ。
涙は一度こぼれると、堰を切ったようにとめどもなくあふれてくる。
胸が張り裂けそうで、息をするのが苦しい。
身体の──魂の半分がもぎとられたようだ。
おろおろするばかりの家臣たちの中、激昂する藤音をいさめたのは如月だった。
「殿がご不在の今は、藤音さまこそがこの城の
如月の叱咤に、藤音はようやく冷静に返った。
そうだ。自分は隼人に留守を託されたのだ。
精一杯、落ち着いた口調で、藤音は伊織に語りかけた。
「承知しました。今は殿がご無事にお帰りになるのを待ちましょう。そなたも傷を負った身。今日はもう下がって休みなさい」
主としての矜持を持って告げると立ち上がり、しっかりした足取りで広間を出ていく。
だが自室に戻ったとたん、全身から力が抜けてしまい、藤音は崩れるように座りこんだ。
「藤音さま、先ほどは失礼いたしました」
深々と頭を下げる如月に、いいのよ、とうっすら笑ってみせる。
「もし如月が止めてくれなかったら、わたくしは自分の立場も忘れ、家臣たちの前でもっと取り乱していたでしょうから……」
言い終わらないうちに如月は藤音をふわりと抱きしめた。
「お許しくださいませ。藤音さまのお辛さを承知の上で、叱咤したこの如月を」
「如月はやっぱり母のようね」
藤音はかすかに唇をほころばせたが、すぐにそれは嗚咽に取って代わった。
周囲にいるのは気心の知れた侍女たちだけになって、ようやく藤音は声を上げて泣くことができたのだ。
涙は一度こぼれると、堰を切ったようにとめどもなくあふれてくる。
胸が張り裂けそうで、息をするのが苦しい。
身体の──魂の半分がもぎとられたようだ。