第126話 救い小屋

文字数 744文字

「そこでわたくしは遠海の浜に救い小屋を建てようと思います」
「救い小屋ですと?」
 訊き返す結城に、藤音はきっぱりとうなずいた。
「それはいかなるものなのでしょうか、奥方さま」
「まずは小屋を建てて傷病者たちを海風や夜露から守り、安静にさせ、食事を与え、治療を施します。もちろん九条の兵も、そうでない者も」
 家臣たちは呆気にとられ、眼をしばたたかせている。
 遠海の件についてはどうにかしなくては、と思ってはいたが、これほど大がかりな対策は誰も考えていなかった。
「わたくしは殿に後を託された当主代行。もし、ここに殿がおられたら同じことをなさると思います」
 しんと静まり返る広間に、異議はありませんね? と藤音が念を押そうとした時だ。
 家老の結城がためらいつつ、手を挙げた。
「いかがしました? 結城」
 遠慮がちに結城は口を開く。
「奥方さまのご決心はまことに素晴らしきものなれど、大きな問題がひとつございます」
「問題?」
 今度は藤音が訊き返す番だった。
「いったい何が問題なのですか」
 結城は悲愴な顔つきで、
「先だっての羅紗出陣の費用がかさみ、もはやこの城の金庫は空も同然、何かをしたくても金子(きんす)がございませぬ!」
 藤音は自分の耳を疑った。
 金子がない、などという台詞は実家では一度も聞いたことがなかった。
 嫁いできてからも隼人は自分を心配させまいとしたのだろう、そんな話は一切、しなかった。
 草薙が裕福でないのは承知していたが、ここまで困窮していたとは……。
 このまま手をこまねいて見ているしかないのか。こうしている間にも多くの兵が苦しんでいるというのに。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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