第131話 好待遇

文字数 740文字

 藤音が遠海で自分にできる精一杯のことをしていた頃、隼人は羅紗水軍の(おさ)──阿梨の乗った船の中で日々を過ごしていた。
 船団は落ちのびた国王と合流するために、北の辺境の地、玉水(ぎょくすい)の港へと向かっている。
 あいにく今の季節は逆風となり、船の速度はどうしても遅くならざるを得ない。
 その船中で、傷を負った隼人は捕虜扱いどころか好待遇を受けていた。
 なぜなら王子である白瑛がたいそう隼人になついていたからである。
 敵である倭国の人間を苦々しく思う者は船にも大勢いたが、無邪気な王子の手前、あからさまに敵意は見せられない。
 それでも食事が運ばれてくる時、包帯を取り換えてもらう時、隼人は彼らの憎悪のこもった視線を痛いほど感じていた。
 しかし幼い王子は同胞の感情など気にとめず、時間があれば隼人の寝ている部屋を訪れて身振り手振りを交えて楽し気に話をしていく。
 もともと隼人は学問好きで飲みこみが早い。王子と言葉を交わすうちに、隼人の羅紗語は短期間で上達していった。
 そうなると水軍の中には隼人の存在を危惧する者も現れてくる。
「長、あの者をどうするおつもりなのですか」
 快晴の空の下、甲板で海を眺めていた阿梨は、隣に立つ日焼けした若者に訊き返した。
「あの者とは?」
「倭国の人間のことです。王子の願いで助けはしましたが、間諜かもしれませぬ」 
 阿梨は大きくまばたきして、心底おかしそうに笑い出した。
「まったく心配性だな、勇駿(ゆうしゅん)は」
「笑いごとではありませんぞ」
 苦虫を噛みつぶしたような表情をしている勇駿は、阿梨の最も信頼する部下のひとりだ。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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