第101話 副将

文字数 864文字

「お待ちくだされ。少しお話したき議がございます。わが名は佐伯(さえき)政直(まさなお)。帝のご命令により、蘇芳さまの副将を務めております」
 隼人は足を止め、息を弾ませる佐伯を見た。
 同じくらいの年齢のせいか、かもし出す雰囲気がどことなく曽我兼光と似ている。
 誠の強さを穏やかさで包んだような感じだ。すぐれた武人が年を重ねると、このようになるのかもしれない。
「はるばる王都までやって来たというのに、総大将からねぎらいの言葉もなく、申し訳ございませんな」
 いいえ、と隼人は軽く首を横に振った。
「気にしてはおりません。いつものことですから慣れています」
 ぽろりと本音をもらしてしまった後で、あわてて口を押えたがもう遅い。
 ばつが悪そうな隼人を佐伯は軽く笑った。
「さすがは御いとこ(ぎみ)。わが総大将をよく存じておられる」
 隼人は少し困ったように、
「その件はどうぞお心のうちに秘めて下さい。わたしは正式は皇族ではありませんので……」
 さようでしたな、と佐伯もすんなりと応ずる。
「九条どのについてはいろいろとお噂を聞いております。年は若いが、たいそう聡明であられると。どんなお方か、お会いできるのを楽しみにしておりました」
 買いかぶりすぎです、と苦笑する隼人に、佐伯はやや声を低めて、
「先ほどの羅紗水軍の件、蘇芳さまは一蹴されましたが、本当のところはわしも気になっておりました」
「佐伯さまも?」
 隼人がすっと真顔になる。
「わしも以前に進言いたしましたが、蘇芳さまの返答はあの通り。総大将が命を下さねば、配下のわれらは動けませぬ」
 そこまで言ってから、佐伯はほうっと吐息する。
「確かに蘇芳さまは鬼神のごとき勇猛な武将。されどお若く、負け戦の経験もござりません。防御というものをわかっておられませぬ」
 眼を伏せてつぶやく佐伯のかたわらで、だから帝は副将としてこの老練の武人をつけたのだろうと隼人は考えた。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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