第86話 陣営の酒宴

文字数 701文字

 その夜は敷島の陣営で宴が催された。
 酒宴そのものは気が進まなかったが、隼人は出席することにした。司令官の敷島から、できるだけ現地の情報を得ておきたかった。
 少し遅れて隼人が顔を出すと、惜しみなく酒がふるまわれており、早くも宴は賑やかに盛り上がっている。
「おお、参られたか、九条どの」
 隼人の姿に気づくと酔いの回った敷島は先程の態度とは打って変り、親しげに手招きする。
 敷島は最も上座に座り、周囲に何人かの娘たちを侍らせていた。
 色鮮やかな衣装を身にまとった彼女たちは羅紗の人間だろう。白襟の上着に胸からくるぶしまでの長い()は、倭国では見かけない形だ。 
 それぞれに美しい娘たちだった。が、皆、一様にうつむき、諦めを漂わせた虚ろな表情をしている。
 敷島は隼人を自分の横に座らせると、まずは一献、と酒を盃に満たした。
 酒はほとんど飲めないのだが、隼人はとりあえず軽く口をつけた。
 色は白く、まろやかな味わいだ。初めて飲む酒だが、かなり強いらしく、ひと口飲みこむと喉がかっと熱くなる。
「もう一献、いかがかな。それとも羅紗の酒はお口に合いませぬか」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
 そこへ太い腕と盃がぬっと差し出された。
「では、代わりにこのわしがいただこう」
 機転を利かせ、手を伸ばしてきたのは副将の桐生元基である。こちらはほぼ底なしなので、こういう場面では実に頼りになる。
 敷島はさして気にする風でもなく、桐生の盃に酒を注いだ。返礼に桐生も敷島の盃を酒で満たす。





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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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